第108話 恐怖心
ベイル達との考察を終えて宿に帰ると、部屋にはウルカだけじゃなくミレイとレンの姿が。
三人で俺の帰りを待っていたようだ。
「どうでしたか?」
暗い顔のまま帰って来た俺に対し、ウルカは心配そうな顔で告げる。ミレイとレンは真剣な表情のまま、俺の言葉を待っているようだ。
俺は椅子に腰かけると皆に得られた情報を話し始めた。
「結果的に生き残ったのはタロンだけだ。他全員は死亡。どんな魔物にやられたかも正確な情報は得られていない」
「騎士隊の第二陣は?」
「戻ってきたが、調査隊を壊滅させたと思われる魔物とは遭遇しなかったらしい。二十一階と同じく蜘蛛型ゴーレムが目撃された事から、二十二階もゴーレム種が出現すると思われる」
ミレイの質問に対して答えると、彼女は「またゴーレムか」と小さく呟いた。
「ただ、死亡した皆の遺体を見る限り、魔物は二種類いるようだ」
死亡した皆の被害状況を説明して、どのように死亡したかを聞かせた。改めて語っても悲惨な話ではあるが、これは皆に聞かせなければならない。
全員に状況を説明したあと、俺は改めて問うた。
「二十一階から出現する魔物の脅威度はかなり上がっている。二十二階に出現する魔物も、被害状況から見て相当凶悪だ。そこで、ここから先の調査へ参加するか否か、改めて全員に問いたい」
ここから先、引き続き参加するも辞退するもハンター組の選択は自由だ。
自分の命が惜しければ、辞退しても誰も非難はしないだろう。リスクを考えて生き延びる、生活の為に適した狩場で狩りを行う。そういった自由がハンターには与えられているのだから。
「アッシュはどうする気なんだ?」
「俺か? 俺は引き続き参加する。皆の仇を討つまでは辞められない」
危険と隣り合わせ、危険なダンジョンを踏破した先に栄光がある。今回のダンジョン調査に参加すれば栄光と栄誉を獲得できるのは間違いない。
だが、俺の頭にはそのような事は既に無かった。もはや、金や名誉なんてものはどうでもいい。
あるのは皆を殺した魔物を討つという考えだけ。彼等の無念を晴らしてやりたいという気持ちだけがあった。
「私は先輩が参加する限りは参加しますよ」
真っ先に声を上げたのはウルカだった。彼女が参加する理由は、やはり俺の存在か。それについては、少々思うところもあるが……。
「私も変わらない。どんな相手だろうがやるぜ」
逆にミレイはどんな目的でダンジョンに潜り続けるのだろうか。血気盛んな表情を浮かべながらニヤリと笑う彼女の原動力と理由については未だ聞いた事がない。
ただ、彼女が共に行くと言ってくれて心強い反面、元部下には辞退して欲しかったという気持ちも抱いてしまった。
「ぼ、僕も……。ミレイさんが行くなら行きます」
レンも参加するようだ。正直、まだ彼には早すぎる気がする。兄のリンさんから「任せた」と言われている反面、彼にも辞退して欲しかったというところが正直な気持ちだ。
「本当に参加するのか? 今回の調査は洒落にならないほど危険だ。本当に死ぬ可能性がある」
「そりゃ、承知の上だよ。それでも参加するって言ってんだ」
二度目も繰り返して問うが、ミレイの判断は変わらなかった。彼女が自分の意思で参加すると言っている以上、俺からこれ以上言うのも失礼か。
「分かった。じゃあ、全員参加だな。今後の調査はベイルからの指示を受けてから参加する事になる。いつでもダンジョンに潜れるよう、準備しといてくれ」
俺がそう告げると、ミレイとレンは「了解」「わかりました」と言って部屋から出て行った。
俺は彼女達の背中を見送って、ドアが閉まると大きなため息を零す。
「どうしたんですか? なんだか先輩らしくなかったですけど」
ため息を零す俺に対し、ベッドに座っていたウルカが自分の横をぽんぽんと叩きながら「こっちに来い」と促してきた。
俺は彼女の隣に座ると、正直な気持ちを暴露した。
「……正直、俺はウルカに参加して欲しくない」
「どうしてですか?」
ウルカの顔が見れず、そう零した俺。彼女は俺の手を握りながら優しく問いかけてきた。
「皆、死んだんだ。どんな魔物かは分からないが、悲惨な死に方をした」
俺の脳裏には死んだ皆の遺体が蘇る。冷たくなって、悲惨な死に方をした皆の姿が。
これまでの人生、何度も人の死は見てきた。何度も友人や戦友の死を見てきた。だが、今回の件は相当ショックだったのだと自分でも自覚できる。
今回の件は、全てが終わったあとの結果じゃない。この先も続く――過程で起きた途中結果だ。
まだまだダンジョンの調査は続き、危険なダンジョンの中へと飛び込んで行かなければならない。
そう考えると……。どうしても俺の脳裏には最悪のシナリオが思い描かれてしまう。
「俺は、君を失いたくない」
もし、ウルカが死んでしまったら。もし、ウルカも皆のようになってしまったら。
俺はその現実に耐えられるだろうか? 終わったあとの結果として、最悪の事態を受け入れることが出来るのだろうか?
ウルカが死んでしまったらと考えると、俺はたまらなく怖い。怖くて仕方がない。
「私もですよ」
俺が正直に自分の気持ちを告げると、横に座る彼女がそう言った。ようやく彼女の顔を見ると、彼女は困っているかのように苦笑いを浮かべる。
「私も先輩が死んじゃうかもって思ってます。先輩が死んじゃうのは怖いですよ。でも、一番怖いのは私がいないところで死んじゃう事です」
彼女は俺の手を握り締めながら言葉を続ける。
「もし、私が一緒にいなくて……。私がいれば先輩を助けられるかもしれない状況だったにも拘らず、それが出来ずに先輩が死んじゃうのは後悔します。前にも言いましたけど、後悔するくらいなら一緒に死にたいです」
彼女の目は本気だった。前に彼女が言ってくれた通り、本心から告げているのだろう。
「きっと大変かも。怖いし、痛い思いもするかも。でも、それでも先輩と一緒がいい」
「ウルカ……」
彼女の言葉は嬉しい。だが、それでも俺の恐怖心は拭いきれなかった。
それを察してか、彼女はニコリと笑う。
「お互い、臆病になっちゃいましたね」
大事な物を手に入れたからか。絶対に失いたくない物を得てしまったからか。
俺は前よりも臆病になってしまった。
「でも、先輩なら大丈夫。ずっと見てきた私が言うんですから、大丈夫ですよ」
ウルカはそっと俺の唇に口づけしてきた。そして、俺の首元に顔を埋めながら何度も「大丈夫」と言い続けてくれる。
俺は彼女を抱きしめて、彼女の温もりを感じとる。
やはり、俺は彼女を失いたくない。絶対にウルカは死なせないと、強く抱きしめながら心に誓った。
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