第107話 二十二階にいた魔物


※ 直接的な表現は控えていますが、後半は少しグロ注意かもしれません。


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 二十二階から戻った騎士達から情報を得るべく、俺達は騎士団本部の会議室へと移動した。


 そこで騎士隊の指揮を執っていた隊長から事情を聞くと――


「二十二階の魔物はゴーレムか」


「はい。二十一階に出現する蜘蛛型ゴーレムと一度だけ遭遇しました。他の種類には遭遇せず、三十分ほど歩いたところで遺体を発見。回収して戻って来ました」


 二十二階の構造は大人二人分が通れるほどの通路がずっと続いていて、T字路や十字路がいくつもあるようだ。隊長曰く、迷路のような構造になっていて迷い易いとのこと。


 第二陣も全滅してしまったか、と思わせるほど時間が掛かったのは、この迷い易い構造が理由だったようだ。少し進んだ時点で「迷うかもしれない」と判断して壁に目印を付けながら進んだようだが、それも時間が掛かった要因の一つだろう。


「死亡した者達の遺体についてですが……」


「どうした?」


 二十二階の構造を語っていた隊長が、眉間に皺を寄せながら零す。ベイルが問うと、隊長は回収した騎士とハンター達の遺体について語り始めた。


「回収した死体があった場所は広場でした。恐らくは魔物の襲撃を受けたのでしょうけど……。遺体はどれも損傷が激しいです」


 ある騎士は上半身と下半身が両断されていた。別の死体は肩口から脇腹にかけて一刀で切断されたと思われる。他にも腕が切断されていたりと、どれも一撃で人間の体を切断したような状態だったと言う。


「つまり、二十一階に出現した巨大ゴーレムがいると?」


「分かりません。ですが、巨大ゴーレムとは違うような……。巨大で重量のある刃物で力任せに両断されたような荒々しさがありました」


 俺達が戦った巨大ヤドカリは腕に大きなブレードが生えていた。それと同じような物で切断されたのだろうか?


 だが、続けて隊長は他にも気付いた点を語り始めた。


「あと、騎士隊が装備していた盾に穴が開いておりました。他にも数人の死体には同じような穴が開いていて、それが命取りになったと思われます」


「穴?」


 語った隊長は盾に開いていた穴の大きさを手で表現する。穴の大きさは人差し指と親指を丸くくっ付けたくらいの大きさだ。


 それを見て、結構大きなと思った。明らかに矢やクロスボウのボルト以上の直径を持つ何かを食らったのだろう。しかし、騎士団が採用していた盾は合金製だったはずだ。その盾に穴を開けるなんぞ、相当な威力に違いない。


「盾に穴を開ける攻撃……。現場に魔物の痕跡は? 調査隊が応戦していたらゴーレムの金属片が落ちていたりするだろう?」


「死体を回収した地点には魔物の死骸や痕跡は残っていませんでした。戦闘現場というよりは……。虐殺されたと言った方が正しいかもしれません」


 魔物の死骸は残っておらず、人間側の死体が残されていただけ。周囲には激しい戦闘の跡と被害者達が撒き散らしたであろう血や肉片が転がっていたようだ。


 現場には激しい戦闘の跡が残っているにも拘らず、魔物側の死骸が残っていないとはどういう事なのだろうか?


 隊長の言うように調査隊は一方的に蹂躙されてしまったのだろうか?


「何にせよ、警戒レベルは最大まで引き上げるべきかと」


 調査隊を壊滅させた魔物の正体は「ゴーレムである」という情報くらいしか掴めなかった。だが、これまで以上に脅威的な魔物である事は間違いない。


 正確な情報を得るには、やはり唯一生き残ったタロンから聴取するしかなさそうだが……。彼は持ちこたえてくれるだろうか……。


「王都に連絡しよう。オラーノ侯爵とベイルーナ卿に協力を仰ぐ。あとは遺体の様子から相手の攻撃手段を探ろう」


 ベイルはそう言って、本日は解散となった。



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 翌日、騎士団所属の軍医主導の元で遺体からの考察が始まった。


 立ち会ったのは俺とベイル、他に魔物を専門分野とした学者が数名。病院の死体安置所にて保存されていた遺体の様子を見ることに。


「う……」


 並べられた仲間達の死体を見て、俺はショックを隠し切れなかった。壁に手をついて、込み上げてくる物を必死で抑える。


 どうして、どうしてこんな事になってしまったんだ。彼等の死体を見て「本当に死んでしまった」という現実が俺に襲い掛かってくる。


「大丈夫かい? ここは任せてくれても良いんだよ?」


 ベイルは俺に気を遣ってくれるが、俺は首を振った。


「いいや、見ておく」


 そう言ったあと、俺はベイルの目を見つめて告げる。


「敵討ちをするのは俺だ。ベイル、これだけは譲れない」


 そうだ。そこだけは譲れない。絶対にだ。


 絶対に俺が倒す。


 俺の決意が伝わったのか、ベイルは俺の肩を叩いて頷いた。


「考察を始めよう」


 ベイルの合図で軍医と学者は死体の様子を確認していく。主に致命傷となった部分を観察していくが、どれも一目瞭然の有様だ。


「こちらの方は、体に複数の穴が開いていますね。腹部や胸に細かく開いていますし、弓矢のような遠距離攻撃を受けたのでしょうか?」


「槍のような物で突き刺されたとは考え難いですね。槍ではこうも綺麗な傷口は出来ないでしょう」


 死亡した騎士の体には綺麗な丸型の穴が複数開いていた。


 遠距離攻撃だったとしても、人間の体を貫通するほどの威力であれば受けた衝撃で体はバラバラになりそうなものだが……。


「貫通したと思われる箇所は焼けていますね」


 ただ、死体に残った貫通痕付近には火傷のような跡が残っていた。


「やはり遠距離攻撃でしょうか。とにかく、体を貫かれて内蔵が破壊されてしまったようです。出血の量も相当でしょうが、攻撃を受けた時点で即死だったでしょうね」


 遠距離からと思われる攻撃が対象者の体を貫通し、それに伴う内蔵の損傷と出血多量で死亡。ただ、観察中である死体の場合は心臓に一撃を受けた事が最大の死因だろうか。


 他にも同様の傷口を持つ騎士の死体が二体。ハンター組には三体あった。


「問題はこっちですね」


 先ほどの遺体とは真逆な死体がいくつか。


「上半身と下半身が切断されていますが……」


 別れてしまった上半身と下半身、どちらも回収はできたが酷い有様だった。切断したというよりも、無理矢理叩き切ったといったような断面だ。


「例の巨大ゴーレムか?」


 ベイルが問うと、傷口の断面を観察する軍医と学者は揃って首を振る。


「いや、これは重量のある武器で叩き切ったような感じですね」


 軍医の意見は死体を回収した隊長と同じような意見だった。


「例のゴーレムはブレードを赤熱させて熱による切断を行っておりました。恐らく、あれの仕業ならもう少し断面が綺麗なはずですし、焼けていないとおかしいですね」


 学者も同じく否定する。彼もまた軍医と同じく「巨大な刃物で叩き切ったと表現する方が合っている」と意見を一致させた。


「叩き切る、か」


 人間の腹を叩き切るなんぞ可能なのか。そう問われれば「可能である」と誰もが言うだろう。


 何故なら、ダンジョンの中だからだ。それも未知なる階層で起きた事であれば、そのような事を可能にする魔物がいてもおかしくはない。


 ただ、問題はどのような「武器」を用いられたかである。


「うーん……。剣の類とは違う気がします」


「そうですね。斧やハルバードといった感じでしょうか?」


 断面の荒々しさから、軍医と学者は斧やハルバードで切断された時と似ていると零した。


 何にせよ、かなりの重量を持つ武器で力任せに切断されたのは間違いないらしい。


「つまり、二種類の魔物に襲われたと?」


 俺が問うと学者は頷きを返す。


「と、思われますね。ただ、どちらの攻撃性を併せ持つ魔物がいたとしても不思議じゃないです」


「どちらにせよ、二種類の攻撃に対して防御策を考えねばならないのは確かか」


 近距離と遠距離攻撃の複合体だとしても厄介だが、二種類の魔物が同時に襲って来ても厄介だ。どちらかといえば、数が多くなる後者の方が厄介さは上であるが。


「これほどの人数を壊滅させたんです。相当凶悪な魔物である事は間違いありませんよ」


「正直、ダンジョン調査の歴史上最大の敵と言っても過言じゃありません」


 魔導兵器や装備に用いられる合金が開発されていなかった昔であればまだしも、騎士団の装備は国内最高水準の物が揃っているのだ。


 それでも歯が立たないとなれば、彼等が告げた事実も正しいと思う。


「しかし、情報が足りないのも確かです。遺体からの考察はあくまでも推論なので、確信を持って助言はできません」


 やはりそこに行き着いてしまう。


 ただ、まだ正確ではないにしても敵の攻撃手段が分かったのは大きい。


「慎重に調査を進めるしかないか。いくら調査を急ぐよう言われてもいたずらに人的損害を出すわけにはいかない」


 今後動くのかが検討されたが、解散となるまで俺を含めて全員の纏う雰囲気は重々しかった。


 仲間を失った事への後悔と悔しさ。どこか漠然とした不安を抱えたまま、俺は一人宿に続く道を歩いていった……。

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