六章 新階層調査 2
第106話 調査隊壊滅
気温も高くなってきて、本格的な夏の到来を感じ始めていた頃。
本日、俺達ジェイナス隊はそれぞれ休暇を楽しんでいた。
俺とウルカは買い物を楽しみながら食事を摂って、これまで蓄積されつつあった疲れを癒していた。きっと、ミレイとレンも別の場所で休暇を楽しんでいることだろう。
「先輩、次はどこに行きますか?」
「そうだな。どこか行きたいところはあるか?」
俺はウルカと腕を組みながら都市を散策し、次に目指す場所を話し合う。
「んー。買い物もしたし、ご飯も食べたし……。公園でまったりと休憩するのはどうですか?」
今日は天気も良いし、食事を終えたばかりで腹も満たされているし、まったりするには丁度良いかもしれない。温かい日差しを浴びながら公園の木陰で一休みしつつ、昼寝なんてのも気持ちよさそうだ。
「うん。そうしようか」
彼女の提案に同意して、俺達は中央区にある公園を目指して歩き始めた。中央区へ繋がる橋を渡ろうとしたタイミングで――
「アッシュさん! ウルカさん!」
後方より大声で声を掛けられた。
振り返れば、協会の男性職員が手を振りながら俺達に猛ダッシュで向かって来る。足を止めて彼を迎えると、彼は顔に大量の汗を浮かべながら両膝に手をついて息を整え始めた。
「どうしました?」
「はぁ、はぁ……。そ、それが……」
彼の表情からするに緊急事態か。まだ息が整わぬ状態のまま、衝撃的な報告を告げられる。
「に、二十二階を調査していた、き、騎士とハンターの集団が、ちょ、調査隊が、か、壊滅しました」
「は?」
俺は言われた事が理解できなかった。
騎士とハンターが壊滅? そう何度も頭の中で繰り返すも、現実が飲み込めない。
ようやく意味を理解して、二十二階の調査へ向かっていたメンバーを思い出す。ハンター組の中からは筋肉の集いと黄金の夜が向かっていたはずだ。
「か、壊滅したって……」
「は、はい、辛うじて生き残っていたのは、さ、三人だけです。ふぅ、ふぅ……」
ようやく息が整ったのか、協会職員の男性は顔の汗を袖で拭うと続きを話し始めた。
「騎士は全滅。生き残ったのは黄金の夜のバーニさんとアミィさん、筋肉の集いリーダーであるタロンさんです。でも、その三人も――」
待て。待ってくれ。
「バーニさんとアミィさんは重傷で助からないかも。タロンさんも重傷です」
待て。待って。待って。
聞かされながら、俺は周囲の音が聞こえなくなっていった。自分の心臓の動機が激しくなっていき、ドクドクと鼓動する音だけが耳に届く。
死んだ? 黄金の夜のカイルさんも、筋肉の集いのラージも?
共にダンジョン調査へ挑んで、勝利を掴みとってきたメンバー達の顔が脳裏に浮かぶ。
「み、みんな、ど、どこに?」
「騎士団本部と隣接した病院に収容されています。事が事なので、調査隊全員を呼ぶようにと」
「ウルカ!」
「は、はい!」
俺は場所を聞くと男性職員を置き去りにしてウルカと一目散に走り始めた。
必死な形相で走る俺に対し、通行人達は驚きの表情を浮かべて道を開けてくれて、顔馴染みのハンター達は「何かあったのか」とすれ違い様に問うてくる。だが、今は返事を返している場合じゃない。
汗まみれになりながら病院に辿り着き、病院内に飛び込んで来た俺を見て看護師の女性が驚きの声を上げる。
だが、構わず受付カウンターに詰め寄って「タロン達は!?」と問うた。
「た、タロンさん?」
恐らく、この看護師は患者の名前まで把握していなかったのだろう。俺が告げた名に対して驚きの表情を浮かべたまま首を傾げてしまう。
「アッシュ! こっちだ!」
だが、受付カウンターの横にある通路から俺の名を呼ぶ声が聞こえた。顔を向ければ、ベイルが手で合図しながら立っていた。
俺とウルカは彼に近寄って行くと、ベイルは病室まで歩き出しながら状況を説明してくれる。
「黄金の夜の二人は重傷だ。医者の話では長くは持たないと」
語るベイルの表情からも緊急事態である事は簡単に察する事ができた。
「タロンも重傷だが、まだ望みはある。ただ……」
そこまで説明を受けて、俺達はタロンがいる病室まで辿り着いた。ベイルが開けてくれた扉の中へ飛び込むと、ベッドに横になっていたのは体中に包帯を巻いて……更には片腕を失ったタロンの姿があった。
「タロン!」
俺が駆け寄ると、辛うじて意識が残っていたタロンが力無く笑う。
「へへ……。ドジったぜ……」
胴体に巻かれた包帯には血が滲んでおり、左腕は肘から先がない。辛うじて右腕と両足は無事なようだが、それでも包帯でぐるぐる巻きになっていた。
「一体、何が……。ラージは……」
どうしてこうなった。どうして彼等がここまで被害を受けた。
突然の出来事に、俺の頭の中はぐちゃぐちゃだ。状況を理解しようとしても混乱するばかりで上手く言葉が出て来ない。
「ラージは……死んじまったよ……」
そう言って、タロンは咳込みながら口から血を吐き出した。
彼が血を吐き出したのを見て、病室内で慌ただしく動き回っていた医者と看護師が更に慌て始める。医者が看護師達を急かすように「緊急処置だ!」と叫び声を上げた。
「ア、アッシュ……。二十二階の……。う、には……」
必死に何かを伝えようとするタロン。だが、上手く声が出ないのか口を動かすだけだった。
「他の方は退室して下さい!」
必死に伝えたい事を聞き取ろうとするが、俺達は医師と看護師に病室から追いやられてしまって、最後まで彼の言葉は聞けなかった。
追い出された俺達は閉じた扉の前で茫然と立ちすくむ。
「アッシュ」
「一体、どういう事なんだ! 何がどうなってこんな事に!」
ベイルに肩を叩かれた俺は、彼に振り向くと大声を上げる。すると、ベイルはビクリと肩を跳ねさせた後に沈痛な面持ちで語り始めた。
「詳細はまだ掴めていない。だが、二十二階に向かった十名の騎士は全滅。生き残った三人は辛うじて逃げ帰って来たという状況だ」
二十一階から二十二階へと続く階段の前で待機していた騎士曰く、調査隊が潜ってから四十分程度経つと、片腕を失ったタロンが重傷を負った二人を担ぎながら戻って来たという。
階段を登り切ったところでタロンは力尽き倒れてしまい、下で何が起きたかは把握できなかった。
その場でポーションの全力投入を行いながら命を繋ぎとめて、病院に搬送したところでタロンの意識が一時回復。
緊急という事もあって状況を問うと、彼は自分達を残して全員が『死亡』したと告げたようだ。
「彼は死亡したと断定していた。意識が朦朧としていたようだが、それでも死亡したとハッキリ告げたんだ」
タロンは上位パーティーのリーダーだ。緊急事態が起きた際、どんな事があっても情報を正確に伝えるという心構えはあったはず。
怪我をした、残っている、それらの単語は口にせずに、ハッキリと「死亡した」と告げた。となれば、その情報の正確性はかなり高い。
加えて、ベイルは更に情報を口にした。
「緊急事態発生から既に一時間は経っている。報告を受けてからすぐに下層へ騎士隊を送ったが……。未だに戻って来ていない」
ベイルは戻って来たタロン達を病院に搬送したあと、下層で起きた事を把握しようと更に騎士を二十二階へと送り込んだ。
送り込んだ騎士達の目的は壊滅した調査隊メンバーの遺体回収。及び、下層に徘徊する魔物や構造の情報を少しでも持ち帰ること。遭遇した魔物との戦闘は極力避けるよう命じて、手に負えない場合はすぐに帰還するよう命じたと言う。
そこまで厳命しておいて、未だ帰還していない。彼は「判断は失敗だったかもしれない」と後悔するような表情を浮かべた。
まだ断定はできないが、ベイルが送り込んだ第二陣も最悪の事態に陥っている可能性は高い。
「騎士隊が帰還するかどうかを待たなければならないが、どちらにせよ二十二階の情報は必要だ。今後は慎重に情報収集を行いつつ、全力で下層の偵察を行うつもりだ」
既に騎士は十人以上、ハンターも十人は犠牲になっている。ダンジョン内での調査において、これほどの被害が出るのは久しい事態だろう。
一昔前なら理解できる被害数と言えるが、今は昔と違って騎士達は優秀な魔導兵器を持っているのだ。ハンター達だって先人の教えや失敗を糧に実力は増しているし、何より第二都市で選りすぐりの上位ハンター達である。
彼等が「死亡した」ともなれば、これまで以上の脅威度を持つ魔物が二十二階に潜んでいる可能性は最早確定的だろう。
そこまで説明を聞いたところで、少し離れた病室から医師と看護師がゾロゾロと廊下に出てきた。ベイル曰く、あの病室は黄金の夜の二人が収容された病室だと言う。
それを聞いて、嫌な予感がした。
病室から出てきた医師は俺達に近寄って来て首を振った。
「手は尽くしましたが……」
医師は最後まで言葉にしなかった。だが、僅かな言葉とリアクションだけで彼等が死亡した事を察する。
「クソ……!」
結局のところ、生き残ったのはタロンだけ。そのタロンも未だ安心できない状況だ。
俺達はどうすれば良いんだ?
頭の中で考えを巡らせていると、病院の入り口に続く廊下の先に息を切らした騎士が現れた。彼は俺達を見つけると慌てて駆け寄って来て、ベイルの前で敬礼を行う。
「ご報告します! 二十二階へ向かっていた騎士隊が帰還しました!」
報告にやって来た騎士曰く、帰還した騎士達は怪我人もなく全員が無事に帰還。壊滅した調査隊メンバーの死体を回収して戻って来たらしい。
一先ず、想定していた最も最悪な事態は回避できたようだ。ベイルの顔にも安堵が浮かぶ。
「アッシュ。まずは彼等から詳しく状況を聞こう」
ベイルにそう言われ、俺は無言のまま頷いた。
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