第105話 The First


 アッシュ達が二十一階で巨大ヤドカリと遭遇した日の真夜中。


 ローズベル王国王都のメインストリートには一台の馬車がゆっくりと走っていた。


 馬車のキャビンには貴族家の物と示す紋章は描かれておらず、また物流関係に所属している証である所属商会の名前も描かれていない。


 御者台に座る者は全身ローブで身を隠しており、御者は街灯が照らす道をただひたすら王都東区へと馬車を向かわせる。


 王都東区に進入した馬車は更に速度を落とし、東区半ばまで進むと停止した。停止した馬車の真横には細い道があって、薄暗い道の先には軒先あるランプが灯る一軒の店があった。


 キャビンのドアが開き、中から出て来たのは黒いドレスに黒いベールを頭に被った女性。彼女の身なりは夜の闇に溶けて、姿を隠すように黒い。


 ただ、ベールから零れ落ちる髪は炎のような赤だった。


「…………」


「…………」


 女性は手に小さなバッグを持ちながら御者に顔を向ける。顔を向けられた御者は無言で首を垂れ、彼女が細い道の先に入って行くまで決して頭を上げなかった。


 女性が薄暗く細い道を進んで行くと、店のドアには店名が書かれていた。


 店名はDreamerドリーマー


 だが、店名に使われている文字はこの時代に生きる人たちが使っている文字じゃない。使用されている文字はダンジョン内で見つかる古代文字とそっくりだった。


 女性は店のドアを開けて店内に入った。入った直後、カランカランとベルの音が鳴る。


「いらっしゃい」


 店の正体はカウンター席のみ用意されたバーであった。


 こじんまりとした店内には、カウンターの中でグラスを磨くバーテンダーだけで他に客は見当たらない。


 入り口に顔を向けるバーテンダーは白いシャツに黒いベスト。手には黒革の手袋をはめていて、下は黒いズボンを履いていた。一見フォーマルな装いをした男が酒瓶が並ぶ棚の前に立ちながらグラスを磨いている。


 ただ、このバーテンダーが普通じゃないと言える象徴は――顔に悪魔の被り物を装着しているところだろうか。


 首から下は普通と言ってもよい。ただ、首から上にあるのは狼の頭に角が生えたような恐ろしい顔の被り物。被り物の口部分からは舌がダランと垂れていて、それが余計に恐怖心を増幅させる。


 しかし、店を訪れた女性は一切驚きはしなかった。彼女はバーテンダーの前に座ると「いつもの」と注文を口にした。


「君がここへ来るのは何年振りかな」


 客としてやって来た女性にそう問いながら、彼は銀のカクテルシェイカーに必要な物を入れていく。


「大体、二年振りかしらね」


「そうか。私にとって二年の時間なんて、息を吸う間のような一瞬の出来事だよ」


 バーテンダーはそう返しながらカシャカシャとシェイカーを振っていく。完成したカクテルをグラスに注ぐと静かに女性の前に置いた。


「ここへ来たという事は、何か進展があったのかい?」


 問われるも、女性は出てきたカクテルに口をつけた。二年振りに飲むカクテルが相当美味しかったのか、黒いベールの下にあった頬に小さなえくぼができた。


「ええ。これを見つけたわ」


 カクテルを一口飲んだ女性は、バッグの中から青い宝石を取り出して見せた。


 店内の照明を反射させながら蒼天のように煌めく宝石。それはアッシュ達が第二ダンジョンで見つけた宝石に間違いなかった。


「ほう。よく見つけられたね」


 その宝石を見た瞬間、バーテンダーは心から驚くように言葉を吐き出す。


「第二ダンジョンで見つけたわ。優秀な家臣が調べたけど、純度は百パーセントで間違いない」


 言いながら、彼女は宝石をバーテンダーへと手渡す。受け取ったバーテンダーは天井の照明へと透かすように宝石を掲げて、じっくりと観察し始めた。


「……うん。間違いない」


 どうやらこれは「本物」らしい。


「本当によく見つけたね。のマナジュエルなんて早々見つからないと思っていたよ。あと百年は掛かると思っていた」


「うちがどれだけ本気か分かっているでしょう? 騎士だけじゃなく、ハンターなんて職業を創って国民総出で探させているのよ?」


「はは。君の曽祖父さんのやり方は正しかったわけだ」


 バーテンダーは心底楽しそうに笑う。顔にある被り物と声音のギャップが激しすぎて不気味にも思えるが、女性は慣れた態度で鼻を鳴らした。


「因みに、どんな場所で見つけたんだい?」


「家臣の報告によると、蜘蛛とヤドカリの形をしたゴーレムがいる階層だったらしいわ」


「蜘蛛とヤドカリ……。ふむ……。警備と補修を担当する自律魔導機マキナかな?」


 言われて、バーテンダーは首を傾げながらそう呟いた。


「強いの?」


「強い、というよりも面倒と言った方が良いかな。僕達の時代でも魔法を使わないと苦労する。数も多いし、金属体だしね。まぁ、ほとんどは許可書を持っていない相手に敵対するだけなんだけどね」


 そう言ったのち、彼は片手に持つ「マナジュエル」と呼んだ宝石をもう一方の手で指差す。


「マキナっていうのは、このマナジュエルを使った魔力供給装置マナスポットからの魔力供給されて動くんだよ」


 魔石、人工魔石、マナジュエル。どれも同じように宝石や水晶に近い色・形をしているが、実は違いがあるようだ。彼女は以前も彼から違いについて聞かされていたようだが、顔色を見るに違いについて上手く理解できていないように見える。


 もしかしたら、魔導具で判別して「純度百パーセント」となった物を差し出すように、と言われていたのかもしれない。


「体内にあるにマナを充填して、予め決められた命令を淡々と遂行するのさ。建物の補修をしたり、殺人兵器であったり、用途は色々あったね」


「ふぅん。家臣の話だと魔導兵器で対応可能とも報告が回ってきたわね」


「そうかい。僕が技術が役立っているようで嬉しいよ」


 ククク、と笑うバーテンダーの顔を女性はじっと見つめた。


「ああ、分かっている。二個目の対価だろう? こんなに早く見つかるとは思っていなかったけど、ちゃんと用意はしてあるよ。何せ、僕には時間がたっぷりあるからね」


「羨ましい限りだわ。私もたまには公務を放り出して酒に溺れたいものね」


 女性はバーテンダーの言葉を聞くと深いため息を零した。カクテルグラスを摘まむと一気に残りを呷る。


「そうかい? 僕は時間に限りある君達の方が羨ましいけどね」


 ゴソゴソとカウンターの下から何かを探すバーテンダー。彼はしばらく何かを探していると「あったあった」と声を漏らす。


 そんな彼がカウンターに置いたのは紙の束だった。 


「はい、これ。ご希望の仕様書と取扱説明書ね」


 女性は計四十枚ほどの紙が束ねられたそれを掴むと、中身を読みながらペラペラとページを捲り始めた。最初の数ページに目を通したあと、彼女は顔を上げる。


「これで王城地下にあるアレを動かせるのね?」


「そうだね。それを使えば帝国くらいなら蹂躙できるんじゃないかな? 対人だけに限れば一人いるだけで敵なしだよ」


「前に魔導兵器を持った相手にも勝てると言っていけど、現状レベルの魔導兵器を持っていても可能かしら?」


「可能だね。これは元々、マキナやを持つ相手に対して開発された物だからね。君達が再現した……魔導兵器だったっけ? あんな模造品レベルなんて脅威に値しないよ」


 バーテンダーは「アレは正真正銘の本物さ」と軽く言った言葉を聞いて、女性の口元が三日月のように吊り上がった。


「そう。例の扉を開く方法は――」


「それは対価が足りないね。君達一族に渡したリストの真ん中にあるモノくらいを差し出してくれないと」


 女性が続けて問おうとするも、バーテンダーは手で制しながら首を振る。対価を差し出さない限りは絶対に喋らない、といった姿勢を見せた。


「……分かっているわよ」


 大人しく身を引いた女性は、このバーテンダーがどれだけの「脅威」なのか正しく理解しているのだろう。


 無理矢理吐かせるなんて愚の骨頂。そんな事をすれば


 女性はじっと見つめてくるバーテンダーから視線を逸らし、紙の束を大事そうに抱えて立ち上がった。


「もう帰るのかい?」


「ええ。これでも忙しい身なのよ?」


 戻れば大量の書類が執務机の上に積み上がっているに違いないもの。そう言った彼女に向かって、バーテンダーは肩を竦めた。


「そうか。女王陛下ってヤツはいつの時代も大変だね」


「じゃあ、また」


「ああ。次も良い報告を待っているよ」


 バーテンダーは女性の背中に向かって「またのご来店を」と告げた。


 背中越しに彼の言葉を聞きながら、女性は「夢を追いかける悪魔の巣」から立ち去るのであった。





※ あとがき ※


今回の投稿で五章は終了です。

次回は二十二階がメインとなるお話になります。


最近忙しくて書き溜めができていない状況です。もしかしたら、どこかのタイミングで毎日投稿は終了となる可能性があります。更新頻度についてはその都度、ご報告させて頂きます。

また、応援コメントも返信できなくてすいません。頂いたコメントは読ませて頂いております。

ただ、迂闊にコメント返信するとうっかり自らネタバレしてしまうんじゃないかとビクビクしているので、今後は返信を控えるかもしれません。


上記の理由で更新頻度が下がってしまうかもしれませんが、引き続き楽しんで頂ければ幸いです。

ここまで読んで下さってありがとうございました。

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