第104話 大穴の先


「アッシュ、大丈夫かい?」


 ネームドの討伐を終えたあと、俺はベイルに問いかけられた。


「ああ。背中が痛むが問題は無いよ」


 まだ多少痛みが残る背中だが、ウルカとミレイの見立てでは火傷はそう酷くないらしい。ポーションも飲んだし大丈夫だろう。


 まぁ、あとで医者に見せようと言われてしまったが。


「そうか。ところで、どうしてネームドが?」


 状況を把握しきれていないベイルに対し、俺は一部始終を聞かせた。


 前触れもなく壁の中から突如現れた、などと突拍子もない話をしても「あり得る」と思えてしまうのがダンジョンの怖いところだ。


「とにかく、アレは大きすぎてそのまま持って帰れない。学者を呼んで現場で検証する事にするよ」


 巨大すぎるネームドは収納袋に入れられない。それどころか、そのまま引き摺って移動するのも、二十階へ向かう階段を上がるのだって不可能だろう。ここから持ち出すとしたら、小さく解体するしかない。


 だが、解体してしまっては学者に文句を言われそうだ。


 まずはそのままの状態を見せてから、彼等の指示に従って解体するべきだろう。


 そう決定がなされてからは早かった。騎士団の大半が学者と共に二十一階へやって来て、学者達は護衛されながら討伐したネームドの観察と考察を始める。


 当事者として俺達も同席していたのだが、遭遇した経緯と討伐の様子を詳しく聞かれる。そうして、二時間ほど経ったところでネームドの解体作業が始まった。


 解体作業が進められながら、俺とベイルはリン・アルバダインさんから調査で得られた情報を聞く事に。


「あれはネームドで間違いないと思います。思いますが……」


 リンさんは断定はするものの、どこか歯切れが悪い。俺とベイルが顔を見合せながら首を傾げると、彼はその理由を口にした。


「これまで目撃・討伐されたネームドは変異した存在です。例えばレッドエイプ。あれはブルーエイプが突然変異したと言われています。あくまでも通常個体が何らかの原因を持って、変異体として生まれました」


 彼は最後の「生まれた」という部分を強調する。


「ですが、あの巨大ヤドカリは……。どうにも作られた感じがするんですよね」


「作られた?」


「ええ」


 俺が彼の言葉を繰り返すと、レンさんは強く頷く。


「あの体は所々色が違うでしょう? 調査の結果、別々の金属を継ぎ接ぎして組み合わせられていると判明しました。そして、中には我々が使う魔鋼も含まれていたんです」


 魔鋼は第一ダンジョンに出現するゴーレムの素材を元にして人間が作り上げた合金だ。


 そう、魔鋼は人間が作った物であり、決して魔物本来の素材ではない。


「おかしいと思いませんか? どうして我々人間が考えて作った合金が魔物の体として使われているのでしょう?」


「確かに……」


 話を聞いたベイルは顎に手を添えながら頷く。確かにおかしな話だ、と。


「そこで、我々は一つの仮説を立てました」


 リンさんは人差し指をピンと立てて語り始める。


「二十一階に出現する蜘蛛型ゴーレムは金属に反応し、金属の回収を最優先としていました。解体された金属はゴーレムの体内で更に解体されます。砂のように細かくなった魔鋼をお尻の袋に貯めていました」


 俺達が蜘蛛型ゴーレムの死体を持ち帰ったあと、学者達が二十階でゴーレムの体を解剖していた事は記憶に新しい。


 そこでお尻部分の内部にあった袋の中には、解体されたであろう魔鋼合金使用の装備が砂粒のような状態で蓄積されていた。


 当時も「解体して蓄積したあと、どうするのだろう?」と疑問に上がったいたし、俺も疑問に思っていた。同時に蜘蛛型ゴーレムは壁の中に消えて行き、どこへ行くのかとも議論になっていた。


「その答えが、このネームドなんじゃないでしょうか?」


 ツギハギボディの中に魔鋼が混じっている理由。それは魔鋼を回収した蜘蛛型ゴーレムが集めた素材を利用しているのでは、と彼は言う。


「何者かが……。いや、僕達の予想ではゴーレムがゴーレムを作ったと推測しています」


「ゴーレムがゴーレムを作り上げる……? 一体、どうやって?」


「分かりません。そもそも、ゴーレムがどうやって生まれるのかも不明です。ですが――」


 あくまでも仮説に過ぎない。その仮説が正しいか否かは……。


「この先に答えがあるんじゃないでしょうか?」


 リンさんは俺達をネームドが突き破った壁の前へと連れて行った。壁に開いた大穴の先は下へと続いており、覗き込むと真っ暗な穴から微かに「カツン、カツン」と音が鳴っている。


「この穴が繋がっている先は……。二十二階か?」


 穴の先はこの階層の下である二十二階に繋がっているのだろうか?


「もしも、ですよ? 仮に二十二階でゴーレム達がネームドを作っていたとしたら大変危険です。どうやって作っているのかは不明ですが、量産できるとしたら……」


「放置すればネームド個体が複数混じった氾濫が起きる可能性もあると?」


 ベイルが問うとリンさんは無言で頷いた。


 もし、学者達の仮説が当たっていたら最悪だ。ゴーレム達は自身でゴーレムを作り上げ、それを利用して人間達を狩るだろう。


 数が増えれば氾濫に繋がるかもしれない。となれば、ベイルが言った通り氾濫した魔物の中に凶悪なネームド個体が含まれるようになる。


 そうなったらどうなってしまうのか? 想像するに容易いだろう。


「我々は王都研究所に今回の考察と仮説を報告します。恐らく、王都研究所を通して早急な下層調査の実施を要求されるでしょう」


 これまでも女王命令で調査を急ぐよう命じられていたが、それ以上に急かされる事になりそうだ。


「確かにのんびりはしていられないな」


 最悪の事態が起こる可能性を秘めているのであれば納得もできよう。最早、第二ダンジョン都市だけの問題とはいかなさそうだとベイルは呟く。


「よし。準備が整い次第、予定を繰り上げて下層の調査を始めよう」


 ベイルは想定していた予定を繰り上げ、早急に二十二階の調査を始めることを決断した。


 氾濫への脅威があるとなれば打倒な判断だろう。俺も彼の意見に賛成した。


 この日から二週間後、第二ダンジョン都市騎士団から三小隊。そしてハンター組からは「筋肉の集い」と「黄金の夜」を加えた先行調査隊が組まれる事に。


 彼等は万全な準備を整えて二十二階へと調査に向かう。


 しかし……。


「調査隊が壊滅した……?」


 久しぶりの休日を過ごしていた俺は、慌ててやって来た使者から「二十二階に向かった騎士とハンター達は、僅か数人を残して全滅した」と聞かされる事になる。 

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