第103話 巨大ゴーレム


 壁を突き破って現れた巨大なゴーレム。それはこれまで二十一階に出現していたゴーレムとは異質すぎて、変異体ネームドとしか思えなかった。


 驚きながらもその巨体を見上げていると、俺の脳裏には警鐘が鳴る。


 ネームドの頭部にある二色の目が俺達に向けれた瞬間、ブレード状の腕が徐々に赤熱していったからだ。


「回避ッ!」


 振り下ろされたブレードが床に落ちると、粉砕された床の破片が飛び散った。数秒後、床にめり込んだブレードからは白煙が上がる。赤熱したブレードが床を溶かしているようだ。


「ア、アッシュさん、アレは何だべ!?」


「アッシュ、どうする!?」


 カカさんとミレイに問われ、俺の頭には「撤退」の文字が過った。


 どう考えてもデュラハンとは違う。巨大である事も含めて、俺達だけでは対処しきれないように思えたからだ。


 ここは俺達だけで対処しようとせず、騎士団の手も借りるべきなんじゃないか。そう思い、言葉を発しようと口を開いたところで――


「このッ!」


 後方より俺達の間を縫うように紫の雷が巨大ヤドカリへと向かっていく。


 雷は巨大ヤドカリの胴体に直撃。雷が直撃した瞬間、バチバチと轟音を立ててネームドの体が仰け反った。


 そのまま胴体を貫くかと思いきや、それで終わり。仰け反っていた体を元に戻し、腕を振り上げながら威嚇するような仕草を見せた。直撃した胴体を注視すると、大きな焦げ跡が残っているだけであった。


「ま、魔法が……」


 これまで一撃で全てを葬ってきた雷魔法。第一ダンジョンでも、第二ダンジョンでもゴーレムに対しては絶大な威力を見せつけてきたが……。


 突きつけられた現実に、レンの顔には焦りと絶望が浮かぶ。


 結果を見て、茫然と立ち尽くすレン。だが、俺の目には巨大ヤドカリの体が彼に向けられるのが映っていた。


「レンッ!」


 俺の予想は当たってしまった。


 巨大ヤドカリは魔法を撃ったレンに狙いを定め、周囲にいる俺やミレイなど完全に無視しながらガシガシと脚を動かして走り出した。


「レンッ!」


 俺も巨大ヤドカリに追従するように走り出す。


 巨体の割にスピードが早い。いや、歩幅が大きいのか。


 巨大ヤドカリは走っている間にブレード状の腕を振り上げた。


 己の持つ絶対的な自信。魔法への信頼。それらが崩れてしまったレンは、逃げるのが一瞬遅れてしまった。


 レンに迫った巨大ヤドカリが停止すると、一拍置いてから赤熱したブレードの腕が動き出した。


「間に合えッ!」


 レンに向かって走っていた俺は、彼の体を横から蹴飛ばした。蹴飛ばした瞬間、頭上に剣を向けつつ、態勢を整える。


 すると、上から落ちて来たブレードの先端が俺の剣に接触した。接触した瞬間、馬鹿みたいな力が掛かって押し潰されそうになってしまった。ぐっと足に力を入れて一瞬だけ耐える。


 耐えた瞬間、剣を持つ腕に違和感が走った。それを感じ取った俺は、横にステップすると同時に剣を離す。


 間一髪、といったところだろうか。手放した剣を見ると、剣は腹から両断されてしまっていた。赤熱したブレードが俺の剣を切断したのだろう。床を溶かすくらいなのだ。合金製の剣を両断するなど巨大ヤドカリにとっては朝飯前か。


「レン、逃げろッ! ウルカ!」


「はい!」


 蹴飛ばした事で尻餅をついていたレンに叫び、その次にウルカの名を叫ぶ。後方より新しい剣が床をスライドしながらやって来て、それを拾うと即座に巨大ヤドカリの脚へと斬り込む。


「カカさん! 騎士団と協会に連絡を!」


 ガチン、と音を立てながら剣を弾かれながらも、俺はカカさんに援護を向かわせるよう指示を出した。


「わかったべ!」


 上層へ続く階段へと走り去っていく月ノ大熊達を横目に見て、再びレンの様子を見た。彼は恐怖で動けないのか、まだ尻餅をついたままだ。


 それを見て、俺は次の判断を下す。


「ウルカ、爆裂矢で援護! ミレイ、俺達で引き付けるぞ!」


「了解!」


「任せろってんだ!」


 俺が指示を下すと全員が元部下とあって非常にスムーズだった。


 ウルカは弓を構えて爆裂矢を放つと巨大ヤドカリの腕と腕の間を通して顔面に直撃させる。ギョロリと大きな目がウルカに向いた途端、今度は槍を構えたミレイが間合いに潜り込む。


「おい、デカブツ! こっちだぞ!」


 彼女は凶悪な四本の腕に恐怖なんて感じてないのだろうか。大胆な動きで真正面まで移動すると、鋭い突きを顔面に見舞った。


 彼女の放った槍は確かに顔面を捉える。だが、体を構成した金属の防御力の前には小さな傷を一つ付けるだけにしか至らず。


「かってええ!」


 ガヂン、と弾き返される槍をすぐに引っ込めたミレイは、すぐにその場から距離を取る。次の瞬間には上からハンマー状の腕が落ちてきて、床を盛大に陥没させた。


「弱点はどこだ!?」


 次は俺の番だ。ミレイがハンマーの振り落としを避けた後、今度は俺が真正面に潜り込む。一振り、二振りと斜めに顔面を斬りつけるも結果はミレイと同じ。


 巨大ヤドカリがブレード状の腕を横に伸ばし、横薙ぎに振ろうとする様子が見えた。距離を取っても大きなリーチの前に回避できないと悟り、俺は床に伏せて横薙ぎを躱した。


 だが、次は頭上からハンマーの腕を叩き落とそうとしてくるではないか。


 随分と動きが早い。俺はゴロゴロと床を転がりながらハンマーを回避して、すぐに立ち上がりながら態勢を整えた。


「たぶん、口の中だ! 第一のゴーレムはほとんど弱点が口の中にあった!」


 二十一階に出現するゴーレム達とは弱点が違うだろうか。だとしたら、他の場所で出現するゴーレムに倣って口の中が弱点ではないか。そう推測したミレイの叫び声が放たれると同時に再び彼女の槍が顔面を捉えるが、やはり硬い金属の前には歯が立たない。


 仮に「口の中」が正解であったとしても、この激しい攻撃を掻い潜りながら口の中に攻撃を加えるのは至難の業だ。


 どうするか。考えを巡らせていると、後方から「バシュン」と激しい発射音が鳴った。


 後方より飛来して来た金属製の杭は巨大ヤドカリの胴体に突き刺さる。後ろに振り返れば、エリアに配置しておいたクロスボウを構えるウルカがいた。


「食い込んでる! 使えるぞ!」


 高威力のクロスボウは巨大ヤドカリにも有効のようだ。放たれた杭は貫通はしなかったものの、胴体に突き刺さって火花を散らしていた。


「次弾装填!」


「ミレイ!」


「ああ!」


 装填中、ウルカが狙われないように時間を稼がなければ。あとは射線から逃さぬよう脚を止めなければならない。


 俺達前衛に出来る事は、とにかく動き回りながら攻撃して相手の注意を惹く事。俺とミレイは細かく攻撃を加えながら、一撃離脱を繰り返す。


 ただ、ウルカの攻撃に加えてあと一手あればもっと楽になる。そう思いながらチラリとレンを見た。


 彼は立ち上がってはいるものの、どうしていいか分からないようだ。壁際に立ち尽くし、目を泳がせながら焦りの表情が浮かんでいた。


 俺が彼に指示をしようとすると、その前にミレイの激が飛んだ。


「おい、レン! 見ているだけか!? 第一で何やってたんだ、お前は!」


「ッ!」


 ビクッとレンの肩が跳ねた。


「オトコだろ! しっかしろ! ハンターを続けていくって決めたんだろ!」


 そう言いながら、ミレイは振り下ろされたハンマーを躱して前に出る。大きく一歩踏み出した彼女は臆せず正面に立つと、槍の先端が口を捉えた。


 だが、顔面と槍の間に差し込まれたのは赤熱したブレードの腹だ。繰り出した突きはブレードの腹に当たると、か細い白煙が槍の先端から上がった。


 相手が攻撃を防いだら、次はどうする?


 攻撃して来た相手への反撃だ。そう考えた時、猛烈に嫌な予感がした。


 俺の予感を裏付けるように、巨大ヤドカリは防御したブレードの腹をそのままに、壁のようにして突きだし始めた。


 高温の壁がミレイへと迫り来る。横に回避するにもミレイの立ち位置では間に合わない。本人も意外な攻撃方法に困惑したのか、動くのが遅れてしまっているようだ。


「危ないッ!」


 俺は咄嗟に剣を投げ捨てて、ミレイに飛び掛かった。彼女を庇うように抱きしめながら床へと倒れ込むが……。


「ぐあッ!?」


「アッシュ!」


 倒れ込んだ瞬間、俺の背中にブレードが掠った。掠った瞬間、高温が俺の背中を襲う。


 背中が燃えるように熱い。ズキズキと針に刺されたような痛みが走る。


 だが、死んじゃいないんだ。まだラッキーだったと言うべきだろう。


 ただ、隙だらけの俺達を放置するほど魔物も馬鹿じゃない。態勢を整えようとすると、俺達の頭上にはハンマーがあった。


 マズイ。終わったか。


 そう思った次の瞬間、鋼の杭と紫の雷が同時に巨大ヤドカリを襲う。


 杭は顔面を捉え、右目を突き破って突き刺さった。紫色の雷は胴体に当たり、大きな焦げ跡を残す。二種類の攻撃を受けた巨大ヤドカリの体は大きく仰け反って隙が出来た。


 しかも、攻撃を受けた衝撃で巨大ヤドカリの口が開いている。


「今だッ!」


 俺はすぐ傍に落ちていたミレイの槍を拾って走り出した。


 今、チャンスなのは間違いない。  


「くたばれッ!」


 俺は走りながら槍を構え、そのままの勢いで口目掛けて槍を突き出す。槍は口の中に入り込むと、何かを突き破る感触が腕に伝わった。同時に槍が折れるような感触も。


 感触が伝わり、槍を押し込めなくなった瞬間には口の中から大量の火花が散る。重い一撃を加えられた。そう思うと同時に、俺の頭上に影が差した。


 見上げれば、巨大ヤドカリが腕を振り上げていたのだ。


 俺は慌てて槍を離し、相手のに潜り込んだ。体の真下に潜り込む事でハンマーを避け、そのまま脚の間から脱出する。


 仕留められなかった。だが、致命傷は与えられたと思いたい。


 ここからの有効打は俺やミレイでは与えられないだろう。となれば――


「レン! 撃て! 今度こそ仕留めろ!」


「はい!」


 俺が叫ぶと、レンは再び魔法を放った。紫の雷が二射連続で放たれ、どちらも巨大ヤドカリの胴体に直撃。


 再び体を硬直させ、腕と胴体からは細い黒煙が上がり始めた。


「こっちもオマケ!」


 トドメとばかりにウルカが構えるクロスボウから一撃が見舞われる。杭は目の下あたりに突き刺さって、バチンと弾けるように小さな爆発が起きた。


 爆発が起きたあと、巨大ヤドカリの挙動がぎこちなくなっていく。ギギギギと関節部分から音を鳴らしつつも動きが鈍くなるが、それでもまだ『生きている』ようだ。


「ゼェ、ゼェ……」


 魔法を連発したレンは遂に息切れを起こし、肩で大きな呼吸を繰り返す。


「先輩、弾が!」


 クロスボウも弾切れか。


 俺は首を回して落とした剣を探す。


 あった。あれを拾って、どうにか口の中に突きを見舞うしかない。


 だが、問題はどうやってやるかだ。


 とにかく剣を拾いに走ろう。そう考えた時、後方から大量の足音が聞こえて来る。振り返れば、月ノ大熊が騎士団を連れてやって来たようだ。


「アッシュ! 退避してくれ!」


 騎士団を率いているのはベイルだった。彼は俺達に離れるよう指示を出した。


「弓兵隊、構えッ!」


 俺達が巨大ヤドカリから距離を取ると、魔導弓を持った騎士達が一列に並んで構えを取る。


「放てッ!」


 放たれたのは炎の矢。恐らく、王都研究所で調整を加えられた魔導弓なのだろう。


 炎の矢は一斉に巨大ヤドカリへと突き刺さる。突き刺さった箇所から炎を広げていき、徐々に金属の体を溶かし始めた。三十秒程度経つと炎の矢は消え失せてしまったが、その威力は絶大だった。


 顔と胴体の半分以上が溶けて変形してしまい、巨大ヤドカリは歩く事すらもままならない。


「第二射、用意ッ!」


 ベイルの号令に従って第二射が放たれると、再び炎の矢は巨大ヤドカリに突き刺さる。燃えながらもがき苦しむように腕を振るわせた巨大ヤドカリは、遂に動かなくなって床に崩れ落ちた。


「た、倒したのか……?」


 床に沈んだ巨体はぴくりとも動かない。どうやら本当に倒せたようだ。


 安堵の息を吐き出すと同時に魔導兵器の凄さを痛感した。魔法もそうだが、魔法が絡む物は本当に桁違いと言わざるを得ないな。


「アッシュ、やったな!」


 死体を眺めていた俺に対し、ミレイは笑いながら肩に腕を回してきた。嬉しそうに笑う彼女は、帝国時代となんら変わりがない。このスキンシップの軽さもだ。


「おっと、いたっ!?」


 懐かしさを感じたものの、俺の背中には激痛が走った。


 忘れていた痛みが走り、顔を顰めているとミレイが慌てて謝罪した。


「だ、大丈夫か? 背中見せてみろ」


「ああ……」


「火傷してる。今、ポーションをかけるから」



-----



 アッシュの背中にポーションをふりかけるミレイを見つめていたレンは、無言のまま顔を俯かせてしまった。


 彼の表情には「やっぱり敵わないのかな」といった諦めの色が浮かぶ。


「ムカつきますよね?」


「え?」


 そんな彼に声を掛けたのはウルカだった。彼女はニコニコと笑いながらも確かな怒りを醸し出しながら言うのだ。


「帝国にいた頃からそうなんですよ。二人共、息ぴったりで。終わった後は子供みたいに喜び合うんです」


 ミレイにその気はない。あれが彼女にとって普通なのだ。だが、それがたまらなくムカつく、と彼女は言った。


「だから積極的にいかないとダメなんですよ」


「そ、そうなんですか」


 レンはウルカの纏う雰囲気に気圧されてしまい、頬肉をぴくぴくと痙攣させてしまった。


「早く立派になってミレイさんを落として下さいね。ああ見えて押しには弱い人なんですよ。強気にいけば落とせますからね」


 期待しています。


 そう言って、彼女はアッシュとミレイの元に歩み寄って行った。


 アッシュに近付いた彼女は頬を膨らませながらミレイの持っていたポーション瓶を奪い取り、残りのポーションを自らの手で彼の背中に振りかけた。


 これは自分の物だと強くアピールして、ウルカとミレイが揉め始める。間にいるアッシュが二人をなだめ始めるのは、帝国時代から続いていたいつもの光景か。


 だが、その最中にウルカはレンに顔を向けた。


『こうやって自分の物だと主張しろ』


 そう言わんばかりの表情を浮かべながら、無言でレンにやり方を教えているようだった。


「僕に……。できるかな?」


 やれると自分を過信して、全員を巻き込んでしまった自分は明らかに戦犯者だ。


 しかも、いざという時に足が動かなかった。ただただ恐怖で足が動かなかった。恋敵と認識していた相手に助けられ、想いを寄せる彼女から激を飛ばされる始末。


「僕は……」


 自分に彼女を振り向かせる事はできるのだろうか。まだまだ子供としか見られていないような気がする。


 そう小さく呟きながら、レンは大きなため息を吐いた。

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