第100話 兄弟の話し合い
翌日になって、俺とウルカはミレイとじっくり話す場を設けた。
アルバダイン兄弟の件を抜きにしても、彼女とはゆっくり話したかったからな。
俺達三人は運河沿いのカフェで待ち合わせして、いつものテラス席で話す事に。
「じゃあ、俺が辞めてからミレイも王国に移住したって事か」
コーヒーやケーキを食べながらミレイの話を聞いていると、彼女はウルカに視線を向けながら頷いた。
「ああ。アッシュが辞めてからジェイナス隊は解散したよ。私もウルカも辞めたし、ウィルも辞めて今は実家を継いだしね。辞めて辿り着いたのが第一だったってわけ」
誰かさんのおかげでね、ミレイは最後に小さくそう付け加えた。だが、一体それはどういう意味なんだろうか?
「勝手に辞めてすまなかったな」
「まぁ……。良いよ、別に。こうして再会は出来たわけだしな」
もう少し文句を言われるかと思ったが、ミレイの反応は予想に反してサッパリしていた。
いや、文句を言われたいわけじゃないのだが。この前、再会した時にウルカと二人きりで話し合ったようだが、それが関係しているのだろうか? その件についてウルカに問うても何も教えてくれないし、一体何を話したのだろう?
「ただ、これだけは言わせてくれ。私はアッシュがどんな趣味を持っていても否定しないし、それを理由にクビへと追い込まれるのは許せないと思う。相談できなかったのは理解できるけど――」
ま、まさか、ミレイのやつ……。
「おい、待て。待ってくれ」
「な、なんだ?」
「違うから」
「え?」
「違うから。帝国騎士団を辞めた理由は違う。クビにされたのは事実だが、流れていた噂は事実無根だ」
何度も違うと説明するが、ミレイは頬を赤らめながら「ウ、ウルカとも……?」とか聞いてくる始末。違う。俺にそんな趣味はない。ウルカとも致していない!
「ふ、ふーん……」
まだ信じていないような感じがするな……。ここは徹底的に――いや、話題を変えよう。
「と、とにかく! それで!? ミレイは第一都市に到着してからどうしたんだ!?」
「あ、ああ。第一でハンターになって、ソロで活動してたらレンを拾ったんだ。一緒にパーティーを組む事になって、活動を続けてたら名が売れたみたいでね。オラーノ侯爵って人にスカウトされてこっちに来たんだよ」
やはり彼女が第二都市へやって来た理由はオラーノ侯爵による「第二ダンジョンの調査」へのスカウトだったか。
確かに彼女ならばハンターとしてもやっていけるだろう。実力も十分だし、第一で名を上げてスカウトの声が掛かるのも頷ける。
「もっと早く第二都市に来ても良かったんじゃないか? まぁ、結果的にレンさんを連れて来た事は意味があったと思うが」
「まぁ……。そうなんだけどね。その……」
「先輩、いつものアレですよ。アレ」
俺の問いに対して歯切れの悪いミレイだったが、横からウルカが理由を教えてくれた。彼女は人差し指と親指で丸いマークを作っていて「金」を示す。
ああ、なるほど。また稼いだ金を酒とギャンブルに注ぎ込んだな?
そう問うと、ミレイは目を逸らしながら「アハハ」と笑った。
「まぁ、でも……。レンの件もあるかな。あいつ、放っておいたら死にそうだったし」
最後の一言はポツリと零れるように告げる。
恐らく、ミレイはレンさんに頼られたのだろう。昔から人に頼られると断りきれない性格だ。
詳しく事情を聞くと、やはりそうだった。レンさんが自立できるまでは共に行動してやるつもりだったらしい。
「それで、アルバダイン兄弟の件なんだが」
「ああ。昨晩、あれから事情を聞いたよ」
早速本題を切り出すと、ミレイもレンさんから兄であるリンさんとの関係性を聞いたようだ。
ただ、やはり向こうは「兄が次期当主の座を放棄した」と認識している様子。その件について、俺がリンさんから聞いた内容を聞かせると――
「お互い認識が食い違っているってことか。まぁ……。貴族の事情に詳しくもないし、当主問題に首を突っ込むつもりもないけど誤解は解いておいた方がいいかもね」
ミレイとしては、レンの意思を尊重するようだ。
彼がこのままハンターとしてやっていくなら、これまで通りにパーティーを組むつもりだし、家に戻って当主の座を継ぐとなっても止めやしない……といったところ。
「彼はハンターとしてやっていけそうか?」
「まぁ、ここ数ヵ月で基本は叩き込んだよ。甘ったれた泣き虫のガキだったけど、最近じゃダンジョン内で泣き言は言わなくなったかな」
コーヒーを飲みながら軽く言うミレイだが、元々戦闘における訓練なんぞ行っていなかった貴族男児を「泣き言は言わなくなった」と言うまで教育したようだ。
つまり、その……。
「うわぁ……。もしかしてミレイさん、騎士団の時と同じように鬼教官モードで教育したんじゃないですか?」
心底嫌そうな顔をしながらウルカがそう言った。そういえば、彼女も入団初期はミレイからも指導を受けていたっけ。
「鬼教官ってなんだよ。私はいつも通り教えただけだ」
「つまり、鬼教官じゃないですか」
ミレイの訓練方法は非常に厳しいと評判だった。内容は……徹底的な根性論による精神訓練と言えばいいだろうか。
本人が戦う時は凄く冷静で、得意とする槍を巧みに操りながら相手の弱点や隙を狙う戦い方をするのに、他者への訓練となると途端に根性論を持ち出すのだ。
彼女曰く、槍の名手だった父が行っていた訓練方法をマネているという話だが。
「まぁ、泣いてばっかだけど意外と根性はあるよ」
可愛い顔してるけどやる時はやるヤツだ。ミレイはそう言いながらケーキをぱくりと頬張った。
「ふーん。そこに惚れちゃったんですか?」
「ブフォッ!?」
ウルカの一言にミレイは口に含んでいたケーキを噴き出しそうになった。慌てて口を塞ぎながらケーキを飲み込んだようだが、余計に咽てしまったらしい。
というか、ミレイってそうなの? 彼女とレンさんって付き合っているの?
「違うって言ってるだろ!」
「いいですよね、ギャップがある人って」
俺は敢えて口にしなかった。女性同士のじゃれ合いを見て見ぬフリをしつつ、コーヒーと共に言葉を喉の奥に流し込む。
「話を戻すけど、兄弟間の誤解を解くのは賛成だ。レンだって最初は暮らしの為にハンターを始めたけど、今じゃ自分の意思で続けているわけだし。将来的な事もいつかは兄弟で話し合うべきだろうしね」
「うん。じゃあ、話し合いの場を設けられるよう説得してくれ」
「分かった」
ミレイにレンさんの説得を任せ、この日はこれで終了。
そして、翌日――
「…………」
「…………」
先日と同じカフェのテラス席にはアルバダイン兄弟が座っていた。ミレイを含めた俺達三人は、隣の席で二人の様子を見守る事に。
彼等は対面同士で座るも、お互いに無言のまま数十分の時が過ぎていた。
予め、俺達は二人に「意見が食い違っている」と教えておいた。特に弟のレンさんは「兄が不要扱いされていた」という事実を知って、ミレイ曰く少しショックを受けていたようだ。
「……レン、家に戻る気はないの?」
「……無いよ。僕は僕の人生を生きるんだ」
やっと口を開いた兄の言葉に、弟は俯きながら答えた。
「ハンターは危ないよ。いつ死ぬか分からない。僕も学者になってダンジョンに潜る事も多いけど、事故や魔物に殺される人が出たって話はよく聞く」
「うん」
「それでも続けるの? レンに続けられるの?」
そう問うた兄のリンさん。だが、言い方が少し悪かった。
恐らく言った本人は無意識だ。だが「お前に出来るのか?」と問われてカチンときたのか、レンさんは顔を上げるとムッとした表情を浮かべた。
「出来るよ。ミレイさんと一緒に第一ダンジョンで何匹も魔物を倒したんだ。僕にだって出来るんだよ!」
「それはミレイさんのおかげなんじゃないの? レン一人でもやっていけるの?」
先ほどからリンさんの言い方が少々厳しい。これは兄なりの愛情なのか、それとも親に「不要」と言われてから己の力だけで道を切り開いて生きてきた現実を知る者の言葉なのか。
ただ、どちらにせよ弟のプライドを刺激したのは間違いない。
「やっていけるよ! 兄さんはいつもそうだ! 僕の事を何も出来ないと思ってさ!」
「事実じゃないか。学園にいた頃から僕の背中に隠れてばかり。当主になる準備も疎かにしていたから現状があるんだろう? そんな生活をしていたのに、危険と隣り合わせであるダンジョンで生き延びられるの?」
弟のレンさんは、己に自信があると何度も告げる。例えミレイがいなくても、自分はハンターとしてやっていけるのだと。
だが、兄であるリンさんは「引っ込み思案で臆病」「親に甘えていた」といった弟の姿を過去に見ているせいか、彼の主張をいまいち信じられないようだ。
「僕だって魔法で魔物が狩れるんだ! 第一ダンジョンでいっぱい狩ったんだよ! 兄さんみたいに誰かに守られながら調べ物している人とは違って、僕は自分の手で魔物を倒せるんだ!」
「何を言っているんだ。魔物を何匹倒したかが問題じゃない。ちゃんと生き残れるのかって――」
互いの主張がぶつかり合って口論に発展しそうだ。ここは間に入るべきだろうか。
俺がそう考えていると、ミレイがスッと立ち上がってレンさんに近付いて行った。彼女はツカツカとレンさんに近付くと、彼の肩を叩く。
「なんでフゴォ!?」
肩を叩き、レンさんがミレイに顔を向けた瞬間。彼女は指二本をレンさんの鼻の穴に突っ込んでフックのようにしながら顔を持ち上げた。
「テメェ、何馬鹿みたいな事言ってんだ? あ"ぁ"!?」
「ひ、ひぃぃぃ!?」
ドスの利いた声で言い放つミレイであるが、俺としては「馬鹿はお前だ!」と叫びたかった。
仮にも相手はお貴族様だぞ!? お貴族様に鼻フックかましてんじゃねえ! と叫びたくて仕方なかった。
「一人で生きていけるだぁ? 第一の五層をソロで動き回るのが精一杯なガキがブッこいてんじゃねえ! この前も七層でテンパりながら魔法連発してぶっ倒れそうになってたじゃねえか! ダンジョン舐めてんのは誰だ! 言ってみろや!?」
「ぼくでしゅ! しゅみましぇん! しゅみましぇん!」
ミレイは鬼の形相を浮かべながら「イキってんじゃねえ!」と彼を叱った。逆に問われるレンさんは目尻に涙を浮かべながらもミレイには素直に謝罪を口にする。
どうにも上下関係――いや、師弟関係? が出来上がっているように見える。
ミレイは自分に対してズボラなくせに、世話を焼こうと決めた相手にはとことん面倒を見るタイプだが、果たして鼻フックはお貴族様にとって許容範囲なのだろうか。
そう思いながらウルカを見ると、彼女は我関せずといった感じで優雅に紅茶を飲んでいた。
「テメェはまだ教育が必要だ! 雑魚を狩れた程度で兄貴にイキるようじゃすぐ死んじまうからな!」
「ひぃぃぃ! い、いやでしゅう! もうあんな地獄は経験したくありましぇええん!!」
ミレイの「教育」という単語に強く反応を示すレンさん。一体、彼の言う地獄とは何なのか。
しかし、二人のやり取りは見ているこちらの方が怖くなってしまう。頼むから不敬罪で処罰されるのだけは避けてくれよ……!?
ミレイとレンさんのやり取りを見ていたリンさんは、口を開けたままポカンと固まっていた。いや、そりゃそうなるよ。目の前で弟が女の人に鼻フックされてんだもん。
すると、ミレイはレンさんの鼻を解放した後にリンさんへと顔を向けた。
「コイツはまだ甘ったれなところもあるけどさ。自分の意思でハンターを続けようとしてるのは間違いないんだ。私が責任持って見守るから、あんたもちょっとだけ見守ってはくれないか?」
彼女がリンさんにそう言うと、彼はじっとミレイの顔を見つめた。その後、鼻を手で押さえながら涙目になる弟に顔を向ける。
「ミレイさんはこう言っているけど、レンは?」
「……僕はハンターを続けるよ。父さんの思惑通りに生きるんじゃなく、自分で人生を決めたいんだ」
これまでの人生、彼は親の言いなりで生きて来た。生きていながら、これでいいのかと何度も自問自答したに違いない。だが、最初の一歩を踏み出せなかった。漠然とした不安に襲われて、勇気が出なかったのだろう。
だが、レンさんは何でも良いから自分の手で何か成し遂げたいのかもしれない。自分の力で成し遂げて、自信を手に入れたいのだと思う。
切っ掛けはどうあれ、家出という形で一歩を踏み出した。ハンターという道を選択したのも勇気ある決断だと、俺は思う。
先ほどの口論も焦りと不安から来るものだったに違いない。
勇気を出して決断して、何かを成し遂げようと足掻いて、焦って。その中で否定されてしまったから、つい強気な発言をしてしまったのだと思う。
ただ、リンさんの意見も言い方は悪いにしても気持ちは理解できる。身内が危険な仕事をしていれば、心配してしまうものだろう。弟であれば猶更だ。
職業の違いはあれど、リンさんは自力で今の地位を確立したのもあるし。現実がそう簡単じゃない事は人一倍知っていると思う。
「……分かった。ハンターを続けることは否定しないよ。家の事も今は一度置いておこう」
リンさんは弟の選んだ道を受け入れることにしたようだ。家の件は先送りというよりも、もうしばらく弟の様子を見てからって感じだろうか。
もしくは、誰かに相談するつもりなのかな? 王立研究所勤めであるし、貴族の先輩はたくさんいそうだ。上司か先輩あたりに聞けば、良いアドバイスを得られるだろう。
「ただ、僕はミレイさんの事をよく知りません。貴方に弟を任せるのもいまいち信用できない。ですので……」
そう言って、リンさんは俺とウルカに顔を向けた。
「僕が一番信頼できるハンターはアッシュさんとウルカさんです。どうか、弟のことをお願いできませんか?」
リンさんは俺達に向かって深く頭を下げた。弟を頼むと、心から願うように。
「兄さん……」
言葉はきつく、現実を突き付けるように問う兄。だが、弟の事を心から心配している。そんな想いを見せた姿にレンさんは言葉が出ない様子。
「わかりました」
首を突っ込んでしまった手前、俺も断れない。それを抜きにしても、リンさんには普段からダンジョンの件で世話になっているし。ミレイの件もあるしな。
「じゃあ、ミレイとレンさんを俺達のパーティーに加えましょう。四人で活動すれば危険も減るし、アドバイスもしやすいですから」
頭を下げたままのリンさんに提案すると、彼は顔を上げて強く頷いた。
「ありがとうございます。どうか、弟をお願いします」
そう言って、もう一度頭を下げたリンさん。
この日より、俺達は四人パーティーとなったのだ。
ただ、やはり鼻フックはやりすぎなんじゃないだろうか。貴族相手に鼻フックはないだろ、うん。
ここは帝国と違って身分の差においてある程度の寛容さはあるが、それでもアレは……。さすがにヤバイんじゃないか。
帰り道の途中、俺はウルカにその件を伝えたのだが――
「いえ、大丈夫ですよ」
ウルカは問題無いと首を振るだけ。それどころか、何か面白いものでも見たような表情を浮かべていた。
「本当に?」
「ええ。あの少年、喜んでましたし」
「えっ?」
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