第99話 アルバダイン子爵家の双子


 アルバダイン家――ローズベル王国にて誕生した貴族家であり、与えられた爵位は子爵となっている。


 アルバダイン子爵家の歴史はまだ浅く、双子であるアルバダイン兄弟で三代目となっているようだ。


 女王より爵位を与えられた切っ掛けでもあり、アルバダイン家が貴族の仲間入りを果たした理由は、双子の祖父にあたる人物が大変優秀な研究者であったからだ。


 平民だった初代当主は非常に頭がよく、そしてダンジョンに強い興味を抱いていた。努力して王都研究所の一員になり、第三ダンジョンにおけるダンジョン農業計画初期の発案と実験に携わっていた事もあるようだ。


 初期計画でいくつかの功績を挙げて、後に続く栽培計画に大きな貢献を齎した研究者チームのリーダーと評され、先代の女王より爵位を与えらえる事となった。


 初代当主は貴族となり、同じく貴族家のご令嬢と結婚。この結婚相手は魔法使いとあって、魔力を有する子供が誕生した。


 ただ、この息子――アルバダイン兄弟の父となる者はあまり才能に恵まれなかった。


 初代当主のように学問や研究者としての素質に優れるわけでもなく、かといって魔法使いの実力も中途半端。魔法が使える、という利点のみで二代目当主として何とか凌いでいったといった感じ。


 幼少期より期待されていた反面、成長するにつれてその期待が失われていく。彼も辛かったし、コンプレックスはかなり抱えていただろう。


 だからか、双子が生まれた時は大いに喜んだそうだ。


 何故なら双子はどちらも魔法が使えたから。


 魔法使いの家系は子供が五歳になると、魔法が使えるか否かの試験をするという。その場で二人とも魔法を使ってみせて、判定人である王宮魔法使いから「アルバダイン家は安泰である」と太鼓判を押されたようだ。


「そういった経緯もあって、父はアルバダイン家を大きくしたいという気持ちがより一層膨れ上がったんだと思います。自分が成し遂げられなかった事を僕達に背負わせたんですよ」


 酒場でそう語るアルバダインさん――兄のリン・アルバダインさんはグラスに入ったオレンジジュースを一気に呷った。


 まぁ、これだけ聞けば貴族家や豪商等の「名門一家」によくある話といった感じか。


 ……オラーノ侯爵からの手紙も読んだが、アルバダイン家の問題は内々の問題として見られていて、王都住まいの貴族界隈からは噂程度にしか上がっていないらしい。


 むしろ、侯爵は俺とミレイの関係性を心配していたが、どうして俺とミレイの関係性を心配するのだろうか?


 おっと。そんな事よりも今はアルバダイン家の事を考えねば。


「魔法使いとして生まれると、貴族家として期待されるのですか?」


「はい。魔法使いは稀有な存在ですし、扱える魔法によっては国の重要な人材になり得ます。治癒魔法なんかが良い例ですね」


 以前、アイーダさんから聞かされた「本物の奇跡」である治癒魔法。確かに怪我を一瞬で治してしまう魔法が使えれば重要視もされよう。延いては、優秀な血筋・家系として貴族界隈でも箔が付く、という事らしい。


「ただ、魔法使いとして本当に優秀だったのは弟のレンでした」


 リンさん曰く、魔法使いとして優秀とされる基準は魔法を発現させる「出力」や「魔力量」に因るものだと語る。


 魔法の種類は様々で、未だ全てを把握しきっているわけじゃない。攻撃に転用できる魔法もあれば、人を癒す魔法も存在する。


 よって、種類による優劣の判断は難しい。


 ただ、魔法を発動した際の威力や継続して使える時間等は魔法使いの素質によって変わるんだそうだ。その点を判断基準にして、魔法使いとしての優劣を決めているという。


「僕は水魔法が使えます。こんな風に」


 そう言って、リンさんは空いたグラスに人差し指を向けた。人差し指の先からチョロチョロと水が出て、コップの中に溜まっていく。


「ですが、僕にはこれが限界です。コップ一杯分の水を出すのが限界なんですよ」


 そう言いながら、リンさんの額には大粒の汗が浮かんでいた。本当にこれが限界で、これ以上は無理だと言わんばかりに。


 故に攻撃魔法にもならなければ、その他のことにも役立てない。ただ、コップ一杯分の水が出せるというだけ。これだけでは魔法使いとして才能があるとは言い難い。


 魔法を扱えない俺としては、それだけでも十分凄いと思うが……。どんな世界にも厳しい現実があるようだ。


「でも、レンは違います。レンは攻撃魔法の中でも希少な雷を扱えるんです。しかも、攻撃魔法として十分に通用するほどの出力を持ちます」


 これが明らかになった時、弟のレンさんは王宮魔法使い達が監督の元、ダンジョン内にいる魔物への試射を行ったようだ。


 結果は「大変すばらしい」と評された。魔法使いとしてはかなり優秀であると評価され、将来的には王宮魔法使いの一員になるのも夢じゃない、と。


「ですが、レンは性格に難があって。人見知りでしたし、人とのコミュニケーションが苦手でした」


 才能は素晴らしい。ただ、人付き合いに難あり。そういった事もあって、常に兄であるリンさんの背中に隠れてしまうような子供だった。


 成長して王立学園に通っていた際も友達が作れず、暗い学園生活を送っていたんだとか。とにかく、弟のレンさんは表舞台に立つ事や注目されるのが苦手な人のようだ。


「しかし、僕達の父には野望があります。アルバダイン家を大きくしたいって野望がね。僕は十歳の時に父から、お前は当主に相応しくないから他の道を探せと言われましたよ」


 リンさんはまだ十歳の頃、父親から「お前は家の役に立たない」とキッパリ言われたそうだ。成人までは面倒を見てやるが、それ以降はどこかの家に婿へ入るなり何なりして生きろと。


 彼の父親は弟であるレンさんに全てを賭けたのだろう。まぁ、王宮魔法使いに「優秀」と言われた子供なのだ。将来を期待するのは分かるが……。それでも自分の子に「いらない」と言う考えは、俺には理解できない。


「まぁ、親にそんな事を言われまして。子供ながらにムカついたんですよ。だから、絶対に独立してやろうって決めました」


 そこで、兄のリンさんが目指したのは初代当主と同じ学者の道だった。


 彼が五歳になる頃まで初代当主である「お爺様」はご健在で、小さい頃はよく祖父の書斎に入り込んで資料本を絵本のように読んでいたらしい。


 彼が以前ダンジョンの二十階で「御伽噺がきっかけで学者を目指した」と言っていたが、切っ掛けになった御伽噺を教えてくれたのも祖父だったようだ。


 祖父のように学者になり、王都研究所に勤められれば自立できると考えたリンさんは猛勉強をして学者を目指した。遂にはその夢を掴み、成人前には家と決別するつもりで王立研究所で働き始めたそうだ。


「だから、レンが言ってたのは少し誤解があるんです。レンは僕が学者になったから次期当主候補を外されたと思っているようですが、僕は元々次期当主として指名されていなかったんですよ」


 この辺りが食い違っていて、誤解に繋がっているんじゃないかと彼は語る。


「まぁ、レンに嫉妬していたのも確かですけどね……」


 子供時代、親が見せる愛情には明確な違いがあったようだ。


 見放されたリンさんには冷たく、期待されているレンさんは甘やかされ。その違いが余計に嫉妬を生んだのだろう。


「まぁ、そんなところです。僕達の家の事情ってやつは。レンも自業自得なんですよ。将来を見据えて婚約者を自分で見つけなかったのも悪いですし、ハッキリと自分の意思を出さずに親の言いなりになっていたツケが回ってきたんですよ」


 だから、自分が責められる理由はない。甘やかされて育った弟の自己責任である。


 リンさんはそう言って、テーブルに届いた新しいオレンジジュースを飲み干した。


「でも、話を聞いた限りだと弟さんも詳しい事情を知らないみたいじゃないですか? リンさんが学者になったせい、と言ってましたし」


 協会で暴露した内容を聞くに、向こうも親から突然「当主になれ」と言われた感じがする。


「さぁ……。それはどうか分かりませんが」


 リンさんは過去に受けた仕打ちもあって、家のことなど知らんと突っぱね続ける。ただ、表情を見るに意地になって言っているだけのような気もするが。


「しかし、彼にも将来的な考えがあったんじゃないでしょうか? 引っ込み思案な性格は、幼少期から親に期待されて重責を感じてたのかもしれません。それが積もりに積もって、家を飛び出したのではないでしょうか?」


 本人は結婚の件を理由に挙げていたが、他にも不満はあるのだろう。自分の人生うんぬんとも言っていたし、自分の考えを口にしないだけで考えはしっかりと持っているタイプなのではないだろうか。


 ただ……。正直、俺はレンさんの抱いている気持ちなんて分からない。だが、兄であるリンさんにだって分からないだろう。


 分からなくて当然だ。本人じゃないのだから。


 だからこそ、二人は話し合う必要があると思う。家の事を抜きにしたとしても、兄弟の間で生まれた誤解だけでも解いておくべきだろう。


「引っ込み思案で親の言いなりになっていた子が家を飛び出すって結構勇気がいると思いますよ。しかも、ハンターになって自立しようと考えるなんて猶更だと思います」


 俺が一番懸念している点はここだ。家を飛び出した彼がハンターになったという事実。ウルカから話を聞くに、彼はミレイとパーティーを組んでいるようだが……。


「リンさん。ハンターですよ? 学者であり、ダンジョンを研究している貴方なら分かっているはずだ。ダンジョンがどれだけ危険な場所で、ハンターの命がどれだけ軽いのかも」


 ハンターだけじゃない。騎士だってそうだ。ダンジョンで魔物と戦う者は誰だって突然死ぬ可能性を秘めている。


 特に俺の身の周りでは最近それが頻繁に起きている。そのせいか、俺も随分と現状について考えるようになってきた。


 ハンターになった頃は「魔物狩りで稼げる美味しい仕事」という認識だった。しかし、今は……。


 そう思いながら、俺は隣で静かに話を聞いていたウルカについ視線を向けてしまった。 


「…………」


「俺は貴族ではないですし、他人の家の事をとやかく言う資格もないでしょう。ですが、せめて事情を聞いて話し合い、誤解は解いておくべきだと思います。後悔しない為にも」


 喧嘩していようが、家の事情があろうが、二人は兄弟なのだ。世界でたった一人の弟がハンターになって、知らぬうちに死んでいたら。


 彼はきっと後悔するのではないだろうか。せめて、ハンターは辞めるよう説得はするべきじゃないだろうか。


「アッシュさんは……。後悔した事があるんですか?」


「ありますよ。本当の兄弟ではないですが、騎士団時代の仲間は兄弟同然でした。彼等が死んだあと、何度も後悔しました。もっと話しておけばよかったとか、もっとこうしておけば死ななかったんじゃないか、とか……」


 俺の人生には、後悔なんぞ腐るほどある。言い出したらキリがないくらいに後悔してきた。苦い思いを何度もしてきた。


 何度も何度も「ああすればよかった」「こうすればよかった」と繰り返してしまう。そんな事を考えても、もう遅いのに。


 だからこそ、彼には同じようにならないでほしい。


「ですが、向こうも話なんてしたくないんじゃ……」


「幸い、パーティーを組んでいるのは俺の知人です。知人経由で説得してみますよ。だから、一度話してみてはどうですか?」


「……はい」


 リンさんは迷いながらも頷いた。


 あとはミレイに事情を話して、説得してもらおう。

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