第98話 兄弟喧嘩
「え"」
ミレイの意外な反応を見て、ウルカは口を半開きにしながら固まってしまった。
まさか苦し紛れに放った言葉がクリーンヒットするとは思うまい。
「ミ、ミレイさんって小さな男の子が――」
「ち、違う! そんな趣味はない! それにレンは成人しているからな!?」
必死に「違う」と首を振るリアクション。ただ、彼女の口から「あいつは根性あるんだ」とも漏れた。
それが更なる疑惑を生み出していると彼女は思っていないのだろう。だからか、ウルカの視線にはまだ疑うような色が強かった。
「そうなんですか? じゃあ、どうして一緒に?」
「第一でパーティーを組んだんだ。アイツは魔法使いでな。最初は弱っちいヤツに見えたが、最近ではなかなか――」
ミレイは問われた質問に対し、必要以上に語り始めた。それもかなり饒舌に。
しかも。しかもだ。
私生活を共にしていて、アッシュとウルカのような生活を送っていると言う。
理由はレンが資金不足で宿を借りれなかったのが原因だと言うが、それも既に過去の話。第二都市にやって来た理由――オラーノ侯爵によるスカウトである件――も考えるに、既に別々の部屋を借りれるほどの資金は溜まっているはず、もしくは稼ぎもあるはずだ。
なのに、ずっと第一都市では同じ宿で暮していたようだ。
だが、ウルカは「まだ断定は早い」と思ったのだろう。故に彼女は次の質問を口にした。
「そうなんですか。もう宿は取ったんですか?」
「ああ。到着した時にレンが先に宿を確保しようって言うからな。金もあるし、第一で借りてた時よりも
ベッドが二つあってさ。ようやく別々のベッドで寝れるぜ。
ミレイはそう言いながら笑ったのだ。
そう。ミレイとレンは第二都市に来ても、レンと同室の状態で暮そうとしているのである。この事実に彼女は気付いていないのか、とても自然な口ぶりで語った。
「あー、そうですか。……最初は人助けのつもりだったけど、次第にギャップでってやつかな?」
ミレイをよく知るウルカは十分にあり得ると思ったのだろうか。腕を組みながらウンウンと一人で頷く。
「ん? 何が?」
「いえ、なんでもありませんよ」
彼女の事情を聞いてから、ウルカの表情が途端に変わった。そりゃあもう、ニコニコと笑って、子を見守る母のような慈愛に満ちた笑顔に。
「何だよ。何かあるのか? お前がそういった態度を取る時は何かある時だ」
お互いに長い付き合いからか、ウルカの考えが少しは分かるらしい。だが、ウルカは「ギャップって大事な要素ですよね」と小声で漏らしながら首を振るだけ。
「とにかく、事情は分かりました。それで? ミレイさんはどうするんです?」
「あ? そりゃあ、お貴族様に言われた通り、第二ダンジョンの調査に協力するんだよ」
相棒であるレンも魔法使いという稀有な存在であるし、重要な戦力としてカウントされているようだ。ミレイとレンは第二ダンジョン都市騎士団の隊長に指示を得ながら、他のハンター達と共に協力する事になっているのだとか。
「それに、私は元々お前達と合流する気でいたんだ。誰かさんに騙されなきゃ、もっと早くにね」
「その件についてはごめんなさい」
彼女が調査に加わるのは、純粋に戦力増強となるだろう。ミレイの実力はよく知っているし、ある意味で第三都市からやって来た『熊さん』達よりは信用も信頼も厚い。
「何より、見ていて面白そう」
恋や愛に無頓着で無知な女性の先輩がどこに着地するのか。ウルカは非常に強く興味を抱いたようだ。
「じゃあ、今夜は一緒にご飯食べましょうよ。再会した記念も兼ねて」
「お、いいな。良い酒場を教えてくれよ」
すっかり帝国にいた当時の頃へと態度が戻った二人は、肩を並べながら協会へと歩き出した。
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ウルカとミレイが外に向かった頃、協会内ではアッシュが「二人のアルバダイン」を前に大量の疑問符を浮かべていた。
二人は見れば見るほど似ている。というよりも、ソックリだ。
俺がよく知る方のアルバダインを「兄さん」と呼んでいた事から兄弟であるのは分かった。恐らくは双子なのだろうというのも理解できた。
だが、どうして弟の方がミレイと共にいたのか。
そして、兄と弟の間に漂う微妙な空気は何なんだろうか。
「に、兄さん……」
「レン? どうして第二都市に? 家はどうしたの?」
兄が問うと、弟はふるふると震え始めた。そうして、目尻には大粒の涙が溜まっていく。
そんな様子を見ても、兄はまったく表情を変えない。もしかしたら、弟が泣くのは「いつものこと」なのだろうか?
「に、兄さんが学者になったから! 僕が当主になれって! でも、年上の女の人と結婚するように言われるし!」
泣きながら事情を話始める弟。その話を聞いていた者達誰もが「年上の女性って何歳だろう?」と思ったに違いない。
「それが嫌で、僕は家出したんだ! 僕の人生は僕が決めるから!」
全てを拒否するように言い放った弟のアルバダイン。だが、兄の方はため息を漏らしながら「結婚するのが嫌だったの?」と問うた。
俺だけじゃなく、他の者達も同様の疑問を抱いていただろう。確かに結婚したくないと思う者もいるが、泣くほど拒否する事なのか? と。
「嫌に決まってるよ! 僕よりも三十以上年上なんだよ!?」
衝撃的な年齢差から始まって、彼の口からは婚約者となった女性の闇が次々に暴露されていく。
それらを聞いて、俺は「やばすぎィ!」と内心で叫んだ。他の者達も同様な感想を抱いたようだ。周囲を見渡せば、話を聞いていた全員が「そりゃ、家出もしたくなる」とドン引きしているではないか。
「でも、家を存続させる為には仕方ないだろう? それに婚約者を自分で決めなかったレンが悪いんじゃないの?」
ただ、それでも兄の方は「貴族なら仕方ない」といった冷静な――いや、少々弟に対しては冷たすぎる雰囲気を纏っている。同時に「同世代の令嬢と婚約しなかったお前が悪い」と突き放すような意見も口にした。
どう考えても兄弟仲は悪そうだ。
「そ、そんな……」
あたかも自分が悪いように言われてしまった弟は、キッと兄を睨みつけた。
「に、兄さんは良いよね! 学者になって、認められて、家を放り出してさ! 好き勝手生きられるじゃないか! 僕に全部押し付けて!」
「はぁ? 何を言っているんだ。次期当主として相応しいと言われていたのはレンの方だろう? 僕は当主になれないから自分の生きる道を見つけただけだよ」
「だったら! 僕に変わって当主になれば良いじゃないかッ!」
「だから、それが出来ないから――」
「まぁ、まぁ、まぁ! 二人とも、抑えて! 抑えて!」
今にも殴り合いになりそうなくらいの口論に発展した兄弟の間に、俺は無理矢理割って入った。
「二人共落ち着いて」
俺が二人を引き離そうとすると、弟の方が俺の手を払った。そして、俺を睨みつけてくる。
「………ッ!」
俺のことをまるで敵のように睨みつけたレンさんは、零れた涙を服の袖で拭いながら協会の外へと飛び出して行ってしまう。丁度、彼がスイングドアを乱暴に押し退けた瞬間、ミレイとウルカが戻って来た。
「レン? どうした?」
レンさんはミレイの体にぶつかってしまうが、鼻を啜りながら彼女を無視して飛び出して行ってしまう。
「おい、レン!?」
ミレイは眉間に皺を寄せながら俺の顔を見た後、レンさんを追いかけて行った。あの顔は「後で事情を話せ」って言いたかった顔だろうな。
「アッシュさん、すいません。お見苦しいところを」
兄の方のアルバダインさんは俺に頭を下げ、周囲にいたハンター達にも「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げた。
「大丈夫なんですか? 彼、弟さんですよね?」
「ええ。そうです。ですが……」
俺が問うと、彼は表情を暗くしながら少しだけ俯いてしまった。彼の表情を見るに、彼もまた弟へどう接して良いのか分からないといった感じだろうか。
「事情、俺でよければ聞きますよ。話せればですが」
俺の提案にアルバダインさんが静かに頷いた。
どうにか兄弟仲を修復できるアドバイスを言えればよいのだが……。察するに複雑そうだ。
だが、彼にはダンジョンの件で非常にお世話になっているのだ。出来る限り、力になりたいと俺は思った。
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