第96話 招集されたハンター達


 クロスボウの検証実験を終えて地上に戻った俺達は、騎士や学者達と別れて協会へ続く道を女神の剣と共に歩いていた。


 ダンジョンと都市を遮る門を通って都市内に入り、協会の前まで歩いて行くと外までハンター達の話声が聞こえてきた。


 既に時間は夕方とあって、清算待ちのハンター達が溢れ返っているのだろう。いつも通りの日常かと思いきや、聞こえてくる声を盗み聞くとどうにもいつもと違う様子。


「何かあったのか?」


 俺はターニャと顔を見合せながら協会内に入ると――


「よう。遂に来たぜ」


 協会入り口付近で腕を組んでいたタロンに声を掛けられた。


「来たって?」


「あれだよ」


 剣呑な雰囲気を醸し出すタロンが顎をしゃくって指し示したのは、カウンター前で職員と話し合うハンター達。全員同じパーティーらしく、八人ほど揃って話を聞いている様子があった。


 彼等の顔には見覚えはない。ただ、装備している防具や背負っている武器は上等な物が揃っていて、新米ハンターとも思えない。


 そこまで考えて合点がいく。


「ああ、招集された人達か?」


「そうそう。奴等、第三ダンジョンのトップパーティー『月ノ大熊』だ」


 タロン曰く、総勢八人の大所帯を組むパーティーは第三ダンジョン都市に所属している上位ハンター達らしい。


 元々は第三都市周辺の森で狩人を営んでいた若者達が集まってハンター業を掛け持ちしていた集団らしいが、狩人という事もあって魔物狩りにも才能を発揮。その腕前を見込まれて、第三都市協会から直々にハンター専業にならないかとスカウトされた経歴を持つとか。


 中でもリーダーである「カカ」という人物は、パーティー名と同じように大熊のような体躯を持つ男性であった。


 横にも縦にも大きい彼は、全身に金属鎧を纏って重装兵のような恰好をしている。加えて、背中に背負うバトルアックスも人間が使う物とは思えないほど大きい。


 所謂、力自慢。いや、怪力自慢といった感じのタイプなのだろう。


 そのような人物である事から、彼に付けられた異名は『ウォーベア』だという。


 ウォーベアとは、遥か昔に絶滅してしまった熊の名だ。巨体と獰猛な性格であり、獲物を一撃で仕留めて喰らっていた。そんな伝説の残る熊の名から拝借されたらしい。


 異名通り、本人の気性も荒々しいのだろうか?  


「野郎、とんでもねえ筋肉の持ち主だ。鎧の上からでも分かるぜ」


 タロンが彼等へ敵視するような視線を向けていた理由はそれか。第二ダンジョン都市一番の筋肉野郎と自負する彼の立場を揺るがす存在だと思っているのだろうか。


「一組だけしか来てないのか?」


 筋肉の事しか頭に無いタロンへ問うと、彼は「今のところは」と返してきた。


「第一からも来るって噂はあるがな。第三ダンジョン都市からは奴等だけだ」


「第三ダンジョンはそこまで大きなダンジョンではないからな。内部の危険性もそう高くない。ハンターからは不人気という点もあって、活躍している上位パーティーが少ないんだ」


 ターニャの話によると、第三ダンジョンの構造は全十階層。内部には動物系の魔物が主に出現するようだ。


 ただ、最下層付近である九階まで降りないと稼げる魔物が出現しないらしい。しかも、八階と九階における脅威度の差が極端に開いているようだ。


 簡単には狩れないくらい強い魔物が出現する割には回収できる素材も少なく、研究も終わっていて利用価値がそこまで高くないと判断されてしまった。故に第三ダンジョンはハンターの間で「不味い」と言われている不人気な狩場である。


「氾濫防止の為に狩らなければならないので、報酬には多少の色が付くようだがな。それでも第三ダンジョンは農場という印象が強い」


 脅威度が極端に高い魔物は最下層付近にしか出現しない。加えて、王都研究所の試みで『ダンジョン栽培』が開始された影響もあるのだろう。


 そう、現在のローズベル王国市場に出回る『ダンジョン産』というヤツだ。俺が第二ダンジョン都市へ初めて来た時に驚いた代物である。


 第三ダンジョンの上層にはほとんど魔物が出現しない、しかも人間を襲わない大人しい魔物ばかりという事もあって、王都研究所は第三ダンジョン内に畑を作った。


 当初は「ダンジョン内で作物を育てたらどうなるのか?」という好奇心の塊のような実験から始まったようだが、これが意外や意外に大当たりしたわけである。


 なんと、ダンジョン内で育てられた作物は、通常の栽培方法よりも成長が各段に早かったのだ。


 聞いた話によると三ヵ月程度の栽培期間を要する野菜が、約三週間程度で売り物になるレベルまで成長するんだとか。他にも果実の苗木を植えたら二ヵ月程度で木が成長して、市場でよく見られる瑞々しい果実を実らせたという話も聞く。


 要はダンジョンで育てた作物は異様なほど成長速度が早いというわけだな。加えて、ダンジョン内は一定の天候で固定されているせいもあって、不作の心配も今のところは無いと言われているようだ。


 俺は農業の知識に詳しいわけではないが、これを聞いただけでも凄まじい事だと思える。 


 しかも、通常の方法で育てた物と遜色無いのだから、結果を見た国や学者達が「よっしゃ、ダンジョン栽培継続!」となるのも頷けよう。


 そういった経緯もあって、第三ダンジョンでは年々ダンジョン内の畑が拡張されていっているようだ。


 話が少し戻ってしまうが、ターニャが言っていた「不人気」という理由がこれである。


「不人気なだけあって、慢性的な人手不足を抱えているのだ。だが、向こうだって氾濫に備えて人員は確保せねばなるまい。よって、送り出せるのは一組だけ、となったのだろう」


「なるほどね」


 俺とウルカが第三ダンジョンの事情を聞いていると、向こうも職員との話が終わったようだ。


 会話を終えた彼等は俺達に顔を向けて、一言二言仲間と話し合う。その後、俺達の元へと歩み寄って来た。


「失礼、オラ達は第三ダンジョン都市から来た者だ。そちらは皆様方は第二ダンジョン都市所属の上位パーティーであると窺った」


 そう問われ、ターニャが代表して「そうだ」と返した。


 すると、カカなる人物の後ろに控えた仲間達が「べっぴんさんだべ」とか「オラのおかぁより色っぺえ」だとか小さな声で漏らし始める。


 ……なんだか、田舎から出て来た人達みたいな感想を漏らしているが、第三ダンジョン都市はそこまで栄えていないのだろうか?


 やはりダンジョン内で農業を行っていたり、都市の周囲に森が多いって事もあって長閑な風景が広がっているのか? いや、でも鉄道が通っているし、ダンジョン都市という事実には変わりない。最先端の技術が持ち込まれていそうなんだが……。


 逆に興味が湧いてきたな。


「オラ達はお貴族様から調査済みの階層に出現する魔物を狩るように言われている。先行している皆様から情報を頂きたいんだべ。よろしいか?」


 ウォーベアの異名と意味を聞いていたせいか、少し身構えすぎていたようだ。彼は確かに大きな体を持った人物であるが、態度は荒々しいどころか滅茶苦茶謙虚だった。


 いや、イメージ通り荒々しくても困るが。


 とにかく、彼等はそう警戒しなくても良さそうだと思える第一印象である。


「ああ、もちろん。これからよろしく頼むよ」


 俺が答えて手を差し出すと、カカさんはニコリと笑って俺の手を握った。


「よろしくお願いしますだ」


 その後、第二ダンジョン都市を拠点とする上でオススメの宿や食堂などを教えると、彼等はニコニコと笑いながら話を聞いてくれる。


 最後は何度も礼を言いながら宿の契約をしてくると言って立ち去って行った。


「……優しそうな熊さん」


 彼等の背中を見送るウルカが、ぼそりと一言漏らした。すると、横にいたターニャが思わず吹き出してしまった。


「確かに見た目だけは異名通り熊のような奴等だったな」


「でも、良い人そうじゃないか。揉め事も起こしそうにないし、ああいった人物が戦力に加わるのは大歓迎だろう?」


 新たな階層が見つかってから移籍して来るハンターは依然として多い。これまではそういった人物達にあまり良い印象を抱いていなかったが、彼等のような人達なら歓迎するべきだろう。


「だが! 都市一番の筋肉は俺達だッ!」


 だが、最後までタロンは気を抜いていなかった。無駄に筋肉をアピールしながら、俺達が一番だと存在を主張してくる。


「ああ、うん……。そうだな。今日も輝いてる」


「だろ?」


 少々投げやり気味に対応してやると、何故かタロンは上半身裸になって筋肉をアピールし始めた。横にいるウルカが「最悪」と漏らすが、全く聞いちゃいない。


「第三ダンジョン都市から来たって事は、第一から来る人もそろそろ到着するのかな?」


「かもしれませんね。どんな人が来るんでしょう?」


 俺とウルカが話し合っていると、後ろから協会職員に声を掛けられた。振り向くと封筒を持った男性が立っていて、彼は「アッシュさんにお手紙です」と口にした。


 差し出された封筒を受け取り、裏面に書かれた差出人を確認する。


「オラーノ侯爵閣下から?」


 差出人には「ロイ・オラーノ」とあって、オラーノ侯爵家の紋章が入った封蝋が押されている。


 一体、どうしたのだろうか? 俺は内心で首を傾げながらも内容を確認しようとしたタイミングで――


「見つけたぞ!」


 背後にあった協会の入り口から、どこか懐かしい声が聞こえた。


「え?」


 まさか、と思いながら振り返ると、やはり立っていたのは懐かしい人物。


「ミレイ?」


「ようやく見つけたぞ! アッシュ! ウルカ!」


 俺達を指差しながら叫ぶのは、帝国時代の部下であるミレイであった。

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