第95話 半魔導クロスボウ


 ベイルーナ卿が王都に戻ってから二週間が経過した頃、王都より第二ダンジョン都市へ滞在する学者宛てにいくつか物資が届いた。


 中には俺達ハンターにも関係する物が混じっていて、本日はその『兵器』に関する検証と実験が二十一階にて行われる事に。


「本当に大丈夫ですか?」


「はい。何かあればすぐに上へ避難するよう指示を受けておりますので」


 本日の試みに対し、数名の学者が俺達と女神の剣、それに騎士達と共に二十一階へと降りていた。階層の整備とマッピング、各部屋の調査は粗方終わっているものの、未だ魔物に対する脅威度は下げられていない。


 だというのに、学者達が随伴しているのは――ウルカが片膝を地面につきながら構えるクロスボウが理由だろう。


 彼女が扱おうとしているクロスボウこそ本日の主役。対ヤドカリ型ゴーレム用として王都研究所から送られて来た試作品である『半魔導クロスボウ』であった。


 ウルカは用意した台の上にクロスボウを乗せる。安定感を確かめた後にグリップを握り、騎士が指示した壁に向かって狙いをつけた。トリガーを引くと装填された合金製のぶっとい杭がズドンと発射される。


 その威力は凄まじく、撃ち出された杭は根本まで壁にめり込んでしまった。


「ウルカ、どうだ?」


「命中精度は高いと思いますよ。ただ、ほぼ固定砲台ですね」


 この試作型クロスボウは、とにかく威力を増す為に通常の物よりも大型化されているので持ち運びに難がある。試射を見るに威力は申し分ないが、重い上に取り回しもし難いとなると機動力にも欠ける。


 ウルカの言う通り、固定砲台としての運用が一番理想的だろう。


「でも、巻き取りは自動なので便利です」


 一発撃ったあと、専用のボルトを所定の位置にセットしてからレバーを下ろす。すると、自動でボルトが最大まで巻き取られた。


 加えて『半魔導』というだけあって発射時の内部プロセスには威力を増す為に魔石からのエネルギーが使われているらしい。完全なる魔導兵器との違いは魔法的な効果が付与されていない部分なんだとか。


「使い勝手は置いておいて、まずは通用するか試しましょう」


 ウルカが試射を終えると、エリアの先にいた女神の剣に向かって手を上げて合図した。彼女の合図を受けた女神の剣は、ヤドカリ型ゴーレムがいる部屋まで向かい出す。


 今回の検証・実験の内容は、このクロスボウがヤドカリ型ゴーレムに通用するか、だ。それも一撃で倒せるかどうかを試す事となる。


 大型化して重いクロスボウを持ち運ぶ事が出来ないので、クロスボウを設置した中央エリアまで敵を誘導し、順次射撃にて討伐。というのが、今回の流れだ。


 しかし、今更だがクロスボウと呼ぶには大きすぎる。だが、バリスタと呼ぶには小さいし。


 ううむ。


 名称について悩んでいると、奥から「ピーピー」という音が微かに聞こえて来た。女神の剣が部屋の中に入ったか。


 という事は、奥からやって来るであろう他二体の姿も……。


「来ましたね」


 奥から球体の状態でコロコロと転がって来たヤドカリ型ゴーレムを視認すると、ウルカはクロスボウの各部を再確認した後に射撃準備完了の合図を出す。


 彼女が合図を出したと同時にヤドカリ型ゴーレムは前方に展開する騎士を捕捉して、球体からヤドカリ状へと変形した。


 騎士達が射線を開けると、ウルカはトリガーを引いてボルトを発射。


 ズドンと強烈な音を立てて発射されたボルトは一直線に魔物の体へ向かう。辛うじて発射された瞬間は見えたが、発射された以降は目で追えなかった。


 当たったかな? なんて暢気な考えすら抱く前に、ヤドカリ型ゴーレムの一体が後方へと弾け飛ぶ。


 両手を広げながら吹っ飛んだヤドカリ型ゴーレムは床をバウンドしながら転がった後、一切動かない。


「やったか?」


「もう一体も撃ちます」


 再度ボルドを装填して、壁となる騎士達に合図を出す。射線を開けてもらい、もう一度発射すると最初の一体と同じように弾け飛んだ。


「もう一体、行くぞ!」


 二体目を吹っ飛ばしたあと、女神の剣がエリア内に駆け込んで来た。


 ピーピー、と音を鳴らすヤドカリ型ゴーレムがターニャ達の後に続いて姿を現わす。ターニャ達はウルカの位置を確認した後に体を反転。射線上から逃さぬように剣や槍で威嚇し始めた。


「撃ちます! 離れて!」


 ズドン、と音を鳴らす第三射目。三射目はヤドカリ型ゴーレムの横っ腹に命中したようだ。


 他二体と変わらず、同じように吹っ飛んで壁に激突した。他二体が一撃で屠れたように、こちらも一撃で終了……かと、思われたが。


「動いているぞ!」


 ボルトを横っ腹に食らい、壁に激突した最後の一体が「ギギギ」と異音を鳴らしつつ、紫色の目を点滅させながら立ち上がった。


 他の二体は真正面から撃たれたのもあって、ゴーレムの急所を捉えられたのかもしれない。だが、こちらは横っ腹だったせいで、急所は外れてしまったか。


 ただ、どう見てもゴーレムは虫の息だ。


 先ほどまで鳴っていた音は断続的になっていて、体全体の動きが壊れたおもちゃのように鈍い。


「これなら撃つまでもないな」


 剣を抜いたターニャがゴーレムに近付くと、彼女は頭部に向かって突きを繰り出した。弱点と言われている頭部を破壊すると、最後のヤドカリ型ゴーレムは灰色の煙を噴き出して地面に沈む。


「結果としては上々かな?」


「そうですね。遠距離からの一撃で倒せましたし、何より蜘蛛型ゴーレムを呼ばれませんでした」


 運用方法に制限があるものの、威力的には十分に通用すると実証されたわけだ。


「必要な威力は分かりましたからね。あとはウルカさんから実際に使った感想を聞き取りつつ、王都の開発部門に申請してみますよ」


 見学者である学者の中の一人――少年のような幼さを持つアルバダインさんがニコニコと笑いながらそう言った。


「ただ、これ以上改良されるかどうかは保証できません。その点だけはご了承下さいね」


「ええ。勿論です。それに簡単に倒せる武器があるだけでも違いますから」


 王都のご機嫌次第、といったところなのは理解している。改良されれば嬉しいが、今の状態でも一撃で倒せるには倒せるのだ。これだけでも喜ぶに値するだろう。


 今回の検証実験を終えて、クロスボウは一旦回収するが後日中央エリアに設置して誰でも使えるように手配してくれるようだ。


「あと、ヤドカリ型は火に弱いって検証結果が王都から届きました」


「へぇ。そうなんですか?」


 ヤドカリ型ゴーレムを初めて狩った日から数週間経つが、王都での検証結果がようやく届いたらしい。


 二十一階に出現するゴーレムは、どれも火に弱いらしく、炎魔法を使える魔法使いであれば簡単に体を構成する金属を溶かせるようで。


 まぁ、これは『魔法』だからかなと思うが。


「現在、騎士団用に魔導弓の魔導効果を炎矢へ変更した物を準備しているとの事です。王都で行われた死体への検証では十分に効果を発揮しているようですよ」


 リンさん曰く、魔導効果を炎矢に変更した魔導弓の攻撃はゴーレムの体を溶かすほどの威力があるらしい。


 やっぱり魔導兵器ってのは凄いなと改めて思う。


 俺達がどれだけ知恵を巡らせても、魔導兵器を持ち出されては全てにおいて敵わない。まぁ、騎士団は氾濫防衛にとっての要だし、それくらい強い武器を揃えてもらわなきゃ困るってのもあるが。


「ただ、我々でも狩れるんだ。一日一回、複数のパーティーでヤドカリ型ゴーレムだけを討伐するのもアリだろう。その後はゆっくり蜘蛛型を狩って稼げば良いのだしな」


 ターニャとしては、今回の成果に納得しているようだ。


 彼女の言う通り、三体しかいないヤドカリ型ゴーレムを一日一回狩ってしまえば、復活時間を過ぎるまでは比較的脅威度も落ちるだろう。今後は他のパーティーと連携するのも大事になりそうだ。


「だが、もうすぐ二十二階の調査が始まるからな。場合によっては、また頭を悩ませる日々になるかもしれん」  


「ああ……」


 そう。彼女の言う通り、近日中に二十二階の調査が始まる。また俺達は騎士団と共に下層へ向かう事になっているのだが――


「女王陛下の命令で急ぎなんだろう?」


「そのようだ。騎士団にも催促がきているらしい」


 ベイルの話を聞くに、どうにも王都からの催促が下ったのは、タイミング的に例の宝石が見つかったと王都へ報告された直後のようだ。


 あの宝石について詳細は聞けなかったが、女王陛下が「早く下層を調査しろ」と命令するくらいには重要だったのだろう。


「他の都市からも上位のハンター達が来るって話だが」


「ああ。そろそろ到着するのではないか?」


 女王命令が下った事で第二ダンジョン都市協会における上位パーティー不足が王都協会本部で議題に挙がったようだ。


 俺達は引き続ぎ下層の調査に当たる。だが、それと並行して新素材の収集も王都研究所は進めたい。そこで、各都市で上位と名高いハンター達を第二ダンジョン都市に招集して、調査と素材採取を平行して行う事になったとか。


 よって、俺達は引き続き騎士団と共に下層へ。各都市から招集されたハンター達は二十一階に出現するゴーレムの素材を集める事になった。


「どんな人が来るのかな?」


「さぁな。簡単に死なない奴等であれば良いが」


 また問題が起きなければ良いが。そんな事を彼女と話していたのだが……。


 この時の俺は、まさか懐かしい仲間と再会する事になるとは夢にも思っていなかったのだ。

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