第94話 老騎士ロイの配慮


 エドガー・ベイルーナが第二ダンジョン都市で宝石を回収している頃。王都騎士団長であるロイ・オラーノは第一ダンジョン都市を訪れていた。


 彼が第一ダンジョン都市を訪れた理由は『女王命令』によるものである。


 女王から受けた命令の内容は、第二ダンジョンで新たに見つかった階層を早急に調査せよというもの。それに従い、各都市から有能なハンターを第二ダンジョン都市へ招集させるべく視察に向かったわけだ。


 第一ダンジョン都市騎士団からの報告では、最近になって優秀なハンターが現れたとのこと。しかも、そのハンターの出身地は『帝国』らしい。


 この妙な繋がりに引っ掛かりを覚えたロイは『優秀なハンター』の素性を王都騎士団に調べさせた。すると、驚きの事実が判明する。


「まさか、アッシュの元部下だとはな」


 第一ダンジョン都市協会に向かう馬車の中で、工場が立ち並ぶ都市の景色を眺めながら独り言を呟く。


 まさかスカウトしようと思っていたハンターが、最近知った有能な若者の元部下だとは思わなかった。


 そして、どうして元部下が元上司とは別の都市でハンター業に従事しているのかという疑問が湧く。この件については騎士団と自家の調べを以てしても判明しなかった故に「何かマズイ関係性でもあるのか」と勘ぐってしまう。


 例えば、帝国騎士団時代にアッシュとの関係が険悪であったとか。


 当人は女性であると聞くし、実は元々恋人関係にあったとか。


 特にアッシュは相棒であるウルカと仲睦まじい様子を見せていた事もあって、男女関係によるものなのかと想像してしまったようだ。


 となれば、非常にデリケートな問題だろう。招集をかける前に確認しておきたい、と自ら足を運んだ次第である。


「……男女の関係は面倒だからな」


 彼もまた過去に男女関係にまつわる何かがあったのだろうか。女王による命令を受けていながらも、非常に配慮するような考え方が窺える。最近注目しているハンターへの心遣いとは別の感情が含まれているような雰囲気だ。


 それと、もう一つ。


「まさか組んでいるのが貴族だとはな」


 有能なハンターがパーティーを組んでいる相手が、貴族家出身の男児であるという事だ。


 こちらの情報は必要以上に得る事が出来た。


 どうして貴族の子がハンターになったのか。しかも、次期当主である男児であるにも拘らずだ。その理由に加えて、現在の家の状況などもロイの耳に入って来た。


 情報を得たロイの感想としては「けしからん」の一言に尽きるだろう。


 上位貴族の立場を利用して結婚を迫り、同時に子の親である現当主もそれを後押しするとは。


 確かに貴族界隈では当人同士が望まぬ結婚もあるし、家が繁栄する為には仕方ないと諦めねばならぬ現実がある事も理解している。それに、ロイが侯爵家の人間であったとしても、他家の事情に首を突っ込むのはタブーであろう。


 だが、それでもロイの過去を以てすれば――素直に見て見ぬふりは出来ない事実だ。


 何故なら、彼もまた己の愛を貫いた人物であるが故に。


「男女の関係とは、いつの時代も難しいものか……」


 若い頃を思い出しているのか、彼が呟いた言葉は妙に重々しく、深いため息とセットになっていた。


 ロイを乗せた馬車は第一ダンジョン都市協会前に到着。馬車を降りて協会内に入ると、入り口の傍で彼を待っていた職員に挨拶をされながら個室へと案内された。


 個室の中には既に今回面会予定である二名が待機しており、どちらもガチガチに緊張している様子を見せる。


「急な面会になってすまないな」


「いえ……」


 立ちながらも体を強張らせる二人に対し、ロイは「座ってくれ」と着席を促した。二人が椅子に着席すると、ロイはテーブルの上で両手を組みながらそれぞれの名を確認する。


「君がアルバダイン子爵家次男であるレン、そちらはミレイで合っているか?」


「は、は、は、はい!」


「はい、合っています」


 ロイが問うと、レンはガタガタと歯を鳴らしながらも答え、ミレイは声音こそ冷静であるが表情にはロイを警戒するような気配が窺える。


 事前に面会の理由は職員経由で伝えてあるはずだが、どうしてこんなにも警戒されているのか。


 ロイが内心で首を傾げていると――


「ぼ、僕は実家に帰りません!」


 レンが意を決したかのように叫んだ。侯爵であるロイに対して、少々不敬な物言いであるものの、警戒されている理由が分かったのは確かだ。


 どうやら二人は面会と称してレンを連れ戻すよう親に説得されて来た、と思い込んでいるのだろう。


「ああ、その件ではない」


「え?」


 ロイが首を振ると、レンはポカンと口を開けて固まった。


「君の実家は関係無い。私が面会を希望したのは女王陛下の命令によるものである」


「あ、そ、そうでしたか……。申し訳ありません……」


 シュンと肩を落としたレンは小さくなりながら頭を下げた。


「それでは、どのような……?」


 隣に座るミレイが問うと、ロイは頷いてから口を開く。


「第二ダンジョンにて、新たに階層が発見されたのは知っているか?」


 ロイが問うと、二人は「はい」と返した。まぁ、各都市の協会に発信された内容だ。知らぬ方がおかしい。


「女王陛下は新たに発見された階層には、より研究を進める知見が秘められているのではとお考えだ。そこで、早急な調査が必要となった」


 よって、優秀なハンターを第二ダンジョンへ集結させて、集中的な調査を進める事になったと内容を明かす。同時にこれは招集するべきハンターを選ぶ為の面会であるとも。


「私はむしろ、望むところです」


 内容を明かすと、ミレイは逆に「行きたい」と熱望した。レンもまた「ミレイさんが行くなら」と自らの意思を口にする。


 ただ、ロイはミレイの反応を見て内心首を傾げた事だろう。


「ミレイ、お主はアッシュという男を知っているか? 帝国から来た元騎士なのだが」


「え? アッシュを知っているのですか? 彼は私の元上司で――」 


 やはり、情報通りだ。彼女はアッシュの元部下である事は間違いない。彼の名を聞いたミレイの反応からは嫌悪などの感情は窺えず、むしろ名を聞いて喜んでいるようにも見えた。


 なら、どうして別々の都市で活動しているのか。余計に理由が分からない。


「君もまた帝国から移住して来たようだが、どうして元上司のいる第二都市ではなく第一都市で暮しているのだ?」


 素直に理由を問うと、ミレイは「ははっ」と渇いた笑いを零した。同時にテーブルの上にあった彼女の拳が強く握られるのが横目に見える。


「元仲間にハメられまして。訪れた当初は資金不足で都市間移動が出来ませんでした」


「ハメられた?」


「はい。アッシュをご存知であるなら、恐らくは傍にいるウルカという女もご存知では?」


 ミレイの言葉を聞いて、ロイはピンときたようだ。内心では「そっちか!」と驚きを露わにしているに違いない。


 彼女の口から詳しい内容は出なかった。だが、ロイが「アッシュを巡って、女性同士のやり合いか?」と勘違いするには十分だろう。まさかアッシュ本人の問題ではなく、彼を取り巻く人間同士の問題だとは失念していたようだ。


 これは引き合わせるとマズイだろうか? そのような考えがロイの表情から窺える。


 ……あくまでもロイの勘違いなのだが。


「是非、第二ダンジョン都市へ向かわせて頂きたいと思います。いえ、この面会が無かったとしても向かっていましたがね」


 だが、本人は強く熱望しているし、どのみち向かうと宣言されてしまった。


 ハンターの支部間移籍は本人の自由であるし、仮にロイが「マズイ」と思っても止める権利はない。加えて、女王命令は「早急なダンジョン調査」であって「ハンターの移籍を制限」するものではない。


 あくまでも、今回は帝国からやって来た若者の事情を探るため、女王命令を尤もらしく利用した個人的な面会に過ぎないのだ。


「そ、そうか。では、第二ダンジョンの調査に参加するという事で良いか?」


「はい」


 ミレイはとっても良い返事を返した。ニッコニコと笑う表情が余計に怖い。


 この様子を見るにいつかは「対面」するつもりだったのだろう。だが、今回の件でタイミングを早めてしまった可能性は否定できない。


「う、うむ。では、追って協会経由で連絡する。調査の件、頼んだぞ」


 動揺を必死に隠すロイであったが、とにかくこれで面会は終了となった。


 ただ、終わった後の感想としては「どうしよう」といったところだろうか。


 協会を出て、馬車に乗り込んだロイは――


「先にアッシュへ伝えておくべきか……」


 難しい顔をしながら、腕を組んで思い悩む。


 女性同士の諍いに板挟みされるであろう憐れな男はどうなってしまうのか。同じ男として、ロイはアッシュに同情を禁じえなかった。


 もう一度記述しておこう。これは彼の勘違いである。


 ただ……。この後、ロイは様々な命令によって多忙を極める事になる。


 よって、アッシュへ手紙を送る事自体が遅れてしまった事も先に語っておこう。

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