第93話 値千金


 部屋を出た俺達は、今度こそ宝石のある部屋へと向かった。


 道中、何度か戦闘はあったものの、やはり蜘蛛型ゴーレムを変異させるヤドカリ型ゴーレムがいなければどうって事がない。


 その点だけ抑えておけば買取価格の高い金属系素材が獲れる階層というのも相まって、二十一階はかなり優良な狩場になりそうだが……。


「現状、ヤドカリ型ゴーレムが厄介なんですよね。複数で襲い掛かって来るので人数の少ないパーティーでは手がつけられません。どうにか音を発する前、もしくは即時無力化できる手段があれば別なんですが」


「ふぅむ。となると、遠距離攻撃での一撃が理想か」


 ベイルーナ卿より最近の状況を問われた事もあって、俺は歩きながらヤドカリ型ゴーレムの対策について助言を求めた。


 現状、ヤドカリ型ゴーレムへの対策としては「とにかく早く倒す事」だろう。その点も伝えると、彼は「遠距離攻撃による一撃」が理想と至ったようだ。


「アレは他のゴーレムと比べて体が硬いようだな。剣で斬るのは現実的ではないだろう」


 有効な手立てと言えば打撃系の武器でぶん殴る事。やはり、メイスや大槌を持った人間達で囲んでボコボコにするしかないのか。


「だが、硬くとも金属である事には変わりない。体を構成する金属が何に弱いかを調べる事が重要じゃな」


「と、言いますと?」


「たとえば火に弱い、水に弱いなどだな。相手は魔物であるが金属の体を持っておる。体を構成する金属には何が有効なのか。熱すれば簡単に溶けてしまうのか。腐食するのかどうか、水をかけたら動きが鈍るのか……。そういった点も大事だ」


 まぁ、この辺りは王都研究所が調べる範疇なのだがな、とベイルーナ卿は付け加える。


「なるほど」


「そういった点も考えると、ゴーレムという魔物を狩るには魔法使いが最も適しておる。魔法使いの中には雷を扱う者もいてな。一撃でゴーレムを無効化すると聞くぞ」


 なんでも、その優秀な魔法使いは第一ダンジョン都市にいるようだ。今、オラーノ侯爵はその魔法使いに会っているのだろうか?


 しかし、雷の魔法で一撃という事は、ゴーレムの弱点は雷なのか? 魔法使いじゃない者でも雷を扱う……のは、ローズベル王国の技術を以てしても難しいか。


「あとはパワーじゃな。パワー」


「パワーですか?」


「うむ。バリスタのような高威力の遠距離兵器を用意して、力と勢いでゴーレムの体を貫くんじゃよ」


 なんて簡単な話なのだろうか。


 小細工を一切捨てて、急に脳筋的な話になったような気もするが、結局のところ魔物に対してシンプルかつ有効な手段は「力勝ち」なのかもしれない。


「クロスボウはどうでしょう?」


 横で話を聞いていたウルカが問うとベイルーナ卿は頷きを返す。


「試してみる価値はあるだろうな。確か王立研究所で重装備を貫くクロスボウが試作されていたはずだ。検証も兼ねて手配してやろう」


 有難い話だ。


 もし有効であれば協会や騎士団を通して専用のクロスボウを支給、もしくは販売してくれるかもしれない。そうなれば、二人だけのパーティーである俺とウルカも二十一階で狩りができるようになりそうだ。


「ベイルーナ様。到着致しました」


「おお、ここか」


 話が落ち着いたタイミングで、丁度目的地に到着。


 ベイルーナ卿はベイルと騎士達に囲まれながら部屋の中へと足を踏み入れた。そして、俺達が見つけた宝石のある部屋へと向かって行く。


「ふむ……」


 奥の部屋にあった宝石は未だ台座から浮いていた。暗闇の中で輝くソレは、いつ見ても美しいと思う。


「セルジオ」


「はい」


 真剣な表情を浮かべるベイルーナ卿はセルジオ氏に声を掛けた。すると、指示を受けた彼は背負っていたリュックを下ろす。中にあった収納袋から取り出したのは見慣れぬ魔導具であった。


 セルジオ氏がベイルーナ卿へ手渡した魔導具は持ち手と長方形の箱がくっ付いたような物だった。箱の前面と背面にはメガネのレンズのような物がはまっている。


 魔導具を受け取ったベイルーナ卿は、宝石から距離を取りながらレンズのはまった先端を向けた。


 セルジオ氏の背後から覗き見るに、どうやらベイルーナ卿は魔導具を通して宝石を観察しているようだ。これに何の意味があるかはさっぱり分からぬが。


「フフ……」


 魔導具を宝石に向けていたベイルーナ卿から静かな笑い声が漏れる。魔導具から顔をズラした瞬間、一瞬だけ背面のレンズに映っていた内容が見えた。


 俺の目が捉えたのは『数値』だ。レンズには『百』という数値が映っていたが、この数値は何の意味を示すのか。


「これは……。フフ……。素晴らしい発見だ。皆、お手柄だぞ。女王陛下も大変お喜びなるだろう」


 だが、この宝石はローズベル王国にとって重要な発見となったようだ。その証拠にベイルーナ卿の浮かべる表情がいつもとは違う。


 どこか、喜びを通り越して喜び狂うような……。内から湧き上がる歓喜を必死に抑えているように見えた。


 それに『女王陛下』が言葉の中に登場するのも、より重要さを示す度合になるだろうか。


「セルジオ、例の箱を」


「はい」


 次にセルジオ氏が取り出したのは銀色の金属箱だった。まるで宝箱のような形状をしている箱の中には緩衝材らしき布が詰まっていて、彼は追加で白い綺麗な布を収納袋から取り出すとベイルーナ卿に手渡した。


 ベイルナー卿は白い布を持ちながら浮かんでいる宝石へと近付いていき、ゆっくりと慎重に宝石を布で包むように捕まえた。


 宝石全体を布で包み込むと、またゆっくりとした足取りで戻って箱の中へと収める。


「よし。戻るとするか」


 箱の蓋を閉めると、再び収納袋に戻してセルジオ氏に背負わせる。彼がリュックを背負った瞬間、ベイルーナ卿とセルジオ氏を王都から共に来た騎士達が四方を囲む。


 部屋の考察や観察等は一切無し。宝石を回収した途端、ベイルーナ卿は寄り道も脇見もせずに二十階へ戻った。


 二十階に戻ったベイルーナ卿は現地に残る学者達にいくつか指示を出すと、責任者であるベイルの元へ近寄る。


「ベイル。王都から連絡を待ちながら調査を進めてくれ」


「承知しました」


「アッシュとウルカも。また戻って来るだろうが、その時は頼んだぞ。あとクロスボウの件は伝えておこう」


「ありがとうございます」


「よろしくお願い致します」


 俺達はベイルーナ卿に頭を下げると、彼とセルジオ氏は騎士達に護衛されながら地上へ向かって行った。その足で、すぐに王都へ戻るようだ。


「今回はそこまで苦労しなかったかな?」


「まぁ……。急な討伐作戦を決行しただけで済んだからね。まだマシな方かな……」


 俺とベイルは昇降機の中へと消えて行ったベイルーナ卿の姿を確認した後、それぞれ感想を漏らした。


 ベイルーナ卿は本当に宝石を回収しに来ただけだったようだ。


 あの宝石は、一体何なんだろうか? 王国に何を齎す物なのだろうか?



-----



 ベイルーナ卿が宝石を回収し、地上へ戻ってから数十分後。


 同日、同時刻の王都――ローズベル城にある女王の執務室には経済省の重役、王都研究所より魔導具開発部門の重役数名が揃っていた。


 ソファーに座る彼等重役の対面には、足を組みながら書類に目を通す女性。


 炎のような赤色の長いストレートヘアー、ラフで露出の多いドレスを着ながら美しい足を組んで見せつける者こそ、この国の頂点。


 ローズベル王国女王、クラリス・ローズベル。その人であった。


「なるほど、帝国からの要望は理解した」


 彼女の声は驚くほど若い。それどころか、容姿までもが若い。今年で四十後半を越えているにも拘らずだ。


 赤い髪も肌も顔つきも体も――全てが十代後半か二十代前半の女性と同じといっていいだろう。


 彼女は自国の貴族から『女神』と称され、他国の者からは『魔女』と言われる。


 その理由は彼女が『魔法使い』であるからに違いない。魔法使いは体のどこかに何らかの影響や特徴を持つと言われているが、女王クラリスが受けたソレは決してデメリットとは言えぬものだったろう。


「魔石の輸出価格低下、それに魔導兵器の提供。これらの要求が通らぬ場合は同盟に関する内容を見直す必要がある……。思いっきり脅されておりますな」


「奴等は他人から奪う事で大きくなったのだ。大昔から根っこの部分は変わらんさ。要求を口にするだけでも人としての常識を得たと言ってやった方が良いだろうな」


 相変わらず強欲な事だ、と帝国を鼻で笑うクラリス。


「如何なさいますか?」


「そうだな……。まだ後ろ盾は失いたくない。どこまで粘れるか……」


 クラリスは美しい顔の眉間に皺を寄せて悩む。この悩む姿までもが美しく、確かに女神と言っても過言ではない。


 そんな美しい姿を家臣達に見せつけていると――執務室のドアがノックされた。


「入れ」


 クラリスが返事を返すと、入室して来たのは連絡要員である騎士であった。彼は何も言わず黙ったまま頭を下げ、静かに『連絡内容』を記載したメモを女王へ手渡す。


「……くふ」


 内容を目にしたクラリスの口からは、その美貌に不釣り合いな声が漏れた。加えて、口元には三日月のような笑みが浮かぶ。


「そうか、そうか……。くふ、くふふ……」


 笑い声を必死に隠しているようだが、部屋の中にいる全員にバレバレだ。連絡要員としてやって来た騎士でさえ、怪訝な様子で女王を見つめていた。


 彼女が二つ折りにしたメモの中には『マナジュエルを発見』という一文がチラリと見える。恐らくは、これこそが歓喜する理由なのだろう。


「よろしい。ベイルーナ卿が戻り次第、顔を出すように伝えろ。ああ、それと第一に行っているロイに催促をしておいてくれ」


「ハッ!」


 女王は地方へ向かって帰還途中であろう家臣への伝言を騎士に申し付ける。命令を受けた騎士は静かに退室していった。


「よし。決めたぞ。奴等の欲を少しだけ満たしてやろう。第二世代型の魔導兵器を奴等にお披露目してやれ」


 連絡要員の騎士が持って来た内容を読み込んだ途端、クラリスは意見をがらりと変える。


「第二世代型をですか? お言葉ですが、たとえ型落ち品であっても魔導兵器は魔導兵器。帝国に披露するのは危険ではございませんか?」


 魔導兵器の管理や開発計画を主導する軍務省に代わり、経済省勤めの重鎮が焦るのも無理はない。


 これまで王国は開発して来た魔導具を帝国に披露する事はあっても、騎士団の要となっている魔導兵器は一切の公開を控えて来た。


 帝国から催促されたとしても「まだ試作品の域を出ていない」「帝国に使用して頂くなら完成品を」などと言い訳して、別の製品に注目をズラして躱して来たのだ。


「技師長。第二世代型魔導兵器は規格が古い。第三世代型と比べるとかなり劣る。違うか?」


 女王は王都研究所から出席した魔導具開発部門、統括技師長に顔を向けて問う。


「その通りにございます。現在主流装備であります第三世代型に比べて、起動時間も付与効果も劣っております」


 白いヒゲを蓄えた老人は淀みなく答え、既に配備されている現存の魔導兵器が旧世代よりも数倍優れている事を改めて告げた。


「加えて、既に第四世代型の試作品は完成しております。ああ、オラーノ侯爵とベイルーナ侯爵主導の元で四世代型を越える物も既に開発されておりますな」


 ただ、あれは魔導兵器としては少々枠を越えていると技師長は語った。


「そうか。では、第二世代に偽装を加えた後に新型試作品として帝国へ見せてやれ。まだ正式に生産はされていない研究品とでも言いつつ、数本くれてやればアホ共の欲も満たされるだろうよ」


「ほ、本当によろしいのですか?」


 不安を隠し切れない重鎮の表情からは「秘匿技術を帝国に渡して大丈夫なのか?」という懸念が窺える。だが、女王クラリスはニヤニヤと笑みを浮かべ続けた。


「ああ、構わん。くれてやれ。良い思いをさせてやろうじゃないか。私は帝国と違って慈愛に満ち溢れているからな」


 くふ、くふふ。


 遂に笑い声を隠さなくなったクラリスの顔には、悪だくみを考える悪ガキのような表情が浮かんでいた。


 これまで絶対に公開しなかった技術を強欲な国に渡しても尚、王国の未来は明るいと確信する何かがあるのか。現時点でローズベル王国に帝国が侵略してきたとしても『圧勝できる』と胸張って言える何かがあるのだろうか。


「さぁ、あとは……」


 女王クラリスが目指す王国の未来とは、一体どのような未来なのだろうか。

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