第92話 ダンジョン大好き貴族、再び


 この微妙な気持ちを抱いたのは何度目だろうか。


「アッシュ、久しぶりだな」


 朝、協会の個室に呼ばれた俺は目の前でニコニコ笑う老人を見て心底そう思った。いや、俺だけじゃなくウルカも同じ気持ちだろう。


「ベイルーナ様。お久しぶりです。本日は……ダンジョンに?」


「うむ。何やら面白い事になっていると聞いてな」


 まぁ、うん。そうだよな。この人が来たからにはダンジョンに向かうだろう。


 何でも、昨晩になって王都での仕事を片付けたベイルーナ卿は、魔導鉄道を『緊急』という名目で夜間運行させて第二ダンジョン都市へやって来たそうだ。


 横に座るセルジオ氏が死にそうな顔をしている。彼の様子を見るに、かなり無理をしたようだと容易に想像できた。


 昨日、酒場で話していた事が現実となってしまったわけである。口にしなければ避けられた事態だったのだろうか?


 いや、そんな訳ないか。


「本日は二十一階を見て周る予定だ。既に騎士団へは通告している」


 朝から南区が騒がしかったのは彼の命令が下ったからなのだろう。曰く、朝一から騎士団が二十一階にいる魔物の掃討を始めているようで。


 今頃はヤドカリ型ゴーレムを三体倒し、蜘蛛型ゴーレムも可能な限り狩っているかもしれない。


 今日は俺達の出番は無さそうだ、と思っていたのだが。


「先日、青い宝石を見つけたと聞いたが?」


「はい。二十一階で発見しました」


 彼の問いに対し、俺は発見した青い宝石の状態を説明した。特に宙に浮いている点を強調すると、ベイルーナ卿は顎を撫でながら静かに何かを考え始めた。


「……なるほど。現物を早く見たいな」


 先日、役職持ちの学者達に告げた時と同じく、ベイルーナ卿の顔にも真剣さが増す。いつもの興奮した様子が無いのがとにかく不気味だ。


 一体、あの宝石は何なのだろうか?


「ところで、本日はオラーノ侯爵とご一緒ではないのですか?」


 聞くところによると、ベイルーナ卿は王都騎士団の護衛と共にやって来たようだ。ただ、その中にはオラーノ侯爵の姿は無かったと聞いている。


「ああ。奴は第一に向かったぞ」


「第一、と言いますと……。第一ダンジョン都市ですか?」


「うむ。何でも有能なハンターが見つかったらしくてな。会いに行っているらしい」


「そうなのですか」


 俺は返事を返しながらも内心では「マズイ」と思ってしまった。


 ブレーキ役のオラーノ侯爵がいないとなると、ダンジョンに潜ったベイルーナ卿が暴走した時に止める役がいないではないか。


 ここはセルジオ氏に更なる苦労を被ってもらうしかないのだろうか?


 そう考えていると、部屋のドアがノックされた。ベイルーナ卿が返事を返すと、入室して来たのはベイルであった。


 彼は俺達に挨拶した後、ベイルーナ卿に「準備が整いました」と告げた。


「うむ。では、参るか」


 俺とウルカは当然のようにベイルーナ卿に連れられ、二十一階へと向かった。



-----



 昇降機を使って二十階へ向かうと、そこには疲れ果てた騎士達が勢揃いしていた。


 安全の為にも朝一から魔物を狩り続け、今になって確認を終えたのだろう。中にはターニャ達もいて、彼女達も珍しく疲れた顔を浮かべていた。


「朝方の四時に招集が掛かったのだぞ?」


「うわぁ……」


 昨晩、飲んで解散したのが十二時近くだから……。恐らくは寝ている最中に緊急招集が掛かったのか。俺とウルカが声を掛けられなかったのは、俺が腕を怪我しているせいかもしれない。


 すまない、と心の中で謝りつつも、女神の剣に労いの言葉を掛けた。


「今日は僕も潜るよ」


 さすがに侯爵閣下が現地に向かうせいもあって、今日はベイルと選りすぐりの騎士達がお供する事になっているらしい。それと王都から随伴している護衛騎士も一緒に潜るようだ。


 ハンター組から向かうのは俺とウルカのみ。何故かとベイルに問えば「ベイルーナ様からの指名」だそうだ。


 どうして、と言いたかったが意味が無いと悟り、言葉を飲み込む事にした。


 同行するメンツが揃ったところで、今回の主役であるベイルーナ卿は何をしているかと言うと――


「ふむ。サンプルも確認したが、やはり材質が第一とは違うな」


「そうですね。蜘蛛型ゴーレムの材質は同一ですが、ヤドカリ型は第一と比べても倍は硬いですね。しかし、熱を加えると――」


 朝一番で狩ったヤドカリ型ゴーレムの死体を観察中だった。彼は細い金属の棒で魔物の死体を叩きながら材質の確認を行う。


「硬くて軽い、か。魔導具向けの金属素材になりそうだな」


「魔導具開発室の反応はどうでしたか?」


「喜んでおったよ。ただ、開発部門よりも素材研究部門の方が熱狂しておったがな。新型の合金が作れるかもしれん、と」


 現地の学者達と意見を交わし、このまま例の如く盛り上がるのかと思いきや。


「さて、ワシは下に行ってくる。引き続き、そちらも頼むぞ」


「はい。お気をつけて」


 意外なほど早く終わってしまった。やはり一番の興味は下にある青い宝石に向けられているのか。


「では、参ろうか」


「はい」


 フィールドワーク用の帽子を被り直したベイルーナ卿はベイルに出発するよう告げた。俺達は先頭を歩く騎士達に続き、二十一階へと向かう。


 二十階までの様子と違う二十一階の構造に対し、彼は何を思うのだろうか?


「ふむ……。ここは居住区画だろうか?」


 やはり、彼もまた俺達と同じ感想を抱いたらしい。といっても、俺が同じ感想を抱いた理由は以前に仮説を聞いていたせいなのだが。


 という事は、ベイルーナ卿の「ダンジョンは古代人が造った施設」という説は濃厚となってきたのかもしれない。


 キョロキョロと周囲を観察しながら騎士について行くベイルーナ卿。先頭を進む騎士の前に蜘蛛型ゴーレムが姿を見せると、騎士達は餌として剣を放り投げる。


 今朝の討伐で嫌というほど狩ったからか、剣に群がった隙にゴーレムを討伐する様は随分と手慣れていた。


「二十一階のゴーレムは生身の人間に反応しないのだったな?」


「はい。ヤドカリ型ゴーレムが発する音が鳴らない限りは金属に反応します」


「音、か」


 俺の説明を聞くと、ベイルーナ卿は腕を組みながら再び周囲を観察し始めた。


「金属を蓄えたゴーレム達の行方が気になるな」


「壁の中に消えてしまいますからね。どこへ行ったかは確認できていません」


「もしかしたら、更に下層で答えが見つかるかもしれん。期待しておるぞ?」


 言われて、俺は横にいるベイルに顔をスッと向けた。調査の指揮権は彼にあるからな。俺は彼の言う通りにするだけさ。


「はい。なるべく早く調査を進めますよ」


 ベイルーナ卿の期待と俺の逸らし技を受けたベイルの顔には苦笑いが浮かぶ。まぁ、小さな声で「アッシュも協力するんだよ?」と言われてしまったが。

 

 そんなやり取りをしながら、俺達は中央エリアに到達。ここを真っ直ぐ向かって、そこから左に向かった通路の先に宝石があるはずだ。


 だが、その前に俺は気になった事を口にする。


「ここを右に向かった先にヤドカリ型ゴーレムがいなかったか?」


「ん? ああ、既に討伐済みだが、どうしたんだい?」


「いや、いつもヤドカリ型ゴーレムが同じ部屋にいるだろう? どうしてあの場所にいるのかな、と思っていてね。いつも部屋の中のゴーレムを討伐した後は、他二体と連続戦闘になるから部屋の中はまだ調べていないんだ」


 騎士団は調査したか? と俺が問うと、ベイルが部下に「どうだ?」と問う。すると、今朝の討伐に参加していた騎士の一人が調べていないと返した。


「では、ついでに調べて行くか」


 宝石がある部屋に向かう前に、俺達は未調査の部屋へ向かう事となった。既にヤドカリ型ゴーレムがいない部屋に到達すると、ランプを設置して周囲の灯りを確保しながら部屋の中を調べ始める。


 改めてゆっくり調べてみると、この部屋も宝石があった部屋と同じような構造だ。ヤドカリ型ゴーレムが球体の状態で待機していた壁の上部には、古代文字が浮き出た物と同じ金属板が取り付けられている。


 そこから真下に視線をズラすと、台座のような物があった。大きさは……ヤドカリ型が球体になっている時と同じくらいの大きさだろうか? となると、ヤツはこの台座の上に乗っかっていたのか?


 そう考えてみるが、正確な答えは得られない。もしかしたら、一生分からない事なのかもしれないが。


 他にも部屋の左手隅には引き戸があって、中には輪になった細長い布? らしき物がいくつも収められている箱があった。


「なんでしょうね、これ」


 輪状で細長い布の直径はかなり大きく、人の体がすっぽり入るくらいの大きさだ。全体的な色は白いのだが、縁が赤色に染まっている。そして、ランプの光を当てると白い部分が光って光を反射するのだ。


「こっちは……光る棒か?」


 光を反射する布の下にあったのは赤い棒だった。ショートソードくらいの長さがあって、グリップは黒い。持ってみると驚くほど軽かった。


 そして、グリップの上部には魔導具に取り付けられているような小さなボタンがあって、押してみると赤色の部分が淡く光り出す。薄暗い中で光る赤い棒は存在感をかなり強調する。周囲にいた騎士の顔も向けられて、棒を持っていた俺とベイルーナ卿に皆が釘付け状態だ。


「光る棒……。何の意味があるのでしょう?」


「分からんが、興味深い。この布の材質も初めて見た。これは王都の連中が喜びそうだな」


 どうやら王都研究所にとっても有益な発見だったようだ。見逃さずに調べて良かった。


 発見した物はセルジオ氏が持ち込んでいた収納袋の中に入れていく。全て回収し終えると、ベイルーナ卿は腰をトントンと叩きながら立ち上がった。


「さて、今度こそ本命の場所に向かうとしよう」

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