第91話 謎の宝石


 ヤドカリ型ゴーレム三体を討伐した俺達は、一旦二十階に戻って整備用の備品と道具を用意してから騎士達と共に改めて二十一階へ向かった。


 もうヤドカリ型ゴーレムは出現しない……と予想しつつ、金属系装備を身に着けずに道を進む。騎士達には中央エリアで待機してもらって、俺達は中央奥へと進んだ。


 凶悪な魔物がいない今がチャンスだ。少しでも階層の整備を進めてしまいたい。


「こっちの通路は整備済み。例の扉が見つかったって方向だ。奥は行き止まりだった」


 中央通路の先は十字路になっていて、右手側に続く通路は既に整備済みだとラージが告げる。先日、この通路の先で遺物入りの箱を見つけたようだ。


「左から済ませようか」


「そうだな」


 カイルさんの提案に乗って、俺達は左手側の通路を整備する事にした。これまでと同じようにランプをぶら下げながら進んで行き、同時にマッピング作業も行っていく。


 そうして最奥まで進むと、こちら側には最奥に扉が一枚あった。


「おっと。ボーナスか?」


 昨日、正式に王都研究所から「遺物入りの箱を見つけたら追加報酬」という通告が協会にされたらしい。それもあって、皆誰もが遺物入りの箱を見つけたがっている。


 報酬は参加者全員で等分となるが、見つければ見つけるほど美味しい。二十一階の調査が始まってから、毎晩飲む酒のグレードを上げたというタロンにとってはまさに宝箱だ。


「さて、どうかな」


 だが、ヤドカリ型ゴーレムの例もある。開けた途端、魔物がいる事も考慮しておかなければ。


 扉を開けるのはタロン達に任せて、俺達は入り口の傍でランプを掲げながら待機。扉が開くと、全員で中を照らしながら様子を窺った。


「……魔物はいなさそうだな」


「よし、入ってみよう」


 俺とカイルさんが揃って一歩足を踏み込むが、以前のように魔物の反応は無かった。ほっと胸を撫でおろし、全員揃って部屋の中へ。


「広いな」


 大体、十メートル四方くらいの広さだろうか。中には朽ちかけのテーブルや椅子があって、壁には謎の金属板がいくつも張り付けられていた。


「また妙な部屋だな」


 周囲を照らしながら探りつつ、俺は壁に貼り付けられた金属板を見やる。


「これ、二十階で見たヤツと同じか?」


 ベイルーナ卿達が二十階の遺物を起動させた時、古代文字が浮かび上がった金属板に似ている。見た目の材質も肌触りも同じように思えた。


「皆、見てくれ」


 ターニャの声に誘われて、全員が彼女の元に集まった。すると、彼女は壁に向かって指差す。


「奥がありそうだぞ」


 彼女が指差す壁には僅かな隙間があった。ランプで照らしながら覗き見ると、確かに奥がありそうだ。そして、隙間からチラッと見えたのは青色に輝く謎の物体だった。


「開けるか?」


「勿論だ」


 タロンとラージの問いにターニャが頷いて、筋肉の集いメンバー達全員で扉に手を掛ける。彼等は力いっぱい、声を滲み漏らしながら両開きの扉を開けていき――


「あれは……?」


 重たく、分厚い扉の向こう側にあったのは蒼天のように煌めく宝石だった。暗闇の中でキラキラと輝く宝石は、自然と皆の視線を釘付けにしてしまう。


 ただ、いくつか不自然な事に気付いた。


「綺麗な宝石なのは間違いないが……」


「浮いてね?」


 そう、宝石は宙に浮いているのだ。一本足で立つ台座の上、十センチ程の高さに浮いている。上から吊り上げられているわけでもあるまい。ランプで照らすも、そのような仕掛けは見当たらなかった。


 じゃあ、どうやって浮いているんだ? って話になる。


「取って上に戻った方が――」


「いや、待ってくれ。どうなるか分からないし、学者に任せた方がよくないか?」


 ラージが宝石に手を伸ばした瞬間、俺は彼を止めた。宝石を取った瞬間、罠が起動する可能性だってあるのだ。ここは慎重にいった方がいいだろう。


 こういった摩訶不思議な物は特に。


「他にもあるかもしれないし、整備を進めながら場所だけ把握しておくのはどうだ?」


「そうしよう。宝石を取った瞬間にヤドカリが現れても困るしな」


 俺達は来た道を引き返し、引き続き中央に伸びる道を整備し始めた。通路の先には更に広いエリアがあって、こちらは物が置かれていないがらんとした場所であった。


 これ以上、奥に続く道はない。次の階層へ続く階段があるとすれば……。


「この奥か?」


 右手側にまた通路。ランプで先を照らしてみると、通路の奥行は深くなかった。以前見つけた緑色に光る物体が壁の上部に取り付けられている。


 そちらに近付いて行くと、今度はご丁寧にも取っ手の付いた扉があった。


「この先かな?」


 取っ手を握り、横に引いてみる。するとこの扉はスルスルと開いた。扉の先は階段があって、下に続いている。どうやらここが終点らしい。


「ふぅ、ようやく整備も終わりが見えたか」


「だな。さっさと終わらせて報告に戻ろうぜ」


 俺達は可能な限り整備とマッピングを行った。作業が終わったのは夕方過ぎで、中央エリアで待機していた騎士達と共に二十階へと引き返して行く。


 見つけた宝石が他にもあるかどうかは明日調べる事になりそうだ。


 戻ったあと、ベイルに作業完了の報告を告げて、その次は学者達に宝石の件を伝えると――


「青色に輝く宝石、ですか」


「え、ええ」


 俺が報告した相手はアルバダインさんの上司であり、第二ダンジョン都市に滞在している学者達を統括する研究所ダンジョン調査部門の部長。


 これまで彼等は魔物について熱く議論を交わし、ああでもない、こうでもないと非常に騒がしかった。だが、俺が宝石の件を告げると一部の者だけが真剣な表情を浮かべて黙り込む。


 特にその「一部の者」が全員、何らかの役職持ちだったのが妙に引っ掛かった。それに彼等がいつものように「新発見だ!」などと、騒ぎ立てないのも不気味さを覚えてしまう。


「……分かりました。そちらはまだそのままで。絶対に触らないで下さい」


「は、はい。分かりました」


 学者は「絶対に」をかなり強く強調した。俺だけに伝えるのでは足りないと思ったのか、その場にベイルまで呼び寄せて「発見された青い宝石は絶対に触らないで下さい」と念を押す。


 それほど貴重な物なのか。もしくは、相当ヤバイ物なのか。


 話を聞いた途端に少しだけ首を傾げて不思議がるベイルの反応を見るに、彼すらも詳細は分からないようだ。


 とにかく、本日はこれで終了。明日の予定は決まらないまま解散となって、俺達ハンター組は地上に戻る事になった。



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「飲みに行こうぜ!」


 地上に戻るとタロン達から夕飯を兼ねた飲み会に誘われた。快諾して酒場に移動すると、食事と共に冷えたビールで乾杯だ。


 食事を摂りながら酒を飲んでいると、ジョッキを呷るタロンが今後の未来予想を口にし始めた。


「結構儲かってはいるんだろうけどよ。各パーティーが自由に動くってのはまだ先かもな」


「だろうな。これまで第二ダンジョンの調査が遅れていた件もあるし、このまま最下層まで全員で進む事になるかもしれない」


 当初、最下層だと思われていた二十階は最近になってようやく自由に行き来できるようになった。


 新たに見つかった下層の件が王都に伝わった途端、上層部からは「早く次の最下層を目指すように」と何度もお達しが出ているという噂も耳にする。


 噂の出所はハンターでありながら貴族令嬢であるターニャという事もあって、信憑性は高そうだ。


「しかしよ、あの宝石は一体何なんだ?」


 次の話題は、やはり例の宝石だ。


 神秘的な雰囲気を纏うあの宝石は、ただの宝石ではないように思える。それに学者達が念を押すのも相まって、とんでもない代物なんじゃないかと思えてきた。


「あれも遺物なんじゃないか?」


「だとしても、学者達のリアクションが妙だ。また騒ぎにならなければ良いがな」


 俺の感想にターニャは酒のおかわりを頼みながらため息を吐く。


「明日、どうするんだろうな?」


「案外、明日は学者達が下に行くなどと言い出すんではないか?」


 タロンとターニャの会話を聞いて、俺はあり得ると思ってしまった。


 学者達が階層を調査しに向かうのは、もっと魔物の討伐方法や整備が進んでからという話だが。


「……ベイルーナ卿が来たりして」


 ボソッと横に座るウルカがそう零した。


「まさか」


 彼はまだ王都で上層部と話し合っていると聞く。来るとしたらオラーノ侯爵じゃないだろうか?


「ベイルーナ卿がお越しになったら確実に下へ行くと言うだろうな」


「だろうな。そうなったら、朝から総出で魔物退治だろうよ」


 朝一番でヤドカリ相手は勘弁してくれ、と言った後に酒を呷るタロン。ターニャも肩を竦めながらテーブルに届いた酒を飲んで喉を鳴らした。


「まさかね」


 だが、この時の俺達は知らない。


 普段、夜間には走らない魔導鉄道が王都を出発して、第二ダンジョン都市へ向かって来ている事を。

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