第88話 対ヤドカリ型ゴーレム 2


「見つけたぞッ!」


 俺とウルカの間を割って飛び出したマックス氏は、大槌を振り上げながらヤドカリ型ゴーレムに向かって駆け出した。


「あの馬鹿ッ!」


 飛び出した後輩の背中に向かって文句を言ったフラガさんの声も背後から聞こえて来た。だが、同時に俺の足も前へと踏み出していたのだ。


「先輩!?」


「アッシュさんまで!?」


 マックス氏を追うように走り出した俺を見て、ウルカとフラガさんが驚きの声を上げた。


「ウルカ! 退路を確保だ!」


 俺は彼女に指示を出し、腰の剣を抜いた。一足早くヤドカリ型へ接近していたマックス氏が狙う個体とは別の個体へ向かう。


 二体ともマックス氏に注意が向いているようだ。一体に大槌を振り下ろし、背中に背負う半球体をへこませたマックス氏。その脇から彼を狙うもう一体のゴーレム。


「させるかッ!」


 腕の先端にある軸を回転させ、鎧の脇腹部分に向かって攻撃しようとしていた個体を邪魔するように腕を斬りつける。


 斬りつけたが、俺の剣は「ガチン」と音を立てて弾かれてしまった。腕に伝わる感触から、ヤドカリ型の装甲はものすごく硬いという事が分かる。


 これを斬るのは無理だ。


 マックス氏のように大槌で叩き潰すか、他の方法で無力化させるしかない。


「結合部はどうだ!?」  


 考え方を改め、俺はゴーレムの腕と腕の間にある結合部を狙う方法に切り替えた。対人戦でも使われる、鎧と鎧の隙間を狙う方法。それに近い。


 俺は突きの態勢を取り、剣先を結合部に向けて放つが――ゴーレムは腕を動かして俺の突きを防御。その後、前へ飛び出しながら両腕の先端にある軸で俺の剣を挟み込む。


 相手の狙いは剣の破壊だろう。剣を両腕の軸で挟み込み「ギィィィィッ!!」と不快な音と共に火花を散らして剣を切断しにかかった。


「クソッ!」


 こうなってしまえば最後。俺は剣を諦めるしかない。パッと手を放すと後方より俺の名を呼ぶのが聞こえた。


「アッシュさん!」


 声に振り返れば、後方から魔導剣を持って走って来るフラガさんがいた。彼は手に持っていた魔導剣を俺に投げ、俺はそれを受け取って鞘から抜いた。


「魔石は装填済みです! 我々は蜘蛛型の方を抑えます!」


「了解!」


 抜いた剣を見れば、青色のオーラが纏い始めていた。これならいけるかもしれない。再びヤドカリ型ゴーレムに顔を戻すと、ヤツは俺の剣を両断し終えたところであった。


「先輩! 壁から溢れてきます!」


 だが、再び後方より声が届く。ウルカの声につられて壁を見れば、目が赤い状態の蜘蛛型ゴーレムが壁の穴から大量に湧き出して来た。


 限界か。それとも粘るか。


 一瞬だけ迷いながらも、俺は騎士達に目を向けた。彼等はマックス氏を守るように壁から溢れ出て来たゴーレムを必死に排除している。


「ウルカ! 爆裂矢だ! 可能な限り散らしてくれ!」


 指示を出して僅か数秒後、蜘蛛型ゴーレムが溢れ出て来る壁の穴付近が爆発。どうやら爆裂矢がゴーレムに当たったようだ。


 直撃を受けたゴーレムは体の大半が変形して行動不能になっていた。だが、他の個体はまだ動いている。


『ピピピピ!』


 例の音はヤドカリ型から鳴り響いたまま。この音が鳴り止まない限り、脅威は変わらぬだろう。その証拠に蜘蛛型ゴーレムの目が紫色に変わった。


「気を付けろ! 紫に変わった!」


 これは……ヤドカリ型を相手にしている暇は無いか。


「マックス! 任せたぞ!」


 俺はもう一体のヤドカリに剣を振るい、腕を軽く叩いて注意を引いた。そのまま壁に向かって走り出し、溢れ出る蜘蛛ゴーレムの処理を優先する。


「マックス! お前がヤドカリを倒せ! じゃないと全滅だッ!」


 フラガさん達も必死になって蜘蛛型ゴーレムを駆除しに掛かった。彼等はお互いにフォローしながら体に纏わりつかせないようゴーレムの頭を潰して行く。


「っと、このッ!」


 対する俺はウルカのフォローを貰いながらひたすらゴーレムを引き付けた。処理したいが処理できる数じゃない。


 足元に来たゴーレムを蹴飛ばして、ステップでの回避を繰り返しながら払うようにゴーレムを寄せ付けないようにするだけで精一杯だ。ウルカが爆裂矢を連発して後続を僅かにでも減らしてくれているから何とかなっている状態である。


 先ほどまで戦っていたヤドカリ型の位置を一瞬だけ確認すれば、ヤツは両腕の先端を回転させながら蜘蛛型ゴーレムへ指示を出すように止まっている。


 余裕だとでも言いたいつもりだろうか。だが、それでいい。俺に注意を向けていろ。


「この、うっと、しい!」


 足元のゴーレムを斬り払うのも限界に近い。徐々に俺のつま先まで迫る個体が増えて来た。


 必死に回避していると、横から「先輩、右!」というウルカの声が響く。足元にいるゴーレムを蹴飛ばしながら横目で見れば、俺の腕に向かって飛んで来る個体がいた。


 マズイ、と思った時にはもう遅かった。


 俺の右腕に一匹の蜘蛛型ゴーレムが食らい付いて、牙を回転させながら俺の腕に噛みついたのだ。


「ぐっ、がああッ!」


 噛みつかれた俺の腕からは鮮血が噴き出した。回転する牙が俺の腕の肉に食い込んでいく。


 だが、意地でも剣は放さない。放せば、負けだ。


「この、クソ野郎めッ!」


 俺は後ろに大きく回避しながら、左手で右腕に食らい付いたゴーレムを無理矢理剥がした。床に叩きつけて、頭部に剣を差し込む。


 その間、俺に向かって来る先頭集団が爆発を起こした。大きく距離を開けた俺を見て、ウルカが爆裂矢を撃ちこんでくれたようだ。


「先輩!」


 爆裂矢が連射されるも、やはりゴーレムの数は大して減っていなかった。


 黒煙の中から飛び出し、カタカタカタと音を立てて迫り来るゴーレムは魔物の恐怖を凝縮させた存在かのように見えた。


「いいじゃないか。上等だ」


 フゥ、と短く息を吐き出して再び剣を構える。流血する腕に違和感はあるが、剣を振れないほどじゃない。


 やってやるさ。どこまでも。


 彼がヤドカリを仕留めるまで、俺も蜘蛛達を殺し尽くしてやる。


 気合を入れながら蜘蛛型ゴーレムを迎え撃とうと覚悟を決めて、迫り来る個体を順番に捌き始める。頭部を魔導剣で斬りつけ、飛んで来た個体は斬り飛ばし、足元に来たヤツには蹴りをお見舞いしてやった。


 ウルカの支援もあって、辛うじて防げてはいる。だが、やはり気合を入れても全てを殺し尽くすには至れない。


 これはもう時間の問題か。怪我を負うのを前提とし、死力を尽くすしかない。


 そう考えを巡らせた時――


『ピピピピピ……ギッ!!』


 連続して鳴っていた不快音に変化が起きた。その瞬間、俺に向かって一直線に迫って来ていたゴーレム達がピタリと足を止める。


 なんだ? と思いながら奥に目を向けると、マックス氏と騎士二人がヤドカリ型ゴーレムを破壊している瞬間だった。


 大槌は背中の半球体を破壊し、騎士二人の剣は腕と腹に突き刺さる。


『ピ、ピ、ピ』


「マックス! トドメを刺せッ!」


 一撃離脱した先輩騎士の叫びに呼応して、マックス氏はヤドカリ型ゴーレムの頭部に向かって大槌を横薙ぎに振るう。大槌は頭部にめり込み、ガシャンと音を立てて頭部を破壊した。


 頭部が破壊されると、ヤドカリ型ゴーレムの体は床に沈む。破壊された頭部からはバチバチと火花が散って動かなくなった。


 だが、まだ油断はできない。何故なら大量の蜘蛛型ゴーレムがいるからだ。


 俺が応戦しようと剣を構え続けていると――蜘蛛型ゴーレム達の目が赤色に戻って、体を後方へと反転させた。


「な、なんだ?」


 急に進路を変えたゴーレムを目で追っていると、蜘蛛型ゴーレムが向かったのはヤドカリ型ゴーレムの死体だった。ゴーレム達は牙を回転させながらヤドカリ型ゴーレムに群がって、その死体を分解していく。


 金属系の装備を身に付けた俺達が居るにも拘らず、脇目も振らずにヤドカリ型へと群がっているのだ。


 一体、どういう事だろうか?


「アッシュさん! 今のうちに!」


 蜘蛛型ゴーレムの行動を見守っていると、怪我した仲間に肩を貸したフラガさんに声を掛けられた。


 どうやら蜘蛛型ゴーレムをマックス氏に近付かせまいと戦っている最中に怪我した騎士がいるようだ。数名ほど仲間に担がれながらも、足や腕から血を流している騎士の姿があった。


「先輩、腕の傷は!?」


「ああ、何とか……。たぶん、大丈夫だろ――がぼぼぼっ!?」


「飲んで! ポーション、早く飲んで下さい!」


 俺はウルカに無理矢理ポーション瓶を口へ突っ込まれて、半ば強制的にポーションを飲む事になった。ほとんどが口の隙間から零れてしまったが。


 高いのに……。


「ゴホッ! 無理矢理飲ますな!」


「だって、先輩が死んじゃったらどうするんですか!」


 腕をやられたくらいでは死なんだろう。いや、大量に血が流れたら分からんが。


 咽ながらも自分の腕を見ると、腕には蜘蛛型ゴーレムの牙と同じ太さの穴が開いているが骨までには達していないように見える。これなら多少縫う程度で済むんじゃないだろうか。


 リュックから取り出したタオルで傷口を押さえれば、白いタオルに赤い色が滲んでいく。ウルカは依然として滲んでいく血を心配そうに見ていた。


「さっさと戻りましょう。長居は無用です」


 フラガさんにも促され、俺達は怪我人を連れた騎士達と共に二十階へ続く階段を登って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る