第87話 対ヤドカリ型ゴーレム 1


 翌日、ベイルの宣言通りに騎士団はヤドカリ型ゴーレムの討伐に動き出した。


 俺とウルカを含む上位パーティーも昨日と同じく集められたが、まずは騎士団による討伐を終えてからの作業開始と伝えられる。


「アッシュさん、本当に行くのか?」


「ああ」


 ガイド役として騎士団に付き添う旨を皆に伝えると、タロンは「物好きだね」と言わんばかりの顔で問うてきた。


「別に私達が気負う必要はないだろうに」


 先日、割りきれと言ったターニャもだ。


 きっと、彼等はダンジョン内で起きる人の生き死にに慣れているのだろう。もちろん、俺だって顔も知らなければ話した事もないハンターが死んだと聞いても、そうショックは受けないだろう。


 だが、昨日の件は別だ。


 助けられた、という事実が俺の心には引っ掛かる。彼等は俺達を助けてくれたのだから、敵討ちをしようと試みる騎士を助ける事はケジメの一つだと思えてならない。


「俺の気持ちの問題さ」


「まぁ、止めやしないけどよ」


 難儀な生き方してるぜ、とタロンに呆れられてしまった。


「ウルカも無理に同行しなくて良いんだぞ?」


「いえ、私は行きますよ」


 恐らく彼女もタロンやターニャ寄りの考えに近いと思うのだが、逆に彼女は何が何でも同行すると言って聞かなかった。


 理由は……。まぁ、俺が行くからだろうな。


 準備を終えて、俺とウルカは出発準備を続ける騎士達に挨拶をしに行った。


 二十一階へ向かう騎士の数は二十人。メンバーの中にはフラガさんも編成されているようだ。


 ただ、事前にベイルから聞かされた内容では、討伐の肝となっているのは「マックス」という名の騎士だそうで。マックスと呼ばれる騎士は体が大きい。横にも縦にも大きく、第二ダンジョン都市騎士団の中では重装騎士として活躍する人物であった。


「よろしくお願いします」


「…………」


 マックス氏に挨拶すると彼は俺とウルカを睨みつけながらも、軽く会釈を返してきた。


 彼の反応からある程度察してしまったが……。俺達から離れて行くマックス氏の背中を見送っていると、肩を叩かれる。


「アッシュさん。すいません、アイツに悪気はないんです」


 慌てて弁明してきたのはフラガさんだった。彼曰く、先日死亡した騎士の中にマックス氏の兄がいたようだ。


 彼は兄を深く尊敬していて、兄の背中を追うように騎士団へ入団したという。尊敬していた兄の死に怒りが収まらないのだと説明してくれた。


「アイツも分かっているはずなんですよ。誰も悪くないって事は。でも、割りきれないっていうか……」


「いえ、大丈夫です。俺も理解していますから」


 なるほど、彼が「意地を張る騎士」なのか。俺は彼の背中を見つめながらどうすれば良いか考え始めた。



-----



「では、幸運を祈る」


 俺達はベイルに見送られ、二十一階へと降りて行った。


 騎士達の中には既に二十一階で戦闘した者が何人かいるが、俺とウルカがガイド役として先頭を切る。


「蜘蛛型ゴーレムは通常だと金属に反応するようです。ですが、ヤドカリ型と共にいる際は人間を襲うようになります。目の色が紫に変わると行動パターンが変わるのだと思います」


 階段を降りた最初のエリアで先日得られた情報をおさらい。俺がそう言うと大槌を持ったマックス氏はフンと鼻を鳴らした。


「ヤドカリ型ゴーレムを発見した場所まで案内してくれればいい。そこからは俺達の仕事だ」


 彼の背中越しにフラガさんが頭を抱えているのが見えた。他の騎士達も苦笑いを浮かべるが、俺は彼の事を笑えない。


「了解。では、行きましょう」


 今日は俺とウルカも装備を装着したまま進む事になる。整備目的ではないし、道中で遭遇した蜘蛛型ゴーレムを討伐しておけば最悪の事態になった際に少しは楽に……なれば良いと思うから。


 案の定、中央エリアに向かうまでに五匹一組のゴーレムに遭遇。ただ、金属に反応するだけの状態ならばそう怖くはない。この状態であれば対策は可能だからな。


 餌として廃棄寸前の壊れかけた剣を投げ、それに群がり始めたのを見てから攻撃を開始。剣に群がって牙を回転させているゴーレムの背中を踏みつけて、頭部に剣をぶっ刺してやればいいだけだ。


「おおおッ!」


 一際気合の入った声と共に攻撃を繰り出したのはマックス氏だった。彼は魔導兵器でもある大槌をゴーレムに叩きつけ、頭部ごと体を粉砕する。


 重装兵として選ばれるだけあって、彼の持つパワーは人並み以上であった。


「マックス! 横から来ているぞ!」


 壁の隙間から這い出て来た一匹がマックス氏に飛び掛かる。それを注意した先輩騎士の声を聞くと、彼は大槌を横薙ぎに振るった。


 振るった大槌は見事に飛び掛かってきたゴーレムを捉え、そのまま壁に叩きつけてサンドイッチ状態に。壁と大槌に挟まれたゴーレムは体が割れて、体と脚がボロボロになりながら床に落ちた。


「死体は持ち帰りますか?」


「ええ」


 遭遇したゴーレムを全て討伐した後、死体の回収を行う。これは学者達からの指示だろう。


 俺とウルカ、数名の騎士が手分けして死体を回収していると俺達の回収作業を見守るマックス氏から苛立ちが見てとれた。


 回収した後、俺達は中央エリアに到達。ある意味、ここからが本番だ。


「奥に続く通路はまだ整備していませんし、調査もしていません。最初に遭遇した場所は右手の通路奥です」


 ヤドカリ型のゴーレムと初めて遭遇した場所に戻っているかは分からない。逆に戻っていればラッキーだ。


 奥に続く通路を徘徊しているとなれば……。正直、厄介な事になりそうである。


「まずは右に向かいましょう」


 騎士達の指示を得て、俺とウルカは右に続く通路の入り口に向かう。そのまま通路を進んで、例の扉前まで到達した。


 ヤドカリ型ゴーレムが球体の状態で待機していた部屋の扉は開けっ放しだ。まだランプを設置していないので部屋の中も暗い。


 あのゴーレムがどうやってこちらを捕捉するのかは不明であるが、俺は言葉を発さずジェスチャーだけで騎士達に「待機」を指示して、ゆっくり静かに部屋の入り口まで向かった。


 決して部屋の中には入らず、部屋の中をランプで照らす。


 すると――いた。


 ヤドカリ型ゴーレムは元の位置に戻っていた。ひょっとして、この部屋を守っているのだろうか? もしかして、この部屋には何かがあるのか?


 それは定かではないが、ヤドカリ型ゴーレムは毎回所定の位置に戻るのかもしれない。


 俺は存在を確認すると騎士達の元に歩み寄った。


「前回と同じ位置にいました。球体の状態で待機しています」


 続けて、部屋の入り口に立っただけでは捕捉されない事を告げる。もしかしたら、中に足を踏み入れた瞬間に反応するのかも、と推測も加えた。


 俺の推測が正しければ対策は出来そうだ。例のゴーレムを呼ぶ音を発する前に倒せれば成功と言えるだろう。


「フン。小細工など無用だ」


 作戦を立てる間もなく、マックス氏は大槌を肩に担ぐと「一気に踏み込んで粉砕すれば良い」と言って入り口に立った。


「おい! マックス! 待て! 早まるな!」


 先輩騎士の制止も聞かず、彼は魔導兵器たる大槌を起動させながら構えると――


「オオオオッ!!」


 雄叫びを上げてヤドカリ型ゴーレムに駆けて行く。無謀だ、と思いながらも、俺は騎士達と共に部屋の中へ踏み込んだ。


 まだ球体の状態でいたゴーレムに接近を果たしたマックス氏は、金色のオーラを纏った大槌を振り上げて力一杯に振り下ろす。ガギャッと金属が破裂するような音が鳴って、後方に待機する俺がランプを照らすと球体だった体の一部がへこんでいるのが見えた。


『ビー!』


 音を鳴らしたゴーレムは体を揺らし、球体の中から手脚を生やしていく。


 だが、マックス氏の猛攻は止まない。大槌を振り上げては振り下ろし、連打、連打、連打。腕と脚を完全に生やす前にヤドカリ型ゴーレムの体がボコボコに変形していく。


「オオオオッ!!」


 ガッゴン、ガッゴン、ガッゴン、と餅つきのように大槌を振り下ろし続けて――


『ビ、ビ、ビ……』


 ヤドカリ型ゴーレムは何も出来ないまま、静かになった。


 ランプの光を当ててよく見れば、背中に背負っていた半球体の部分はボッコボコにへこみながらいくつも亀裂を作っていた。頭部も半分がひしゃげていて、頭部に埋め込まれていた目が外に飛び出している。


 頭部への一撃が致命傷になったのだろうか? 


 迂闊ではあるが「相手が動き出す前に潰す」という彼の取った方法は対ゴーレム戦闘だけじゃなく、対魔物戦全般に言える共通心理だとは思う。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 故に結果としては討伐できたと言えるだろう。


 肩で息をするマックス氏は最後にヤドカリ型ゴーレムの体を思い切り蹴飛ばした。


「気は済んだか?」


 先輩騎士が彼に近寄ると静かにそう聞いた。


「ええ、少しは。全て倒すまでやめませんけどね」


「そうか。だが、お前の行動は迂闊だった。後で始末書と再訓練だ」


 討伐という意味では成功。だが、騎士団という規律と集団行動を重視する組織の一員としては減点。先輩騎士も彼の気持ちを汲んで怒鳴る事はしなかったようだが。


「死体を持ち帰って撤退しましょう」


 騎士の一人が間口の広い特殊な収納袋を取り出して、ボコボコに変形して死亡したゴーレムの脚を掴んだ。俺はそれを補助しつつも「この部屋は調査しないのか」と問う。


「ええ。まずはヤドカリ型ゴーレムの研究を第一にと。今回は人数を揃えて対応しましたが、一般開放される前に対策や情報は確立させておきたいので」


「他二体も存在は確認していますが、さすがにまだ未調査の通路奥にいるとなると……」


 まずはゴーレムの体を調べて、学者達が有効な対策を打ち立てるのを優先させるようだ。


 確かに対策を確立させなければ、毎回逃げる事になってしまうしな。今回は力任せに押し通したが、より効率的な討伐方法があれば討伐率も上がる。


 小耳に挟んだ話だと、二十一階のゴーレム達は現在金属系素材の主流狩場となっている第一ダンジョンに出現するゴーレムとは材質が違うようだ。これから学者達が研究、素材の利用も加味して、二十一階で得られる素材の買取価格は非常に高くなるだろうとターニャ達も予想を口にしていたし。


「じゃあ、戻りましょうか」


 死体を回収した俺達は、まだ暗い部屋の中から退室した。


 通路を歩きながら来た道を戻っている最中、俺は後ろにいたマックス氏を横目で見た。行きと違って、彼の足取りは多少軽くなっているように見える。


 まだ完全ではないだろうが、一体だけでも己の手で倒せたことが彼の心を少しは癒したのかもしれない。


 そのまま通路を進んで中央エリアまで戻ると――俺は耳に届いた音を聞いて肩を跳ね上げながら驚いてしまった。


『ビー、ビー』


『ビー、ビー』


 右手の奥――本来であれば中央真っ直ぐに伸びる道の先から例の音が聞こえたからだ。同時にゴロゴロゴロと金属が転がる音が聞こえて来た。


「マズイ!」


 俺が叫ぶと同時に、二体のヤドカリ型ゴーレムが球体の状態で中央エリアに姿を見せる。同タイミングで通路からエリアに足を踏み入れた俺達を捕捉したのか、球体の中心に紫色の点を浮かべたソレはぐるんと回転しながら腕と脚を生やした。


「なッ!」


「ヤバイぞ!」


 この後、どうなるかは容易に想像できた。


『ピピピピ!』


『ピピピピ!』


 音の種類が変わると、壁の中から『カタカタカタ』という音が聞こえ始めたのだ。


 また前と同じ事が起きる。そう思った俺は全員に逃げろと叫ぼうとするが――


「見つけたぞッ!!」


 背後にいたはずのマックス氏が、俺とウルカの間を割って飛び出して行った。

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