第86話 ダンジョンの正しい脅威
新たに出現した二匹の魔物。俺達は慌てて戦闘準備を整えるが、魔物は腕の軸を回転させながら威嚇を続けて体内から『ビー、ビー』と音を発し続けた。
威嚇するだけで襲って来ないのか?
そんな考えが脳裏に過ったが、それは間違いだったと俺はすぐに気付く事になる。
「お、おい……」
横でナタのような剣を抜いたタロンが口元を痙攣させながら奥を指差した。俺は彼の指し示す方向を見ると――通路の奥にあった闇の中に無数の赤い点が浮かんでいる事に気付く。
「まさか、ねえ、よな?」
ヤドカリ型のゴーレムに加えて、蜘蛛型のゴーレムまで「カタカタカタ」と足音を鳴らしながらこちらにやって来るのではないか。
数は……正直、口にしたくないくらいだ。恐らくは百は越えているだろう。
「おい! 左と右からも来てるぞ!?」
蜘蛛型ゴーレムは中央の通路からだけじゃなく、左右の通路からも大量に姿を現わした。そして、エリアへ集まって来た蜘蛛型ゴーレムはヤドカリ型ゴーレムの周囲に集まっていく。
「あの音はゴーレムを呼ぶ音だったのか!?」
蜘蛛型のゴーレムはただ金属に反応しただけなのか、それともヤドカリ型のゴーレムが発する音に呼ばれてやって来たのか。
ただ、これまで見せていた挙動と違う。蜘蛛型ゴーレムは俺達の装備を捕捉するなり問答無用で襲い掛かって来ていたが今はじっとヤドカリ型の周辺で待機しているのだ。
大人しく指示を待つ兵隊ような……。まるで、ヤドカリ型のゴーレムが司令官となって、蜘蛛型のゴーレムはそれに付き従う兵隊といった感じだ。
「奴等は金属に釣られるのだろう? それを餌にすれば――」
黄金の夜に所属するメンバーの一人が作戦を提案するが、それを否定するかのようにヤドカリ型ゴーレムが腕を上げて軸を回転させる。
ビー、ビー、と鳴っていた音は『ピピピ』という連続音に変わると、蜘蛛型ゴーレムの目が赤から紫色に変化した。
「来るぞ!」
赤から紫に変わった瞬間、蜘蛛型のゴーレム達が一斉に襲い掛かって来た。
向かって来るゴーレムの数は、恐らくは二百……いや、三百は越えているだろう。
「予備の装備を投げて散らせ!」
騎士の一人が仲間に叫ぶと、装備管理として付き添っていた騎士は収納袋からガントレットを取り出して、迫り来るゴーレムへと投げた。
ガチンと金属音を鳴らしながら床に落ちるガントレット。だが、蜘蛛型ゴーレムはガントレットを無視して騎士達へと一直線に向かって行く。
それを目撃した瞬間、俺の頭には「撤退」の文字が浮かんだ。
「逃げろ!」
金属に反応しない。一直線に「人」へと向かって来る。これだけ見れば確実に『優先順位が変わった』と読み取れるだろう。
蜘蛛型ゴーレムの狙いは俺達だ。金属を狙っているのではなく、装備品の下にある俺達の体――命を狙っている。
だとすれば、この数に群がられたらひとたまりもない。この場は『逃げ』の選択肢以外にあり得ないだろう。
「クソッタレめ!」
「階段だ! 階段へ走れ!」
俺が本能的に下した指示に対し、素直なリアクションを見せたのはハンター達だった。いや、恐らくは彼等も俺が叫ぶ前に察知して動いているのだろう。
誰もが脇目も振らずに二十階へ続く階段を目指して走り始めた。
既に動き始めたゴーレム達の足はこれまでよりも速い。目の色が変わった事が影響しているのだろうか。
正直、このまま無事に逃げ切れるかどうかも怪しいところだ。
――何か策を考えなければ。そう思いながら後ろを振り返ると、俺は驚きの光景を目にしてしまう。
「何をしているんだ! 早く逃げろッ!」
逃げていた途中で、騎士達が足を止めたのだ。しかも、迫り来るゴーレム達を前に剣まで構え始めたではないか。
あの数に敵うはずがない。立ち向かうなど自殺行為だ。そう叫ぶ前に騎士隊の隊長が叫ぶ。
「君達は早く逃げてくれッ!」
このままでは追いつかれるのは必至。そう考えて、彼等は自己犠牲を選択したのか。
「馬鹿言うなッ!」
「来るんじゃないッ!!」
俺が彼等に加勢しようと体の向きを変えた途端、騎士隊の隊長が怒声を上げて俺を制止した。
「ハンター達は逃げろッ! これが我々の使命だッ!」
きっと騎士としてのプライド、都市防衛への使命感――いや、彼等は国民を守る「本物の騎士」だからこそか。
剣を振り上げた騎士達は足元に迫り来るゴーレムを叩き壊しつつ、囮になり始めた。彼等が防波堤のように戦い始める事でゴーレム達の注意は俺達から騎士達に向けられた。
階段へと逃げる俺達とゴーレムとの間には確かな距離が生まれた。これなら逃げ切れる。俺達は逃げ切れるが……。
「ああ……」
だが、その代償として――騎士達は悲惨な運命を辿る事になってしまった。俺の両目には最悪の光景が映る。
例え、魔導剣を持つ十人の騎士達がいたとしても圧倒的な数の暴力には勝てない。二十一階に出現するゴーレム達の正しい脅威が繰り広げられる事となった。
「う、うわあああ!?」
剣で捌ききれなかったゴーレムは騎士達の足に纏わりつき、牙を突き立て始めた。
更に足に纏わりついたゴーレムを足場にして、他の個体が次々に騎士達の体へと纏わりついていく。悲鳴を上げる騎士達の体は頭の先までゴーレムに覆われてしまい……。
「ぐ、げ……」
騎士の体は完全に覆い尽くされ、体に纏わりついたゴーレム達の間から血飛沫が飛び散った。彼等の悲鳴はゴーレムが回転させる牙の金属音にかき消され、淡々と人を解体していくゴーレムのボディが赤く染まっていく。
ゴーレムに群がられ、全身纏わりつかれた騎士達の体は地面に倒れていった。ガチャンと金属音が鳴るが、それでも騎士達の体に纏わりつくゴーレム達は散らない。最後の最後まで、余す事無く解体する。そんな意思を見せつけられた。
「先輩、早く!」
ウルカに促され、俺は重い足を再び動かし始めた。
逃げながら思うのは、彼等の自己犠牲を何もせず享受してしまった自分への嫌悪。
だが、助けられただろうか? 俺が彼等と共に戦っても同じ運命を辿るだけだったんじゃないだろうか?
頭の中には自分が下した判断を肯定しようとする自分もいて、それが余計に苛立った。
「クソ、クソッ!」
俺は苛立つ感情を剥き出しにしながら、とにかく階段に向かって走った。背後からは大量のゴーレムが迫って来て、奴等は床だけじゃなく壁や天井を走りながらやって来る。
「早く! 早く上がれ!」
先に階段へ到達していたタロン達が俺とウルカを急かすように叫ぶ。俺達が階段に到達すると、すぐに階段の半ばまで駆け上がった。
カタカタカタ、という足音が止んだ事に気付いて背後に顔を向けると――階段の下から紫色の目がジッと俺達を見上げていた。
「……最悪だぜ」
肩で息を繰り返すタロンが、執念深く俺達を見上げるゴーレム達に向かって放った。
「未知の階層だったんだ。こればっかりは仕方ない」
冷静なターニャは「割りきれ」と言うが……。俺の中には悔しさと後悔だけが残る。
悲痛な雰囲気を纏いながら上の階に戻った俺達は、騎士達が死亡した事をベイルへ伝えた。
「……そうか」
部下達の死にベイルの顔は一瞬だけ暗くなった。だが、騎士団長として毅然とした態度を保ち続けて今後の方針を考え始める。
「そのヤドカリ型のゴーレムをどうにかしないとだね」
「ああ。恐らく、あれが蜘蛛型ゴーレムに命令を下していると思われる」
きっと目の色を紫に変えて、人の命を奪うように命令を下しているのは奴等だ。あれをどうにかしなければ、二十一階へ赴く度に群れをなしたゴーレム達から逃げなければならなくなる。
「対策を考えなければ」
そう言って、ベイルは背後で未だ議論を続けていた学者達に顔を向けた。
二十一階の魔物対策について有効な手立てを考えてくれるのは彼等だろう。未だ解体したゴーレムのボディを調べながら議論を交わす彼等の発見と結論に期待するしかないか。
「……少し時間が経ったら、また下を偵察してくるよ。騎士達の遺体を回収したい」
「ああ、頼むよ」
身を張って俺達を逃がしてくれた彼等をそのままになど出来ない。今、俺に出来る罪滅ぼしはこれくらいだ。
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逃げ戻ってから一時間経過した後、俺と筋肉の集いは五人の騎士達と共に再び二十一階へ降りて行った。
階段の下に群がっていたゴーレムの姿は無く、階段を降りると二十一階は騒動前の静けさを取り戻していた。
例のヤドカリ型に見つかったら再び同じ事が起きるだろう、と俺達は慎重に進んで行くが……。
「……いないな」
三方向に道が分かれる中央エリアに到達すると、そこにいたヤドカリ型ゴーレムの姿は消えていた。元の位置に戻ったのか、それとも奥の道や別の道を徘徊しているのか。
ただ、確認するほど暇は無い。
「回収しましょう」
俺達はエリアに残されていた騎士達の遺体をシーツに包み始めた。
ゴーレムに群がれて死亡した彼等の遺体からは、金属類全てが剥ぎ取られてしまっていた。装備の下にあった生身の体もかなり損傷が激しく、ゴーレム達の行動が非常に残忍だった事が窺える。
絶命した騎士達の遺体を抱え、俺達はすぐに二十階へと引き返した。
「今日はこれくらいで終わろうと思う」
遺体の回収を終えて、時刻は既に夕方を回っていた。今日はこれで終了となり、明日からまた作業と調査を再開する事になった。
「アッシュ」
ハンター達は現地解散となった後、ベイルに呼び止められる。
「明日はヤドカリ型のゴーレムを仕留めようと思う」
ベイルの顔にはいつも以上に真剣だった。
正直、早くないかとも思った。
特に情報が少なく、驚異的と判断された魔物と戦う際は慎重になるべきだろう。そのはずだが、ベイルは「明日、仕留める」と言い切ったのだ。
察した俺は彼の言葉を否定しなかった。
「俺も……行って良いか?」
代わりに、同行したいと願う。
「もちろん。だが、明日はうちの騎士達が意地を張るつもりだ。中でも一人……。討伐を熱望している者がいてね」
その者は死んだ騎士達の敵討ちをする気なのだろう。故に同行は構わないが、手出しは無用だと言われてしまった。
それでも構わない。少しでも手助け出来れば良いと思ったから。それが例え数時間でも関わった者のケジメだろう。特に彼等のおかげで逃げられたのなら猶更だ。
「誰もが仕方ないとは思っているけどね。ただ、まぁ……。ぶつけなければどうしようもない感情というモノはあるものさ」
彼の言う通り、ダンジョン内にいる魔物に殺される人間は日常的に存在する。ダンジョンという未知なる場所、危険が伴う場所で狩りや調査を行う以上は誰もが死と隣り合わせになるのは当たり前なのだ。
今日死んだ騎士達の件だって『日常的な出来事』と言う者が多いだろう。仮に上の階でまだ若い新米ハンターが魔物に殺されても、この都市では『日常的な出来事』なのだ。
そういった日常を毎日目の当たりにしているハンター達はベテランになるほど感覚が麻痺していく、なんて話は酒の肴によく聞く話。
だが、それでも誰だって仲間を失えば悲しくもなるし、怒りに身を染めるのが自然だと思う。
だからこそ、今回は俺達の番ではなくて騎士達の番。
「分かった。出来る限りサポートさせてくれ」
「ああ。助かるよ。ありがとう」
ベイルは俺の肩を叩き、騎士達の元へ向かって行く。彼の背中を俺はただ静かに見送った。
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