第85話 謎の球体
俺達が二十階に戻ると、二十一階の魔物や遺物に興奮していた学者達が、出発前以上にヒートアップしていた。
彼等は女神の剣に所属する男性を巻き込んでいるようで、男性を囲みながら「おー!」とか「これはァ!」と興奮しっぱなしである。
休憩も兼ねているので、俺は学者とパーティーメンバーを見守るターニャの元へ近寄って声を掛けてみた。
「何しているんだ?」
「魔物の解体だ」
腕を組んで見守るターニャは顎で学者達を指し示した。
俺が輪になって騒ぐ彼等の中心を覗き込むと、中心にいた女神の剣のパーティーメンバーは杭とハンマーで金属の体を持つ魔物の胴を砕いて割っているところであった。
丁度、魔物の胴体が割れたばかりらしい。銀色の体が真ん中からパカッと真っ二つに割れていた。
金属で出来た体の中には人間の背骨のような骨が真っ直ぐ伸びていて、その左右には臓器のようなパーツと拳くらいの大きさを持つ魔石が備わっているのが見える。
ただ、臓器といっても人間や動物のような物ではない。ガラスのように透明な球体や四角い箱のような物が背骨と細い線でくっ付いているのだ。
「次はお尻の部分も割って下さい」
「はい」
次は蜘蛛型ゴーレムの体の中でも一番面積のあるお尻部分を割るようだ。こちらも杭を打ち込みつつ、外殻を破壊していく。
こちらは上手く割れなかったのか、外殻がバキバキに割れてしまった。しかし、中身には影響が無いようだ。
厚い手袋をはめた学者が手を突っ込んで、中にあった物を慎重に取り出すと――
「袋っぽいですね」
中から取り出されたのはゴムのような材質をした袋だった。大きさとしては大人の拳二つ分くらいだろうか。
袋の中には何か入っているようで、持ち上げた学者が少し苦しそうにしている事から重量がありそうだ。取り出した袋をガラスケーツに移し替えると、近くにいた学者がナイフを取り出した。
「裂いてみますので少し離れて下さい」
周囲を囲む仲間達を遠ざけ、本人も布のマスクを装着する。ゆっくりとナイフを袋に差し込み、肉を切るような手つきで袋を裂いていった。
すると、裂けた袋の中からは鋼色の砂粒がザラッと溢れ出る。
「これは……。魔鋼合金でしょうか?」
魔鋼とはローズベル王国で主流となっている合金の正式名称だ。ハンターが使用する装備品や魔導具の外装に使われる物である。
「ゴーレムは皆さんの装備品を破壊したと言っていましたよね?」
「という事は、破壊して内部に蓄積させていたのか?」
つまり、ゴーレムの尻にあった袋の中に蓄積していた合金の砂粒は、元々俺達の装備であったというわけか。蜘蛛型ゴーレムは装備品を解体して口の中に入れ、体内で更に分解してお尻の袋に蓄積させていたようだ。
「下で追加検証しましたが、やはり生身の人間には反応しませんでしたよ」
議論している学者達の手助けになればと思い、俺は手をあげながら検証した内容と結果を告げた。
すると、再び学者達の議論はヒートアップ。どうして人間には反応しないのか、金属にしか反応を示さないのは何故なのかとお互いに仮説や推測を口にし始めた。
「第一の例を見ても、このゴーレムはダンジョンを造り変えているのではないですか?」
「いいや、金属を集めて仲間を増やしているんだ!」
「このゴーレムが自分と同じ物を造っていると? あり得ませんよ! この脚はどう見ても移動用じゃないですか!」
熱の篭った意見のぶつかり合いが続くが、俺にはどれが正解か全くわからなかった。
「アッシュ」
学者達の議論を見守っていると、ベイルに声を掛けられた。振り返ると彼は次の予定について語り始める。
「次は全パーティーを投入しつつ、騎士の数も増やして一気に整備を進めてしまおうと思うんだ。休憩が終わったらまた頼めるかい?」
「ああ、了解だ。任せてくれ」
彼の告げた予定通り、休憩を終えた俺達は再び二十一階に向かった。今度は備品を多く持ちつつ、最初から装備を装着せずに整備とマッピング重視の恰好で向かった。
もちろん、念のため脱いだ装備類は収納袋に入れておくが。
「左の通路は終わったから、次は右を済ませようか」
左は完全に整備を終えたので、次は右手側の通路を整備する事にした。
「では、我々は左側の通路を点検しつつ、待機しておきます」
一緒に降りて来た十人の騎士達は中央エリアに待機する組と左の通路に設置したランプに異常が無いかの確認を行う。整備し終えてからまだ数時間も経っていないが、念のためゴーレム達がランプを破壊していないかの確認をしてもらう。
騎士達と別れた俺達も役割を決めて各自作業に当たる。男性組はランプの設置、女性陣とマッピングが得意な者は周囲の調査をしてもらう事にした。
俺やタロン達はひたすらに壁へ杭を打ち込み、ランプをぶら下げながら灯りの確保。女性達はランプを持ちながら周囲を歩き回り、扉やゴーレムが這い出る穴を探し始める。
何か気になる点があれば皆に知らせつつ、製作途中のマップに注意点を書き加えていくといった感じだ。
そうして、作業を進めて行くと――左側の通路同様に奥まで続く道は一本道だった。
「おい、扉があるぞ! それも複数だ!」
だが、奥には壁の左右に二つずつ扉があって、正面にも扉が一つ。
また中には遺物が眠っているのだろうか? 目を輝かせながら「開けよう!」と言うタロンはラージや仲間を呼んで早速扉を開け始めた。
最初に彼等が手を掛けたのは左手側にある扉の一つ。自慢の筋肉を使って強引に扉を引き開けると、中にあったのは……。
「なんだ、これ?」
扉の先にあったのは、金属製のパイプで長方形に組まれた物体だった。二段になっていて、上にはボロボロに朽ちた布のような物が放置されている。
それがいくつも並んでいて、部屋の奥には足が壊れた机まで置かれていた。
「これ、ベッドか?」
金属パイプで組まれた物体を観察しながらタロンが呟いた。彼の言葉を聞いて、俺も合点がいく。
これは二段ベッドか?
「寝室か?」
「なんか鉱山作業員が寝泊まりする場所みたいじゃねえ?」
ラージ曰く、鉱山で働く作業員達も小屋の中に二段ベッドを設置して集団生活を行うらしい。
目の前にある空間のように、狭苦しい中で寝泊まりするので人気の無い職業ではあるが、給料はトップクラスに良いのだとか。
「中央のエリアが食堂みたいだっただろ? やっぱりここで生活する奴がいたんじゃないか?」
「どうしてダンジョンの中で生活するんだろうな?」
タロンとラージが疑問をぶつけ合うが、もちろん答えは出ない。この部屋の中には遺物らしき物は見つからず、次の部屋を開ける事にした。
だが、左右の壁にあった扉の中には同じように寝室のような場所になっているだけ。違いと言えば、二段ベッドが壊れているかどうかの違いくらいだった。
「どれもハズレかよ!」
遺物の発見を期待していただけあって、ラージは頭を抱えながら「ふざけんな!」と声を荒げた。まぁ、そう簡単に遺物は見つからないか。最初に見つけたのは奇跡みたいなもんだったのかもしれない。
「待て。まだ扉は残っているじゃないか」
まだ落胆するのは早い。そう言って正面の扉を指差すのはターニャだった。
「よし、開けるぞ!」
最後の扉に手を掛けるタロン達。彼等が力を込めて思いっきり扉を開けると――
「あん?」
「なんだ、あれ?」
扉の中は先ほどと違ってがらんとしていた。だが、部屋の奥には「カチ、カチ、カチ」と小さな音を鳴らす何かがある。
ランプを掲げて中を照らすと、辛うじて見えたのは直径一メートルくらいある銀色の球体だった。どうやら音はあの球体から鳴っているようだが。
「あれも遺物か?」
そう言いながら、タロンが部屋の中に足を踏み込む。一歩だけ足を入れた途端、球体には二つの紫色をした点が浮かんだ。
「待て!」
何かおかしい。そう思った俺はタロンの肩を掴む。
俺の直感は当たっていたようだ。紫色の点が浮かんだ球体はゆっくりと動き出し、床を転がりながら部屋の半ばまでやって来た。コロコロと転がって来たそれは、回転しながら腕と脚を生やしていく。
「ご、ゴーレム!?」
くるっと回転しながら脚と腕を生やしたゴーレムの外見は、半球体を背負ったヤドカリだろうか。
紫色の目をギラリと光らせ、腕として生えた部分の先端には螺旋状になった金属の軸があった。ヤドカリは腕の先端に生える軸を「ギュィィィ」と甲高い音を立てながら高速回転させる。
『ビー! ビー!』
紫色に光る目を俺達に向けながら、ヤドカリの体内からは異音が鳴った。それを合図として、多脚をカチカチ鳴らして走って来るではないか。
「マズイ、逃げるぞ!」
あのヤドカリは明らかに俺達へ反応している。これまで遭遇した蜘蛛型のゴーレムとは性質が違うようだ。
俺は全員に退却の指示を出すと、全員揃ってその場から逃げ出した。来た道を全速力で戻りながら後方を振り返ると――
「追って来ているぞ!」
ガチガチガチと脚を鳴らしながら、依然として俺達を追って来るヤドカリの姿が見えた。スピードはそう速くないが、それでも俺達を追って来ているのは変わらない。
中央エリアが見えて来ると、待機している騎士に敵襲を伝えようと俺は大きく息を吸った。
「敵襲ーッ!」
思いっきり叫ぶと騎士達が一斉に剣を抜くのが見えた。俺達は中央エリアに駆け込んで、待機していた騎士達の背後まで逃げ込む。
「俺達も準備するぞ!」
「はい!」
また未知の魔物だ。騎士達が応戦するとしても油断はできない。急いで収納袋に入れていた装備を取り出して、全員で戦闘準備を整え出す。
右の通路から姿を現わしたヤドカリに対峙する騎士。彼等は未知の魔物を見てそれぞれ感想を呟くが、異常事態はまだ終わらなかった。
「先輩!」
準備している最中、中央に伸びた通路を指差しながら叫ぶウルカ。彼女の指し示した先に顔を向けると、そこにはエリア内に転がって来た銀色の球体が二つあった。
転がって来た球体は、先ほどと同じようにヤドカリへと変形。腕の先端に生える軸を回転させながら俺達を威嚇するように音を鳴らし始めた。
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