第84話 馬鹿と度胸 2


 タロンの献身的(?)な検証によって分かった事は、二十一階に出現するゴーレムが生身の人間を襲わないという事だ。


 以降、俺達は何度か同じような検証を繰り返してみた。


「むんっ! 見よ、俺の肉体美っ!」


 もう一度、ブーメランパンツ一丁になったタロンがゴーレムの前でポージングを取るがやはり襲われない。


「次は剣だけ持って近づいてくれ」


 その次はブーメランパンツ一丁の状態でありながら剣を握って近付く事に。


「変態すぎんか?」


「新手のマンイーターと言われてもおかしくない」


 ブーメランパンツ一丁の姿で剣を握るタロンの姿は……。なんというか……。


 ただ、この状態でゴーレムに捕捉されると――


「おいおいおい! 来た! 来た!」


 あれだけ反応しなかったタロンにゴーレム達はカタカタと足音を立てて急接近して来る。慌てたタロンが剣をゴーレムの背後へ投げると、ゴーレム達は反転して剣を追いかけ始めた。


 床に落ちた剣に齧りつき、牙を回転させながら剣を解体していく様子が観察できる。


「次は上半身に革鎧」


 上半身に魔物の外皮で作られた革の鎧を装着。鎧に装着されていた金属パーツは全て外して、あくまでも革だけになった鎧を身に纏う。


 そして、下はブーメランパンツ一枚。この状態で改めてゴーレムに近付くと、タロンは襲われなかった。


 やはり、二十一階のゴーレムが金属に反応を示すのは確定だろう。


 ただ、金属の種類による判別は学者達にお任せするしかない。今回はあくまでもざっくりと調べただけに留まった。しかし、試した感じでは合金製の装備に強く反応するようだが。


「という事はさ。タロンみたいな恰好をして動けば、堂々としても魔物に襲われないって事だよな?」


「え? 全員揃ってパンツ一丁になるのか?」


「最悪です……」


「ちげえよ」


 ウルカに睨みつけられるラージが提案したのは決してパンツ一丁になる事じゃない。全員揃って金属系の装備を脱ぐ事だ。


 パンツに反応しなかったのだから、服を着た状態のままの状態なら襲われないはずだ、とラージは考えを口にした。


「魔物狩りは後回しにして、まずは階層の整備とマッピングを終わらせちまった方が楽じゃないか?」


「ああ、確かに。整備中に襲われる方が面倒か」


 確かにラージの提案は名案と言えるだろう。


 どの階層でも言える事だが、魔物と遭遇した際に下す判断によっては更なるピンチを招いてしまう可能性を秘めている。


 特に階層の全体像や次の階層へ進む道を把握していなければ逃げる事だって危うい。逃げ込んだ先が袋小路で退路を自ら失ってしまった、という事だってあり得てしまうだろう。


 先に階層全体の灯りを確保しつつ、マッピングを行って全体像の把握をしておけば、魔物と遭遇しても戦いやすい場所まで誘導する事も可能になる。


 それに灯りがあれば不意打ちの危険性もぐっと減るしな。


「確かに階層の整備と情報は重要ですからね」


 騎士達もラージの提案に賛成のようだ。


「ですが、万が一に備えて武器や防具を身に着けた者と作業者で分けましょう」


 全員揃って無防備状態。その状態で生身の人間を襲うタイプのゴーレムと遭遇したら最悪も最悪。その可能性を念頭に置きつつ、俺達はチームを分ける事にした。


「作業は俺達がやろう。戦闘になれば魔導兵器に頼る事になるだろうし」


 ハンター組は装備を脱いで作業チームとした。騎士達は装備を身に着けたまま、俺達から十分な距離を取って見守る。


 万が一、生身の人間を襲うゴーレムが現れた場合は後方に控える騎士達に向かって全力で逃げる。そして、戦闘要員である騎士達が俺達を守る、という作戦だ。


「よし、さっさとやっちまおう」


 俺達は食堂のようなエリアに騎士達を残し、左に続く通路の整備を始めた。通路に沿って灯りを設置して行きつつ、また扉が無いかも探していく。


 加えて、黄金の夜のメンバーには階層のマッピングを担当してもらう。持ち込んだ大きな紙に階層の地図を書き込みながらも地形の注意点も加えていく。


 作業しながら進んでいると、当然ながら階層を徘徊する魔物と遭遇する。じっと佇むゴーレムのすぐ近くを通って行く俺達だが、内心では「襲われるんじゃ?」という緊張感があった。


「ちょっと緊張しますね」

 

 横にいるウルカも同じ気持ちのようだ。この状態で襲われたらひとたまりもない。


 ただ、やはりゴーレムの近くを通過しても反応は無かった。俺達に赤い目を向けるが、じっと見つめて来た後に通路の奥へと消えていく。


「周囲が暗いのも恐怖を煽るんだろうな。さっさと灯りを確保しよう」


 体力自慢のタロン達を筆頭にして、通路にランプをぶら下げていく。作業中、俺達の傍にゴーレムが寄って来た。気付いた瞬間、全員の間に緊張感が走る。


 ……襲っては来ない。

 

 だが、ゴーレムが動かした顔の先を辿ると赤い目はぶら下げた魔導具に向けられているようだ。


 もしかして、魔導具を壊そうとしているのだろうか? やっぱり武器防具だけじゃなく、魔導具の外装に使われている金属にも反応するのか?


 そう考えながら全員で壁から距離を取ると――


「……食らい付かないね」


 カイルさんが零した言葉通り、ゴーレムはまた興味を失ったかのように去って行った。


「ランプの外装も金属ですよね? どうしてランプには襲い掛からないのでしょう?」


「さぁ……?」


 ウルカが疑問を口にするが、俺には答えようがなかった。まったくもって謎だ。


 ダンジョンと魔物の不思議について語り合いながらも、俺達は作業を進めて行った。大体、二時間ほど作業を続けていると、遂に左手側の通路の全貌が見えた。


「こっちは行き止まりか」


 通路を進んで行きついた先には道が無かった。


 ただ、少し妙な点がある。行き止まりまで進んでも、作業中に遭遇したゴーレムの姿が無かった事だ。


 奴等はどこに消えてしまったのだろう? 通路には隠れられるような遮蔽物は無いし、天井に張り付いているわけでもない。


 それと、もう一つ不思議な物がある。 


「この上についている箱はなんだ?」


 壁の上には緑色の光がチカチカと光る箱が設置してあるのだ。箱の中央に絵が描かれていたようだが、汚れていて全体像は見えない。


 辛うじて古代文字らしき文字の一つが書かれているのは見えるのだが……。この箱には何の意味があるのだろうか?


「先輩、壁に隙間みたいなものがありますよ」


 上部に取り付けられていた箱について考えていると、壁に手を這わせていたウルカがそう言った。全員で顔を寄せ合ってみると、確かに数ミリの隙間っぽいものがあった。


 その隙間に沿って指を這わせると隙間の形は縦にした長方形のようだ。


「もしかして、扉?」


 形から想像するに、ぴっちりとはまった扉のようにも思えた。だが、扉を開く為の取っ手も無ければ、以前に見つけた指を掛ける窪みすら見当たらない。


 となると、扉というよりは、壁に埋め込まれたコンクリートの板と言った方が正しいのだろうか?


「隙間に細い物を突っ込んで、引っ掛けながら開けられないか?」


「いや、隙間の奥行も無さそうだぞ?」


 ただ、どう足掻いても開けられなさそうだ。この扉(?)を開ける事を断念した俺達は、大人しく来た道を引き返そうとした。


 体の向きを変えて、一歩目を踏み出そうとした瞬間――俺はコツンと何かを蹴飛ばしてしまったのだ。


「ん? おわァッ!?」


 足元に視線を向けると、そこには壁から半身だけ晒すゴーレムがいた。音も気配も無く登場したゴーレムに、俺は思わず仰け反りながら驚いてしまう。


 足元にいたゴーレムは俺達に赤い目を向けると、壁の中に消えて行くではないか。


「な、なんだ!?」


「今、壁の下に消えて行ったよな!?」


 消えた部分をよく観察すると、壁の下部にはゴーレムが通れるような穴が開いている。タロンが地面に這いつくばり、頬を床にべったりとくっ付けながら穴の中を覗くと――


「どひゃああ!?」


 彼は慌てながら身を起こし、尻餅をついたような状態で反対側の壁まで逃げ出す。そして、心底気持ち悪い物を見たといった表情を浮かべながら、壁の下にあった穴を指差した。


「な、中にゴーレム! ゴーレムが滅茶苦茶いる!」


 俺も恐る恐る穴の中を覗いて見ると……。


「うっ」


 穴の中に広がる闇には赤い点がいっぱい浮かんでいて、壁の中には無数のゴーレムが隠れているようだ。


 こいつらは壁の中に潜んでいて、金属の気配を感じると外に出て来るのだろうか。そのまま観察していると、赤い点がいくつか右手に移動していくのがわかった。


 壁の向こう側は空洞、もしくはゴーレムが移動できるだけの隙間があって、階層中の壁と繋がっているのかもしれない。


 作業中に遭遇したゴーレムの姿を見失ったのはこの穴のせいか。


「つまり、ゴーレムが出て来る穴を把握しないとマズイってわけだな」


「じゃなければ、いつ奇襲されるか分からない恐怖を抱えながら狩りを行う事になるぞ」


 ラージとカイルさんが冷静な声音で言うように、魔物が這い出て来る場所も調査するべきだろう。全ての位置を把握して地図に書き足せば、どこが比較的安全な場所か分かりそうだ。


「こりゃあ、時間掛かりそうだな」


 ダンジョンに初めて進入した先人達も同じ苦労をしたのだろうか。ただ、魔物を倒すだけとは言い難い内容に俺はため息を零してしまった。


「まぁ、ある程度のマッピングと構造の把握が終わったら協会と騎士団が引き継いでくれるけどな」


 本格的に狩りが行えるのはいつからだろう、なんて愚痴を零した俺にタロンがそう告げた。


「そうなのか?」


「おう。俺達が先行して行うのは階層の脅威判定やら重要度の高い魔物の判定、各組織が連携して決める素材相場やらの初期設定を行う為なんだよ」


「現状で狩った魔物の素材は相場決定前より数倍高く買い取ってくれるし、買取価格が決まった後も最低二週間は俺達が独占できるからな。むしろ、苦労の割には美味しいぜ」


 今回の討伐分は騎士が討伐した物も俺達に報酬として支払われるらしい。参加者全員で等分になるが、それでも凄まじい金額になるだろうとタロン達は予想しているようだ。


 不透明だった部分を聞けて、俺のやる気はだいぶ回復した。


「とにかく、騎士達がいる場所まで戻ろう」


 カイルさんの提案に頷いて、俺達は来た道を戻って行った。食堂らしきエリアまで戻ると、騎士達が待機していたのだが……。


「ゴーレムと戦闘になったんですか?」


 彼等の足元にはゴーレムの死体が転がっている。それも数匹どころじゃなく、十匹以上の死体があった。


「ええ。右に続く通路からやって来ました。対処法も聞いていましたし、検証で分かった事もあったので討伐は難無く行えたんですが」


「一回の襲撃に対して数が多いですね」


 騎士達は迫り来るゴーレムに対し、予備の装備を囮にして各個撃破を行ったと説明してくれた。ゴーレム達は囮にした装備品の解体に夢中になって、騎士達が近づいても反応を示さなかったと言う。


「確実な手段だが、毎回その手で戦ってたら出費がかさみそうじゃね?」


 タロンの懸念は尤もだろう。毎回戦闘する際に装備を囮に使っていたら金が掛かり過ぎる。


 どうにか『儲かる狩り場』として成立する手段を考えなければ。


「備品が切れたので一旦上に補充しに帰りたいんですが」


 それは追々考えるとして、まずは階層の整備とマッピングを終わらせなければ。


 俺が持ち込んだランプが底を尽きた事を告げると騎士達は頷きを返した。


「はい。皆様も休憩したいでしょうし、戻りましょうか」


 俺達は騎士達と共に二十階へと再び戻って行った。

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