第83話 馬鹿と度胸 1


 金属の箱と討伐した魔物の死体を持ち帰った俺達は、さっそく二十階に待機していた学者達に成果を渡す。


 すると、学者達は悲鳴のような声を上げながらも顔には歓喜の表情が浮かんでいた。


「こ、これは! 遺物、遺物じゃないですか!? 素晴らしい発見ですよ!」


「見て下さい! この魔物の体! 第一ダンジョンに出現するゴーレムとは材質が違います!」


「魔物が金属に反応した!? 第一のゴーレムには無かった反応ですよ!?」


 学者達は皆喜んでくれた。喜んでくれたのだが……一部の学者が見せる反応が少し怖い。遺物らしき物を天に掲げながら「あへあへあへ」と笑う者もいれば、倒したゴーレムの体に頬擦りする者までいるのだ。


 そして、誰もが目を爛々と輝かせながら「うひょー!」などの奇声を上げたり、中には興奮しっぱなしで息が荒すぎる人までいて……。


 いや、持ち帰ったこちらも嬉しい反応だとは思うけどね。思うけど、ドン引きしてしまうのは仕方ない事だろう。


「それで? どうだったんだ? 俺達でも倒せそうだった?」


 学者達のリアクションを眺めていた俺の肩を叩いたのはタロンだった。


 彼は俺に「魔物の脅威度」について問う。というのも、戻って来た俺達に代わって次に下へ向かうのが『筋肉の集い』と『黄金の夜』だからだろう。


「うーん。一匹ずつ相手にするならそれほど脅威じゃないかな。ただ、群れで行動していると思われるから、防具や武器に纏わりつかれると厄介だ」


 他の魔物に比べてやや小型で力も弱いが、やはり金属の体はそれなりに重さがある。複数体に組み掴まれてしまえば押し倒されてしまう可能性だってあるだろう。


 そんな状態で魔物に群がれ、防具や武器を壊されていく。更には防具で覆った中にある生身の体も傷付けられてしまうかもしれない。最悪、抵抗できないまま魔物に殺されてしまうだろう。


「それは……。なんつーか、恐ろしいな」


 タロンは魔物に群がられながら死んでいく自分を想像したのか、顔を歪めて感想を漏らした。


 そう考えると、二十一階でのソロ活動は絶対に控えるべきだ。仲間とフォローし合いながら進まねば絶対に危ない。


「しかし、金属に反応を示すか。魔物を討伐する者からすれば天敵だね」


 横から話に加わったのは黄金の夜のリーダーであるカイルさんだ。彼の言う通り、金属で作られた武器や防具を身につけて討伐に当たる俺達にとっては天敵と言えるだろう。


 何たって既存の武器防具を使わなければ討伐する手段が無い。魔法が使えれば別かもしれないが、魔法使いでありながらハンター業を行う者など聞いた事がないからな。騎士団にならいそうではあるが。


「まぁ、予備の装備を持ち込んで対応するしか無いだろうな。ただ、まだ金属に反応するかも確定じゃないからな?」


 一応、先行して潜った俺達はそう結論付けたが、まだこの考え方は確定じゃない。結論は興奮しっぱなしの学者達が導き出してくれるだろう。


「そろそろ次の組を向かわせるが、準備は良いかい?」


 俺達が話し合っているとベイルが声を掛けて来た。次に向かう筋肉の集いと黄金の夜は「準備完了」と返事をして、いつでも向かえる姿勢を示した。


「一応、ガイド役としてアッシュ達も向かってくれるかい? 女神の剣は装備の損傷が激しいみたいでね。次も遺物入りの箱を見つけてくれるとありがたいよ」


「ああ、分かった」


 箱を見つけられるかは保証できないが、また扉を見つけたら中にあるかもしれない。その辺りは積極的に探して中を探るべきだな。


「では、頼むよ」


 一緒に行く騎士達もゴーレム対策として予備の装備を持ち込むようだ。一人がリュックを担ぎながら予備装備の管理担当として随伴すると言ってきた。


 俺とウルカはあくまでもガイド役。メインは騎士達と他のパーティーが担う。俺達は最後尾について、再び下へと向かった。


 階段を降りると最初のエリアに設置したランプ等は無事だった。途中まで伸ばした通路の灯りも先ほどと変わらぬ明るさだ。


「金属に反応するなら、魔導具にも反応しそうなんだけどな」


 ぶら下げたランプだって外装は金属で出来ている。あのゴーレム達が金属に反応を示すなら、ランプの外装に食らい付いてもおかしくはないはずなんだが。


「やめとけ。やめとけ。ダンジョン内で起きる事や魔物について考えてたらキリがねえよ」


 俺の疑問に対して首を振りながら一蹴したのはタロンだった。まぁ、確かに彼の言う通りかもしれない。


「先行組から対ゴーレム戦の概要は聞きました。押さえつけて頭部を破壊するようにと聞いていますので、我々もそれに倣いましょう」


 進む前に騎士達から対ゴーレム戦の対応方法を聞かされたタロン達とカイルさん達は黙って頷いた。続けて、騎士がベイルから受けた指示を口にする。


「本当に金属へ反応を示すのかも検証します。ゴーレムが現れたら餌として剣を放り投げるので、まずは反応を確認させて下さい」


 俺達は騎士の指示に頷き、先ほど俺達が到達した場所まで進む。ここまで魔物には出会わなかったが、通路の灯りは変わらず確保し続けなければならない。


 通路全体を照らせるよう、間隔を開けながら壁に杭を打ち込んでランプを設置していく。同時にまた扉が無いかどうかを探していくが、通路を抜けても扉は見つからなかった。


「また広いエリアか」


 一本道だった通路の先には、再び広いエリアがあった。


 全員でランプを掲げながら周囲を探ると、階段を降りた直後にあるエリアとは違って全体的に物が多い。


「こりゃ机か?」


 タロンが照らしたのは一本の細い足が地面に埋め込まれたテーブルみたいな物だった。白とも灰とも言えぬ微妙な色のテーブルにタロンが触ると、元々脆かったのか足がバキリと割れて崩れてしまった。


 音を立ててしまった事で全員に緊張感が走る。タロンの顔にも「やっちまった」というような表情が張り付いていた。


 全員揃って音に魔物が誘われないか、静かにして警戒を行ったが幸いにして魔物の姿は現れない。


 ホッと胸を撫でおろしたタロンに苦笑いを浮かべつつ、俺達は周囲の観察を改めて開始した。


「こっちは椅子のようだね」


 隣にあった物を触りながら言ったのはカイルさんだ。彼が触っている椅子らしき物も一本の足が地面に埋め込まれている。だが、彼が椅子を引っ張ってみると地面から足が抜けてしまった。


「どれも壊れかけのようですね」


 そう言った騎士がランプで照らすのは、前面がガラス張りで出来た大きな箱だった。箱の側面には何やら絵が描かれていたようだが、今ではくすんでしまって絵の正体は分からない。


「これ、二十階に同じような物がありましたよね?」


「ああ、ありましたね。あちらはガラスが割れていましたが……。何か中に物を入れて展示しておくような棚ですかね?」


 ガラスの中には三段ほどの板が設置されていて、商店に置かれたディスプレイケースに似ている。といっても、商店にある棚はガラス張りになんてなっていないのだが。


「しかし、どうやって中に物を入れるんですかね?」


「さぁ……? この一番下にある小さな穴は何でしょう?」


 騎士と共に箱を触ってみるが、箱の開け口になるような部分は見つからない。代わりに箱の下部には手を突っ込めるような穴が開いていた。さすがに怖くて手を差し込むのは躊躇われるが。


 他にも壁の傍には割れた壺のような物があった。割れた壺から零れ落ちていたのは渇いた砂のような物だった。


「なんか全体的に生活感が無いか?」


「そうだね」


 階段を降りて直後のエリアもそうだが、広いエリアにはどこか生活感を感じてしまう。


 崩れたテーブルもそうだが、椅子もある事から、ここでは古代人が生活していたのだろうか? 以前、ベイルーナ卿から聞かされた「ダンジョンは古代人の施設なんじゃないか」という説もあって、余計にそう感じてしまう。


「とにかく、ここも灯りを設置しましょう」


「ですね」


 俺達は壁に杭を打ち込んでランプを設置し始めた。十分に光源が確保されると、やはりエリア全体からは生活感が感じられる。


 一言で言えば……。食堂か? 


 その感想に至った訳は、テーブルや椅子が複数個並んでいている事もあるが、奥にあったカウンター付きの吹き抜け式である小部屋の中に、魔導コンロと酷似した物が置かれていたからだ。


 古代人の施設説同様に遺物を元にして生まれたという現代の魔導具。それらの説明を既に聞いていた事もあったからこそ、至った感想であると言えるだろう。


「んで、次は三方向に伸びた通路か」


 灯りを確保した俺達に待っていたのは、更に奥へ伸びる通路と左右に伸びる通路の三パターン。


 次の階層に続く階段に辿り着くには、どの道を選択すれば良いのか。まぁ、どのみち全ての通路は調べなければいけないが……。


 俺が左に続く通路を覗き込むと、闇の中で赤い点が動くのが見えた。それを視認した瞬間、思わず仰け反ってしまう。


「左に魔物だ」


 俺は全員に魔物の存在を告げると、騎士の一人が不要な剣を持って左へ続く通路に向かう。


「幸い、ここは広いですし。ここで検証しましょう」


 騎士は手に持っていた剣を通路の奥へと投げた。投げ込まれた剣はカツンと音を立てながら床に落ちる。


 すると、奥に赤い点がいくつも浮かび上がる。同時にカタカタカタと足音を鳴らし始めた。


 音が鳴った瞬間、全員揃って通路から隠れるように壁沿いに並んだ。通路入り口の傍に隠れた俺と騎士が同時に奥を覗き込むと――


「……剣を食っている?」


 剣に反応したゴーレムの数は五匹。五匹とも床に落ちた剣に群がり、口の牙を回転させながら剣を解体し始めた。


 どんどん細かく解体されていく剣の欠片は床から消えていくのだ。どうにもゴーレムが口に咥えて飲み込んでいるようだが……。


「やっぱり金属へ反応しているのか?」


「そのように見えるが……」


 背中から聞こえたタロンの質問に俺が返すと、何を思ったのかタロンは身に着けていた防具を脱ぎ始めた。それどころか、防具の下に着ていた服まで脱ぎ始める。


 タンクトップを脱ぎ、ズボンまで脱いで――ブーメランパンツ一枚になったタロンは自慢の肉体を見せつけながら通路入り口にその身を晒す。


「お、おい!?」


 タロンの異常行動を見た全員が「何を考えているんだ」と動揺を隠しきれない。ウルカは「最悪」と言いながら顔を手で覆い隠してタロンから顔を逸らした。


「金属以外に反応しないのか検証してやる!」


 ムン、と筋肉をアピールするポージングを取ったタロン。


 遂に頭がイカれたのか。そう思ってしまっても仕方ないだろう。彼はブーメランパンツ一丁で通路の奥にいるゴーレムへと歩き始めたのだから!


「馬鹿、馬鹿、馬鹿!?」


「も、戻って来い!」


 俺とカイルさんの制止も聞かず、タロンはズンズンと奥へ歩いて行った。そして、確実に相手から捕捉されているであろう距離まで近づくと――


「お、襲われない……?」


 一時はブーメランパンツ一丁のタロンに赤い目を向けるゴーレムだったが、次第に興味を失ったのか剣の欠片を口に咥えて奥へと引き返して行った。


 本当に金属にしか反応しないのか。人間達を襲ったのは、人間が金属を身に着けていたからという説で確定かもしれない。


「どうだ? 検証完了だろう?」


 身を張って検証を行ったタロンは誇らしげな顔で俺達の元へ戻って来るが――


「馬鹿だろ」


「馬鹿だ」


「早く服を着たまえ」


 仲間達とカイルさんからは呆れるような声が漏れた。

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