第82話 ゴーレムの脅威


 カタカタカタと足音を立てながら俺達に向かって来る魔物、金属の体を持った奴等の総称は『ゴーレム』と呼ばれている。


 主に第一ダンジョン都市にあるダンジョンに出現する魔物であるが、ゴーレムと分類された魔物の形状はとにかく種類が多い。


 聞いた話によると、第一ダンジョンでは金属の塊(?)みたいな物を背負ったヤドカリ型や巨大なハサミを持つカニ型など、とにかく色々な種類がいるようだ。


 鋭利なハサミによる攻撃が代表的であるが、一部のゴーレムは腕部分が杭のようになっていたり、ハサミ全体に熱を纏わせながら攻撃してきたりと攻撃方法のバリエーションも多い。


 だが、一番厄介なのは金属の体だ。ゴーレムと呼ばれる魔物は総じてとにかく硬い。金属の体なのだから当然だと思うが、生半可な刃物では傷すらつかないモノもいるのだとか。


 ただ、現在主流になっている合金を精製する為の素材になるので素材としての需要は高い。もちろん、魔物自体が強い事もあって買取価格も高価だ。戦う事へのリスクは高いが、リターンも多い魔物と言えるだろうか。


「数が多いぞ!」


 そして、俺達に向かって来るゴーレムを一言で言えば「蜘蛛」だろうか。


 銀色をしたメタリックな体に六本の脚、顔部分には赤く光る二つの目と鋭利な牙を二本生やした口がある。大きさは大体六十センチくらいだろうか。


 群れで行動する魔物なのかとにかく数が多い。視界に入った数だけでも十体はいそうだ。


「ゴーレムの弱点は!?」


 恐らく、この狭い通路で戦うとなれば乱戦は必至。最初の当たりは騎士に任せる、という条件は早くも瓦解するだろう。


 故に俺は剣を抜きながら戦いに備えるべく弱点を問うた。


「顔だ! 正確に言えば体内を破壊すれば良い! 口の中に剣を突っ込んで殺せ!」


 ゴーレムについての知識を持っていたターニャがそう叫んだが、俺の感想としては「簡単に言ってくれるな」だろうか。見るからに素早そうな相手の口に剣を捻じ込むなど、そう簡単に出来るものでもない。


「ウルカ、弓でいけるか!?」


「ここじゃ無理です!」


 下手に矢を放てば仲間に当たる可能性もある。ウルカは弓を背負い、ふともものナイフホルダーからナイフを抜いて構えた。


「煙玉を使います!」


 先頭で剣と盾を構えていた騎士が『魔物除けの煙玉』を試みた。投げられた煙玉は床で弾けて煙を充満させるが――


「効果なし!」


 案の定、煙玉は効果が無かった。煙を突き抜けて来た蜘蛛型ゴーレムは遂に盾を構えた騎士達と衝突する事になる。


「ぐっ!?」


 ゴーレムが最初に取った行動は体当たりだ。盾を構えて壁となった騎士達に突っ込んできて、硬い体を盾にガツンガツンとぶち当ててきた。


 ただ、奴等の猛攻は体当たりだけで終わらず。騎士が構える盾に三匹ほど群がると、盾にしがみついて口にある牙を盾の表面に突き立てた。牙を突き刺すと、牙がぐるぐると回って甲高い金属音を鳴らし始める。


「こ、こいつ!」


 騎士達が必死にゴーレムを突き放そうとするが、牙が食い込んでいるせいで離れない。その間も「ギィィィィ」と嫌な音を鳴らしながら盾の表面に火花を散らし続けた。


「うあ、うああああ!?」


 盾に群がっていた個体に集中していたせいか、他の個体の接近に気付かなかった騎士が悲鳴を上げた。そちらに視線を向ければ、金属製のグリーブに牙を突きたてられているではないか。


 盾と同様、ゴーレムは食らい付いたグリーブに牙を回転させて火花を散らし始める。


「マズい!」


 このままではグリーブの中にある足を食い千切られるかもれない。俺は前に出て、四肢を暴れさせる騎士に駆け寄った。


「そのまま動くなッ!」


 騎士に静止を求め、足に食らい付いていたゴーレムを思い切り蹴飛ばす。何とか牙は外れたが、蹴飛ばしたゴーレムは壁に叩きつけられるもすぐに態勢を整える。


 金属製の体を持つ魔物からは感情どころか生気を感じられない。蹴飛ばして壁に激突したとしても、何事も無かったかのようにまたこちらへ向かって来るのだ。


 カタカタカタと足音を鳴らし、間合いに入ると俺と騎士に向かって飛び掛かって来る。……直後、俺と騎士の顔の間に剣が生えた。


「とにかく数を減らすぞ!」


 飛び掛かって来たゴーレムの頭部に向かって突きを繰り出したのは、背後にいたターニャだった。彼女の剣はゴーレムの口に突き刺さり、俺達の間を割って入るように剣を押し込む。


 すると、ゴーレムの内部からメキメキと音が鳴った。どうやら、ゴーレムの中身は脆いようだ。同時にゴーレムの頭部からは灰色の煙がブシュッと噴出した。


「感触的に頭部は柔らかい! とにかく頭部を破壊しろ! 全員でフォローし合え!」


 剣に突き刺さっていたゴーレムを振り払うと、煙を上げた個体は床に転がって動かない。言った通り、弱点は頭部で間違いないようだ。


 それを確認していると不意に横から気配を感じた。剣を立てながら振り向くと、ゴーレムが俺に向かって飛び掛かって来ている。剣の腹で飛び掛かりを防御して、飛び掛かって来た個体を払おうとするが――


「おい、クソッ!」


 ゴーレムの脚はがっちりと俺の剣を掴んで離れない。次の瞬間には牙を回転させて火花を散らし始めた。よく見れば回転する牙が剣を切断していっているようだ。


 マズイ、と感じた俺はすぐに剣を手放した。剣ごと床に落ちたゴーレムはそれでも剣を離さず、そのまま甲高い金属音を鳴らして遂に剣を切断してしまう。


「ウルカ!」


「はい!」


 暢気に観察している場合じゃないな。


 俺が彼女の名を叫ぶと後ろから床を滑るように剣が投げられた。それを拾い上げた瞬間、再びゴーレムが俺に向かって飛んで来る。


「二度も通用するか!」


 俺は飛び掛かって来たゴーレムを剣で床に叩き落とし、落ちた瞬間に体を足で踏みつけた。六本の脚をばたつかせて抵抗する様子を見せるが、思ったよりもパワーは無いようだ。片足に体重を乗せれば簡単に押さえつけられた。


 そのまま剣を頭部の上から剣を突き刺す。ターニャの言っていた通り、頭部の部分は金属の厚みが無いのか簡単に剣の刃が内部に突き刺さっていく。


「掴まれなければ大丈夫だ!」


 俺は皆に伝えながらも、騎士に盾を手放すよう言った。騎士達は盾を放すと、それでもゴーレム達は盾から離れない。盾の切断を最優先として人間を攻撃して来ない状況を見るに、どうにもこちらの持つ金属に異様な執着を持っているようだ。


「この、このッ!」


 暢気に盾を切断しているゴーレムも冷静になって対処すれば恐怖心も和らいできた。


 金属に食らいついたゴーレムの頭部を皆で破壊して、ようやく全滅させる。


「……焦った」


「ですね」


 肩で息を繰り返す騎士の呟きに同意だ。これが未知の魔物と戦う時の恐ろしさだろう。


 知らないが故に恐怖し、そして必要以上に焦ってしまう。対処法さえ分かっていれば冷静さは保てるだろうが、対処法を得るまでが大変だ。


「しかし、群れで行動されるのは厄介だな」


「そうですね。いてて……」


 ターニャ達に顔を向ければ、ボロボロになった剣を見る彼女と腕から血を流すメンバーの姿があった。


 ターニャの剣は牙でやられてしまったのだろう。腕から血を流す男性も腕に装着していた腕甲に穴が開いていて、牙が貫通した事で中の腕を怪我してしまったようだ。


「ウルカ、大丈夫だったか?」


「はい。ですが、ナイフは壊されちゃいました」


 見せてくれたナイフは半ばから折れてしまっていて、彼女の片手には合金製の矢が握られていた。ナイフを壊された代わりに矢の矢じりで頭部を攻撃したのだろう。


 他の皆を見ても傷を負った箇所は金属製の防具を装着していた部分だ。やはり、ゴーレム達は金属に反応するのか。そう考えると、俺に飛び掛かって来たゴーレムも俺の胸当てを狙っていたのかもしれない。


「魔導兵器もダメですね」


 魔法的な効果が発生する魔導剣も素材自体は合金製だ。こちらだけは例外とはならず、他の者達の武器と同様にボロボロになっていた。


「共通するのは金属に反応する事かな?」


「となると、金属を囮にすれば良いのではないか?」


「だが、下手をすれば武器が壊れてしまうな。予備の武器は必須か」


 詳しい事は学者に任せるが、俺はターニャと共に一旦「金属に反応する説」として結論付けた。


「早速試してみたいところではあるが、まずは一旦戻るべきだろうな」


 金属を囮にして楽にゴーレムが狩れるか試してみたいところだが、想定外の事態に皆の装備はボロボロだ。次に遭遇する魔物も群れである可能性を考えると、ターニャの提案通りに一旦戻って装備を整えた方が良いだろう。


 軽傷だが怪我をした者もいるしな。


「箱の件もあるし、一旦戻りましょうか」


 俺が彼女の提案に乗ると、全員揃って頷く。俺達は小部屋にあった箱と倒した魔物の死体を丸々回収して、二十階へと引き返した。

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