五章 新階層調査 1

第81話 いざ、二十一階へ


 第二ダンジョン都市を混乱に陥れた事件が終わり、上位パーティーへの授与式も終了してから一ヵ月。


 遂に学者達による二十階の調査が終了となった。


 となれば、次は新たに見つかった階層への調査へ乗り出す事になる。協会と騎士団は学者達が成果報告を王都へ送っている間、次の調査に向けて準備を開始。


 まず上位パーティーと騎士団の人員が先行して階層へ向かい、どんな魔物が出現するか、どのような構造になっているかをある程度調べる事になる。


 ある程度の安全性と階層の整備を終えた後、学者達の調査が入り、最終的には他のハンター達も立ち入れるよう公開される――という流れなんだとか。


 そんな説明がハンター達へ説明されたのが一週間前のこと。


「まずは二十一階の偵察を始めよう。どんな魔物が出現するか分からないので無理は禁物だ。進んでいる間、周囲の灯りや地形のメモを忘れないように」


 そして、本日。遂に調査が開始される事となった。


 ベイルの指示を受け、第一陣として二十一階層に向かうのは俺とウルカ、そして女神の剣の皆だ。そこに騎士団から十名の騎士が加わる。


 未知なる階層への偵察という事もあって、騎士達は全員魔導兵器を装備。俺達は収納袋の中に整備用の資材を入れつつ、彼等と共に進みながら灯りの確保やマッピングを行う予定である。


 同時に魔導兵器を持たないハンター達が敵う相手であるかどうか、試験的に戦闘も行う予定だ。


 怪我していた左手は完治しているが、これまで発見されていない未知なる魔物が出現する可能性も高い。どんな状況にも対応できるよう、油断せずに進みたいものだ。


「では、よろしく頼むよ」


 ベイルの言葉が終わると、俺達は魔導ランプを片手に騎士達に続いて二十一階へと降りて行った。


「暗いな」


 階段を降りていく最中でも下からは灯りが確認できない。恐らくは下に光源の類は無いのだろう。


「階段を降りる前にランプを増やそう」


 ターニャ達の意見に従って、先陣を切る騎士達もランプを灯し始めた。十分な光源を確保しつつ、俺達は階段を降り切った。


 階段を降りると、やはり階層に光源の類は見当たらない。十三~十五階のように光る石のようなランプ代わりの物は存在しないようだ。


「初っ端から広い場所っぽいですね」


 女神の剣に所属する男性がランプを掲げながら先を照らした。まだ完全に全体像を把握できないが、彼の言った通り広い空間があるように見える。


「まずは周囲の明るさを確保しましょうか」


 騎士の一人がそう言って、俺達は階層の左手側にある壁へ向かう。エリアの横幅はそう広くないようだが、壁に向かって歩いていると至る所に何かオブジェのような物が置かれているのが分かった。


「なんだろう? ベンチか?」


 途中、見つけたのは低い背もたれがある椅子のような物だった。触ってみるとツルツルとした石で作られているようだ。


「壁はコンクリートみたいな感触ですね」


「床も石とは違うようだ」


 上にあった階層では、岩肌が剥き出しの洞窟であったり、ジャングルであったり、草原であったりと何かしらの特徴があった。いや、意味不明だったとも言えるが。


 ただ、この階層はどうにも人が作った空間、といった雰囲気がある。それを確かめる為にも俺達は灯りの確保を急ぐ。


「壁に杭を打ち込んでランプをぶら下げましょうか」


「了解です」


 俺はリュックを背中から下ろすと、中入れていた収納袋を開けて作業用の道具や資材を取り出していく。


 まずは壁に打ち込む為の杭とロープ、それにハンマーだ。


「五人は周囲警戒。残りは作業に取り掛かりましょう」


 騎士の指示に従って、俺は杭とハンマーを手に取った。まず、杭を壁に打ち込んでいく。壁が異様に硬ければ他の手段を考えねばならぬが……。


「ん、いけそうだ」


 最初の一発で杭の先端がめり込む感触を感じ取る。これならいけそうだ、と連続で叩いて食い込ませていく。


 十分に杭を打ち込んだ後、短いロープと魔導ランプを括りつけてぶら下げてみると……。


「どう?」


「……落ちなさそうですね。しばらく様子を見て、補強が必要なら施しましょうか」


 女神の剣に所属する男性に成果を問うと、大丈夫そうだと返事が返って来た。俺は彼や騎士達と共に間隔を開けながら壁に杭を打ち込んでいく。


 打ち込んだ杭にランプをぶら下げていくと、エリアの全体像が露わになった。


「上の階層とは随分と違いますね」


「ああ。なんだか病院の待合室みたいじゃないか?」


 やはり、至る所に置かれていたオブジェは石で作られたベンチのように思える。教会の礼拝堂ようにベンチがエリアの左右に並んでいて、丁度真ん中は通路のようになっていた。


 加えて、奥にはカウンター付きの受付? みたいな場所がある。中には人が一人から二人くらいは入れそうなスペースがあって、病院の受付みたいな雰囲気だ。


「奥に続く通路か」


 受付のような場所の真横には、更に奥へ続く通路が伸びていた。幅は大人三人が並んで歩ける程度。通路の奥はまだ光源が確保されていないので、真っ暗で先が見えない。


「とりあえず、反対側の壁にもランプを装着させましょう」


「ですね」


 右手側の壁にも杭を打ち込んでいき、ランプをぶら下げた。これで今いる場所の光源は確保できただろうか。いや、ちょっと中央辺りがまだ少し暗いか。


「中央が少し暗いですね。天井に吊るしますか?」


 天井も他の階層と比べて随分と低い。大人同士が肩車すれば手が届きそうな高さだ。天井には割れたガラス細工みたいな物があって、これが光源だったのだろうか?


 とにかく、天井にランプをぶら下げればもっと明るくなると思うが、俺の提案に騎士は首を振った。


「魔石の交換が面倒になると思うで止めておきましょう」


 代わりに中央の通路沿いに設置されていたベンチの背もたれの上にランプを置く事にした。落ちないよう補強しておけば大丈夫だろう。


「よし、ここは確保できたな」


 階段を降りた直後の場所は十分な灯りが確保できた。だが、問題は先に続く通路だ。


 これまでの常識に則れば、この先に魔物がいる可能性が高い。


「ゆっくり進みましょう。ある程度進んだら、光源の確保を」


 全員、初めての階層なのだ。慎重すぎるくらいに進むのが丁度良い。


 魔導兵器を持つ騎士達を先頭に、俺達はゆっくりと通路を進んで行く。その間、通路の床や壁に触れて調べてみると、やはり材質はコンクリートのような物で出来ていた。


「ん?」


 俺が壁に手を這わせながら歩いていると、壁に若干の起伏があるのを見つけた。


「どうしました?」 


 思わず足を止めると、横にいたウルカが顔を向けてくる。彼女の問いに気付いた騎士達や女神の剣も足を止めた。


 壁の起伏を触りながらランプで照らして全体を見ると、どうにも見覚えのある形だ。記憶を探っていると過去にベイルーナ卿と十四階の調査を行った時を思い出した。


「これ、扉じゃないか?」


 あの時に見つけた隠し通路の先にあった扉にそっくりだ。扉と思わしき物を触っていると、やはり小さな窪みがあった。あの時はこの窪みを掴んで引きながら開けたんだったか。


「ちょっとランプで照らしていてくれ」


「わかりました」


 手持ちのランプをウルカに任せて、扉を照らしてもらいながら窪みに手を掛ける。


「ふんっっ!」


 思いっきり横に引くと、ズズズズと地面を擦りながら扉が開き始めた。


「おお!」


 騎士達が歓喜の声を上げつつ、後ろに控えていたターニャ達が僅かに開いた扉の先へランプの光を向けた。


「ど、どうだ?」


 思いっきり引いたせいで、若干指が痛い。俺が手をぷらぷらさせながら問うと、後ろにいたターニャは真剣な顔を浮かべていた。


「小部屋……のようだな。もう少し開けられるか?」


「ああ、待ってくれ。……ふんっっ!」


「俺も手伝いますよ」


 女神の剣のメンバーと共に扉を引いたり押したりして、扉を完全に開けることに成功した。中をランプで照らすと、大体四メートル程度の広さがある小部屋だった。


 幸い、中に魔物はいないようだ。代わりにあったのは金属製の箱である。それも複数個が雑に積み重なって置かれていた。


「これは……。何だろう?」


 中に入って、見つけた金属製の箱に触れてみる。外装を触った感じ、鉄っぽい材質だ。真ん中にフックみたいなパーツが引っ掛かっていて、それを外せば箱の蓋が開きそうだが。


「開けて害は無いかな?」


「分からん」


 開けた途端、中からヤバイ物が……なんて事態だって想像できる。だが、開けて中身を確認したい好奇心だって生まれてしまった。


 首を振るターニャに下がってくれと忠告しつつ、俺は慎重にフックを外して蓋を開けた。開けた瞬間、思いっきり後ろに下がる。他の皆も俺の背後から開いた箱を見守るが……。


「何も起きないですね」


 どうやら害は無さそうだ。再び箱に近寄って、俺は中に何が入っているのか調べる事にした。


「これ、何だろう?」


 中には金属製の物体がいくつか収められていた。ぶっとい釘のような形をした物が数本あって、一番目を惹くのは剣のグリップのような形をした謎の道具だ。


 グリップのような部分を握ると随分と手に収まりが良い。握ると人差し指の位置にはレバーのような押し込めるパーツがついていて、人差し指で押し込むと「カチッ、カチッ」と音が鳴る。


 グリップ部分の上には筒状になった物体がくっ付いていて、先端に向かうほど緩やかに細くなっていく。先端部分には穴が開いていて、何かを装着できそうにも思えた。


「それ、魔導具……遺物じゃないですか?」


 ウルカに言われてハッとなった。確かにその可能性は高い。


「ああ、確かに。ダンジョンの中には遺物があるって話だしな」


 完全にそうだと断定はできないが、学者達が喜びそうな物であるのは確かだ。他の箱にも同じように遺物が入っているのだろうか?


「幸先良いですね。学者の皆さんが喜びそうです」


「ですね」


 騎士の一人が言ったように、これこそが未知なる階層を最初に調べられる特権なのかもしれない。これを持ち帰り、遺物だと判断されたらまた報奨金を得られそうだ。


 こういった謎の箱はある意味俺達にとっては「宝箱」なのかもしれないな。


「ふむ。他にも小部屋があるかどうかを――」


 ターニャが言葉を言いかけて、急に静かになった。周りで話す俺達に手で制止しつつ、小声で静かにと告げる。


 まさか、と思いながら俺達は全員沈黙を続ける。耳に集中力を傾けていると、通路の奥から微かに「カタカタカタ」と音がした。


「…………」


 騎士達が俺達に顔を向けて頷く。俺とウルカ、女神の剣は騎士達から数歩下がって通路の奥に視線を向け続けた。


 すると――通路の奥にあった闇の中に赤い二つの点が浮かぶ。


 魔物か。誰もがそう思った事だろう。だが、赤い点は二つだけで済まなかった。徐々に赤い点が増えていき、最終的には闇の中に二十もの赤い点が浮かぶ。


 あの赤い点全てが魔物なのだろうか。自然と俺の手も剣に伸びてしまい、赤い点の正体が何なのかを黙って待ち続けるが、カタカタカタと鳴る音がどんどんと近付いてくる度に緊張感が増していく。


 先頭にいた騎士が床にランプを置くと、奥に向かってランプを緩く蹴りながらスライドさせた。上手く先を照らしたランプの光が赤い点の正体を照らすと――


「ゴーレムだ!」


 赤い点の正体は魔物で間違いなかった。


 赤い目の持ち主は『ゴーレム』と呼ばれている金属の体を持つ魔物であり、俺達に向かって来るゴーレムの外見は六本の足を持つ蜘蛛に似た魔物であった。

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