第80話 浪費家としっかり少年


 第二ダンジョン都市で殺人事件が連続発生していた頃、第一都市では特に大きな事件も起きず平和そのもの。


 ただ、新しく見つかった下層の噂を聞きつけたハンター達が第二ダンジョン都市協会へ移籍してしまい、第一ダンジョン都市協会の人員は若干減ってしまった。


「まぁ、抜けたのはお酒とギャンブルの事しか頭に無いクズばっかりですけど」


「あ、あは、あはは……」


 清算中、移籍した元第一所属のハンター達への愚痴を言う女性職員。対し、彼女の毒舌に心を突き刺されながらも苦し気に笑うのはミレイであった。


 ため息を零す女性職員は精算済みの判を押した紙をミレイに差し出しつつ、最近の彼女について話題を変える。


「レン様と組んでから成果がぐっと上がりましたね」


「まぁね。やっぱ魔法ってすごいわ」


 最近のミレイはレンと組んで下層の魔物を倒して素材を大量に持ち帰っている。今や第一都市協会内での稼ぎはトップクラスだろう。


 その要因となるのは、今ここにはいないレンのおかげだ。やはり魔法という神秘は魔物狩りにおいて最も有効的な手段であると再認識したと彼女は言う。


「ところで、レン様は?」


「お菓子を食いに行っているよ」


 清算後に合流するつもりなのだろう。レンはとある事情で、ダンジョンから帰還した後は必ず第一都市にあるお菓子専門店へと直行するのが常であった。


「そうでしたか。では、今回の分は振り込んでおきますね」


「ああ、ありがとう」


 ミレイは女性職員に別れを告げ、入れ違いで協会内へと入って来た厳つい男達に「よう」と挨拶しながら外へ出て行く。


 向かう先は第一都市西区。メインストリート沿いにお菓子を販売する店がいくつかあるのだが、今日はどの店にいるだろうか。店の中を外から覗き込んで最近の相棒を探し始めた。


 すると、今日はスイーツ専門店で彼を見つけた。ミレイは店の中に入って行き、案内役のウェイトレスに断りを入れてから彼の座るテーブルに向かう。


「美味いか?」


「はい、美味しいです」


 口にホイップクリームを付着させながらショートケーキをパクつくレン。彼は対面に腰を下ろしたミレイに可愛らしい笑顔を向けた。


「ほんとガキにしか見えないね」


 ミレイはレンの口元についていたホイップクリームを指で掬い取る。ぺろりと指を舐めたミレイにびっくりしつつも、レンの頬は少し赤く染まった。


「しょうがないじゃないですか。魔法を使ったら甘い物が食べたくなるんです」


「それは分かっているけどさ。夢中で食ってる様はガキにしか見えないっつーの。本当に成人かよ?」


「それもしょうがないじゃないですか。魔法使いは何らかの影響が体に出るんですから」


 レンの言う通り、魔法使いという存在は凄まじい神秘を現実にする代償として、身体的なデメリットを抱えてしまう。


 例えば彼の場合、歳を重ねても老化しない。レンは今年で十六歳になったが、彼は十二を越えてから成長が止まってしまった。背も伸びないし顔つきも変わらない。声だって声変わりが起きなかった。


 加えて、魔法を連発して疲労感を覚えると無性に甘い物が食べたくなる。ダンジョンから戻った際は、ホールケーキ一個分くらいは糖分を摂取しないと謎の焦燥感に襲われてしまう。


 恐らく彼の態度や仕草に子供らしさが残るのも魔法使いとしての影響なのだろう。


「分かってるよ。ほら、早く食え。さっさと酒飲みに行きたいんだから」


 ミレイは反論するレンに完食を促しつつ、頬杖を付きながら彼の食いっぷりを見守る。


「お酒ばっかり飲んでいると体壊しますよ。ちゃんとご飯も食べないと。いつもミレイさんはお酒ばっかりでご飯食べないじゃないですか」


「あー、あー、わかった。わかったって」


 どちらが年上なのか分からないような会話だ。その証拠に二人を見守る店員の顔には「しっかり者の弟さんなんだな」みたいな生暖かい表情が浮かぶ。


 レンが最後の一口を食べ終わると、ミレイは財布を取り出して会計を済ませた。


 基本、パーティーを組んでいる二人の財布係はミレイの役目だ。浪費家な彼女に財布を預けるのは少々怖いが、レンに金を任せた場合はもっと大変だった。


 彼は見た目が原因で子供だと思われがちだ。カツアゲの心配に加えて、持ち前の容姿が悪い方向に作用する事もある。


 その結果、荒くれ者が多い第一都市では悪い輩に絡まれるのもしばしば。その度にミレイが追い払っているのだが、常に彼女が傍にいるとも限らない。


 非力なレンは魔法で撃退する事も可能だが、最悪殺してしまえば罪に問われる可能性だってある。となると、行き着く先は実家への連絡だ。


 第一都市騎士団が実家に連絡を入れ、親が彼を連れて帰る。そこから先は想像するに容易い。かなり年上の女性と強制結婚となるのは明らかだった。


 そういった問題点を考慮すると、やはりミレイが財布を管理するしかないのだ。


 ただ、他人の金も預かっているという事実が最近のミレイに浪費癖を抑えつつもあるので、良い方向に作用しているという点も見逃せない。


「ほら。酒場に行くぞ。酒だ、酒」


「はい、分かりました」


 店を出て、早く酒場に向かいたいミレイは手をぷらぷらと揺らした。隣に来たレンは自然とミレイの手を掴んで、二人は手を繋ぎながらメインストリートを歩き始める。


 当初は悪い輩に絡まれないようにするための手段だったようだが、今も同じ意味を持っているのだろうか。


 酒場に到着するとテーブル席を確保して注文を行う。


「とりあえず、ビールね」


「サラダとシチューをお願いします」


 注文の品が届くと、ミレイは冷えたジョッキビールを一気飲み。彼女がゴクゴクと美味そうに喉を鳴らしている間、レンは小皿にサラダを取り分けてミレイの前に置いた。


「ぷふぁー! うめえ!」


「そうですか。今日はお肉と魚、どっちにしますか?」


「今日は肉だ! 肉しかありえん!」


 言いながら、ミレイはフォークでサラダをぶっ刺してシャクシャクと食べ始める。レンがウェイトレスを呼ぶと肉料理に加えてビールを追加注文した。


 料理とビールが届くと、またミレイはビールを一気飲み。その間にレンが肉を取り分け始める。


 基本、毎日これの繰り返しだ。


 ミレイが飲んでいる間、レンが気を遣って料理を合間に食わせようと行動するのである。最近はミレイの腹が酒でいっぱいになる事も少なくなって、少しはマシな食生活になってきた。


 満腹感を感じて酒の量が多少減ったのも良い事だろう。


 加えて――


「ふー。食った食った」


「ふぁい。そうですね……」 


 食事を終えるとレンは眠そうな目をぐしぐしと擦る。それを見て、ミレイは「しょうがねえな」と零しながら彼を連れて宿に戻るのだ。


 そう、酒を飲んで馬鹿みたいに酔っ払ったあと、賭場に向かうというルーティーンが彼女から無くなった。レンと一緒に行動しているおかげで、彼女はどんどんと真人間への道を歩み始めているのである!


「おら、ベッドで寝ろ」


「うう~」


 ミレイは背負っていたレンをベッドに放り投げると、彼は可愛らしい声を上げて抵抗するが睡魔には勝てぬようだ。モゾモゾと動いていた彼の体がピタリと止まって、気持ちよさそうな寝息が聞こえ始める。


「ったく。この前までビービー泣いてたガキが馴れ馴れしくなったもんだ」


 ミレイがレンの手助けをしようと決意してから数週間経ったが、最初の頃は彼女の厳しい指導にレンはよく泣いていた。


 他にも二人にとっての印象的な出来事と言えば――初日、金が足りなかったと宿を借りれなかったせいでミレイの部屋に泊まるという事件も起きた。


 彼女も最初は「金が貯まり次第すぐに出て行けよ」などと言っていたが、今ではすっかり同居人扱いをするほど信頼してしまっている。


 そうなった理由は、レンの見せた向上心に心打たれたからだろうか。


「意外と根性はあるんだよな……」


 最初は何度も泣いていたが、それでもレンは一度も辞めるとは言わなかったのだ。


 共にダンジョンへ潜って戦闘を繰り返し、彼は自分が何をすれば良いのかを知った。向上心を露わにして、ミレイからの教えをどんどん吸収していった。そこからは狩りはスムーズになって、今では最低限のコミュニケーションで円滑な戦闘を行えるほどに成長している。


 最近はちょっと生意気なところも見えてきたが、自立しようと頑張る姿は見ていて飽きないといった感じか。


「帝国の軟弱者共とは大違いだ」


 泣いても折れない姿勢、どんな事でも自分の物にしようとする向上心。どんどん成長していくレンを見守り続けていると、どうしても帝国騎士団で教育していた新人共を思い出す。思わず「あれとは正反対だ」と鼻で笑ってしまうほどのようだ。


「……意外とジェイナス隊にハマるかもな」


 帝国の軟弱者共を思い出したからか、ミレイは昔の仲間達の中に「レンを加えたら」と想像したようだ。


 これが意外とピタリとくる。前々から遠距離担当は数人いたが、今ではウルカだけになってしまった。


 現に活動しているのはアッシュとウルカだけだ。ここに槍使いである自分と魔法使いであるレンが加わるとどうなるだろう?


 もう少し鍛えたら一緒に第二都市へ向かおうか。


 ミレイは小さな声でそう漏らした。


 当初はレンが一人でやっていけるまで、と言っていたが、すっかりその気は無くなっているようだ。


 レンの顔を見つめながら考えていると、彼の体がもぞもぞと動きだした。


 彼は眠ったまま何かを探すように手を動かし、ミレイのタンクトップを掴むと安心するかのように笑みが浮かんだ。


「チッ。可愛い顔してよ」


 顔が良いから余計にタチが悪い。母性本能をくすぐるような仕草も。


 こういった可愛い仕草を見せつつも、ダンジョンでは男らしくあろうとする。ちょっとしたギャップを感じ始めている事に、ミレイ本人は自覚があるのだろうか。


 ミレイが柔らかい彼の頬を指で突いているとレンは眠りながらにへりと笑った。


「ミレイさん……。飲みすぎ……」


「うるせえ」


 夢の中でも自分を注意している彼に、ミレイもつい笑ってしまった。


「ふぁぁ……。私も寝るか」


 彼の寝顔を見ていたら彼女も眠気が襲って来たようだ。彼女は履いていたズボンを床の上に脱ぎ散らかして、タンクトップとパンツだけという恰好になりながらレンの隣で眠りに落ちた。


 翌日になって「何て恰好で寝ているんだ」「服は畳め」とレンに怒られるのもいつも通りである。

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