第77話 報酬授与式 2


 何事かは不明であるが、オラーノ侯爵に「ウルカ君も一緒に来たまえ」と言われて俺達は部屋を連れ出された。


 オラーノ侯爵を先頭とし、その後にベイル親子が続く。


 三人に連れて行かれたのは別の控室。待機していた騎士が扉を開くと、中にいたのは車椅子に座ったお年を召したご婦人とそのご子息らしき貴族一家であった。


 身に覚えもなく、会った事もない二人の前に案内された俺は内心で緊張と疑問符を大量に浮かべていた。恐らく、横にいるウルカの顔を見るに同じような心境だろう。


「アッシュ。彼女はルイゼ・サビオラ伯爵夫人だ。後ろにいるのは孫のサビオラ家現当主である」


 オラーノ侯爵が二人の紹介を告げると、現当主である男性は俺に向かって深く頭を下げた。車椅子に座るご婦人もまた同じく頭を下げてくる。


 ちょっと待ってくれ。こちらが頭を下げるのが普通ではないだろうか。貴族であり、しかも伯爵位を持つ両名に頭を下げられるなど意味が分からない。


 俺も慌てて頭を下げると、オラーノ侯爵が今回の本題を口にする。


「アッシュ。彼女は……。の孫だ」


 俺が理解するまで、オラーノ侯爵に言われてから数秒を要した。


 まさか、目の前にいる方は――


 俺がハッとなっていると、ルイゼ様は車椅子を動かして俺に近付いて来た。そして、俺の手を取ると優しく両手で包み込む。


「私の祖父を救って頂き、感謝致します」 


 そう言う彼女の目尻には涙が浮かんでいる。彼女は堪えきれなくなったのか、目を閉じて俯いた。


「祖父は私が小さい頃、第二ダンジョンの攻略に参加しました。ですが、当家には戻りませんでした。騎士団からは死亡したと通告され、葬儀では空の棺を埋葬した事を今でも鮮明に覚えています……」


 かの騎士は死亡したと判断され、遺品の一つさえ戻って来なかったという。


 空の棺を埋葬し、伴侶であった彼女の祖母は悲しみに暮れながら余生を過ごしたのだとか。最後まで「旦那様が恋しい」と悲しそうに零していたらしい。


「私からも感謝を。当家の誇りある騎士は長く家へ帰還を果たせませんでした。ですが、数十年の時を経てようやく帰還できたのです」


 孫であるご当主からも礼を言われ、俺はルイゼ様の前で片膝をついた。彼女の手を握り、偉大な騎士の家族を見上げる。


「偉大な騎士と戦えた事、誠に光栄にございます。私は元帝国人故にサビオラ家の歴史には詳しくありません。ですが――」


 俺はそこで一旦区切り、二人に真剣な表情を向けた。


「最後まで誇りを持った騎士でございました。あれこそが真の騎士たる姿にございました」


 最後まで騎士として死にたいと願ったであろう黒騎士。魔物になり、苦しみながらも騎士の矜持を忘れてはいなかったと断言できる。


「アッシュ。かの騎士は強かったか」


 横から呟かれたオラーノ侯爵の質問に対し、俺は強く頷いた。


「間違いなく。あれほど心奮わす戦いは、私の人生において初の体験でございました。お国に貢献なされた偉大な騎士と戦えた事、名誉に思います」


「そうか。元帝国の騎士にそう言われるのであれば、ロイド殿も満足行く戦いが出来た事だろう。これこそが正しく騎士の死だ」


 魔物としてではなく、正しく騎士として死ねた。現王都騎士団長であるオラーノ侯爵がそう告げる。


「強き騎士よ、私の祖父を救ってくれて、ありがとう……」


 再び俺に礼を告げたルイゼ様は涙を流しながらも長き苦しみから解放されたような、優しい笑みを浮かべる。


「ロイ様も無理を聞いてくれて、感謝します」


「気にするな。学園時代からの仲だろうて」


 どうやら二人は昔馴染みらしい。爵位は違えど学園時代を共に過ごした友人同士なのだろう。


 俺としてもこの出会いは有難い。


 ……しかし、騎士の名はロイド様か。名は聞けぬと諦めていたが、あの強き騎士の名を聞けたのは嬉しい限りだ。


「重要な式の前にお時間を頂き、ありがとうございました」


「いえ、私こそお会いできて光栄でした」


 俺は立ち上がると偉大な騎士の家族に頭を下げた。



-----



 式が始まると、俺達は王国旗を掲げた大広間に案内された。


 中央には都市管理を行うベイルの父上が立ち、その横には補佐をする文官とベイルが。少し離れた位置にオラーノ侯爵とサビオラ家のお二人が並ぶ。


「此度の活躍、王国を代表して感謝したい。国に大きく貢献したハンター達には特別報酬を与えるものとする」


 ベイルの父上が感謝の言葉を告げると、次に文官からは報酬の内容が明かされた。


「大規模調査に参加したハンター達全員に五十万ローズの報酬を与えます」


 言われた途端、ハンター達の顔色が変わった。


 調査に参加しただけで五十万の特別手当が渡される事になったのだ。それもパーティー単位に五十万ではなく、個別に五十万である。人数の多い他のパーティーが等分しなくても良いという事実に喜びを隠せていない。


 特にタロンなんて目が黄金のように輝いていた。あれは与えられた特別報酬で高い酒を買おうと既に考えている顔だ。


「次に貢献度の高い者へ個別の報酬を与えます」


 更に案内役として活躍しつつ、各階層で騎士団に劣らず主戦力となった『女神の剣』には加えて別の報酬が用意された。


「ターニャ嬢は予てより中央区の土地を購入したい意思があったと聞いているが、どうかね?」


「はい。我がパーティーメンバー全員で暮せる大きな屋敷を持つことが、私の抱く一つの夢にございます」


 これは以前に彼女から聞いた事がある。


 なんでも中央区の一等地に巨大な屋敷を建てて、そこでターニャ自身のハーレム御殿を作りたいのだとか。


 やはり貴族のご令嬢に宿の部屋は狭苦しいと感じるのか、それとも好き勝手に好きな事を出来るテリトリーが欲しいのか。どちらにせよ、ハーレム御殿と称するあたりが彼女らしい。


「では、報酬は当家が所有する土地の一部を贈与する事でよろしいかな?」


「ハッ。ありがたく」


「よろしい。では、後で詳細を詰めるとしよう」


 土地の上に作る箱の費用は自ら工面せねばならぬようだが、土地がタダで手に入るってのは凄い話だ。これで彼女もまた一つ夢に近付いたってところか。


「次にアッシュ君。前へ」


「ハッ」


 最後は俺の番。


 一歩前へ出るとベイルの父上が感謝の言葉を告げた。俺の場合は、大規模調査に加えてデュラハン討伐の件も含めてのものとなっているようだ。


 その後、文官が報酬の件を口にしようとするのだが……。視界の端でオラーノ侯爵がニヤッと笑うのが目に映った。


「報酬なのですが……。を差し上げます……?」


「え?」


 報酬内容が記載された紙を読み上げる文官でさえ、疑問符を浮かべながら内容を口にした。もちろん、聞いていた俺も他の皆も「凄い剣」ってなんだ? と首を傾げざるを得ない。


「剣の詳細についてはまだ伏せておく事になった。まだ王都でエドガーを筆頭に調整している最中なのでな」


 離れた位置に立つオラーノ侯爵が満面の笑みで言ってくる。


「サビオラ家も協力してくれている。楽しみに待っていろ。きっと満足いく物を渡せるぞ」


 サビオラ家のお二人もニコニコと笑いながら頷いているが、サビオラ家は武器開発に携わっている家なのだろうか?


 ただ、ベイルーナ卿が関わっているという点が心配でならないのだが……。   


「さて、これで授与式は終了とする。細やかではあるが食事を用意したので楽しんで行って欲しい」


 俺の番が終わると授与式も終了となった。


 俺達は別室に移動して食事会を楽しむ事になったのだが――


「おお。すっげえ」


 上品に整えられた長いテーブルに配膳されていくのはローズベル王国式の高級料理である。しかも、今回はフルコースを用意しているとか。


 貴族と共にテーブル囲む事に対して緊張するが、食事のマナーは及第点で乗り切れたと思う。いや、思いたい。ベイルとの食事会で練習しておいてよかった。


 コース料理を食べ終わった後は、サロンに移動してのお茶会だ。酒も提供されているので、正しいお茶会とは言えないだろうが。


 食後のコーヒーを楽しんでいると、サロンの端で酒を楽しむ筋肉の集い達、それとサビオラ家のご婦人からお喋りに誘われたウルカとターニャの姿が。


 皆の姿を確認しながら、俺もどこかの席に着こうと思っていると――


「アッシュ。少し良いか?」


 声を掛けて来たのは高級そうなワインの瓶を掲げたオラーノ侯爵だった。彼の横にはベイルもいて、三人で飲もうと誘われる。


「少し話もしたい。ベイル、よい場所はないか?」


「では、私の執務室へ行きましょうか」


 という事で、俺達三人は城の三階にあるベイル専用の執務室へ向かった。


 彼の執務室は拍子抜けするほどサッパリしている。異様なほど綺麗に整えられた執務机、ソファーにテーブル。隙間の空いた本棚が二つ。これだけだ。


 曰く、騎士団本部がメインの執務室になっているのでこちらは全然使っていないという話だが。


「さて、まずは今回の働きに礼を言わせてもらおう。調査の件もそうだが、例の殺人事件に関しても見事だった」


「ありがとうございます」


 オラーノ侯爵自らワインを注いで頂き、感謝の言葉に対して頭を下げた。


「しかし、報酬の凄い剣というのは……?」


「それに関してはまだ秘密だ。だが、期待してもらっていいぞ」


 相当凄い物なのだろうか。むしろ、そんな物を受け取って大丈夫なのかという不安すら感じてしまう。


「近々下層の調査を始めるのか?」


 オラーノ侯爵がベイルに問うと彼はワインを一口飲んだ後に頷いた。


「ええ。例の事件も片付きましたし」


「そうか。剣が調査に間に合うかは微妙なところだな」


 授与式の中でも言っていたが、凄い剣とやらはまだ王都研究所で調整を加えている最中らしい。


 どんな剣なんだろうか? 調査に役立てろ、といった意図を感じられる事から儀礼用の装飾剣ではなさそうだが。


「アッシュの評価はどうでしたか?」


「予想通り、王都住まいの貴族共が召し抱えたいと言っておった。当家が保護済みだと宣言して突っぱねたがな」


 どうにもオラーノ侯爵の言葉を聞くに、王都ではひと悶着あったらしい。


「直接交渉してくる方もいましたが、閣下より頂いた証で難を逃れられました。ありがとうございます」


「構わん、構わん。剣士の何たるかも理解しておらん家にはどんどん使え」


 オラーノ侯爵はフンと鼻を鳴らしながらワインを水のように飲み干した。


「ただ……。陛下がな」


「陛下が……? 何かありましたか?」


 陛下、と口にした瞬間、オラーノ侯爵の顔色が変わった。ベイルの様子も心配そうに眉を潜めるが、オラーノ侯爵は首を振る。


「逆だ。何も言って来ないのだ。アッシュに剣を与える件もご報告しておるし、裁可も下った。確実に陛下の耳には入っているのだが……」


 曰く、こういった案に関しては面白おかしく首を突っ込んで来るのが陛下のお人柄らしい。それが今回に限っては皆無であり、オラーノ侯爵が提出した書類にも許可の判を押しただけで何も言って来ないのだそうで。


「私はそれが恐ろしくてならんわ……」


 これは長く女王陛下に尽くしてきた家臣の経験からくるものだろうか。


 ワイングラスを持つオラーノ侯爵の表情には、心底恐ろしい物を想像するようなものが張り付いていた。


「ま、まぁ……。気にしすぎではないでしょうか?」


「だと良いがな……」


 フォローを口にしたベイルに対し、オラーノ侯爵の雰囲気が重すぎる。


 大丈夫か。本人の前でそんな事を言わないでくれ。こっちまで不安になってくるじゃないか。


「と、ところで。王都繋がりではありますが、例の二人はどうなったのです? 犯行の詳細はまだ届いておりませんが」


 慌てて話題を変えたベイルにオラーノ侯爵はワインを再び飲み干した。


 すると、彼は真剣な表情を浮かべながら口を開く。


「ふむ。まだ王都で止まっている件だが、少し話しておくか」


 どうにも騎士団や国の上層部に関わる重要な話になりそうだ。


「席を外しましょうか?」


 ただのハンターである自分は聞くべきではない、そう判断したがオラーノ侯爵に手で制止される。


「いや、お主も聞いておけ。これは今後、ハンターにも関わる話になってくるだろう」


 俺が浮きかけた腰を下ろすと、オラーノ侯爵は俺とベイルにワインを注ぎながら告げる。


「第二ダンジョン都市を混乱に陥れた二人組だが……。あれは神人教の工作員だ」

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