第76話 報酬授与式 1
朝が来た。
だが、どこかいつもと違う朝だ。
カーテンから差し込む光で目が覚めて、横に顔を向ければ可愛い彼女の寝顔がある。
俺の腕を枕にしながら眠るウルカはまだすぅすぅと寝息を立てているが、どうにも昨日までとは気持ちが違った。
やはり恋人同士になったからだろうか。
しばらく彼女の寝顔を見ていると、ゆっくりウルカの瞼が開いた。
「しぇんぱい……。ぐふふ」
まだ夢の中にいるのか、ウルカはにへりと笑いながら体を更に密着させてくる。彼女の素肌から直接感じられる体温が心地良い。
「もう朝だぞ」
「今日くらい、いいじゃないですか~」
そう言いながら、彼女は俺の頬にキスをした。そしてまた瞼を閉じて幸せそうな寝顔を見せる。
確かに狩りも出来ないし、今日くらいはまだ寝ていてもいいかもしれない。となれば、俺もこの心地良い温かさの中に意識を沈めて……。
コンコン。
再び眠りに落ちそうになったタイミングで、部屋のドアがノックされたような気がした。眠りに落ちる寸前という事もあって「気のせいだろう」と思ったのだが。
コンコン。
二度目のノックで気のせいではないと気付く。俺はウルカを起こさないよう慎重にベッドから出て、下着とズボンを履いてから部屋のドアを開けた。
ドアを開けると立っていたのは身なりの良い男性。スーツを着て、髪もセットされていて、どうにも宿の従業員とは違った雰囲気を醸し出している。
「朝から失礼します。こちらを我が主よりお預かりして参りました」
渡されたのは一通の封筒。裏にはバローネ家という文字と紋章の入った封蝋があった。それを見て、俺は目の前にいる人物が貴族家の遣いであると察する。
「あ、申し訳ない。こんな格好で……」
「いえ、構いませんよ」
慌てて謝罪すると男性はニコリと笑いながら首を振った。
「それでは、失礼致します」
去って行く男性の背中を見送ったあと、俺は封筒を片手にドアを閉めた。
「どうしたんですか?」
さすがに起きたのか、背後からウルカの声が聞こえて来る。俺はベッドに戻って腰掛けると、封筒を寝ぼけ顔のウルカに見せた。
「ベイルの家からだね」
普段はベイルから直接用件を伝えられるのだが、今回は一体どうしたのだろうか。そう思いながらも封を開けると、中には招待状らしい手紙が入っていた。
「……どうやら、俺達に与える報酬が用意できたようだ」
内容としては、今回の調査で活躍したハンター達へ特別報酬を与えたいという旨。同時に都市を管理する貴族として直接感謝の言葉を贈りたいという内容だった。
普段と違って手紙による通知であった理由は、次期当主であるベイルではなくて、現当主であるベイルの父親からの通知だったからのようだ。
「他の皆は今回の調査について。俺達はデュラハンの件も含まれているっぽいな」
遂に王都からの与えられるという報酬の内容が決まったのだろうか。
二日後、北区にあるバローネ家が住まう城で授与式等が開催されるという。
「この日はスーツとドレスだな」
「そうですね」
スーツとドレスは以前作ったし、すぐに用意する物はこれといって思い浮かばない。
ただ、念のためにベイルから詳細を聞いておくか。そう思いながらベッドサイドにある小さなテーブルに手紙と封筒を置いた。
「じゃあ、特に急ぎではないですよね」
「ああ、うん」
そう返しながら彼女に顔を向けると、ウルカは両手を広げながらニコッと笑う。
「じゃ、今日は一日可愛がって下さいね?」
言われて、俺は躊躇う事なく彼女の元に潜り込んだ。
「堕落した生活に慣れてしまいそうだ」
どんどん彼女に溺れながら堕落していく気がする。だが、自分の意思では止められそうにない。
「良いじゃないですか。一緒に堕ちましょうよ。私と一緒にずっと、これからも」
何とか心の端っこに踏み止まる意思を置いておいた俺の口を、ウルカは自らの口で強引に塞いだ。
結局、この日は昼過ぎまでベッドの中にいた。
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二日後、俺とウルカは正装であるスーツとドレスを身に纏いながら北区にあるクエンティン城に赴いた。
城の名が管理貴族である貴族の名を冠しているのではなく、クエンティンとなっているのは元々城を所持していた貴族の家名が残されているかららしい。
このクエンティン家は既にお家断絶しているのだが、最後の当主は『王国十剣』の元となった偉大な騎士十人の内の一人だそうで。
血が絶たれてしまった理由も第二ダンジョンを制御しようとしていた際に、まだ若かった当主が凶悪な魔物と刺し違えて死亡してしまったからだそうだ。残された家族も流行り病に罹って死亡してしまったとか。
結果として優秀な騎士の血は絶えてしまったが、王国への貢献と彼の偉大なる剣を称えて家の名を永久に残す意味でも、城の名を変更しないよう王国から指示されているという。
「すっごいな……」
「ええ。歴史ある建造物って感じですね」
城の外観は石を組み上げて作られた城塞といった感じ。入り口には巨大な門があって、バローネ家に勤める騎士達が門番として配置されている。
俺達は城の入り口に待機していた執事さんに案内されつつ、城の中へと進入した。
中に入っても貴族の煌びやかな城というよりは、戦略の要として建設されたデザインが残る。廊下の至る所には塞がれた小さな覗き窓があったり、屋内から矢を射る為の小窓らしき物があったり。もちろん、こちらも今は封鎖されているが。
他にも各部屋のドアや壁が異様に分厚かったりと、住みやすさを重視するよりも対戦闘用に考えられたであろうデザインの名残が残っていて、そこに無理矢理装飾を行って煌びやかさを演出しているといった感じか。
左右の壁が物凄く無骨で堅牢なのに、床に敷かれた赤い絨毯が高級かつ綺麗すぎてミスマッチに思えて仕方がない。
「こちらが控室になります」
案内された先も控室というよりは騎士の待機所といった感じだろうか。
床には絨毯が敷かれ、ソファーやテーブルが配置されながら客室のような内装となっているが、一般的な客室と違って窓が異様に小さい。
天井に配置されたシャンデリアのおかげで十分な明るさは感じられるが、ガラスで作られたシャンデリアがまたミスマッチすぎる。
「よう、アッシュさん」
中に入ると、黒のスーツに白いシャツ。加えてネクタイを巻いたタロン達が優雅に紅茶を飲みながら挨拶をしてきた。
他にも黄金の夜のメンバー達も今日はしっかりと正装だ。
「ふむ。様になっているじゃないか」
一番目を惹かれるのはやはりターニャだろう。現在進行形で王国貴族令嬢である彼女は赤いドレスを着ており、普段のハンターらしい装いを見ているにも拘らずドレス姿に違和感を感じない。
ご令嬢らしく、完全に着こなしているって感じだ。まぁ、それを言ったらウルカも同じなのだが。
「ターニャは違和感が無いが、タロン達のスーツ姿には違和感を感じてしまうな」
「自分でも分かってるよ」
普段は無骨でシンプルな恰好をしつつ、持ち前の筋肉を晒す彼等が正装となると……。というか、スーツの上からでも筋肉の主張が激しい。胸と腕の部分なんて筋肉でパツンパツンじゃないか。
「ところで、今回の流れは知っているか?」
俺とウルカが空いていたソファーに着席すると、式典やら夜会やら貴族の催しに慣れているターニャが皆に問いかけた。
事前に恥を晒さぬよう流れを教えてくれるつもりなのだろう。
「確か全員揃ったら事前に開催主である貴族の当主が挨拶に来るんだっけ?」
タロンがそう言うとターニャが静かに頷いた。
「ああ。もうすぐいらっしゃるだろう。失礼の無いようにな」
その後、用意された大広間に移動して授与式が開催される。報酬の授与とお言葉が贈られた後は細やかな食事会が行われるという流れらしいが。
俺とウルカは事前にベイルから聞かされていた事もあって既に把握済みだ。ただ、食事会のマナーが心配だな……。
「高い酒が飲めるらしいじゃん」
「楽しみだぜ」
お気楽そうに言うタロンとラージが羨ましい。俺なんて緊張で酒なんか飲めそうにない。
ターニャによるマナー講習を聞きつつ待っていると、部屋のドアがノックされた。中からターニャが代表して返事を返すと、現れたのはベイルとオラーノ侯爵。
そして――
「あ、貴方は……」
「おや」
ベイルの後ろにいたご老人は、俺が第二ダンジョン都市へ訪れた際に色々と教えてくれた方だった。まさか、と思っているとベイルがご老人の正体を明かした。
「こちらは私の父だ。どこかで会った事があるのかい?」
「俺――いや、私が都市に訪れた際、色々教えてくれまして。まさか、あの時は……。大変失礼致しました。どうかご容赦下さい」
俺が口調を直しつつもあの時の無礼を慌てて詫びると、ご老人――ベイルの父であるダイル・バローネ伯爵は優しそうな笑みを浮かべて首を振った。
「いや、気にしないで欲しい。そうか、君が息子の友人だったんだね」
「はい。閣下より直接都市について教えて頂き、助かりました。ご紹介して下さったお店も宿も最高です」
お世辞ってわけじゃない。あの時、色々な店や宿を教えてくれたおかげで随分と助かった。おすすめされた宿は今でも契約中だし、食堂は行きつけの店となっている。
甘党らしい閣下が教えてくれたデザートの店はウルカがハマって週に四回も通うくらいだ。
「ははは。そう言ってくれると嬉しいね。これからも息子共々よろしく頼むよ」
「ハッ。こちらこそ、よろしくお願いします」
ニコニコと笑うダイル様と握手を交わし、俺達全員の自己紹介が済むと横に控えていたオラーノ侯爵が「ゴホン」と咳払いを一つ零して場をリセットさせた。
「もうすぐ授与式であるが、その前に……。アッシュに会わせたい人物がいるのでな」
「私にですか?」
「ああ。少し時間をもらうぞ」
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