第75話 幸せ税
宿前、しかもメイントリート沿いの目立つ位置で大胆にも告白を行う事となったが、俺とウルカの関係性は無事に恋人へと進展した。
俺はウルカが落ち着くのを待つと、彼女を連れて夕食を摂りに出発した。
今日くらいは高級レストランで食事をとも思ったが、ウルカがいつもの店で良いと言うのでいつも通り行きつけの店に向かう事に。
本当に良いのか? と何度も聞いたが、やはり彼女の意思は変わらなかった。
「はぁ~……。えへ、えへへ……」
行きつけの店で酒と料理を一通り楽しむと、彼女はほろ酔い状態でうっとりしながら右腕にはまったブレスレットを見つめ続けていた。
「そこまで喜んでくれるとプレゼントした甲斐があるよ」
「んふふ」
少し恥ずかしさもあるが、やはり彼女が喜ぶ顔を見れるのは良いものだ。プレゼントして良かったと心から思える。
「恋人、先輩と恋人」
ニマニマと笑いながら繰り返すウルカ。俺も顔に熱を帯びてきたが、きっと酒のせいじゃないだろう。
嬉しそうに笑う彼女の表情をつまみしながら酒を飲んでいると、テーブルの傍で足を止める人物がいた。こちらに視線を向ける気配を感じて「何だろう?」と思いながら顔を向けると――。
「…………」
そこには口を半開きにして固まるメイさんがいた。
「こ、こ、こ、こ……!」
「あら? メイさんじゃないですか」
鶏の鳴き声のような声を漏らしながら、震える手で俺達――いや、ウルカの腕にあるブレスレットを指差すメイさん。対するウルカは非常に挑発的で余裕の笑みを浮かべながら彼女の名を呼んだ。
「恋人!? 恋人用のブレスレット!?」
「あ、気付きました? 先輩から貰ったんです。恋人、の証に」
明らかに動揺するメイさんにウルカは「恋人」の部分を強調しながら言った。加えて、ブレスレットを見せつける様はどう考えても喧嘩を売っているようにしか見えない。
「メイさんの腕には……ありませんねぇ~?」
あれあれ? と挑発的に問うウルカ。俺がやめなさい……と言っていいものだろうか。火に油を注がないだろうか。若干悩んでいると、俺が答えを出す前にメイさんの顔が修羅に変わった。
「クソがよォォォォッ!!」
烈火の如くキレたメイさんが俺達のテーブルにズンズンと近付いて来ると、拳をテーブルに叩きつけてからウルカの顔面に向かって中指を立てた。
「如何にも余裕そうな顔しやがってよッ! 喧嘩売ってんのかッ!」
「いいえ~? 別に~? ただ、先輩は正真正銘、私の物になったんですよってお知らせしたくてぇ~?」
詰め寄るメイさんに、ウルカは肩を竦めながら言うが……。
「ハァー!? 王国は一夫多妻制が推奨されているんですけどォー?」
「あ? テメェ、メス豚がよ。これからはいつもみたいに先輩へ色目向けたら殺すから」
二人は鼻先が触れ合うくらい顔を寄せ合って、ガンガンにメンチをきりあい始めた。
やめなさい。やめなさい。
「まったく、怖い女達だ。そう思わんか?」
二人の睨み合いが続く中、ふと気配無く俺の隣に着席して肩に腕を回してきたのはターニャだった。既に酒を飲んでいるのか、彼女の頬も若干赤い。
「こんな乱暴な女よりも私の方がオススメだぞ?」
「ああ! この性獣貴族女ッ! 私の先輩に触れるなッ!」
「ははっ。恋人同士になったというのに余裕が無いな。それは自分に自信がない現れだと思わないか?」
ターニャはターニャで別の余裕が浮かぶ。彼女は依然と俺の肩に腕を回し、ウルカを挑発するように体を密着させてきた。
「殺すッ! 今日こそ殺すッ!」
「ハッ! 良いだろう。では、飲み比べといくか」
「私も参戦しますから! 勝ったらアッシュさんは私の物!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める三人にため息を零していると、またゾロゾロと人が集まって来た。今度は誰だ? と顔を向けると、そこにはビールジョッキを持ったタロンとラージがいた。
「うるせえ奴等がいると思ったらアッシュさん達か」
「俺じゃなく、この三人だ」
俺が弁明するとタロンは「変わんねぇよ」と言いながらジョッキに残っていたビールを立ったまま飲み干した。
「あれ、ウルカちゃんの腕にあんのって恋人の腕輪?」
「ああ、遂に告白したんだ」
タロンとラージは空いている席から椅子を持ってきて、俺の傍に座りながらも酒のおかわりを注文した。
「つーか、付き合ってないのがおかしいくらいだったからな」
「どうして今まで付き合ってなかったんだ?」
訳を知らない二人の質問に、俺は少し悩みながらも事情を明かす事にした。帝国で起きた事、帝国を飛び出した理由、そしてウルカが王国まで追いかけて来た事も含めて。
すると、聞いていくうちに二人の顔がみるみる険しくなっていく。
「そりゃあ……災難だったな」
「国を飛び出すのも当たり前だわ」
二人は俺に同情的な視線を向けつつも、帝国貴族の無慈悲さに恐れを抱いているようだ。
「まぁ、そんな事がありゃあ怖がるのも無理ないな。ずっと、早く付き合えよアホかって思ってたけど理由聞いて納得だわ」
タロンはそう言いながら、俺の心情に同意してくれた。なんて有難い男なのだろうか。
しかし――
「だが、追いかけて来てくれる女がいるってのは羨ましい」
「分かる」
ラージがそう言うとタロンは即肯定した。
「ちょっとムカつきもする」
「分かる」
「ここの払いはアッシュさんね」
「当然だわな」
どう当然なのかは不明であるが、二人はニヤリと笑う。その笑みからは本気さが窺えた。どうやら本気で俺に払わせるつもりらしい。
「幸せ税だよ、幸せ税。俺達にもお裾分けしてくれや」
「そうそう」
笑いながら酒を呷ると「もう一杯……いや、三杯追加だ!」と景気よく叫ぶタロン。運ばれて来た酒を俺とラージに配ると、彼はジョッキを掲げて言った。
「幸せなクソ野郎に乾杯!」
「乾杯!」
タロンはラージを杯を打ち鳴らし、ゴクゴクと一気にビールを呷っていく。これは彼等なりの祝福なのだろう。
「ダハハ! タダ酒はうめぇな!」
「別格だぜ!」
ため息を零しつつも、俺は二人分の会計を支払おうと決めた。
そういえば、ウルカ達はどうなっているかな? そう思いながら顔を向けると――
「えっぐ、ぐすっ……。わたじだって、好きで独り身なわけじゃないじぃ~!」
「先輩がね、先輩がね!?」
酔っ払いながら泣くメイさんの肩を抱きながら、顔を真っ赤にするウルカはひらすら惚気話を聞かせているではないか。
「ふーむ。また勝ってしまったな」
そして、一人勝ち誇るターニャは優雅にワインをカパカパ飲んでいた。
もう滅茶苦茶だ。
ただ、こんな時間も悪くはない。そう思いながらタバコに火を点けて、騒がしいタロンとラージの話を聞きながら酒を飲み続けた。
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夕食から飲み会となってしまったが、夜の十時を越えたところでお開きとなった。
宣言通り、俺はタロン達の会計も支払う事に。加えて、ウルカがウザ絡みしていた事への申し訳なさからメイさんの分も会計させてもらった。
すっかり顔を赤くして酔っ払ったウルカを背負いながら宿へと戻り、彼女をベッドの上に降ろして俺はシャワーを浴びようとシャワー室へ向かった。
包帯を巻いている左手を濡らさないよう慎重に体を洗っていると、背にあった引き戸がガラリと開く。びっくりしながら後ろを振り返ると、そこには一糸纏わぬ姿となったウルカがいた。
「お、おい!?」
「んふふ。お世話しま~す」
ウルカの顔は酒のせいで赤いし、足取りも怪しい。とてもじゃないが、お世話するのは俺の方になると思うのだが。
だが、彼女は俺の首に腕を回すと真正面から密着してきた。
「先輩、もういいですよね? 私達、恋人になったんですし」
何が、とは聞けなかった。
「早く体洗ってベッドにいきましょう?」
瞳を潤ませ、頬を赤らめながら言うウルカの顔を真正面から見た俺は、ついゴクリと喉を鳴らしてしまった。
「……いいのか?」
「もちろんです。ずっと待ってたんですから」
その後、俺達がどうなったかは……想像にお任せする事にしよう。
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