第74話 彼女との関係 2
先生から書類を受け取った俺は、中央区にある都市内で一番大きな薬屋を訪れていた。
この薬屋は王国でも有名な薬師一家である貴族が経営する支店であり、その証拠に店内奥には十人ほどの薬師が作業を行っている様子が見えた。
王都より届いた材料で薬やポーションを大量生産し、都市内における病気の蔓延を阻止するに一役買っている店と言えるだろう。特に経営母体が貴族家という事もあって役場からの信頼も厚い。
通常、王国民が薬を購入する流れとしては、病になった際にまず頼るのが各病院。そこで診断された後、各病院と提携しているこの薬屋で医者が指定する薬を買う、といったシステムだ。
都市内には薬師一人で経営する小さな薬屋も存在するが、ここであれば複数人体制で薬を作っているので在庫切れが無い。即日薬を買えるという事もあって、薬師界隈ではほぼ一強といったところだろう。
「はい。書類は確認しました。本日中に在庫を集めておきますので、申し訳ないですが明日にまた取りに来てくれますか? 明日お越し頂いた際に一週間分を纏めてお渡ししますね」
「はい。分かりました」
薬師のお店で書類を提出し、それを確認した薬師がポーション受け取りまでの手順を告げた。支給期間は左手が完治するまでで、医者の診断により完治とされたら再び「支給停止」の書類を持って薬師を訪ねなければならない。
申請が何度もあって面倒かもしれないが、国の税金でポーションを支給してくれるのだ。これくらいの面倒は嫌な顔をせずに受け入れるべきだろう。
最大手の薬屋を後にすると、俺は猛ダッシュで次の目的地へ向かった。
ベイルに紹介されてブレスレットの製作を依頼していたジュエリー店である。いつも通り、高級そうな店構えであるが今はとにかく時間が無い。
俺が店の前で急ブレーキを掛けると、俺の姿に気付いた店員がガラスのドアを開けてくれた。
「お客様。お待ちしておりました」
どうやら店員は俺の顔を覚えていてくれたらしい。
「商品は既に完成しておりますよ。さぁ、中へどうぞ」
「ど、どうも、すみません」
猛ダッシュしたせいもあって、肩で息する俺は顔に浮かぶ汗を拭いながら店内に入った。カウンターの前まで案内されると、店員は奥から分厚い布に包まれた物を持ってきた。
覆っていた布を広げると、中には銀のブレスレット。指定した彫り装飾と赤いルビーの宝石がはまったブレスレットは、店内の照明を反射しながら光り輝いていた。
「綺麗だ」
思わず感想を漏らすと、店員は満足そうに「ありがとうございます」と笑った。
「すぐに梱包致しますね」
そう言うと店員は高級そうな造りの木箱をカウンターの下から取り出す。パカリと蓋を開けると中にはブレスレットが傷付かないようにやや厚めの赤い布が張られていた。
中には磨き用の布も入れられていて、店員はブレスレットを固定台にはめてから蓋を閉める。木箱には赤いリボンが巻かれて蓋が開かないように固定されると、手提げ付きの紙袋へと大事に入れられた。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
「結婚指輪をお求めの際は是非」
「あはは……。その時はお願いします」
ニッコリと満面の笑みで言われ、俺は紙袋を受け取りながら礼を言って店を後にする。
さて。ここからが勝負だ。
「どう渡そうか」
帰り道を歩きながら渡すシチュエーションを考えた。
結婚指輪ならまだしも、ブレスレットの入った木箱はさすがにポケットには入らない。紙袋に入れて持ち歩いても、ウルカなら絶対に気付くだろう。
要は隠しようが無いって事だ。
「これは男らしくいくしかないか」
サプライズも考えたが、隠しようがなければ仕方がない。だったら男らしく大胆に行こう。
そう決めて、俺はウルカの待つ宿まで戻った。
宿まで残り数メートル。俺の視界には宿の看板と入り口が目に入ったのだが、入り口付近にはウルカが立っていた。まさか外で待っているとは思わず、俺は慌てて彼女に駆け寄って行く。
「ウルカ」
「あ、先輩」
声を掛けると嬉しそうに笑う彼女。彼女の傍まで歩み寄ると、俺はたまらず聞いてしまった。
「部屋で待っていなかったのか?」
「いえ、先輩が遅かったので心配になって」
少し過保護すぎないか。そう思いながらも苦笑いを浮かべると――
「ん? どうしたんですが、その袋」
ウルカは俺の持つ紙袋に気付いた。
「ん、ああ、これは……」
マズイ。少々声がうわずってしまった。
俺の声音を聞くなり、ウルカは見るからに「怪しい」といった表情を浮かべた。
何か疑っているような目を向けられてしまい、俺はチラリと周囲を確認する。
宿の前にあるメインストリートにはそれなりの通行人が歩いていた。きっと注目されてしまうだろう。だが、それがどうした! と気合を入れてウルカに向き合った。
「ウルカ」
「はい?」
俺は紙袋の手提げを左手に引っ掛けた後、無事な右手で中身を取り出した。
「これ、受け取ってくれ」
「はっ?」
俺が差し出したリボン付きの木箱を見て、ウルカは目が点になる。しばらくそのまま固まって、我を取り戻した彼女は震える手で木箱を受け取ってくれた。
ウルカに木箱を持ってもらったまま、俺はそっとリボンを外す。リボンが解けたあとは、ゆっくりと蓋を開けて中身を見せた。
「王国では、恋人にブレスレットを贈るらしい」
俺は今、どんな顔をしているのだろうか。緊張でアホ面になってなきゃいいが。
「は、へ……」
俺の言葉を聞いたウルカの顔はどんどん赤くなっていく。いつもは挑発してくるくせに、こういった時は可愛らしい態度を見せるのも彼女の魅力だろう。
「待たせてすまなかった」
顔が熱い。それに喉もカラカラだ。
「ウルカ、俺は君が好きだ。これからもずっと傍にいて欲しい」
俺は遂に自分の気持ちを彼女に伝えた。赤くなったウルカの顔を真正面から見つめながら、ハッキリと想いを口にしたのだ。
「あ、あ、う……」
すると、彼女の目尻には涙が浮かびあがった。徐々に泣き顔へと変わっていくウルカにギョッとしていると、彼女は飛びつくようにして俺へと抱き着いて来た。
「うわあああん! 好き! わだじも好きぃ~!」
「お、おお、おい? ウルカ!?」
慌てて彼女を受け止めると、ウルカは俺の胸に頭を擦り付けながら泣き声を漏らす。
「ずっと、ずっと好きだったがら~! クソ女に盗られた時は本当に嫌だった、けど、諦めずにいて、よがっだよ~!」
「す、すまない」
俺は彼女の背中を摩りながら落ち着かせようと試みると、涙を流しながらも顔を真っ赤にした彼女がガバッと顔を上げてきた。
「もう、もう! 絶対に離れませんからね!? もう恋人なんですからね!? 愛してるよって言って!」
「あ、ああ。もちろんだ。ウルカ、愛しているよ」
彼女の要望に応えると、更に顔を赤くしたウルカは「うひゃー!」と言いながら俺の胸におでこをグリグリと押し付けてきた。
なんというか……。ウルカのリアクション一つ一つに愛しさを感じてしまう。
これが本当にお互いの想いが通じ合った恋人関係か。やはり、前の損得勘定で繋がった婚約関係とは全然違うな、と思ってしまった。
と、ここで俺はようやく気付いたのだ。
俺達に向けられる周囲の視線に。
ぎこちなく首を回してメインストリートを見やると、そこには通行人達が足を止めて俺達を見つめていた。
やはりこうなってしまったか。
しかし、彼等は俺と目が合うなりニコリと笑い出す。
「お幸せに!」
「大事にしてやんなよ!」
ようやく気付いたかと言わんばかりに通行人達の中から祝福の声が上がった。彼等は思い思いの言葉を投げかけると、笑いながら去って行く。
……中には「もげろ!」とか「魔物に食われろ!」なんて声もあったが。
「あはは……。ど、どうも……」
さすがに恥ずかしすぎて碌な返答が出来ない。辛うじてぎこちない笑みを浮かべつつ、去って行く通行人達に一言呟く事しかできなかった。
だが……。俺はようやく彼女に想いを告げられたのだ。
苦い思いは経験したが、それでも彼女のおかげで吹っ切れた。彼女が傍にいてくれて、ずっと「傍にいる」と言葉にしてくれたおかげで俺は信じる事が出来た。
「ウルカ、ありがとう」
だからこそ、これからはこの腕の中にある温もりを失わないように努力しなければ。
「先輩、好き♡ 愛してる♡」
俺は彼女の言葉に応えるように強く抱きしめた。
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