第73話 彼女との関係 1


 犯人逮捕から二日が経過した。


 暗いニュースが続いていた第二ダンジョン都市は、ようやくゆったりとした日常を取り戻し始めたと言うべきだろうか。


 ダンジョン内で発生していた連続ハンター死亡事件は、犯人逮捕以降ピタリと止まった。


 狂乱状態で暴れるハンター達も目撃されないし、各階層に残されたハンターの死体も発見報告は無い。やはりダンジョン内で殺人事件を起こしていた原因は、あの男女だったのだろう。


 まぁ、これからも無茶をしたハンターが魔物に殺害されるという事件は起きるだろうが、それでも人間による殺人は阻止できたと言える。


 犯人が使用した手口や被害者の総数などは、まだ王都で取り調べの最中らしい。ベイル曰く、あと少ししたら王都騎士団より報告が届くだろう、との事。


 ただ、しばらくは騎士団と協会によるダンジョン内の巡回は続くだろう。加えて、爆破された娼館周辺に散らばった破片の後始末や怪我人の治療、破壊されてしまった娼館の立て直し、死亡したハンター達への弔いなどの予定もあって騎士団も協会も大忙しのようだ。 


 だが、それでも第二ダンジョン都市はようやくゆったりとした日常を取り戻しつつある。


 ハンター達は相変わらずダンジョンで活動しているし、都市内に暮らす人々もいつもと変わらぬ笑顔を浮かべて生活している。


 被害に遭った学者達は己の体験談をまとめたレポートを作成した後、二十階層の調査を始めたそうだ。相変わらず逞しい。


 それら調査もあと三週間程度で終わる見込みと報告が入り、厄介事続きだった騎士団と協会も本格的に下層の調査を進める準備に取り掛かり始めた。


 第二ダンジョン都市の事情はこんな感じだ。


 さて、俺達はと言うと――


「先輩、あ~ん」


「あ、あ~ん」


 運河沿いのカフェにて、俺はウルカに甲斐甲斐しくもお世話されていた。


 たった今差し出されたのは、フォークに刺さった一欠けらのケーキである。俺はぎこちなくも一口でパクリといった。


「美味しいですか?」


「あ、ああ……」


 どうしてこうなったかって? それは俺が左手を怪我しているからだろう。


 左手の痛みは薬によって抑制されているものの、包帯でぐるぐる巻きの状態は変わらない。だが、左手だ。俺の利き手は右手である。


「ウルカ、俺の右手は無事だぞ?」


 以前、新聞社にインタビューを受けた事もあって、都市内の人間には俺の顔と名前が僅かながらに浸透しつつある。市場で働くおじさん、おばさん達と道ですれ違った時は声を掛けられるくらいには顔を覚えられているのだ。


 加えて、この店は常連という事もある。


 要は周囲の視線が痛い。


 すっごい生暖かい目で「ラブラブだなぁ」みたいな視線を向けてくる。それを口にする人だっているくらいだ。偶然通りかかったハンターからは「またか」みたいな目線が向けられる。


 だからこそ、彼女にもう何度目か分からない「右手、無事です。右手、使えます」アピールをしたのだが。


「そうなんですか。じゃあ、次はこっちのケーキにしましょうね」


 彼女は全く聞いちゃくれなかった。怪我を負った当日の夜からこの状態だ。


 宿で食事を摂る際も全部「あ~ん」だし、寝る時だって左手を気遣ってくれる。さすがにトイレの世話とシャワーの補助は遠慮したが。


「はい、あ~ん」


 ただ、彼女の満面な笑みを見ていると強く言えないのも確か。故に成すがままになってしまっている。


「……あ~ん」


 しかし、俺としてはそれよりももっと真剣に考えるべき事があった。


 これまで以上に「今後の事を考えなければ」と思った切っ掛けは、やはり犯人がウルカを人質に取った事だろうか。あの二人組との戦いは、正直今でも運が良かったとしか思えない結果だ。


 もし、あの時、最悪の事態を迎えていたら……。今、こうして彼女とケーキを楽しむ事は無かっただろう。


 それを想像すると俺の中には強い焦りが生まれた。


 目の前で嬉しそうに笑う彼女を失ってしまうかもしれないという恐怖、守り切れないかもしれないという不安。俺の抱くネガティブな感情と想像が現実になる前にどうにかしなきゃいけない。


 となれば、彼女との今後はより真剣に考えるべきだ。


 最初の一歩として、俺は早く彼女へ想いを伝えなければならない。伝えて、受け止めてもらってからじゃないと何も始められない。


 この結論に至った時、早めに準備しておいて良かったと心底思った。


 問題はいつ「アレ」を取りに行って渡すかだ。 


 既に注文した腕輪は完成しているだろう。ウルカにバレぬよう、どうにか一人で店に取りに行きたいのだが……。


「先輩。次はどこに行きましょうか?」


「そうだなぁ」


 俺が左手を怪我をしている事もあって、しばらくハンター業は休止状態。なら丁度良いとウルカから提案されたのが連日のデートだ。


 最近忙しかったし、思いっきり色々楽しみましょう。二人きりでね、と。


 もちろん、俺も同意した。こんな可愛らしい女性と共にゆっくりデートできるなんて、人生の絶頂期とも言えるような日々を送れるのは間違いない。


 だが、問題はここだ。常にウルカが横にいる。


 お世話します、と言って譲ってくれない。一人になれる時間なんてトイレとシャワー中くらいだ。


 どうすれば良い!?


 俺はまた差し出されたケーキをパクッといきながら、ダンジョン内にいる時と同じ思考速度で策を考えた。


 ベイルに呼ばれた……は厳しいな。彼は今、本部で後処理の真っ最中だ。犯人関連の事で呼ばれたと言っても、同じ当事者であるウルカも呼ばれなきゃ違和感は拭えまい。


 同時に相手が使った魔法に関する事で学者に呼ばれた、という案も厳しい。こちらもウルカだって被害者なのだから。


「買い物に行きますか? それとも公園でゆっくりしますか?」


 買い物であれば西区。公園であれば中央区にある中央公園がベター。


 俺が訪れたい場所から遠ざけるか否か……! クソ、どうすりゃ良い!?


「う~ん……。服でも見に行こうか? そろそろ夏物を本格的に買わなきゃだしな」


「あ、良いですね!」


 俺は悩んだ末、本丸から遠ざける事を選択した。


 ここはこれで正解なはずだ。まだチャンスはどこかに転がっているはず。


 諦めるなッ! 俺ッ!


 というわけで、俺達は西区にある洋服店へと向かったのである。道中、必死に策を考えていたので何を話したかは覚えていない。


 俺達が向かった洋服店は平民向けとされる西区の中でも割とお高めな店だ。男性物よりも女性物の方が充実した店であるが、俺としては特に不便さを感じない。


 ただ、この店は服に使う生地の質が良くて着心地は抜群。私服からハンター業用に使う物まで一通り揃う、俺達の行きつけとなっている店である。


 既に店の外から見えるガラス張りのディスプレイには夏物の洋服を着せられたマネキンが揃っていた。


 木製のドアを押して店内に入ると「カランカラン」とドアベルが鳴った。顔馴染みとなった女性店主に挨拶をしつつ、俺達はまずウルカの服を探し始める。


「夏物、どういうの着て欲しいですか?」


 この都市にウルカがやって来てから初めて洋服店へ行った時もそうだったが、基本彼女は俺の趣味に合わせようとしてくれる。


「こういうのはどうだろう?」


 夏物らしく生地は少々薄め。だが、露出は抑え気味。そういったタイプのシャツを手に取って見せた。


 ここで俺の趣味を爆発させても良いのかいつも悩むが、やはり抑えるべきだと常に心に留めているのだが……。


「なるほど。こっちですか」


 だが、彼女が手に取ったのはノースリーブタイプのサマーニットだった。


 いや、確かにそれにも目線を送ったよ。俺の趣味にもばっちりだよ。こうも的確に見抜くかね。


「本格的に夏が来たら少し暑くないか?」


「先輩が好きな服なら暑くても着ますよ」


 すっごい真面目な顔で言われてしまい、俺は思わず「うっ」と鈍い声が出てしまった。それを聞くなり、彼女はニンマリと笑みを浮かべる。


「ダンジョンではショートパンツですし、下はスカートにしましょうか」


 こちらもグッとくるスカートをチョイスしてくる。最早、ウルカは俺の内心を見抜いているに違いない。


「さて、次は先輩の番ですよ」


 自分の物はサクッと終わらせ、今度は俺の服を決める事になったが……。


「うーん。こっちと、こっち……」


 ウルカは自分の服を選ぶよりも真剣だ。真っ直ぐ立たせた俺の体にいくつも服を重ねて、次々に候補を絞っていく。


「こっちは?」


「いえ、こっちの方が合ってますから」


 あまり俺の意見は聞いてくれない。そう、ここでも俺は成すがままだ。


「うん。こっちにしましょう」


「うん」


 俺の服として選ばれたのは白のシャツと黒いズボンとジャケットだった。ありがちな色と組み合わせであるが、シンプルながらもデザインが凝っているタイプの物だ。


 合わせた状態で姿見の前に立つと、ちょっとフォーマルっぽい感じが演出される。まぁ、いい大人だし落ち着いた装いは心がけるべきだろう。


「これならベイルさんやオラーノ侯爵様と会う時も着れるんじゃないですか?」


「ああ、確かに」


 貴族から夜会に呼ばれたり、正式な場に赴く際は本格的なスーツを着るべきだ。ただ、ちょっと外で談笑するくらいならこれでも違和感は無いかもしれない。


 特にベイルと中央区のビアガーデンやら高級酒場に行くなら丁度良い装いだなと思える。


「さすがだ。ウルカに任せたら間違い無いな」


「えへへ」


 合わせて普段用の革靴も購入して、俺達は店を出た。服選び――主にウルカが俺の服を選ぶ時間が掛かってしまい、外はすっかり茜色に染まっていた。


「夕飯、どうしようか?」


「そうですねぇ……。あ、そうだ。私、久しぶりに魚料理が食べたいです」


「そうか。じゃあ――」


「あ、アッシュさん」


 店の名を口にしようとしたタイミングで声を掛けられた。顔を向けると騎士団本部に隣接した病院に勤める医者の一人であった。


「ああ、先生。こんばんは」


「こんばんは。丁度良かった。これから宿に向かうところだったんですよ」


 そう言われて俺とウルカが首を傾げていると、彼は黒革の鞄から一枚の紙を取り出した。


「これ。処方している痛み止めの他にポーションの支給も認められたので。該当の薬師から受け取って下さい。費用は国持ちです」


 聞くに左手の治療として毎日分の小瓶ポーションが支給されるようになったらしい。これは第二ダンジョン都市専任ハンターとなった者への特典だそうだ。


 高価なポーションを毎日一瓶分支給してあげるから、それを飲んで早く怪我を治してね、という事だろう。


「良いんですか?」


「良いも何も、当然の待遇でしょう。有能なハンターは都市の要ですからね。ただ、認可書を提出してから薬師がポーションの在庫を確認するので、なるべく早めに提出して下さい」


「わかりました」


 頷きながら俺はチャンスだと思った。


 この助け舟を受けて、俺の心の中では戦闘前と同じ高揚感が充満する。


 去って行く先生を見送りながら心の中にいる小さな俺が「出陣だァァッ!」と剣を掲げた。


「ウルカ。一旦、宿に戻っていてくれないか? 俺はこの認可書を提出だけしてくるよ」


「え? 一緒に行きますよ?」


「いや、荷物もあるし。悪いが、荷物を宿に置いてきてくれ」


 飯を食う時に荷物があったら邪魔だろう? とやや強引な理由付けをしてウルカを宿に向かうよう誘導した。


「ふーん……。わかりました」


 この手のやり口は二度目だ。ちょっと怪しまれたかもしれない。ただ、それでもウルカは俺の提案を飲んでくれた。


「すぐ戻る!」


 俺は薬師の元に走り出し、その足で中央区に向かうのであった。

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