第72話 敵の正体と王国の闇
「すまない、アッシュ。遅くなった」
俺がウルカを抱きしめていると、背後から声を掛けられた。振り返ればベイルがオラーノ侯爵と共にいて、俺達の顔を心配そうに見つめている。
「あ、ああ。そちらも大丈夫だったか? 娼館が爆発していたが」
「こっちは何とか怪我人だけで済んだよ……って、怪我しているじゃないか!?」
ベイルは俺の頬についた傷や左手を見るなり驚きの声を上げる。焦り気味に軍医を呼んで、ポーションを持って来るよう手配してくれた。
「アッシュ、すまないが早急に状況を教えてくれんか?」
床に座る俺達に目線を合わせるよう、オラーノ侯爵は膝をつきながら問いかけてきた。慌てて立とうとするが「そのままで良い」と制止される。
「はい、実は――」
俺は軍医を待っている間、ベイルとオラーノ侯爵にここへ至るまでの経緯を説明。持ち場を離れてしまった事を謝罪しつつ、俺達に推測を話した。
そして、高級宿に到着してからの経緯も。あの青年が魔法使いであった事も説明すると、静かに聞いていたオラーノ侯爵が「やはりか」と小さく漏らした。
「閣下は敵の正体をある程度把握しておられたのですか?」
「ああ。と言っても、確証を持てたのはベイルから事件の詳細を聞いた後であったがな。最近、王国内部で不穏な動きを行う集団がいると報告は受けていた。中央の方でそちらの調査を行っていたのだが、まさか第二ダンジョン都市を狙われるとは」
オラーノ侯爵の話を聞くに、どうにもベイルが考えていた当初の推測は当たっていたようだ。
俺が撃退した黒服の男女は王国を敵視する組織の人間だったらしい。どのような組織か詳細を語らなかったのは国の機密情報なのだろう。
「組織の構成員の中には魔法使いがいるという情報を掴み、急ぎやって来た。ただ、有能なハンターが既に犯人を押さえてくれていたがね」
ニィッと笑いながら言うオラーノ侯爵。だが、言われた俺はどうにも申し訳なくなってしまった。
「申し訳ありません。学者の皆さんが狙われているかと思い、自己判断してしまいました。ベイルもすまなかった」
「いや、謝る必要は無いよ。むしろ、感謝しているくらいだ」
俺が二人に謝罪すると、二人共首を振って「構わない」と言ってくれる。寛容な人達で心底良かったと思う。
「だが、正直、自分でも無茶をしたと反省しているよ……」
今思えば無謀だった。相手が魔法使いである可能性など頭に浮かんでなかったし、下手をすれば俺もウルカも死んでいたかもしれない。
魔法使いという存在は味方だけに存在するわけじゃない。王国にしかいないような存在でもない。
今回のように敵として相対する可能性だってあるという事を失念していた。
「確かに迂闊ではあったかもしれんな。魔法使いという存在は謎を多く持つ存在であり、強力な存在でもある。しかし、結果は文句無しだ。そう自分を責めず、今回の経験を糧にすればよい」
オラーノ侯爵の言葉は、実に人生の大先輩らしいアドバイスだ。そして、剣を振るう者としての的確なアドバイスでもある。
生きて勝てたなら上々。反省点があるのであれば次に生かし、次こそは問題無く対処すればよい。彼の言う通り、今回の件は胸に深く刻んでおこうと思う。
「まぁ、あのような未熟な魔法使いにお主が負けるとは思わんがね」
それは過大評価過ぎないだろうか。オラーノ侯爵の言葉に苦笑いを浮かべつつ、未熟という点を質問すると――
「奴等、若いだろう? まだ戦闘に関する経験も魔法に関する経験も浅いようだ。熟練の魔法使いであればもっと……手に負えん」
オラーノ侯爵がこれまで過ごしてきた人生の中に、魔法使いと対峙した事があるのかもしれない。彼の浮かべた苦々しい表情からはそれが窺えた。
「さて、ワシは急ぎ王都へ奴等を連行するとしよう」
話が一区切りすると、オラーノ侯爵は立ち上がって犯人達へ顔を向けた。王都騎士団の騎士に連行される青年と女性の首には黒い首輪がはめられており、顔には黒い目隠し、両手は縄で縛られた状態となっていた。
もしかしたら、あれらは魔法使いに対する対策なのかもしれないな。
他にも、囚われていた学者さん達が目を覚まし始めたようだ。階段の踊り場に放置されていた学者さん達が目を覚ますと現場は一層騒がしくなる。
「あれ? もしかして魔法の影響を受けていた?」
「精神系の魔法だったのか!」
「お、覚えている事をレポートに書かなきゃ!」
などと、被害者でありながら非常に逞しい言葉を零し始める。
正直、彼等が怖い。
「皆さんは良いですよね。僕は魔法が掛からないって言われて殴られたんですよ!?」
唯一、彼等に恨むような視線を向けているのがアルバダインさんだった。オラーノ侯爵曰く、魔法使いは何らかの『魔法耐性』を持っているそうで。
それを聞き、初めてアルバダインさんが魔法使いであると気付く。
魔法使いだった彼は魔法が効かず、腹に一撃を貰って気絶させられていたようだ。ある意味、一番の被害者かもしれない。
「団長、ポーションをお持ちしました」
「ご苦労。アッシュ、ポーションを飲んで手当を受けてくれ。ウルカ君も魔法の影響が無いか調べてもらおう」
「王都から対魔法使いに関する学者を連れてきた。今は正常かもしれないが、念のため検査を受けておいた方が良い」
ベイルは部下からポーションを受け取りつつ、俺達に治療を受けるよう勧めた。オラーノ侯爵が連れて来たという学者も本部で待機しているらしく、俺達は揃って騎士団本部へ向かう事に。
ここでオラーノ侯爵とはお別れになるようなので、挨拶を行ってから俺達は移動する事になった。
「本当に無茶しますね。剣を掴むのもそうですが、相手のナイフを左手に突き刺して無力化するなんて」
「魔法の件もそうです。状況を鑑みるに無茶せねばならなかったのでしょうけど……」
これは本部で治療を受けた際、軍医さんと魔法研究の学者さんに言われた言葉だ。二人共、状況を理解してくれているおかげで小言程度の言葉で済んでいるが、二人揃って「あり得ない」と口にする。
特に魔法に関して、俺とウルカが陥った状況を説明すると――
「恐らくは幻覚や相手の思考を奪う類の魔法でしょう。そういった魔法が存在するのは確認していますし、王国にも数名使える者がいます。ですが、下手に自力で抜け出そうとすれば頭がどうなってもおかしくはなかったですね」
と、滅茶苦茶恐ろしい事を言われてしまった。俺達が受けた検査では「問題は無さそう」と言われたが、あくまでも「無さそう」である。
これはまだ魔法という存在が完全に解き明かされていないせいだろう。
今後、どういった副作用が出るかは分からないので、俺もウルカもお互いに様子を監視しつつ、小さな問題の一つでも出ればすぐに相談するよう言われてしまった。
「アッシュさんに関しては左手もですよ。完全に治るまでは無茶をしないで下さい。また傷口が開きますから」
結果、俺達はしばらくの相互監視及びベイルとの定期的な面談が義務付けられた。これは魔法を受けた者として的確な処置だろう。特に魔法の効果が効果だしな。
加えて、俺の左手は包帯でグルグル巻き。しばらくは左手を使った戦闘は出来まい。
日常生活は……。
「私がお世話しますからね」
「う、うん……」
横にいるウルカが目を輝かせながら凄いやる気を漲らせていた。
これで連続事件も終わったことだし、しばらくはゆっくりしよう。
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拘束された犯人二人は、ロイ・オラーノ率いる王都騎士団によって即日魔導列車に乗せられると王都へ護送される事となった。
普段、夜間の運行はされない魔導列車であるが、王都騎士団権限によって夜の闇を切り裂くように線路を進む。
第二ダンジョン都市から王都まで僅か二時間程度。王都に到着すると、犯人達を乗せた馬車は夜の闇に紛れて王都内を進み――二人が連れて行かれたのは王都研究所の敷地内だった。
王都騎士団本部の地下にある牢屋でもなければ、地方にある重犯罪を犯した犯人を収容する収容所でもない。ましてや、軽犯罪を犯した犯人が収容される強制労働所でもなかった。
確かに二人は王都研究所へ連れて行かれたのだ。
王都研究所の敷地内には大きな研究棟が三つある。
一つ目は魔法研究所。二つ目はダンジョン・魔物研究所。三つ目は魔導開発研究所。建物には数字が振られていて、それぞれどの研究を行う建物であるのか一目で分かるようになっている。
しかし、二人が連行される先は敷地内の更に奥。
外観は真っ白で番号が振られていない、やや小さめの建物だった。
王国内の人間にも限られた者にしか公表されていない、非公式に存在する建物。または、無い物として扱われる場所。
敷地内に入ってからは、ロイを含め、王都騎士団の中でも各隊長以上の権限を持つ限られた者だけが彼等を連行する事に。
建物一階のエントランスでロイが入場用の手続きを終えると、ロイを先頭にして建物の地下へ向かう。
長い階段を降って行くと、周囲は薄暗く、そしてうめき声のようなものが微かに聞こえる地下施設であった。
「ここからは目隠しを取れ」
「ハッ」
ロイの指示に従い、騎士達は犯人の顔から黒い目隠しを外した。目隠しを外された二人の目に映ったのは、長い廊下の左右に続く複数の牢屋だ。
牢屋の中には簡素な服を着た囚人らしき者達が寝そべっており、どいつもこいつも具合が悪そうだった。
左右に続く牢屋の中を見ながら進むと、壁に寄り掛かりながら「うーうー」と苦しそうにうめき声を上げる者やひたすら無言で爪で壁を引っ掻く者の姿があった。
他にもボロボロのベッドからだらりと腕を垂らす者や犬のように食事を貪る者さえいた。
「な、なんだここ……」
敢えて目撃させるように目隠しを外され青年と女性は、牢屋の中にいる人間達を見てゴクリと喉を鳴らす。ここにいる者達は明らかに異常だ。
そんな考えを抱きながら最奥へ向かうと――
「おや、ロイ団長。新しい
バインダーに乗せた紙へペンを走らせる小太りの男が一人。彼は赤く汚れた白衣を身に着けたまま、近付いて来たロイに笑顔を向けた。
「うむ。片方は魔法使いだ」
「なんと! それは貴重な素材ですな!」
白衣を着る小太りの男は心底嬉しそうな声音で言った。更には不気味なほど満面の笑みを顔に張り付けて。
その喜びようと白衣に付着している赤色の汚れ――恐らくは血であろう汚れとのギャップが余計に恐ろしさを増幅させる。
「一応、両方に魔封の首輪は装着させているが、情報によると男の方が魔法使いであるそうだ。女の方には気を付けろ。刃物を持たせるな」
ロイは列車の中で仕上げた簡易報告書を小太りの男に手渡しながら告げる。
「どれどれ……。ふむふむ。承知しました。では、男性は右の牢に。女性は奥にお願いしますね」
小太りの男が指示を出し、騎士達がそれに従って該当の牢屋へ連行しようとすると、青年の方が激しく体をよじりながら抵抗した。
「お、俺達をどうするつもりだ!?」
「今日からここが貴様等の家だ」
青年の言葉を聞いたロイは表情を全く変えず、冷たく凍えるような声音で現実を突き付けた。
「我々は敵が若かろうが女子供であろうが容赦しない。ましてや、王国の繁栄を邪魔しようとする教会の秘密部隊であれば猶更だ。そうだろう? 聖人教導隊のアラン二等教導兵」
ロイは既に二人の素性は調査済みであった。むしろ、これを調べていたからこそ第二ダンジョン都市へ赴くのが遅れたと言ってもいい。
「な、なんで俺の名を……」
「貴様等が各国に教会を設置し、教導師などとほざきながら情報収集するように、我々もまた有能な密偵を召し抱えている」
だからこそ、彼等の素性と目的が判明した。
聖王国を母体とした神人教の持つ二面性。一見平和的に神への信仰を各地で説きながらも、裏では各国への工作と情報収集を行う秘密部隊が存在するという隠された真実。
これらの情報は既に王国上層部の限られた人員に伝わっているとロイは語る。
「おれ、たちを……。どうするつもりだ……!?」
所属する組織の目的までバレていた事に青年と女性は驚きを隠せなかった。青年が再度問うと、ロイはまた表情を変えずに告げる。
「我々は敵に容赦しないと言った。我が国が受けた損害は必ず補填させる方針だ」
第二ダンジョン都市での連続ハンター死亡事件。これは少なからず王国へ損害を与えた。損害の程は全体的に見れば些細な事かもしれない。だが、その些細な損失でさえも女王は許さない、と。
「お話はもうよろしいですかな? 試したい実験はいくつもありますのでね。ああ、忙しい、忙しい!」
二人の会話に割って入ったのは笑顔を浮かべた小太りの男だった。彼は「さぁ、さぁ!」と騎士達を促す。
「さて、何から始めましょうか。魔法使いの方は魔法の概要と効果を調べて……。女性の方は新薬の実験体になってもらいましょうかね?」
男の独り言を聞いた青年と女性は「嫌だ嫌だ」と必死に悲鳴を上げる。だが、二人を助ける者はいない。
彼等はこれからの人生を、この陽の当たらない「極秘研究所」で過ごす。
きっと彼等が解放される時は――教会の説く神とやらの元へ向かう時だろう。
「では、これにて被験体の受け渡し完了とする」
「はい。ご苦労様でした」
ロイと彼の部下達は、小太りの男に見送られながら去って行くのであった。
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