第71話 絶対に失いたくないモノ


「待ってろ、ウルカ。今助けるッ!」


 俺は剣先を青年達に向けながら、応えぬウルカにそう告げた。


「何が助けるだッ! ふざけやがって! おい、さっさと殺せ!」


「うん」


 青年は横にいた女性に指示を出すと、女性は両手に持つナイフをだらりと下げたまま走り込んで来た。


 あくまでも青年の方は司令塔、もしくは上司で女性の方が戦闘員といったところなのだろうか。


 俺に向かって来る女性のスピードは確かに速い。最初の一歩を踏み出したあと、驚異的な瞬発力を見せる。瞬きする暇も無く接近され、左手に持っていたナイフを下段から掬い上げるように振るわれた。


「くっ……!?」


 最初の一撃を剣で防御した瞬間、視界の端にギラリと光るモノが映った。相手は最初の一撃を囮にして、右手に持ったナイフを静かに突き出していたのだ。


 的確に俺の心臓目掛けて突き出されたナイフを見つけた俺は、慌ててバックステップしながら避ける。


「…………」


「チッ!」


 避けるが、すぐにまた距離を詰められた。左手のナイフを振るわれ、ダメだと思っていても咄嗟に防御してしまう。するとまた右手に持つナイフが静かに繰り出されるのだ。


 一撃一撃は軽い。だが、素早い動きと二本のナイフで相手を翻弄しつつ、隙を見つけて急所を一撃というスタイル。


 ダメだと頭で理解していても、彼女の左手の挙動に集中力を向けてしまう。一見大振りで目立つ攻撃に気を取られていると、意識の外からもう一方のナイフが忍び寄ってくる。まさに暗殺者といった戦い方だ。


 しかし、恐らくは個人の実力自体はそう高くない。この女性の戦い方も厄介ではあるが、あの青年が放った魔法とセットになって初めて完成する戦い方なのだろう。


 ただ、問題は人質状態になっているウルカだ。


 チラリと奥に視線を向ければ、未だ青年はウルカの傍に立っている。下手に相手を刺激したら、ウルカに危害を加えるのではないか。


 それだけが心配だ。


 となれば、一気に二人を無力化、もしくはウルカを救出する必要がある。


「考え事?」


 小さく呟かれた言葉に意識を向けると、眼前にはナイフの刃が迫っていた。慌てて首を傾けて突きを回避すると、ナイフの刃が俺の頬を薄く切り裂いた。


「彼女の事、助けようと思ってる? 無理だよ?」


「そりゃ、ご忠告どうもッ!」


 左手の攻撃を避け、更には右手の攻撃も避ける。だんだん目が慣れてきた……と、思った矢先。今度は攻撃のタイミングを微妙にズラしてくるのだ。


 それも絶妙にいやらしいタイミング。こちらが避けようと判断した時、それを見越して距離を詰めてくる。ハッとなった時にはまた静かに攻撃が振るわれて、俺が無意識に抱いているであろう戦闘のリズムを崩しに掛かって来るのだ。


 これが妙に気持ち悪い。こちらの意図するタイミングで避けられない、考えを外される、そういった不快感が頭の中に募っていくのだ。


 その不快感が溜まりに溜まって、どんどんと苛立ちに変わっていくのが自覚できた。


「フフ」


 それを見透かしているように笑う彼女の顔もまた、俺の中にある感情を揺さぶる。きっと彼女と対峙して来た者の多くは、この制御できない感情に翻弄されて本来の力を出せないまま殺されてきたのだろう。


 揺さぶられる感情のまま、こちらも相手に大振りの一撃を見舞いたくなってしまう。


 だが、それはこちらの隙を作ろうとしている彼女の思惑通りに――いや、待てよ?


 相手は俺を操ろうとしてくる。自分の得意とするタイミングや攻撃を誘導させ、そこにカウンターを浴びせようとしてくるわけだ。


 となれば、相手の思惑を外すには敢えて乗るのも……?


 少々危険な賭けかもしれない。だが、勝機はありそうだ。俺はチラリと自分の左手に視線を向けた。


「フッ!」


「舐めるなッ!」


 大振りに振るわれた左手のナイフに対し、俺は合わせて強烈な一撃を見舞う。すると激しい金属音を鳴らしながら彼女の手で上に跳ねた。相手の上体は崩れて隙だらけに見える。


 だが、彼女の思惑通りならここからだ。


 俺は右手に持っていた剣を掌の中でクルリと回転させて逆手持ちに切り替える。同時に左手を広げながら自分の胸の前に突き出した。


「なっ」


 彼女の驚く声と同時に俺の左手には再び激痛が走った。静かに突き出されたナイフは俺の左手に突き刺さったのだ。


 左手に突き刺さったナイフはそのまま手の甲まで貫通したが、俺は自ら左手を更に押し込んでいく。そうして、俺は左手で相手の右手を掴んだ。


「捕まえたぞ」


「この――」


 相手が何か言う前に、俺は逆手持ちに切り替えた剣の柄頭を思いっきり相手の鳩尾に叩き込んだ。


「ゲェッ!?」


 ゴリッと食い込んだ柄頭に女性は苦悶の声を漏らす。そのまま体はくの字に折れて、相手の右手から力が抜けるのを感じた。その証拠に相手は右手に握っていたナイフを放し、膝から崩れ落ちる。


 このまま彼女にトドメを刺すか、その考えが一瞬過るが――俺は左手に突き刺さったナイフをそのままに、再び手の中で剣の持ち方を変えながら青年に顔を向ける。


 青年の顔には驚きの表情が張り付いていた。相棒である女性が膝から崩れ落ちている状況が心底考えられない、といった感じか。


 だが、すぐに驚きから怒りの表情に変わっていく。


「テメェ!!」


 青年は怒りを含ませた声を上げ、腰からナイフを抜いた。


 それでウルカを傷付けるつもりか? それとも人質にするつもりか? どちらにせよ、そうはさせない。


 俺は青年に向かって、剣を槍投げのように投げつけた。投げた剣は相手の肩口に吸い込まれ、青年がウルカにナイフを向けるのを阻止するに至る。


「ああああッ! テメェェェッ!!」


 絶叫する青年は苦悶と怒りが混じり合った顔を浮かべつつ、人差し指を俺に向けてきた。だが、青年は痛みで集中できないのか指先が光らない。


 チャンスだ。


 俺は全速力で走り出し、目を血走らせた青年の顔面に思いっきりパンチを叩き込んだ。 


「ぐぎゃ!?」


 助走の勢いと体重を乗せた俺のパンチは相手の鼻っ柱を粉砕。ボキ、という骨を粉砕する感触が拳に伝わってくる。そのまま床に叩きつけるよう腕を振り抜くと、相手は床に背中を叩きつけた後に動かなくなった。


 恐らくは叩きつけられた瞬間に頭でも打ったのだろう。


「はぁ、はぁ……。ウ、ウルカ!」


 俺は慌ててウルカに駆け寄ると、彼女の安否を確認する前に抱えて距離を取った。


 まずは救出成功。あとは二人を無力化すれば。そう思っていた瞬間、宿の入り口付近が騒がしくなった。


「アッシュ!」


 入り口から声を掛けられ、振り向けばベイルとオラーノ侯爵が騎士を連れてやって来たようだ。


「その黒い服の奴等が犯人だ!」


 俺は必死に二人が犯人であると叫ぶ。俺の叫び声を聞いたベイルとオラーノ侯爵は大急ぎで男女を拘束していく。


 これで犯人の確保は大丈夫だな。俺は支えていたウルカに顔を向けると、虚ろな目をしたまま固まる彼女の頬を軽く叩いた。


「ウルカ! ウルカ! おい、大丈夫か!?」


 ペチペチ、と彼女の頬を叩いていると徐々に彼女の瞳には生気が戻っていく。


「せん、ぱい……? 先輩?」


「ウルカ! 大丈夫か!?」


「は、はい……。なんだか頭の中がフワフワしていましたが、急に晴れて……」


 キョロキョロと周囲に顔を向けながらも、彼女の意識は正常のようだ。先ほどの虚ろだった目は完全に消え失せて、受け答えもしっかりできている。これなら一先ずは安心か。


「なんだか変な夢を見ました。誰かが先輩を殺せって言うんですよ? そんな事、私がするわけないのに」


 私が先輩を傷付けるなんてあり得ません。


 そう言って笑う彼女を見て、俺はつい彼女を抱きしめてしまう。


「せ、先輩?」


「ああ、よかった……」

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