第70話 抗え!


「勝手に向かって怒られませんか!?」


 中央区に向かって走っていると、並走するウルカがそう叫んだ。


「最悪の事態になるよりはマシだ!」


 俺達の推測が正しければハンター達の連続死以上に最悪の事態となるだろう。


「俺だったら殺さない……!」


 恐らく、犯人の目的は学者の拉致だ。


 なんたって学者達の頭の中にはこれまでダンジョンでの調査で得た知識や魔導具に関する知識まであるのだ。この犯人がどこぞの国に所属する者で、対ローズベル王国の任務で動いていたら学者達の殺害よりも誘拐しろと命じられている可能性は高い。


 もし、誘拐されて他国に連れて行かれたら、誘拐先でローズベル王国が蓄積して来た知識を晒せと強要されるだろう。


 となれば、この国の技術や財産が盗まれるのと同義だ。これこそ本当にローズベル王国にとっての大打撃と言っても過言じゃない。


 俺達が全速力で中央区へ続く道を走っていると、先に道を封鎖する騎士達の姿が見えた。


「アッシュさん!?」


「フラガさん!」


 幸いにも道を封鎖していたのはフラガさんだ。彼なら訳を話せば迅速に対応してくれるかもしれない。


「どうしたんですか!? 持ち場は?」


 俺達が彼の前で停止すると、困惑しながら問いかけてきた。


 だが、足を止めている場合じゃない。


「仲間に任せました! それよりも、犯人の狙いは中央区にいる学者達かもしれません! 至急、ベイルに連絡を!」


「え!? が、学者さん!? と、とにかく分かりました! 団長に伝えます!」


「助かります! 俺達は先に向かいますから!」


 端的に用件を伝えると、俺達は彼等の脇を抜けて再び中央区に向かって駆け出した。


 後ろからフラガさんが「団長に伝令! 走れ!」と命じているのが微かに聞こえてきた。これで後続の件はどうにかなるだろうか。


 ただ、今は学者達の元に向かうのが先だ。俺達は爆発騒ぎに集まりつつあった野次馬達を掻き分け、中央区へ続く橋を渡る。そうして、学者達が滞在する高級宿へ向かったのだが……。


「先輩、入り口が開いてます」


 走りながら指差すウルカ。彼女の言う通り、先に見える高級宿の入り口が開いていた。


 格式高い宿という事もあって、普段からも入り口が開けっ放しになんて事はないはずだ。加えて、近づくにつれて内部からガラスの割れるような音が聞こえて来る。


「やっぱりか!」


 俺達が宿の入り口に到達すると、エントランスには倒れた騎士達の姿があった。慌てて駆け寄りながら状態を確認すると、喉元を切り裂かれて殺害されているではないか。


 しかも、死体の傍に落ちていた剣は魔導剣だった。周囲には戦闘を行った跡もあるし……。


 まさか、本当に相手は魔導兵器に対する秘策を持っているのか?


「従業員も殺されていますね」


 ウルカの声が聞こえて、そちらに顔を向ければ壁に寄り掛かるように死亡している従業員の姿が。邪魔者だけじゃなく目撃者さえも皆殺し、という考えなのだろう。


 だが、どれも喉をスパッと綺麗に切り裂かれている。魔導兵器に対抗する手段を持ちつつも、実力も伴った相手なのかもしれない。


 エントランスを確認していると、上階に続く階段から靴音が鳴った。


 音に反応しながらも腰の剣に手を伸ばし、上から降りて来るであろう人物を待ち受ける。すると、降りて来たのは白衣を着た学者達だった。


「皆さん、無事で――」


 一瞬、彼等は無事に安全が確保されたのかと思ってしまった。上階で騎士が犯人をどうにかして、先に降りるよう指示を出されたのかと。


 だが、違う。


 降りて来た学者達の様子が変だ。誰もが目を虚ろにした状態で、フラフラと肩を揺らしながら降りて来る。


「あ? まだいたのか?」


 聞こえて来たのは聞き慣れぬ若い男の声。


 学者達を追い越して姿を見せた声の主は、全身真っ黒な服を着た青髪の青年。彼は白衣を着た少年を肩に抱えており、片手には血濡れのナイフを持っていた。


「アルバダインさん……。おい、彼等をどうする気だ!」


 奴が抱える少年はアルバダインさんだった。薄い紫色の髪に少年のような背丈。間違いない。


「ったく、面倒だな。おい、こいつ等もヤっちまうぞ」


「はーい」


 俺の言葉を無視して、青年は更に後ろにいたであろう仲間に声を掛けた。青年の声に反応した声は女性のもの。遅れて姿を現わしたのは青年と同じく全身真っ黒の服を着た青い髪の女性。


 どこか青年と顔の雰囲気が似ている。兄妹なのだろうか?


 女性は両手にナイフを持っており、どちらも血に濡れている。


 状況を見るに、学者達を護衛していた騎士は全滅したか。


 まだ歳の若そうなこの二人が騎士を殺害したとなると……見かけに囚われはならないだろう。油断はできない。


 青年は担いでいたアルバダインさんを床に降ろし、男女揃って階段の踊り場でフラフラと肩を揺らす学者達を押し退けながらエントランスへ降りて来た。


「悪いが、容赦はしない」


「ハッ。馬鹿がよ」


 剣を抜いて剣先を二人に向け、ウルカも弓を構えて威嚇する。だが、青年は鼻で笑いながら余裕の笑みを見せた。


 俺は彼の見せる余裕に違和感を感じながらも、相手の出方を窺う。


「この国の騎士とハンターって本当にアホ揃いだよな」


「ほんとそれ」


 呆れるように言う青年に仲間の女性は表情を変えずに頷いた。青年は鼻で笑ったあと、ニヤリと口角を吊り上げてウルカに人差し指を向けた。


「いいモン見せてやるよ」


 青年がそう言った瞬間、微かに指先が光る。


「あっ……」


 すると、弓を構えていたウルカの腕が震え出して、持っていた弓を落としてしまった。


「おい、ウルカ!?」


「女、こっちに来い」


 俺がウルカに声を掛けると同時に青年も彼女に向かって声を掛けた。すると、ウルカはフラフラと彼の元へ歩き始めるではないか。


「お前、一体何をした!?」


「こういう事さ」


 歩き出したウルカを止めようと、一歩目を踏み出した瞬間。青年は俺に指先を向けた。


 すると、俺の頭には不快な衝撃が走る。モワッとした生ぬるい感触が頭の中で這いずり回ると、視界がぼやけはじめたのだ。


「な、なんだ、これ……」


 この感じは……。酩酊状態になったような……。


 頭の中に不快感が這いずり回って、視界もぐわんぐわんと回る。辛うじて意識は保てているが、不快感に思わず膝をつきながら剣を落としてしまった。


「どうだ? 俺の魔法はキクだろ?」


 魔法? これは魔法なのか?


 ぐるぐると回る視界と頭の中にある生ぬるい感じが俺の思考を奪おうとしてくる。気を抜けば意識を失いそうだ。


 それに対し、俺は歯を食いしばりながら耐えた。それでもまだ足りない。次は唇の端を思いっきり噛んで、意識を保とうと試みる。


「耐えるねぇ。さっさと落ちちまった方が楽に死ねただろうに」


「なに、を……!」


 ぐるぐると回る視界の中、俺は必死にウルカの安否を確認した。彼女はどうも青年の横に立っているようだ。


「そうだ。おい、女。アイツを殺せ」


 まるで名案を浮かんだかのような声音で、青年はウルカに命令を下すのが聞こえる。


 回る視界を落ち着かせようと何度も瞬きを繰り返す。すると、ウルカがふともものナイフホルスターからナイフを抜くのが辛うじて見えた。


「行け」


 俺を殺せと命令する青年。だが、すぐに青年の「あ?」という疑問を抱くような声が聞こえてくる。


「おい、行け。殺せ! 殺せよ!!」


 俺は何度も瞬きを繰り返して様子を窺った。ウルカはナイフを手に持ちながらも動いてはいないようだ。


「何泣いてんだ、この女? おい、さっさと殺せってんだよ!!」


 泣いている? ウルカが泣いているのか? もしかして、彼女も必死に抵抗しているのか?


「もーいいじゃん。面倒だし、さっさと殺そうよ」


「チッ。じゃあ、アイツに女が死ぬところを見せようぜ」


 青年のサディスティックな提案が聞こえる。


 それを聞いた瞬間、俺は今までの過ごして来た人生の中でも最大級の怒りが沸き立った。


 殺す? 彼女を? ふざけるな。


 俺は震える手で落とした剣を探った。視界が回る中で指先に剣の冷たさを感じ、それを頼りに剣を握る。


「ふざ、けるな……!」


 右手で剣を握り、左手で剣の刃を掴む。掴んだ剣の刃を思いっきり握り締めた。


「ふざけるなよッ! 俺の女に手を出すなッ!!」


 怒りに身を任せて刃を握り締めると、ぐらぐらと揺れていた視界が止まった。頭の中にあった生ぬるい感触も急に晴れていき、遅れて左手から激痛を感じ取る。


 だが、痛みなどどうでもいい。


 左手から滴る血をそのままに、立ち上がって全身真っ黒な二人に顔を向けた。


「なッ! おい、こいつ、自力で抜け出しやがったッ!」


 先ほどと違って、慌てふためく青年と動揺する女性の顔がよく見えるじゃないか。


 虚ろな目をしながら涙を流すウルカの顔も。


 だから、俺は彼女に言ってやるのだ。


「待ってろ、ウルカ」


 今すぐ君の横にいるクソ野郎をぶっ飛ばしてやる。

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