第69話 真の狙い


 俺とウルカは大急ぎで騎士団本部に向かい、得た情報をベイルに話した。


 すると、彼は悔しそうな表情をした後に拳を机に叩きつけた。


「そうか、娼婦か! クソ、盲点だった!」


 ベイルは執務机の上に積み上がっていた資料の中から協会より提供されたリストを取り出す。


「ハンターと娼館の人間は別々のリストで管理されているんだ」


 机に置いて見せてくれたのは娼館所属のハンター、もしくは関係者のみの入退場記録だった。


 まず、前提として娼館に所属する人間がハンターとの兼業を行う場合、通常のハンターライセンスとは違う物が発行される。それ故にリストも別々になっているそうだ。


「どれも短時間の滞在だな」


 記録を見るに、どの人間も一時間、長くて二~三時間程度で退場している。恐らく一時間程度で退場している者は三階で夜の営業を行った者、二~三時間で退場している者はハンターと兼業している人間だろう。


「娼館所属の者も狩りを行う者はいるが、基本的に営業も兼ねているから四階までしか進まない。長年、遭難したり魔物に殺されたりという事例が無かった事もあって、彼女等の安否はそう重要視されてないんだ」


 仮に四階でピンチになったとしても、人の往来が激しい四階であればすぐに助けてくれるハンターが現れる。それに新人であれば、証言してくれた娼婦の女性が言っていたように教育と護衛を兼ねた上司が随伴するので、より危険性は低い。


「それに風俗業界隈は縄張り争いが激しくてね。ダンジョン内での営業にも各娼館が協議を行って作り上げた規則が存在する。加えて、風紀が乱れると役場からの監査が入るから相互監視が基本になっているんだ」


 客と従業員が個室で楽しむ事もあって、娼館という場所は閉鎖された場所になりやすい。正直、中で犯罪が起きても分からないし、過去には違法薬物の取引が行われていたりと暗い過去があるようだ。


 過去、そういった事例を起こした娼館の裏にはマフィアの類がいたようで、発覚した瞬間に騎士団が見せしめとして徹底的に罪を追求。同時に首謀者や手引きしていた組織の人員は一斉に『死刑』となった。


 そういった事から役場や騎士団が風俗業に向ける視線は厳しい。ダンジョン内で本来のサービスを行うのは禁止されているし、過度な客引きや違反行為を行うと娼館そのものに即監査が入る。


 軽度の違反であっても、最悪の場合は即日営業停止からの強制廃業という流れもあるそうで、それを懸念する娼館側は従業員に厳しい規則を作り上げて厳命しているそうだ。


 そして、一部の娼館が規則を破ると他の娼館にも飛び火しかねないと考えたのか、ダンジョン内に向かう従業員同士による相互監視の体制が出来上がる。これが確立してからはダンジョン内で起きる風紀問題がグッと減ったらしい。


 そういった背景もあって、協会も騎士団もダンジョン内に限っては娼館所属の人間達にあまり厳しい目を向けなくなった。


「四層までしか行かないし、娼館の人間達はハンターが本業じゃないからね。深くは潜らないだろうという考えに毒されていたようだ」


 先ほどもベイルが言った通り、娼館所属の人間達は魔物を狩る事を本業としていない。故に純粋な戦闘能力はかなり低いと認識しがち――いや、誰もが先入観でそう思うだろう。。そういった固定概念もあって、捜査からは抜け落ちてしまっていたようだ。


 特に捜査開始当初はマンイーターによる犯行という点に注意を向けていたのも大きい。


 ハンターから略奪行為を行う = 戦闘能力に長けているという考えが先行していたせいもあるだろう。


 確かに今考えれば、手練れの者が娼婦や男娼に化けて入場しつつ、内部で装いをハンターそのものに変えれば偽装は可能だろう。特に入退場時に使うライセンスが別々なので、ライセンス発行時から犯行を考えていたら色々と仕込みが出来てしまう。


「ライセンス制度の対策はされてなかったのか?」


「風俗業とハンターの兼任というもの自体がダンジョン都市にしかなくてね。兼業に関して今まで問題が無かったというのもあるが、協会本部は王都にあるから矛盾や盲点に気付くのも対策するのも遅れがちだ」


 王都にある本部も各都市からの意見は常に受け付けて、積極的に議論は交わしているいるようだが、議論の内容にも優先順位というものがあるだろう。加えて、既に出来上がった決まり事を変更する件は先送りされやすいらしい。オラーノ侯爵クラスのお偉い貴族からの一言があれば別なのかもしれないが。


 とにかく、対応が遅れてしまっている状況でこのような事態が起きてしまったと考えるべきか。


「しかし、前進はした」


「ああ」


 だが、何にせよ犯人の姿は見えて来た。現に目撃者から特徴も聞けたのだ。


「これから騎士を集めて一斉調査を始める」


 ベイルは騎士達に指示を出し、娼館を捜査する人員を集め出した。同日夕方より娼館の一斉捜査が始まったのだ。



-----



 娼館の一斉捜査には上位パーティーのメンバーも捜査に駆り出された。


 第二ダンジョン都市において、娼館は南区に集中している。これは娼館を利用する事が多いハンター達が集中するエリアだからだろう。


 捜査に駆り出された俺達は南区から多方面に続く道を封鎖する係だ。娼館近くの大通りや小道に「通行禁止」の立て看板を置きながら立ち塞がる壁の役目を負う事になった。


「すいません、今は騎士団の命令で通れないんですよ」


「あら、そうなの」


 ベイルからの指示では「誰が来ても通さないようにしてくれ」と言われている事もあって、例え非力そうな女性や子供であっても通す訳にはいかない。


 仕事を終えたばかりと言っていた娼婦の女性に告げると、彼女はやや不満を露わにしながらも素直に道を引き返して行った。


「犯人、捕まるかな?」


「どうでしょう」 


 道を封鎖している俺とウルカは時より雑談を交わしながら待ちつつ、娼館のある方向に集中する。すると娼館内部への捜査が始まったのか、激を飛ばす騎士達の声が小さく聞こえた。


 これで犯人が捕まってくれると良いが。


「そういえば、ずっと考えていたんですけど」


「ん?」


 腕を組みながら待っていると、隣に立つウルカがそう零した。


「ベイル様はハンターを殺してダンジョンの調査や経済に打撃を与えたいんじゃないかって言ってましたよね?」


「うん」


 まぁ、これは定かではないという話であったが。


「でも、ハンターの数を減らしても国への致命傷にならないんじゃないですか? ハンターになる人も多いですし」


 そう言ったあと、彼女は言葉を続ける。


「国に打撃を与える目的ならば、もっと上の貴族とかを狙うんじゃ?」


「どうかな。貴族の中には魔法使いもいるし、騎士になる人だっている。ベイルのような強者だって……」


 そこまで言って、俺の頭に別の考えが浮かんだ。


 ローズベル王国のダンジョン経済を支えているのはハンターや騎士、貴族だってそうだ。だが、もっと他に重要な人達がいるじゃないか。


「学者……?」


 ローズベル王国の頭脳であり、ダンジョンや魔法、魔導具を研究・開発する王国の要。最も重要なのは彼等なんじゃないだろうか。


「まさか」


 ハッとした。


「王都で襲撃するよりも地方都市で攻撃した方がやり易いと考えた可能性は高い」


 どうしてこのタイミングで事件が起きたのか。それは第二ダンジョン都市に普段は王都研究所で研究している学者達がいるからか?


 第二ダンジョン都市に滞在する彼等は、護衛騎士に囲まれながら生活・調査を続けていて普通に考えれば簡単に襲う事ができない。きっとベイルだって学者達の身の安全を第一に考えているはずだ。


 だが、ダンジョン内部で事件を起こして注目を集めたらどうだろうか。


 ただでさえ人手が足りない騎士達を捜査に加えさせて、学者達から目を離させるのが犯人の目的だったとしたら?


『学者達は騎士に護衛されているから問題無いだろう』


『ローズベル王国の騎士は強い。練度も高いし、何より魔導兵器という優れた武器を所持しているから大丈夫』


 俺達が抱く騎士達への信頼感が慢心に繋がったのか? 犯人は俺達の慢心を狙ったのだろうか?


 もし、ローズベル王国の騎士と対等、もしくはそれ以上に渡り合える実力や切り札を持っていたら。


 犯人が真の目的を達成しようと動き出す際に大きな騒動を起こし、更に騎士団の人員を別の場所に集中させようとしていたら……?


「娼館は罠か!?」


 娼婦に偽装したのも仕込みの一つだとしたら、今回の一斉捜査も犯人の誘導である可能性は高い。


 騎士達が南区に集中している間、離れた中央区にある高級宿で待機している学者を狙うという手は非常に効果的だろう。


「マズイな、ベイルに連絡を――」


 そう言いかけた途端、道の先で大爆発が起きた。轟音が鳴り響いたあと、空に向かって黒い煙が立ち上っていく。同時に娼館と思われる建物から火災が起きているのが見えた。


 黒い煙が上がっているのは、間違いなく騎士団が捜査を始めた娼館だ。


「クソッ! やっぱりか!」


 騎士達を集め、爆破による攻撃。現場は騒然となって余計に注目が集まるだろう。混乱する南区に「中央区で襲撃が起きた」と報告が入ったとしても即応は難しくなる。


「アッシュさん!」


 俺達が爆発の起きた方向を見ていると、横の小道から仲間を連れたラージの姿があった。


「一体、どうしまったんだ!?」


 爆発に驚きながらもやって来たラージを見て、俺は丁度良いと思った。


「ラージ、すまないがこの場所の警備を頼む!」


 状況を飲み込めていない彼の肩を掴むと、俺は無理矢理彼に警備を代わってもらう事にした。筋肉の集いならばメンバー数も多いし、人数的には問題無いだろう。


「ウルカ! 行くぞ!」


「はい!」


「え? あ!? ちょ、ちょっと!?」


 俺達は困惑しっぱなしのラージと彼の仲間を残し、中央区へと続く道を走り出した。 

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