第68話 証言
「ったく、最悪だよ」
そう吐き捨てるように言ったタロンは、眉間に皺を寄せながら言葉を続ける。
「俺達が遭遇した殺人犯は元々第二都市所属のハンターだ。他所モンじゃねえ」
タロンが告げた被疑者の名を聞いて、俺も驚いてしまった。
今回の被疑者は第二ダンジョン都市協会に所属していた中堅ハンターであり、新人ハンター達の教育や支援にも熱を入れていた人格者だった。
俺も彼とは何度も話した事があるが、人を殺すような人間とは思えない。
「野郎は良いヤツだった。良いヤツだったんだぞ!? なのに、こんな事をしでかすワケがねえ!!」
そんな「良いヤツ」がタロン達の声にも反応せず、狂乱状態のまま襲い掛かって来たとなったら。
正直、俺だって躊躇う。
止む負えず応戦した結果、同じ協会の仲間を殺害するに至ったタロン達の気持ちは困惑と後悔を混ぜ合わせたような感情を抱いているに違いない。
「どうなってやがんだよ、明らかにおかしいぞ!」
殺害せねば止められなかった事への後悔と悔しさからか、タロンの声には怒りが篭っている。
「分かっている。すぐに手は打つつもりだし、対応も――」
「そうは言いますがねッ!」
ベイルが今後の対応をタロンに説明しようとするも、タロンは声を荒げて言葉を遮った。踏み止まったが、彼の腕はベイルの襟元に伸びそうになっている。
掴む物を掴めず、タロンは手を何度か握り締めながら腕を降ろした。だが、ベイルに向ける視線には依然と怒りが篭っているのを見て取れた。
「落ち着け。ここにいる全員、どうにかしたいと思っているのは同じだ」
俺はベイルとタロンの間に割って入ると、タロンの肩に手を乗せながら言って聞かせた。
ベイルだって事件を止めたいと思っているし、タロンの悔しさだって分かる。ここにいる全員が同じ気持ちだし、誰かが不甲斐ないせいでもないのだから。
「申し訳ありません、バローネ様……」
「いや、気にしないでくれ。君の気持ちも理解できる。だが、君達の協力無くして事件は解決できない」
タロンの気持ちを汲んだベイルは「一度冷静になって、共に捜査へ協力してくれ」と願い出た。
「まず状況を整理しよう」
まだ真の犯人がいるとは知らないタロンに俺達の推測を聞かせた。推測ではあるが、何も手掛かりが無い状態で探すよりも良いと思ったからだろう。
ローズベル王国への攻撃かもしれない、という点は伏せていたが。
「つまり、ハンターに毒を与えて暴走させているヤツがいると?」
「まだ推測だけどね」
聞かされたタロン達の眉間により深い皺が出来た。だが、先ほどと違って冷静に話は聞けているようだ。
「被疑者達はどうして狂乱状態になったのかを知りたい。ここを探れば犯人に辿り着くはずだ」
善人であったハンターが犯行を犯した点、他にも犯行を覚えていない点も加味すると何者かに操られていた可能性は高い。
となれば、被疑者が行った最近の行動を洗えば何か共通点が出るはずだろう。
被疑者が最近接触した人間や利用した店を調べて怪しい人物がいなかったを調査、及び本当に被疑者達が違法薬物に手を出していないかどうかを調べて欲しいとベイルは命じた。
「聞き込みを続けると同時にダンジョン内の巡回を厚くする。まずは被害者が続出するのを止めなければならない」
「わかりました。さっそく聞いて回って来ます」
指示を得たタロン達はさっそく聞き込み捜査に向かって行った。
「俺達も聞き込みをしてくるよ」
「ああ。僕も王都に連絡しておく。何か分かったら本部に来てくれ」
俺達もベイルと別れ、協会やダンジョンの三階層にいるハンター達に被疑者の名前と人相を伝えつつも情報収集を行い続けた。
同時にダンジョン内には多数の騎士達が動員されて、被害が拡大しないよう対策がなされる。
ただ……。それから二日間、連続して同様の事件は起こった。
巡回中の騎士が被疑者を殺害・拘束して被害者は出なかったものの、やはり拘束した被疑者は「何も覚えていない」と繰り返すだけ。
ベイルが王都に連絡した件については、オラーノ侯爵から助力に向かうと返答は来たようだがまだ到着はしていない。
大したヒントも得られず、捜査は行き詰ったかと思ったが……。
三日目の昼。俺とウルカは意外な人物からヒントを得る事となった。
「娼婦?」
「ええ。この人達ならダンジョンで娼婦に誘われていたわよ」
話を聞かせてくれたのは、三階層で休憩をしていた女性ハンターだった。彼女はハンター業と娼婦を兼業しており、普段は四階で狩りをしつつも出会ったハンターに夜の営業をしていると言う。
俺は彼女に被害者の人相書きを見せたのだが、彼女は普段から夜の営業をしている事もあって彼等を覚えていてくれたようだ。
「私が四階で狩りをしていたらこの人が見えたわけ。営業しなきゃ、と思って近づこうと思ったんだけど」
彼女が指差した人相書きは俺達とフラガさんが最初に拘束した男だった。
彼女が営業しに行こうとしたら被疑者を含むパーティーは背後から声を掛けられていたらしい。声を掛けた人物に目を向けると、露出度の高い服を着た女性とジャケットを羽織った男性のペアだったそうだ。どちらも歳は若かった、と彼女は言う。
「ダンジョンの中で肌を晒すなんて、娼婦を兼業している子しかいないじゃない? 特に四階は営業可能な階層だって決められているしね」
確かに彼女の言う通りだ。
危険な魔物が跋扈する中で肌を露出するなど普通じゃあり得ない。
俺が話している女性ハンターもビキニタイプの胸当てに、下は下着とロングブーツのみという恰好だし、こういった装いをするのは風俗業を兼任するハンター達だけで、男女共に見分けがつくように決められている。
同様に彼女達が営業を行える階層も指定されていて、戦闘行為と営業の両方を行えるのは比較的安全な四階層までと協会から厳しく決められているのだ。
「うちらって結構厳しい規則があるのよ。他の子が営業した人にすぐ声掛けちゃダメ、とかね。それに男の方は新人教育の人だと思ったし」
各娼館には様々な教育制度があるようだが、その一つが営業手段の教育らしい。
彼女の言ったように各娼館といざこざを起こさない為の決まり事に加え、ダンジョン内での過剰な営業は迷惑行為として罰せられる可能性も秘めているので、入りたての新人はそういった規則を教える上司と共にダンジョン内へ潜るのが常識だそうで。
そして、娼婦と思われる女性と共に行動するのは大体が上司兼新人教育係。そういった事もあって、この女性は遠巻きに目撃しつつも離れて行ったらしい。
「全員、同じ人に営業されていたのかい?」
「うーん? 別々の日だったと思うけど」
「どこの娼館に勤めているか分かるかな?」
「いや、そこまでは分からないわね~。少なくとも私の所じゃないわね。ほら、これが無いし」
そういって、彼女は自分の胸に指差した。ビキニの上には所属している娼館の店名が刺繍がされていて、同じ娼館の従業員は全員同じビキニを着用しているのだとか。
なるほど。こういった目印があるのか。そう思いながら彼女の大きな胸を見ていると、俺の尻に痛みが走った。
「うぐっ!?」
「え?」
「い、いや、なんでもない」
チラリと横に視線を向けると、顔から表情が抜け落ちたウルカがジっと俺を見ていた。
「と、とにかく。その人達の特徴を教えてくれるか?」
「ええ。構わないわよ」
俺達は女性から娼婦とその上司と思われる人物の人相を聞き、大急ぎで騎士団本部へと戻って行った。
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第二ダンジョン都市西区にある宿にて。
薄暗い部屋の中には一組の男女が生活していた。
男の方はテーブルの上に広げた金属の筒の中に透明な液体を注いでおり、女性の方は娼婦のような露出度の高い衣装を纏ったままベッドの上で横になっている。
男女どちらも髪の色が青色で、歳も同じように見える。大体、二十代前半だろうか。
「これを用意したら出るぞ」
男は液体を注いだ筒に穴の開いた蓋を被せながら女性に声を掛けた。女性は男性の声に反応して、横になったまま顔を彼に向ける。
「今日も娼婦? それともハンター?」
「ハンターに成りすますのは初日だけって言っただろ。それに娼婦の方が騙しやすいじゃないか」
「もう娼婦の真似事は面倒だからしたくない。ハンターに化けて殺す方が楽」
心底飽きた、と言わんばかりの声音で女性が言うと男性は「ハッ」と鼻で笑う。
「それにしちゃ、愛想良く誘ってたじゃねえか。その
「……まぁね」
女性はボソっとかなり小さな声で零した。
「まぁ、今日は違う。ダンジョンの仕込みはもう十分だ。そろそろ最後の仕込みを行う」
「ようやく?」
「ああ。騎士団もダンジョンに集中し始めたからな。恐らく、今頃は娼館に捜査を伸ばそうって時期だろうよ」
男がそう言うと女性はベッドからモソモソと動き始めた。立ち上がると壁に掛かっていた黒い服を身に纏い始める。
「……早く終わらせて帰りたい」
黒い服に着替えた女性は、床に置かれていた大きなバッグを手にしてテーブルへ近寄って行く。彼女はバッグをテーブルの上に置くと、男が組み立てていた筒の傍に黒い粉が入った瓶を並べていった。
「あとちょっとだ。我慢しろ」
穴の開いた蓋を全ての筒に被せ終えた男は、女性が並べていく瓶を手に取って中に入っていた黒い粉を紙の上に移し替え始めた。
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