第67話 犯人の目的は?


「状況はどうなっている?」


 息を切らしながら報告にやって来た騎士にベイルが問うと、騎士は息を整えた後に状況報告を始めた。


「ハッ。先ほど、ダンジョン十三階にて殺人を犯したハンターをしたと報告が入りました」


 白昼堂々と起きた殺人事件に遭遇したのは、本日の昼間シフトを担当する筋肉の集いと騎士達だったようだ。


 曰く、十三階まで降りて巡回を行っていたところ、十三階半ばにてハンターへ襲い掛かっている人間を発見。被害者から救助を乞われて介入し、止む負えず被疑者を殺害した……という状況らしい。


「現場に遭遇した者からの証言によると、相手は酷く狂乱していたようです。制止の声も届かず、協力者や騎士にも襲い掛かって来たため応戦したと」


「また暴れ回ったのか」


 連日起きていたハンターの連続死に加えて、今度は連続して殺人犯が見つかるという異様な事態に俺達は困惑を隠せなかった。


 しかも、今回の被疑者も俺達が発見した時と同様に狂乱状態にあったようだ。


「ご苦労。遭遇した者達は本部に来るよう伝えてくれ。引き続き、別の班をダンジョン内へ向かわせて巡回に勤めるように」


「了解しました!」


 駆け足で去って行く騎士を見送った後、ベイルは俺達に顔を向けた。


「おかしい話だと思わないか?」


「これまで犯人が姿を見せなかったのに、今になって急に現れ始めたことか?」


 ベイルが頭の中に浮かべていたであろう考えを俺が口にすると、彼は頷きを返した。


「もし、彼等が今まで犯行を犯していたなら何故見つからなかった? どうして被疑者は犯行を覚えていない?」


 これまで連日何体もの死体が発見されてきた。犯行に及んだ犯人の目撃者もおらず、完全に姿を隠せていたのだ。だからこそ、騎士団は入退場者のリストから容疑者を絞ったりと捜査を始めた。


 だが、捜査が開始された途端に今度は被疑者が目撃・発見されるようになる。単純に俺達がダンジョン内を巡回しているから、とは言い切れないような奇妙さがあるだろう。


 加えて、確保した被疑者が犯行を覚えていないのもおかしな点だ。おかしいというよりも、異常だと思う。


「作為的な犯行……? 実は黒幕がいて、段階的に犯行を露呈させているとか?」


 行き着く先は一連の事件を起こしている真の犯人がいる事じゃないだろうか。


 例えば、何らかの手段によって無実のハンター達を狂乱させる。そして無作為に人を襲わせている――という考えだ。


「その目的はなんだろう? どうして犯人はそんな事を?」


 犯人の目的はなんだ? そもそも、現状を作り出した手段はどうやっているのか?


 ベイルが疑問を口にすると――


「……毒?」


 ウルカが小さく口にした。


「毒?」


 彼女の呟いた単語を拾った俺は、繰り返しながら問う。すると彼女は小さく頷いた。


「ええ。仮にですよ? 人を狂暴化させる毒や薬があったとしたらどうでしょう。犯人は毒や薬品に詳しく、それらを人間に投与して暴れさせていたら?」


 ウルカの推測は毒や薬物で人を操ろうというものだろう。毒の効果によって狂暴化して人を襲う。狂乱状態のような症状も毒によるもので、犯行後の記憶が無いのも副作用のようなもの。


 彼女は犯行に紫月花の毒が使用されていた事も加味して、真の犯人は毒、または薬品に詳しい者であると考えたようだ。


「被疑者が薬物に手を出していないのも本当で、どこか酒場や……。食事に混入しておき、それを服用してしまったとか?」


 この方法ならば被疑者が違法薬物の使用を頑なに否定している理由に説明がつく。


 だが、推測が当たっていたとして、人を狂乱させる毒や薬品がこの世にあるのか?


「……毒。紫月花、か。」


 しかし、ウルカの推測を聞いたベイルは腕を組みながら深く何かを考え始めた。


「何か心当たりがあるのか?」


「紫月花は王国では禁止している物だと言ったろう? そして、主な原産地は北のアロン聖王国だ。聖王国は神人教の母体でもあるからね。王国との関係性はあまりよくない」


 大規模調査中にベイルーナ卿が仮説を語った時も登場した神人教。この宗教の根底にあるのは神と神の使者への崇拝だ。信者達は神と使者の存在を決して疑わないし、自分達の考えを御伽噺にして大陸中に流布するほどである。


 対し、ローズベル王国は神人教の教えを真向から否定した。学者達は地道な調査と考察を重ねて、過去に存在したのは神聖的な存在ではなく人間と同じ生物であると語る。


 この二ヵ国の意見は真正面からぶつかり合って、現在では外交においても良好的な関係とは言い難いとベイルは語る。


「あまり詳しくは話せないが、王国上層部も聖王国には批判的でね。ほら、この都市には神人教の教会が無いだろう? 王国では神人教を禁止しているんだ」


 聖王国は宗教の流布を目的とした教会の設置を各国に呼び掛けている。宗教組織の働きによって、大陸内にある国々の街や首都には神人教の教会が設置される事も多いのだが、ローズベル王国内には教会が一つも存在しない。


 それは王国が徹底的に神人教を国内に蔓延させぬよう努力しているからだそうだ。


「そういった背景もあって、聖王国もローズベルを批判しながら敵視していると言ってもいい」


 まぁ、簡単に言うと信じるモノの違いによる対立だ。


 妄信的に神の存在を信じて、現状では理解できない物全てを神の御業として片付けたくないローズベルの熱意もあるのだろうが。


「ただ、聖王国との繋がりは花一つ。まだ決め手に欠けるね」


 確かにベイルの言う通り、犯人が聖王国に関係していると断定するには早い。 


「話を戻すが……。仮に毒が原因だったとして、犯人はハンターを操ってどうしたいんだ? 目的は都市を混乱させるためなのだろうか?」


 犯人の正体は一旦置いておき、犯人の目的へと焦点を当てた。


 そもそもの話、犯人はハンターを被疑者に仕立てて何をしたいのだろうか?


「最も重要なのはそこだね。犯人の動機や最終目的が分からなければ対応しきれない。ハンターを暴走させて都市を混乱させたいのか、それとも単純にハンターの数を減らしたいのか」


「都市を混乱させるのは分かるが、どうしてハンターの数を減らしたいと?」


 ベイルの考えを聞き、俺は後者に引っ掛かった。


「王国はダンジョン経済のおかげで成長を続けているだろう? 便利な魔導具はどんどん作られているし、それらを輸出して外貨も稼いでいる。国が裕福になっていくにつれて、人口も増加傾向にある」


 ベイルは人差し指を立てて説明しながら更に言葉を続けた。


「王国は良いよ。皆が不自由無く暮らして、どんどん発展していくんだ。国民にとっては最高だろう。でも、外から見たらどう思う?」


 ベイルは「さっきの話にも繋がる事だけどね」と最後に付け加えた。


 ここで言う「外」とは外国を指すのだろう。


 言われて、俺もウルカもハッとなった。


「ローズベル王国への恐れか」


「そう。他国からすればどんどんと成長を続けるローズベル王国は驚異だ。このまま成長を続ければ、いつか他国を侵略し始めるんじゃないかってね」


 現在、この大陸には大きな戦争は起きていない。


 だが、数百年前までは領土を巡る戦争が活発に起きていた。特に大陸の東側ではそれが顕著で、未だに小さな国同士が領土を巡って小規模な紛争を続けている土地もあるくらいだ。 


 過去に起きた領土戦争にはローズベル王国も参戦していた時期がある。といっても、ダンジョンから溢れる魔物への対策と防衛に専念せざるを得なかったので、戦争していたのは数年の間だけだが。


 ローズベル王国の内側から見れば、この国は戦争を重視しない国内発展を最優先とした国として見るだろう。ダンジョンから得られた素材を研究しているのは魔法という神秘の解明、そして再び氾濫が起きて国内が荒れないようにするためだと。


 だが、謳い文句は建前で「凄い武器を作り、人口を増加させながら力を蓄え、いつかは他国を侵略するのではないか?」「今はそれの準備期間なのではないか?」と推測する国も多いんじゃないだろうか。


 加えて、大陸南側に位置する帝国との同盟関係も加味されるだろう。国際的には南側の一員と呼ばれるローズベル王国が強くなれば、南の大国である帝国と共に侵略を開始するのではと考える者もいるに違いない。


「今のところ、女王陛下の意向に戦争は含まれていないけどね。他国から見ればそのような考えに行き着くのも理解はできるよ」


 ベイルの知る範囲では、女王陛下のお考えに戦争という文字は含まれていないらしい。あくまでも魔法とダンジョンの研究と解明に専念するよう各貴族は命じられているようだ。


「つまり、他国の人間がダンジョン経済の発展を邪魔しようと?」


 ダンジョン経済の肝は、もちろんダンジョンだ。そして、ダンジョンから素材を持ち帰る主な労働力がハンターである。


 ハンターの数を減らせば人手が足りなくなり、国としての成長速度に少なからず打撃を与えるだろう。同時に氾濫の予防に対する効率も低下すれば、ダンジョンに苦しめられていた過去の王国に巻き戻る。


 そうなってしまえば、経済どころの話じゃない。延いては侵略戦争どころじゃない……という図式が出来上がるらしい。第二ダンジョン都市で起きる事件はその序章に過ぎないのではないか、とベイルは推測したようだ。


「まぁ、あくまでも他国の感情については知り合いの外交官から聞いた話だけどね。そういった考えを持つ国もあるって話さ。しかし、今の状況から推察するに、あながち間違ってはいないように思えないかい?」


 その筆頭が聖王国なのだろう。


 しかし、聖王国に限らず、経済的にも文化的にも急成長を続けるローズベルを脅威と捉える国は他にも多そうだ。


「確かにあり得なくもない……」


 全て俺達の推測に過ぎない。だが、犯人の目的がもしそうならば。


「当たっていたら、これは第二都市だけの話じゃない。立派なローズベル王国全体へのだよ」


 眉間に皺を寄せたベイルが重苦しい雰囲気を出しつつ言った。


「まずは今日起きた犯行の状況とウルカ君の言っていた毒の線も探るが、同時に中央にいるオラーノ侯爵にも現状を伝えて助力を得るとしよう」


 ベイルの判断は正しいだろう。


 推測であっても、もし仮に国家規模の攻撃であったなら上層部へ伝えるべきだ。


 犯人が本人にも悟られずに毒を服用させていたとしたら、もっと被害が拡大する――ダンジョンの外で同じような事件が起きる可能性は大いにある。


「団長!」


 そこまで話したタイミングで、再び廊下の奥からベイルを呼ぶ声が響いた。顔を向ければ、騎士達と共にいるタロンとラージの姿があった。


「タロン、ラージ、大丈夫だったか? 怪我はないか?」


 彼等が俺達に近付いて来ると、俺はタロン達の無事を問う。


「ああ、俺達に怪我はねえ。だが、最悪だぜ」


 彼等は無事だったようだが、タロンは舌打ちを鳴らした後に犯行の状況を話し始めるのだった。

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