第66話 加速していく事件
男二人を拘束した俺達は地上へ向かって出発。
道中、俺達の間には「二度ある事は三度あるかも」と緊張感が増して行くが、幸いにも三度目は無かった。三階に到達した時、全員がホッと胸を撫でおろす。
三階で警備を行っていた騎士にも手伝ってもらい、俺達は拘束した男達を本部へと連行する。
もちろん、協会にも立ち寄って死体の件は伝えておいた。勤務中の責任者に訳を話し、死体回収人の護衛は通常より多めに随伴させる事も忘れない。
さて、連行した男二人だが、連行した直後はまだ気絶状態から回復しておらず、騎士団本部の牢屋にぶち込んで監視を付けつつも目覚めるのを待つ事になった。
今晩はこれで解散。
しかし、再び問題が起きたのは翌日の昼過ぎだ。
参考人として呼ばれていた俺達はベイルと共に取り調べに参加する事となっていたのだが――
「二人共、覚えていない?」
「はい。どちらも昨晩の件を伝えたら、覚えていないと……」
ベイルと共に取調室へ向かう道中、俺達は二人を監視していた騎士に容疑者の状態を聞かされた。結論から言うと、二人は揃って昨晩の犯行を覚えていないそうだ。
もちろん、騎士達は男達が嘘をついていると疑った。事細かに状況を教えてやって、ハンターを殺害した件も伝えても、必死に「そんな事しない!」と容疑を否認しているようだ。
「正直、二人共演技をしているようには思えません。かなり必死に否認しておりますし、本当に自分達の行動を覚えていないように見えます」
二人を問い詰めた騎士達も困惑を隠しきれていない。容疑者も調べる側も、どちらも訳が分からない状態に陥っているようだ。
しかし、俺達は実際にこの目で現場を目撃しているし……。
「とにかく会って話を聞いてみようか」
俺とウルカはベイルの後に続いて取調室へ入室。
室内には既にフラガさんが容疑者と対峙しており、対面に座っているのは一人目に拘束した男だった。彼は両手を縛られた状態でフラガさんから昨晩の事を繰り返し聞かされていたようだ。
「本当にやってない! 覚えていないんだ!」
容疑者である男の顔には焦りと不安、困惑が入り混じったような表情が浮かぶ。声音も必死で、確かに演技とは思えない。
「昨晩、ダンジョンに潜ったのは覚えているのか?」
「お、覚えている。仲間と一緒に少し稼ごうって話になって……。でも、仲間を殺すわけないだろ!? 十年以上も一緒にやってきた仲間なんだぞ!?」
容疑者は首を振りながら必死に犯行を否定するも、相手は俺達と同じ目撃者であるフラガさんだ。彼の目には疑惑と疑心が混じる。
フラガさんの表情を見た容疑者は「まさか」と小さく零した。
「ま、まさか、俺が前科持ちだからか!? 前科持ちの奴を無実の罪でしょっぴいて点数稼ぎしようとしているんだろう!?」
容疑者の男は説明された状況を心底信じられないようで、遂には陰謀論めいた事まで言い出した。
曰く、第二ダンジョン都市騎士団が中央への評価を向上させる為に無実の罪で人を拘束しており、自分はその罠に嵌ったと思っているようだ。
傍から見て「そんなバカな事があるか」と言いたくなるが、それは俺達が目撃者であるからだろう。同時に相手も本当に覚えていないから、このような事を口走っているように見える。
「分かった。じゃあ、君は覚えていないという前提で話そう」
「前提とかじゃなく、本当に知らないんだって!!」
ベイルが二人の間に割り込みながら言うが、容疑者の男はベイルにも強い口調で否定し続けた。
「分かった、と言っているだろう? だから、まずは君が覚えている事を全て教えてくれないか?」
ベイルは容疑者を手で制し、彼にここ最近の記憶を掘り起こせと命じた。
「お、俺達は、第三ダンジョン都市からこっちに移籍して……。借金を返す為に狩りをしてたんだ。真面目にな! そりゃ、第三ダンジョンじゃ評判悪かったさ! でも、こっちに来る時に真面目にやろうってアイツと誓ったんだ!」
元々活動していた第三ダンジョン都市にて、彼は数年前に盗みを行って捕まった。一年の強制労働の後、都市に戻るも借金を作ってしまう。
借金を返すためにハンターとなったようだが、前科持ちである上に日頃から素行が悪かったせいもあって協会からの評判は最悪。借金もろくに返せず、首が回らなくなったところで第二ダンジョンの噂を聞きつけたそうだ。
そうして、こちらにやって来る際に更生しようと仲間と共に誓い合って、真面目にハンター業へ従事していたようだが今回の事件が起きた。
「君の仲間は一人だけか?」
「そ、そうだ……。アイツは幼馴染で、一緒に村から出てきたんだ……。アイツを俺が殺すなんて……あり得ねえよ!」
恐らく、この男にとって最も信頼できる仲間だったのだろう。そんな存在を手に掛けてしまった事が本当に信じられないようだ。
「事件発生時、君は随分と様子がおかしかったようだ。違法薬物の類に手を出していたりしないか? もしくは、医者から処方された薬を飲んでいたりは?」
「し、してない! 違法薬物なんか手を出すかよ! 医者にも掛かってない!」
本人の申告を聞く限り、嗜むのは酒とギャンブルだけのようだ。違法薬物の類に手を出していないと何度も首を振って否定し続ける。
だが、当時の様子は明らかにおかしかったのは確かだ。
ここまで聞いたところで、部屋のドアがノックされた。ベイルは俺達を連れて部屋の外に出る。外で待っていたのは書類を持った騎士で、彼はベイルに書類を差し出した。
「容疑者二名の持ち物を調べましたが、毒物は持っていませんでした。それと針の類もありませんね。収納袋の中身はハンター業に必要な物ばかりです」
持ち物検査と容疑者が宿泊している宿の部屋も捜査を行ったが、例の毒は持っていなかったようだ。加えて、違法薬物らしき物も見つからない。
ベイルが受け取った書類を覗き見るに、今回逮捕した両名とも水や食料、予備の剣やナイフを持ち込んでいただけのようだ。
「引き続き調べてくれ。容疑者二名が普段どう過ごしていたかも聞き込みを頼む」
「ハッ!」
ベイルの指示を受けて、書類を持ってきた騎士が立ち去って行く。彼の背中を見送ったあと、ベイルは「次の容疑者に会ってみよう」と別室へ俺達を連れて行った。
別室にいた二人目の容疑者も騎士に取り調べをされていたが、態度は一人目と同じだった。酷く困惑しながら「違う、俺はやってない」と何度も否定し続けていた。
そして、入室して来た俺とウルカを見るなり「助けてくれ!」と叫び出す。
「アンタ達、俺と会ってるだろ!? 俺達が人殺しから逃げて来たのを見ているよな!? なんで俺が捕まってんだ!?」
彼もまた自分の犯行を覚えていないようだ。何度も「助けてくれ、無実を証明してくれ」と必死に訴えてくる。
確かに彼は犯行現場にいた。俺達は彼が血塗れの剣を握った状態で死体を見下ろしている場面を目撃している。だが、同時に彼が言った通り、最初の犯行現場にいた容疑者から逃げて来たところで出会っているのも事実だ。
「君は犯行を覚えていないそうだね。覚えている記憶を全て教えてくれ」
ベイルは最初の容疑者同様に覚えている事を聞き込んだ。
この男は最初の男と違って、前科持ちではなかった。元々は第一ダンジョン都市で活動していたようだが、彼も第二ダンジョン都市で一攫千金を狙いにやって来たらしい。
事件当日は仲間と共にダンジョンへ潜り、共に娼館で使った分の金を狩りで取り戻そうと思っていたようだ。
彼は仲間二人と十三階で狩りをしていたところ、一件目の殺人現場に遭遇。あの様子がおかしい状態の容疑者を目撃した後、容疑者に声を掛けた仲間の一人が剣で刺されてしまった。残った彼等の脳裏には「マンイーター」の文字が過り、逃げ出したところを俺達と出会った。
その後、俺達は彼と別れたが……。俺達と別れたあと、仲間と共にその場で一息ついたところまでは覚えているらしい。
だが、やはり彼も最初の容疑者同様に犯行を犯す直前と最中の記憶は覚えていない。加えて、違法薬物の類にも手は出していないようだ。
「君には他にも仲間がいるのか?」
「ああ、あと二人いるよ! 宿に行けば会えるはずだ。きっと、俺が殺人なんてしない男だって証明してくれる! 聞いてきてくれよ!?」
そう言われたベイルは「分かった」と口にすると、俺達を部屋の外に連れ出した。
部屋から出るとベイルは大きなため息を吐いた後に、俺達へ向かって「どう思う?」と問うてくる。
「訳が分からん」
「私も先輩と同意見です。犯行は間違いなく犯しているはずなのに、覚えていないなんてあり得ますか?」
「だよね。僕も同意見だよ」
ベイルは目頭を指で押さえながら、心底疲れたと言わんばかりに首を振った。
本当に訳が分からないという感想しか出ない。ウルカも言っていたが、犯行を犯した本人が覚えていないなんてあり得るのか?
しかも、容疑を否認する様子は演技には見えなかった。
「まったく、一体何がなんだか……。この大事な時期に」
ベイルが腕を組みながら愚痴を零すと、廊下の先にある階段から駆け足で駆けあがって来るような足音が聞こえてくる。
そちらに視線を向けると、現れたのは息を切らしながらこちらに向かって来る騎士の姿があった。
「だ、団長!」
まさか、とベイルも思っただろう。
「また殺人が起きました!」
やっぱり。
今度は真昼間から犯行が起きたようだ。
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