第64話 巡回任務 1
騎士団が上位ハンターへの協力要請を行ってから二日後。
今日も俺とウルカはダンジョン前で担当騎士達と合流する事になっていた。
時刻は夜の十時。この時間帯からダンジョン内の各階層をうろつくハンターの数はグッと減る。つまり、目撃者を作る事無く犯行に及ぶにはぴったりの時間だ。
俺達がダンジョンの入り口に向かうと既に三名の騎士が待機しているのが見えた。
「すいません、お待たせしました」
俺達が小走りで向かうと、騎士達は笑顔を浮かべて首を振る。
「いえ、私達も今来たところですから」
俺達と共に行動をする三名の騎士は第二ダンジョン騎士団第十二小隊に所属する小隊長のフラガさんとその部下二名だ。
この二日間、俺達は彼等と共にダンジョンへ潜っている。その際に何度か魔物に遭遇して戦闘になったが、彼等は常時携帯している魔導兵器を抜きにしてもよく鍛えられていて頼もしいの一言に尽きる。
それと人当りが良いメンバーなのが助かる。騎士とハンターという職業の差でギクシャクしなくて済むからな。
「それでは、本日もよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
任務開始の挨拶を交わしつつ、俺達はダンジョン内へと潜った。
一階、二階を抜けて三階へ。既に狩りを終えたハンター達が早朝に備えてテントを設営しながら食事を楽しむ姿が見られる。
騎士達と共に歩く俺とウルカの姿は目立ってしまうが――
「よう、アッシュさん。今日も巡回か?」
協会から「騎士団と連携して遺体の捜索隊を組んだ」と事前に告知されているせいもあって、それほど警戒心は向けられない。
まぁ、俺達が暇を持て余しているので協会に協力するよう要請されたという噂が回っているのもあるかもしれないが。
ただ、関係者以外にはあくまでもマンイーターの件は知らされていない。マンイーターの可能性があると発表すればハンター達が混乱して、ハンター同士で犯人捜しが始まってしまう可能性があるからだそうだ。特に今は他所から来たハンターとの摩擦もあるしな。
加えて、この任務はダンジョン内で犯人を見つけ、現行犯逮捕を行うためではあるのだが……。明らかに騎士団と協会の考えは他のハンター達を釣り餌にしているとしか思えない。
組織が決めた事を批判する気はないが、一刻も早く犯人を発見せねばらないと内心焦ってしまう。
ただ、騎士団との巡回任務が始まって二日経った今でも、未だに遺体が発見されているのを考えると犯人は俺達を挑発しているのだろうか。それとも眼中にすらないのだろうか。
「ああ。何か問題はあったかい?」
「いや、特に変わったモンは無かったな」
「そうか、ありがとう」
彼以外にも何人かのハンターに状況を聞き込みした後、俺は待っていた騎士達の元へ戻って行った。
「アッシュさんがいると助かります。我々がハンターに質問するとあまりスムーズにはいきませんから」
フラガさんの元に戻ると彼は困ったような表情を浮かべてそう言った。
「そうなんですか?」
「ええ。騎士団は治安維持の象徴でもありますからね。ハンターの中には軽犯罪の前科持ちもいるので、質問しても身構えられて素直に話してくれない事が多いんですよ」
「ああ……」
今でこそハンターという職業は国に尽くしていると言われているが、どちらかといえば粗暴で暴力的な人間の受け皿として出来上がった職業と言うべきだ。
素行不良で表側の職業に就けなかった者達が完全なる悪の道に入らないよう、国が「対魔物戦に従事すれば金を出す」と民間兵士を募集したともとれる。
俺のように金を求めてやって来た者もいれば、都市や街の喧嘩自慢が夢を求めてライセンスを取得したなんて事もあろう。そして、中には軽犯罪で捕まった者が食うに困ってハンターになったという事例も多くある。
こういった輩をハンターとしておき、騎士団に加えさせなかったのは「騎士」としての品性も国が求めているせいでもあるだろうけど。
仕事内容的には共通事項も多いが、明確に人間性を見られて分けられているからか「過去の犯罪歴を掘り返される」と疑ったハンター達は騎士達を警戒してしまうようだ。この騎士とハンターによる壁は昔から続いているのだとか。
ただ、同業者であればそう身構える事もない。特に騎士と共にいる理由が公表されている俺達なら騎士ほど警戒もされないだろう。
「私としては、過去は過去だと思うんですがね。過去に犯罪を犯しても人生を仕切り直すべくハンターとなったなら、共に魔物と戦う戦士だと思っているのですが」
フラガさんの考えとしては、更生して仕事に従事しているのなら問題視しないという考えのようだ。
もちろん、再び犯罪に手を染めれば別だろうが。
「それに騎士だけでは手が足りないほど国が成長したと思います」
「まぁ、それは確かに」
騎士だけで都市防衛・治安維持に加えて研究素材の確保を行え、など無茶な話だ。
今となってはハンターと騎士は共存関係になってしまっているし、既にハンター業は国の歯車として根付いている。脛に傷を持つ人間がいたとしても、更生しているのであれば多少の見て見ぬフリも必要なのかもしれない。
「おっと。そろそろ行きましょうか」
つい立ち止まって話し込んでしまった。
俺達はフラガさんの後に続き、下層へと降りて行った。
三階以降、各階層を満遍なく見て周るのが任務内容だ。マンイーターによる被害だと判断された以上、四階や五階など魔物の危険性が低い階層であっても手抜きはしない。
十階などの魔物が全て狩られてしまって、活気が無くなった階層も同じく。ここまでは問題は見当たらず、俺達は十三階へと降りていった。
「我々が先行します。アッシュさんとウルカさんは周囲に変わった事がないか重点的に調べて下さい」
「了解です」
普段からダンジョンに潜っている俺達の方が周囲の変化に気付き易いと判断されたのもあって、魔物との戦闘が活発になる階層での戦闘担当は騎士達となっていた。
騎士達には魔導兵器もあるし、苦戦する事もないだろう。
十三階の道は人が隠れられるような場所など無く、前方を見渡せる道であるが奇襲に注意せねばなるまい。骨戦士と戦う騎士を見守るよりも、戦闘中である俺達を狙う者がいないかどうかを見張るのが仕事だろう。
特に十三階以降は深夜になってもハンター達が活動している事が多い。
騎士達が戦闘中、前方に視線を向けていると奥からハンターのパーティーがやって来る時がある。これが一番緊張する瞬間だ。まさか、マンイーターかと内心で思いながらもハンター達の動きを見張り続けねばならない。
「巡回ですか? ご苦労様です」
こちらの戦闘が終わった後、前方にいたパーティーが俺達に近付いて来た。
奇襲など仕掛けてくるなよ、と内心で祈りながらも返事を返しつつ、すれ違った後も警戒は怠らない。完全にパーティーが離れて行ったのを見送って、毎回大きなため息を吐いてしまう。
「……十三階は問題無さそうですね」
「ええ。下に降りましょうか」
十三階で遭遇したパーティーは一組のみ。遺体も見つからなかった。
次の階層である十四階に降りて行き、俺達は再び進み始める。何度か骨戦士との戦闘を繰り返しつつ、十四階中盤に差し掛かると――
「ん?」
先にあるT字路、左右どちらかから何者かが走って来る音が微かに聞こえた。
全員で静かにしながら耳を傾けていると、厚い靴底を鳴らす音と金属製の防具が揺れて出る音のようだ。
「フラガさん」
「ええ、聞こえました」
俺達はその場で停止して、騎士達は武器を手に警戒を始める。俺とウルカも警戒しながら音の主がやって来るのを待っていると……。
「ああ、騎士! 騎士だ! やった、よかった!」
「ひ、ひぃ、ひぃ! 助けて! 助けてくれ!」
T字路の右側から俺達のいる通路に走り込んで来たのは、二人のハンターだった。彼等は顔中汗まみれで駆け寄ってくる。
俺達を見るなり安堵の表情を浮かべると、傍までやって来ては膝に手をつきながら肩で息を繰り返した。
「一体どうした?」
フラガさんが問うと、ゼェゼェと息を吐くハンターの一人がT字路を指差す。
「こ、この先で……。人殺しが……!」
「なに!?」
俺達は顔を見合せた。遂にマンイーターの尻尾を掴んだか?
「あいつ、狂ってやがる! 道のど真ん中で人を殺してやがった!」
「声を掛けても反応しねえし、俺達の仲間が声を掛けたら襲い掛かって来やがった! 仲間の一人が腹を刺されたんだ! 助けてくれよ!」
「まだ奥にいるのか!?」
「ああ、たぶん……!」
フラガさんがハンターの肩を掴みながら問い、彼等の答えを聞くと俺達は何を言わずに奥へ走り出した。
T字路を右に曲がり、そのまま直進。突き当りを左に向かって十五階へ続く階段方面へと走り続ける。
そうして見つけたのは、通路のど真ん中で顔を伏せたまま立っていた一人の男。手には血濡れた剣を持ち、足元には既に事切れているであろうハンターが二人横たわっていた。
「おい、貴様! 何をしているか!!」
フラガさんが男に剣先を向けながら叫ぶと、男はゆっくりと顔を上げた。
「なんだ……?」
だが、様子がおかしい。
顔を上げた男をよく見ると、目の焦点が定まっていなかった。左右の眼球がそれぞれ外に向いていて、口の端からは白い泡らしきものが漏れ出ている。
更によく見れば体が小刻みに痙攣しているようだ。
「これは貴様がやったのか!? 現行犯逮捕だ!」
「待て!」
答えぬ男の姿にフラガさんは観念したと思ったのだろうか。ゆっくりと近付いて行く彼を俺は慌てて止める。
「どうしたんです!? 犯人を逮捕しないと!」
「いや、様子がおかしい!」
肩を掴みながら慌てて制止した俺に顔を向けるフラガさん。対し、俺は目の前に立つ不審な男から視線を外さずに相手の様子を指摘しようとするが――
「ア"ア"ァァッ!! アアアアアッ!! 頭、頭ァァァ!! しャべるナァァァッ!!」
小刻みに体を痙攣させていた男は狂ったような絶叫を上げると、片手で頭を押さえながら苦しむように暴れ始めた。
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