第63話 捜査協力要請


 ハンターの連続死亡事件に騎士団が介入して三日後、俺とウルカは早朝から協会に呼び出された。


 忙しそうな職員に挨拶をした後、奥の個室へ向かうよう指示される。


 言う通りに個室へ入室すると、中には上位パーティーが勢揃い。他にもメイさんとベイル率いる騎士達が数人いて、大規模調査前と同じような雰囲気が漂っていた。


「すまない、遅れてしまったか?」


「いや、大丈夫だよ。こちらこそ、急に悪いね」


 ベイルに挨拶をしつつ、俺達も全員に倣って空いている席へと着席。すると、ベイルが咳払いをしてから話し始めた。


「さて、朝早く集まってもらってすまないね。今回、集まってもらった理由は最近頻発している死亡事件についてだ」


 そう切り出したベイルは、三日前に俺達が発見した遺体から毒殺の痕跡があった事を明かす。それを聞いた誰もが俺とウルカに顔を向けるが、彼等が浮かべる表情には驚きはない。


 むしろ、ベイルの口から続けて「マンイーターの仕業だと判断した」と聞くと、どこか納得したような顔だった。


「三日前からダンジョン入り口と三階に騎士を数名増員させ、入場する者と三階に留まる者達の監視を開始した。同時にブラックマーケットへ略奪品が流れていないかの確認も行っている」


 まず、この三日間で騎士団が取った行動はダンジョンへ潜るハンター達の監視だ。


 ダンジョンの入り口と休憩用の階層となっている三階は、第二ダンジョンへ潜るハンター達が必ず通る場所である。


 入り口では入場するハンター達の顔や名前を協会と共に把握し、三階では不審な行動を取っている者がいないかを監視していたという。


 同時に都市内に存在するブラックマーケットへ略奪品の売却が行われていないかの確認もしていたそうだ。


 この第二ダンジョン都市内にブラックマーケットなるものが存在していた事は初耳だ。以前聞かされたマフィアの件もそうだが、豊かで平和そうな地方都市であっても表からは見えない闇を抱えているという事なのだろう。


「しかし、どれも成果は得られなかった。まずはブラックマーケットの方だが、最近になって中古の装備品が売却された店は無かった」


 どうにも騎士団は常日頃からブラックマーケットを監視しているらしい。騎士団にはそちらを担当する部隊がいるようで、身分を隠しながら潜伏させているそうだ。


 都市の裏側に精通した彼等からの情報によると、略奪品らしき物品が流れ込んだ形跡は無いとのこと。


「次に監視だが……。人の出入りは把握できたものの、不審者は発見できなかった」


 当初、ベイルはダンジョン内へ潜るハンター達の把握と三階にて臨時のパーティーを組むハンター達を見つけるよう指示を出した。


 マンイーターという存在は、狡猾な手段を用いる事から常識的な人格を装う。例えば、人当りが良かったり、親切だったり……他人からの評価が「良い人」を演じる者が多い傾向があるのだとか。


 そういった「良い人」を演じつつ、獲物に近付くのだ。ソロ活動をしているハンターを演じながら、獲物と定めたパーティーに臨時加入する提案をしたり、実際にパーティーメンバーとなって潜り込んではダンジョン内で襲う手法が多く見られる。


 よって、三階を警備する騎士の数はそのままに、ハンターに偽装させた騎士達を三階へ潜ませながら「美味しい提案」をする人物を探していたようだが成果は無し。


「まぁ、常識的な方法では見つからないでしょうね」


 そう零したのはターニャだった。


 マンイーターの厄介なところは常人からは考えられない方法を思いつくところなのだろう。犯人の取る手段や方法を地道な捜査で一つ一つ紐解いていくしか無いのだろうか。


「それもあるが、一つ奇妙な事があってね」


 そう言って、ベイルは一枚の紙をテーブル中央へ置いた。


「これは死亡事件が始まったとされる前日からカウントしたダンジョンの入退場記録だ」


 協会から提出された記録を調べて、最初の死亡事件があった日から数日遡りつつダンジョン内にいた者をリストアップしたそうだ。容疑者候補として挙げられた人物達は全員が脛に傷を持つ者達だそうだが……。


「もし犯人がダンジョン内で犯行を続けていたら、遺体が見つかった当日、もしくは前日か数日前から必ずダンジョン内に入場しているはずだろう? だが、一人もいないんだよ」


 リストを見ると条件に当てはまる該当者としてリストアップされた人数は十人程度。全て死亡事件が始まった数日前からダンジョンに潜り続けていた人物だそうだ。


 該当者の名前と外見の特徴、過去に起こした犯罪歴がメモとして記載されていたが、全員の名前の脇にはチェックマークが入っていた。


「例えば……このアロンという人物。最初に死亡事件が起きた前日から三件目が発見された日まで連続してダンジョンに潜っている。だが、彼は四件目の被害者だ」


 名前の脇にあるチェックマークは「死亡」した証だそうで。


 リスト全員にチェックマークがある事から、騎士団が絞り込んだ該当者全員が遺体となって発見されている事になる。


「容疑者と思われる人物が全員死んでるって……。それっておかしくないですか?」


 タロンが驚きながら言うとベイルは強く頷く。


「そうなんだよ。もし、犯人が犯行に及ぶ為にダンジョンへ入場しているなら必ず生き残っている者がいるはずなんだ。しかし、容疑者候補以外の者から探しても該当者がいない。ダンジョンに入場する際は全員の名前とライセンス番号を控えているはずなのにね」


 全ての事件が同一犯による犯行であれば、絶対に引っ掛かる者がいるはずだ。しかし、犯人と思われる人物が記録上では浮上しない。


「なのに、昨日も遺体は見つかった」


「ダンジョン内にずっといるとか?」


 真っ先に思いつくのは、犯人がずっとダンジョン内にいて地上へ出ていないパターン。


 三階では水や食料も売っているし、金とテント等の道具さえあれば長期滞在も可能だ。しかし、その考えを口にしたタロンにベイルは首を振る。


「入退場の記録は取っているからね。退場していなければすぐに分かる。だが、ダンジョンに入場した誰もが長くて三日で地上に戻って来ているんだ」


 ダンジョンに入場した者は長くても三日しか滞在していない。となれば、退場時と再び入場する際に名前が残るはず。


 しかし、該当者は死亡してしまったり、他にもアリバイが証明されてしまったりと犯人には結びつかない。


「入退場の確認が取れているならライセンスの偽造も意味ないか」


 協会から公式に発行されるライセンスを偽装して、ハンターに成りすます者も中にはいるが、こちらはどちらかというと登録時に協会から門前払いされる複数の前科を持つ犯罪者が取るパターンだろう。


 身分を偽造する事でハンターとなってダンジョン内に潜むのも可能になるかもしれないが、どちらにせよダンジョンに潜ったハンター全員の入退場が確認されているなら意味がない。


「他に考えられるとしたら……」


「ダンジョンへ通じる別の入り口があるとかですかね?」


 腕を組みながら悩む俺の隣で、ウルカがそう告げた。


 確かに入退場を誰にも知られずに行うなら、誰も知らない秘密の入り口を把握しているとも考えられるが、やはりこちらもベイルは首を振って否定した。


「さすがにダンジョン発見当時からずっと学者が調べているからね。別の入り口は無いと思うよ」


 まぁ、王国がダンジョンに目を向けてから数十年、いやもうすぐ百年になるか。定期的に学者の調査が入るも別の入り口は発見されていない。


 今回の犯人が偶然入り口を見つけた……なんて考え難いか。


「となると、複数犯の可能性が?」


 入退場記録の中にピッタリと条件に当てはまる該当者一人がいないのであれば、複数犯の可能性も考えられるだろう。


 例えば一件目の殺人を犯したあと、捜査を見越して連続入場や連続滞在を避ける。次に仲間が入場して別の犯行に及ぶ。これを何名かで繰り返せば連続して事件を起こしつつも捜査をかく乱できる。


「そうだね。その線も視野に入れて捜査しているよ。ただ、複数犯だったら一件目から略奪行為を行っていると思うんだが……。ブラックマーケットにも略奪品が流れていないし……」


 ベイルの言う通り、犯人が略奪を目的とした複数犯だったら一件目から略奪行為をしていないと辻褄が合わない。


「もしくは、本当に快楽殺人犯がチームを組んで楽しんでいるのか?」


 俺が言った途端、部屋の中にいる全員が嫌そうな顔をした。


 確かにこれは最悪のケースだろう。頭のイカれた連中が手を組んで、ダンジョン内で殺人を楽しんでいるなど想像もしたくない。


「結局、どうしますの?」


 ある程度捜査状況を聞いた後、ターニャが本題を話してくれと促すように問う。


「これからが本題なのだが、君達に集まってもらったのは騎士と一緒にダンジョン内を巡回して欲しいんだ」


 俺達が集められた理由はダンジョン内の巡回依頼を頼みたかったらしい。


 捜査及び監視は引き続き続けるが、どちらにせよダンジョン内で事件が起きているならば現行犯逮捕に向けての対策も取らねばならない。


「ダンジョン内に騎士が巡回していれば犯人の犯行頻度も落ちるだろう。刺激してやればボロが出るかもしれない。ただ、騎士団も学者達の調査における護衛に人を取られていて人数が確保できなくてね」


 まだ二十階の調査は続いているので、学者達の護衛を行う騎士が必要だ。ダンジョンの他階層へ巡回を送ろうにも人手が足りていないようで、上位パーティーのメンバーを騎士と共に送り込もうと考えたのだろう。


 ベイルが「信頼できるのは君達くらいだ」と言うように、ここにいる者達は全員シロに違いない。略奪なんかするよりもずっと多くの稼ぎを得られているわけだしな。全員と付き合いは短いが、快楽殺人を行うような破綻者とも思えないし。


「最近、狩りが出来ない補填としても提案したい。どうだろう?」


 騎士団からの要請ともあって、俺達に拒否権はない。だが、ベイルは最近の件も憂いて狩猟報酬の補填としての提案をしてくれた。


「もちろん、協力するよ」


「私達もですわ」


 俺とターニャが真っ先に協力を申し出るが、他の者達も後に続く。


「では、四交代制で巡回警備を行う。こちらで担当の時間は割り振っておいた」


 ベイルが追加でテーブルに置いた紙に目を向けると、一日のスケジュールが書かれていた。


 担当する騎士の数は一つのパーティに付き三人。ダンジョン前で騎士と合流して各階層を巡回していく仕組みのようだ。


「マンイーターに遭遇したら速やかに捕縛を試みてくれ。現場の判断は随伴する騎士に一任するが、緊急時の判断は任せるよ。ああ、最悪、マンイーターの生死は問わない」


 最悪、殺してでも事件を止めろ。


 ベイルはそう俺達に告げたが、果たしてどうなるか。

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