第62話 捜査開始と贈り物選び


 ダンジョン内での連続死亡事件は本格的にダンジョン内での殺人事件と認定され、騎士団による捜査が開始された。


 まず、ベイルが協会に求めたのはダンジョン内へ入場した人間の記録とこれまで死亡した人間の遺体を改めて調査する事だった。


「入場記録はすぐにご用意致します。ただ、これまで死亡したハンターの遺体は既に火葬してしまったものも多く、全て提出するのは難しいです」


 要求に対し、メイさんが眉間に皺を寄せながら答えた。


「遺体については何体残っている?」


「先日発見された二名の遺体ならば。他は既に火葬場へ送ってしまって……」


 これは今回の連続死について、協会は「魔物との戦闘で死亡」と想定していたのと遺体を長く保管する規則が無かったのが原因だ。


 ハンター業に従事する者達の八割は孤児院出身で肉親がいないため、遺体を遺族に引き渡す事など稀である。


 引き渡し予定が無いのに遺体安置所に遺体を保管しておくのは意味が無く、よってすぐに火葬場へ送られて火葬した後に共同墓地へ埋葬される。


「アイーダ。二度手間になって申し訳ないが、二名分の死体も毒が使われていないか調べて来てくれ。あと遺体は騎士団本部に移送するよう手続きも頼む」


「了解しました」


 ベイルの指示に従って、軍医であるアイーダさんが再び部屋を出て行った。


「しかし、協会はマンイーターによる略奪行為が原因であるとは想定していなかったのか? ああ、責めているわけじゃないよ」


「申し訳ありません。ただ、発見時の報告や被害者の実力を聞き込んだところ、実力以上の魔物へ挑んだとしか思えませんでした」


 ベイルの質問にメイさんは顔を伏せながら答えた。


 この辺りの事実を協会が誤認したのは、被害者全員が他所から来たハンターだったというのもあるのだろう。


 第二ダンジョン都市で長年活動しているハンター達の実力ならば協会も把握しているが、さすがに他所から来た新顔の実力までは完全に把握しきれていない。


 そこで協会は被害者の知り合いや顔見知りに聞き込み調査を行っていたが、どの死体も発見場所が本人達の実力よりも上の階層で発見されていた。


 それも絶妙に敵わない魔物がいる階層で。


 例えば、先日十二階で狩りをしていたパーティーが翌日になって十三階で発見される等。十二階で狩りをしていた様子を聞き込むと「十二階でもギリギリだった」などとの証言が得られたようだ。


 他人からは「ギリギリだった」と見えていても、本人達は「先に行ける」と過信してしまうケースもあるだろう。特に一攫千金を追い求めて他所からやって来たハンター達は無茶をしがちだ。

 

 加えて、死亡事件だけじゃなく、魔物に敵わなくて救助を求めるパーティーも最近は多い。


 この辺りも誤認の原因と言えるだろう。


「あとは、死体の状態もです。装備品の略奪被害は今回が初めてでした。これまでの報告によると、装備品の回収もされていますから」


 メイさんは手持ちの資料をベイルに手渡した。


 彼女が渡した資料はこれまで死亡したハンター達の発見場所や遺体の状態を記録した書類のようで。中には今回のように略奪行為が行われた痕跡は無かったらしく、資料を読んだベイルも「今回が初めてか」と漏らす。


「発見時の遺体も損傷が激しいな。確かにこれは魔物にやられたと思っても仕方がない」


「となると、今回発見した被害者だけがマンイーターにやられたのか?」


「以前までの被害者が快楽殺人犯に殺されたという考えは否定できないが……。どちらにせよ今回の死体に毒が使われているなら、マンイーターがいる事には変わりないね」


 腕を組みながら告げたベイルはそのまま言葉を続けた。


「ただ、仮に全ての被害者がマンイーターによる被害だったとしたら犯人は恐ろしく狡猾だ。これまで略奪行為をせず、魔物による被害だと協会を誤認させてきたのだからね」


 被害者である全員が第二ダンジョン都市協会に元々所属していたハンターではなく、詳細が不明であった移籍して来たばかりの新顔という点も考えると、犯人が協会を誤認させようと獲物を選んでいる節が考えられる。


「じゃあ、どうして今回は略奪行為をしたのでしょう? 明らかにマンイーターの仕業だとバレますよね?」


 ウルカが問うと、ベイルは苦々しい表情を浮かべる。


「詳しく調べてみないと何とも言えないが、本当に頭のイカれた快楽殺人犯なのかもしれないね。これまでの資料を読むに、そういった手合いは何を考えているのか分からない。用意周到で狡猾なのにも拘らず、自分の犯行を示唆するような証拠を残す者もいるようだし」


 要は思考が読めない相手、敢えて矛盾を犯して犯行をアピールする目立ちたがり屋。常人には理解できない何かがあるのかもしれない。


 まぁ、仮に犯人がそういった相手であったらの話だが。


「ますます分からなくなってきたな」


「そうだね。地道に入場記録を調べながらダンジョン内を警戒して、現行犯逮捕するしか無いかもしれない」


 話し合っていると、遺体安置所に行っていたアイーダさんが戻って来た。


「団長。確認しましたが、毒が使用された痕跡はありませんでした」


「ふむ。では、今回の被害者からか……?」


「ダンジョンの外で毒殺された死体は見つかってないのか?」


 殺人に快楽を覚えるような輩であれば、例え都市内を騎士が巡回警備していたとしても犯行を犯していそうだが。そう思って俺が問うと、ベイルは一緒に来た騎士に「どうだ?」と問う。


「いや、無いと思いますね。昨晩深夜から朝方に掛けて女性の死体が見つかりましたが毒殺では無かったですし」


 昨晩、深夜の警邏を行っていた騎士が住宅街の路地裏で女性の遺体を発見したそうだ。だが、その女性の体に暴行された跡も無ければ毒殺された痕跡も無かった。


 軍医による調べによると、死亡原因は病気による突然死だと判明している。身元判明後の周辺聞き込みによって、女性は元々心臓に持病を患っていた事も裏付けが取れているとのこと。


 となると、関係無いか。外でも犯行を犯していたら本格的に頭のイカれた殺人犯である可能性が強くなると思ったのだがアテが外れてしまった。


「地道に捜査するしかなさそうだ」 


「そうだね」


 分からない事だらけだが、悩んだベイルはまず入場記録から調べる事にしたようだ。事件に関しては俺達が積極的に動く事はないだろう。騎士団と協会の要請があり次第、従うのが賢明だ。


 ベイルと彼の部下達はメイさんから入場記録を受け取ると、本部に戻ると言って席から立ち上がった。


 ベイルがメイさんと俺達に別れを挨拶をした後に、部屋を出て行く姿を見せたが――


「ああ、そうだ。アッシュ、これから暇なら例の件を頼んでも?」


 そう言われて、一瞬だけ何のことか分からなかったがすぐに食事会で口裏を合わせた件だと気付いた。


「ん? ああ。あれか。大丈夫だ」


「じゃあ、このまま一緒に行こうか」


 ベイル達の共に行く体を装いつつ、俺はウルカに顔を向ける。


「ウルカ。報奨金の手続きは任せても良いか? すぐ戻って来るから協会で待っててくれ」


「わかりました」


 彼女からの了承も得られたところで、俺はベイル達の後に続いて協会を出た。騎士団本部まで続く道を一緒に歩きつつ、途中で別れる事となる。


「じゃあ、頑張って」


「ああ、ありがとう!」


 ニコリと笑うベイルに背中を叩かれながら、俺は彼に感謝を告げて中央区まで向かった。中央区に入ると、ベイルからもらったメモを頼りにジュエリー店のある場所まで歩いて行き……。


「こ、高級っぽい……」


 ジュエリー店の店構えに腰が引けてしまった。外から店内が見えるよう、店の前面全てがガラス張りだ。ドアまでガラスで作られていて、ドアの近くには店員が直立不動で待機していた。


 明らかに他の店よりも格式が高く「高級店なので平民はお断り!」みたいな雰囲気が漂う。


 それでも行かねばならない。覚悟を決めた俺は店の中へと足を踏み入れ――


「いらっしゃいませ」


 ガラスドアの横に待機していた女性店員に迎えられる。女性店員は黒のスーツを着ていて、食事会を行った高級レストランと同様に礼儀正しい。


「本日は何をお探しでしょう?」


 ハンターの恰好をした俺なんて門前払いされるかと思いきや、しっかりと頭を下げて用件を聞いてくれた。


「あ、ああ、はい。実はベイル……様からの紹介で」


「アッシュ様でしょうか? お話はお伺いしております。どうぞ、ショーケースへ」


 ベイルの名を出すと一発で俺の名を口にした。女性店員はニコやかに笑いながら俺をショーケースの前に導く。


 貴族からの言伝ともあって、店員全てが頭の中に叩き込まれているのだろうか。


「バローネ様からは女性へ送るブレスレットをお探しとお伺いしておりますが、よろしかったでしょうか?」


「はい、そうです」


 俺がジュエリー店を訪れた理由は、ウルカへ送るブレスレットの作成を依頼するためだ。


 王国では恋人になってほしい女性にブレスレットを送る習慣があり、結婚を申し込む際は指輪を渡すのだそうで。その習慣を聞いた俺は、ウルカに想いを告げる時にブレスレットを送ろうと考えた。


 まぁ、今はもう帝国国民じゃなくて王国国民だしな。この国の習慣に倣おうと思ったわけだ。


「お相手の方とは結婚も視野に考えていますのでしょうか?」


「そう、ですね」


 出来ればそうなって欲しい。もう婚約解消なんてこりごりだ。


 そうならない為にも彼女が喜ぶ物を選ばなければ。


「でしたら、こちらのルビーをはめ込んだブレスレットはいかがでしょう? ルビーには『結婚を前提に』という意味が込められております」


 女性店員はショーケースの中でサンプルとして飾られている物の中から、大粒のルビーがはめ込まれたブレスレットを取り出した。


 ブレスレットにはめ込む宝石の種類によって様々な意味があるようだが、結婚を前提としたお付き合いの場合はルビーと相場が決まっているようだ。


 赤色のルビーは王国で恋や愛を象徴する宝石とされているらしく、結婚指輪とは別にルビーのネックレスを送る者もいるようだ。結婚の際は一緒に贈ると喜ぶ女性が多い、と聞いて思わず「商売上手だな」と思ってしまった。


 ……まぁ、贈りますけどね。 


 ルビーのチョイスに納得がいった俺は、店員さんにサイズを告げてルビーの大きさやブレスレットの材質を選んでいく。


 同時に紙に描かれた模様の中からブレスレットに彫り込むデザインを決めれば完了だ。支払いも全額現金払いしておき、あとは完成後に受け取るだけの状態にしておく。


「完成には一週間頂きます。完成後、お知らせ致しましょうか?」


「いえ……。自分で一週間後にまた来店します」


 宿まで完成を知らせてくれるサービスもあるようだが、ウルカの前で聞いてしまってはサプライズにならないからな。


 明日から数えて一週間後、改めて足を運ぶと告げた。


「ご来店ありがとうございました」


「よろしくお願いします」


 手続きを終えると、俺は再びダッシュで協会まで戻る。


 協会の入り口付近で待っていたウルカは、汗に塗れて息切れしながら登場した俺の姿を見て首を傾げていたが――


「は、早く飯が食いたくて」


「……? じゃあ、食べに行きましょうか」


 変な言い訳をして後悔したものの、彼女にはバレていないようだ。


 渡す時、喜んでくれると良いな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る