第61話 マンイーター


 十六階で死体を見つけた俺達は、持ち込んでいたシーツに死体を包んで地上に戻った。


 途中、十二階にいた中堅ハンター達から「手伝おうか?」と問われたが、余裕の表情を見せながら助力を断った。理由としては、安易に殺人事件の可能性がある事を外部に漏らさぬためだ。


 こういった場合は騎士団の出番であるし、協会がどのような判断を下すかも分からない。自分達が迂闊に状況を話さない為にも、あくまで「下層で死体を見つけた」という体裁を保つのが最善だと判断したからだ。


 死体を協会に持ち帰ると、俺が担いでいた死体を見た協会職員達とハンター達が「またかよ」と漏らしつつ、うんざりするような表情を浮かべる。


 だが、ここでも大した反応は返さない。


 カウンターに近付くと、職員の男性が緊急用の窓口を開けて俺達と対峙した。


「また死体ですか……」


「ああ。ただ、ちょっと」


 うんざり顔の男性職員に対し、俺は死体を床に置いてから彼の耳に顔を近づけた。


「緊急事態だ。皆にバレないよう話がしたい」


 小さな声で簡潔に要望を伝えると、男性職員は小さく頷きを返した。


「死体の回収、ありがとうございます。奥の部屋まで運ぶのを手伝ってくれませんか?」


「ああ、もちろん」


 男性職員からにこやかに言われて、俺は快諾する姿を見せた。その後、俺は男性職員と共に死体を運び、ウルカは俺達の後に続いて奥の死体安置所へ向かう。


 死体安置所に死体を置いた後、男性職員は俺達へ真剣な表情を向ける。


「それで、一体なにが?」


「この死体は十六階で発見したんだが、毒殺された可能性がある」


「え!?」


 男性職員は声を上げたあと、慌てて自分の口を手で塞いだ。目を見開いて驚く様を見せたのち、無言で後ろにいた死体処理担当の職員へ顔を向ける。


「調べます。どこですか?」


「首だ。背中側」


 俺は担当職員と共に死体を裏っ返して、針で刺された跡らしき小さな点を指差した。


「針で刺したような跡がありますね」


「恐らく、紫月花の毒だ。死体の舌が濃い紫色になっていた」


 説明したあと、再び死体の向きを変えて。担当職員が死体の口を開けて舌の色を確認すると、俺の顔を見て頷いた。


「仰る通りかと。騎士団に通報しましょう」


 担当職員がそう言うと、男性職員はメイさんに事態を伝えに行き、俺達は報奨金を待つという名目で死体安置所から出て行った。


 まだ事を荒げないように、俺達は自然な流れを装って各自の行動を徹底する。男性職員はメイさんに耳打ちしながら事態を伝えた後、そっと裏口から外へ出て行った。恐らくは騎士団本部へ向かったのだろう。


 俺とウルカは壁に寄り掛かりながら報奨金を待つという恰好を装い、協会の指示を待つ。


 待つ事十五分程度。ベイル率いる数人の騎士達が協会入り口のスイングドアを押して姿を見せた。


 先頭を歩くベイルが入って来た瞬間、俺と彼の目が合った。合った瞬間に俺達はアイコンタクトを行って、自然な流れを演じ始める。


「あれ? ベイル?」


「やぁ、アッシュ」


 俺は彼が来る事を知らなかったかのように振舞い、ベイルもまた偶然を装った。


「今日はどうした?」


「いや、実はね。最近、ダンジョンで死亡事故が多いじゃないか。さすがに騎士団でも見過ごせなくてね。注意喚起を行いに来たんだよ」


 いつもよりやや大きめのボリュームで話し合って、敢えて周囲に聞かせた。すると周囲からは納得するような声が聞こえてくる。


「ベイル様。ご足労頂きまして、ありがとうございます」


 遅れてメイさんがやって来て、いつものようにベイルに頭を下げた。


「アッシュさん。騎士団に発見時の状況や最近の状況を説明をしたいのでご一緒してくれませんか?」


「ああ、構わないよ」


 状況説明のためならば、騎士団と共に個室へ案内されても勘繰られる事はないだろう。


 他のハンター達からは「アッシュさんも大変だな」なんて言われつつ、俺とウルカは騎士団とメイさんの後に続く。


 全員が入室した後、部屋のドアが閉められると――


「さて、緊急事態だね」


「はぁ。どうしてこうも問題が……。この忙しい時期に……」


 ベイルは腕を組みながら真剣な表情を浮かべ、メイさんは頭を抱えて大きなため息を吐いた。 


「まずはアッシュが運び込んだ死体を調べさせよう。アイーダ、頼むよ」


「はい」


 ベイルが連れて来た女性騎士は軍医だったらしい。彼女は死体安置所へ行って死体が本当に毒殺かどうかを調べて来るそうだ。


 彼女の判断を待っている間、俺達はベイルから死体発見時の状況を詳しく調書されることに。


 十六階で発見した事や発見時の状況、遺体を調べた際に見つけた針の跡を語っていく。もちろん、紫月花についても。


「紫月花か……。王国は輸入禁止項目に入っている毒花だね」


 強い毒性を持っている事から、例え観賞用だとしても王国内への持ち込みは禁止しているらしい。他国からの輸入品は検閲が掛かるし、その際に発見されれば即時焼却処分となるようだ。


「ダンジョン内での殺人事件というのは珍しいのか?」


「いや、そう珍しい事ではないね。マンイーターと呼ばれる頭のおかしな連中もいるくらいだし」


「マンイーター?」


「ダンジョン内にいるハンターをターゲットに略奪をする輩さ。略奪だけならまだいいが、殺しを楽しんでいるイカれた連中も多くてね」


 ダンジョンにおける闇の部分、と言うのが正しいだろうか。


 誰もが真面目に魔物狩りを行うわけじゃない。盗みや詐欺などの犯罪行為を行う為にハンターライセンスを取得する者もいれば、ベイルの言った「マンイーター」と呼ばれる重犯罪を犯す者だって存在するのだ。


 王国において、こういった被害はダンジョンの外よりも中の方が発生率が高いとベイルは言う。


「都市の中には巡回する騎士も多い。だが、ダンジョンの中は別だろう? 騎士の目は少ないし、ハンター達も魔物と戦っているせいで人間への警戒心は薄い」


 ダンジョンの中であれば孤立している人間も少なくない。特にソロ活動をしている者などマンイーターからすればうってつけの相手だ。


 殺害しても目撃者が出る事も少なく、死体を放置しても魔物が食ってくれる可能性があるし、別の人間が発見しても魔物に殺されたと誤認しやすい。


 詐欺の類でもダンジョンを絡めた誘い文句の方が成功しやすいのだとか。健全なハンター達は一攫千金を夢見ている者が多いし、金に執着を持つ者が多いせいか甘い誘いに乗ってしまいがちだとか。


「マンイーター共は基本的に略奪を目的としている者が多い。殺しは略奪する為の手段に過ぎないんだ。だから、マンイーター達が行う殺害行為は非常に簡潔かつ的確に行われる。例えば背後から忍び寄って喉を斬るとかね」


 ただ、ほとんどのマンイーターはあくまでも略奪がメイン。よって、殺人行為は略奪までのプロセスに過ぎない。


 中には殺し自体を楽しむ狂人もいるようだが、そういったタイプは稀だし、もっと大胆に人を襲う傾向があるらしい。


「これは第二ダンジョン内で起きたマンイーター被害をまとめた資料だ」


 騎士団本部より持ち出した資料を見せてもらい、束ねてあった紙に目を通す。紙には本人の動機や襲撃方法が記載されている。


 最初のページにあった調書には「装備類と金品の略奪。略奪品はブラックマーケットへ売却」と書かれており、襲撃方法としては「背後から剣で心臓を一突き」とあった。


 読み進めていく限り、こういった内容が多い。他にも殺しではなく詐欺の類なんかもあったが、動機のほとんどが略奪と金目的のようだ。


「でもさ。ハンターの装備を狙うより外の金品を奪った方が利益にならないか?」


「確かにそうかもしれないが、騎士団に見つかるリスクがあるからね。それにマンイーター共は裏界隈で格付けがあるんだ。どこの誰から略奪したからアイツは凄いってね。名を挙げれば雇いたいと申し出る裏組織もいるんだよ」


 ベイルの言う裏組織とは王国各地の裏側を牛耳るマフィアみたいな存在だ。娼館関係を経営しながら軽犯罪を犯す組織がほとんどだが、中には縄張り争いによる抗争に発展して一般人を巻き込む組織もいる。名を挙げたマンイーター達はマフィア連中に雇われて、用心棒や暗殺者として使われるのだろう。


 こういった組織はどの国にも存在しているが、ローズベル王国だって例外じゃない。騎士団は協会と連携したダンジョン管理の他に、こういった裏組織や様々な犯罪行為との戦いも仕事のうちとなっている。改めて考えると騎士団は仕事が多すぎるな。いつも人手不足だとベイルが嘆くのも頷ける。


「なるほどね。ん、これは……」


 資料を読み進めていると、赤い文字で『死亡済み』と判子が押されている紙が現れ始めた。内容を読むに、先ほどベイルが言っていた『狂人』の類に関する資料となっているようだ。


 最初の資料に記載されていた者は、浅い階層で夜の客引きをする娼館勤めの女性をターゲットに連続殺人を犯した男だった。この男は娼婦である女性を殺害したのち、舌を切り取ってコレクションしていたらしい。


 動機も「柔らかい肉を切るのがクセになった」などと書かれており、おぞましくてとてもじゃないが読んでられない。


「では、今回の被害者はそのマンイーターに?」


 ウルカが問うとベイルは頷きを返した。


「可能性は高いね。被害者の装備は剥ぎ取られていたかい?」


「……防具の類は身に着けていなかったな」


 俺は発見時に感じた違和感を思い出した。


 十六層という凶悪な魔物が出現する階層にも拘らず、被害者の体には防具がなかった。服の上から槍で刺されたような傷口があっただけだ。


「そういえば、武器も落ちていませんでしたね」


 ウルカも発見当時の様子を思い出しながら告げた。彼女も言うように、発見した場所には遺体だけしか無かったのだ。


 武器どころか防具すら見につけていなかった事、周辺に戦った痕跡が無かった事を考えると、それらは略奪された可能性が高いとベイルが頷きながら言った。


 ここまで話し合ったタイミングで、先ほど部屋を出て行った女性騎士が戻って来た。


「団長。確認しました。確かに紫月花の毒ですね。針による毒の注入で被害者を動けなくした可能性があります」


「ふむ。毒で行動不能にしてから装備を奪い、トドメの一撃に胸を一突きという流れかな」


 軍医である彼女のお墨付きが出たらいよいよ確定か。


 ベイルもマンイーターによる略奪殺人であると考えを固めたようだ。


「もしかして、これまで死亡した人達もマンイーターによる犯行の可能性があるのか?」


「否定はできないね」


 ベイルは強く頷いて、メイさんへ顔を向けた。


「本件に関して騎士団が介入するものとする。協会は捜査に協力するように」


「勿論です」

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