第60話 不審な死体


 食事会の翌日。


 俺達はいつもより早く宿を出て、早朝からダンジョンへ向かう事にした。


「今日は協会からの依頼もあるし、十七階まで徒歩で向かおう」


「はい。……ふわぁ」


 現在時刻は朝の五時。いつもよりだいぶ早い時間なので、ウルカが返事をしながらも欠伸を漏らすのも仕方がないだろう。普段であればまだ眠っている時間だしな。


 こんな早くから活動し始めた理由は、早朝であれば比較的ダンジョンが空いているからだ。早めに潜って一日の戦闘と報酬ノルマをこなしつつ、昨晩から潜っているパーティーに異常が無いかを調べる……というわけだ。


 日中はダンジョン内に人も多いし、誰かが死亡していたとしたらすぐに見つかる。逆に今のような時間帯が一番見つかり難い時間帯だろうから一石二鳥だ。


 三階に降りると、いつも以上にテントの数が多い。他所から来たパーティーが地上にも戻らず、ダンジョン内に滞在し続けているのだろう。


 出張営業しにやって来た鍛冶屋や食料品店の店主達が露店の準備を始めている姿を横目に見つつ、俺達は昇降機には乗らずに四階へ続く階段を降りて行った。


 まず、四階から八階は異常無し。


 というよりも、この間に出現する魔物は積極的に人間を攻撃してこない。例外と言えば角の生えた兎くらいだが、この兎に殺されるようでは正直言ってハンターに向いてない……というよりも、戦闘行為に向いていないと言うべきだ。


 相変わらず長閑な階層を抜けて行き、九階に到達。可能性があるとすれば、この階層からだろうか。


「麻痺毒にやられて死亡って可能性もあるんでしょうね」


「まぁ、単独で潜っていたら可能性はあるだろうな」


 木の枝に絡み付くパラライズスネークによる死亡事故は年に何回も報告されている。どれもまだ若い新人のハンターが無理をした結果だと言われているが、ベテランだって油断すれば命を落としかねない。


 ただ、最近の死亡報告だけを見れば九階で死亡していたとの報告は無かったはずだ。


 十階へ到達すると、既に大勢のハンター達がブルーエイプ狩りに勤しんでいた。第二ダンジョン都市所属の中堅ハンター達だけじゃなく、他所から来た者達も混じっているようだ。


「よう、アッシュさんにウルカちゃんじゃないか。早いね」


「ああ。協会に頼まれてね。事故が起きてないか確認しながら進んでいるんだ」


 顔馴染みの中堅ハンターに挨拶され、挨拶を返しながら訳を話した。


「ああ、なるほど。十階から十二階は無いんじゃないかな? 最近はこの時間から満員だしな」


 十~十二階層間で誰かが死んでいれば嫌でも気付くと言った彼の言葉通り、毎朝早くから大勢のハンター達が滞在していれば誰かが発見するだろう。それに、これだけのハンターがいたら助けを呼べば誰かしら駆け付けるはずだ。


「そうか。じゃあ、十三階へ進んでみるよ」


「おう。気をつけてな」


 中堅ハンターに別れを告げて、俺達は十三階へ向かった。


 最近の死亡事故で、発見報告が相次いでいるのは十三階から十六階の間。十三階からはグッと魔物への難易度が上がるし、報告件数が増えているのも納得できよう。


「しかし、骨戦士にも勝てないようじゃあ……」


 矢で骨戦士の胴体を粉砕したウルカがそう言って、俺はもう一体の骨戦士を剣で払い飛ばしながら魔石を奪い取る。


「だが、俺達みたいに騎士団で訓練を積んだような者ばかりじゃないからな。ほとんどのハンターは我流の戦い方だ」


 基本的に協会では戦闘方法の指導などは行っていない。戦い方を学ぶのであれば、個人に師事を乞うか騎士団に入団するか、もしくは引退したハンターや騎士が開いた道場に入門するしかない。


 だが、ほとんどのハンターはこれらの選択肢を選ばないのが現実だ。


 まず最初に凄腕ハンターに師事を乞うという方法だが、凄腕ハンターが現役だったら自分の手法を他人には話す事は無いだろう。一番の理由としては、教えた本人の食い扶持が減るからだ。


 パーティー加入者となった新人、もしくは知人であったり等の繋がりがあれば話は別だろうが、競い合うハンター業界の中では基本的にはあまり聞かない選択肢だ。


 次に騎士団に加入する件であるが、こちらは本末転倒になるので論外だろう。


 正直、騎士団に加入できるほどの素質があるならハンター業をやるより稼げるし安全だ。そのまま騎士団に加入していた方が将来的にも安泰である。


 最後に道場への入門だが、こちらは何より金が掛かる。それも結構な金額だ。金を稼ぎたいのに金が掛かるとは意味が分からないと判断する者が多い。


 どちらかと言えば、貴族の子弟が学ぶ稽古の場として選ばれるのが道場の存在意義だろうか。


「だからすぐ死ぬんじゃないですか?」


「まぁ……。否定はできないな」


 要は、数は多いが質が悪い。


 成功するハンターが一握りしかいない、と言われている所以は教育不足にあるだろう。だが、国や協会も手が回らないせいで後回しになってしまっている。


 騎士団だってハンター達を教育する暇も無いし、そもそも騎士団も常に人手不足で新人大歓迎状態だ。教育に注力されるのは、もっと先の話になるだろうな。


 さて、そんな会話を続けながら俺達は十五階の終点までやって来た。


 ここまで死体は見つかっていない。特に報告の多い十三階から十五階までは注意深く探してみたが見つからなかった。


「今日はいないのかも」


「だと良いが」


 ここ連日報告されているのだ。今日くらいは無くても良い。そう考えながら十六階に進んだのだが……。


「先輩、あれ!」


「嘘だろ……」


 入り口のすぐ近く、吊り橋の傍に人が倒れていた。


 空中には巨大鳥と小鳥が飛んでいて、鳴き声を上げながら旋回を続けていた。ただ、魔物達が死体に群がる様子は無い。


「とにかく、魔物を蹴散らして安全を確保しよう」


「はい!」


 空中で旋回する巨大鳥に向かって弓を構えるウルカ。俺達の殺意を感じ取ったのか、鳥達は一斉にこちらへ飛んでくる。


「大きいヤツを頼む!」


「任せて下さい!」


 ウルカは飛んで来る巨大鳥の翼に向かって合金矢を放った。しかし、距離があるせいか巨大鳥はウルカの放った矢を悠々と避ける。


 だが、それは釣り餌だ。


 合金矢を放ったあと、ウルカは巨大鳥が避けた方向を一瞬で把握して炸裂矢を速射。炸裂矢は巨大鳥の胴に当たって、大きな爆発音を鳴らす。


 巨大鳥が悶絶している間にも二射、三射と炸裂矢を撃って行く。今度は右の翼に連続ヒットして、翼が機能不全に陥った巨大鳥はバランスを崩しながら地上へと落下していく。


「さすがだ!」


 俺は空中からクチバシを槍のようにして突撃して来る小鳥達を斬り払いながら落下地点へと急行。地面に叩きつけられるように落ちた巨大鳥の首を斬って仕留めると、周囲に飛び交っていた小鳥達の掃討を開始する。


 全ての魔物を狩って安全を確保したあと、俺達は素材も剥ぎ取らずに地面へ横たわるハンターへと向かった。


「どうですか?」


 倒れていたハンターは男性のようだ。地面には赤い血の跡が広がっている。


 俺が死体の首に指を当てて脈を調べると、ウルカが覗き込むように聞いてきた。


「死んでいるな」


 脈が無い事を確認した俺は、うつ伏せ状態になっていた死体をひっくり返す。


 すると、胸には鋭利な物で突かれたような傷口が。死体の下にあった血だまりの原因はこれらしい。


 ただ、この被害者が防具の類を身につけていないのが気になった。


「小鳥に胸を貫かれたんですかね?」


「……そうなのかな?」


 胸にある傷口を見て、俺は少し違和感を感じてしまった。


「魔物の攻撃で殺されたなら、もっと傷が出来るんじゃないか?」


 魔物に襲われて死亡したのなら、もっと連続的な攻撃を加えられるのではないだろうか? 鳥の魔物が持つ鋭利なクチバシで一撃されたと言うよりも、本当に槍で一突きされたような状態のように思えてならなかった。


「ん?」


「どうしました?」


「これ、なんだろう?」


 俺が見つけたのは被害者の首元にあった小さな赤黒い点。何か細い物で突かれたような、小さくて奇妙な傷を発見した。


「なんか、縫物中に指を針で刺しちゃったような跡に似てますね」


「針……。針?」


 俺はウルカの例えを聞いて、考えが浮かんだ。間違いであってほしいと思いながらも、俺は被害者の口を開けて舌の色を確認した。


「ウルカ、見てみろ。舌の色が紫色に変色してる」


 被害者の舌は濃い紫色に変色していた。この症状を俺は帝国騎士団時代に見た事がある。   


「これって……。紫月花の毒……?」


 紫月花しつきばなとは、大陸の北側にある国で咲くと有名な花だ。月が出る夜にしか蕾が開かないと言われており、見た目もすごく綺麗なのだが根に強烈な毒を持つ花である。


 なぜ、このような毒花を知っているかというと、帝国騎士団時代に帝国貴族が起こした暗殺事件を調査した経験があるからだ。


 その貴族は当主であった兄を毒殺し、当主の座を奪おうとしていた。事件で暗殺に使用された毒が紫月花の毒であり、当時の捜査でも被害者の舌が濃い紫色に変化していたのを見た事がある。


 しかも、毒の使用方法は飲ませるのではなくて……。


「確か、針の先端に毒を付着させて突き刺すんでしたっけ」


「ああ」


 細い針の先に毒を少量付着させて、それを相手にチクリと刺すだけで自然死に似た効果を出せる。


 逆に大量に飲ませたり、体内へ大量注入してしまうと全身が紫色になって不自然さが増すのだ。それを考えると誰にでもできるお手軽な暗殺方法にぴったりな毒と言えるだろう。


「じゃあ、この人は……」


「魔物に殺されたんじゃない。胸の傷はカモフラージュ……。誰か、別の人間に殺されたんじゃないか?」


 俺達が偶然見つけた被害者がきっかけとなり、第二ダンジョン内で多発していた死亡事故は『事故』ではなく『殺人事件』として扱われる事となる。


 これが後に『第二ダンジョン大量殺人事件』と呼ばれる事件の始まりとなったのだ。

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