第59話 食事会


 ダンジョンから帰還すると、俺達は宿に戻ってシャワーを浴びた後にスーツとドレスを着用して中央区へと向かっていた。


 俺は黒のスーツに紺のネクタイ。もちろん、タイピンなんかのアクセサリーも同時に購入して装着済みだ。鏡で自分の姿を見て、本当に似合っているか? と自分で首を傾げてしまうくらいには、スーツという物に馴染みがない。


 着慣れないスーツに違和感を感じるばかりの俺だったが、横に並んで歩くウルカからは全く戸惑いを感じなかった。


「どうしました?」


 ウルカはホルターネックの白いドレスを着用しており、普段はポニーテールな髪を下ろしてストレートヘアに。肩や背中は露出が多くてセクシー感マシマシ、過度な装飾品も身に付けずにシンプルな装い。


 だが、そのシンプルさが余計にウルカの持つ高貴な雰囲気を高めている。宝石を身に付ければ綺麗になると思ってんじゃねえ、と身一つで語っているようで、さすがは本物のお嬢様だと感心してしまった。


「何度見ても似合っているなって思って」


「ふふ。ありがとうございます。先輩も似合っていて、カッコいいですよ?」


「そうか? 自分では違和感しか感じないんだが……」


 腕を組みながら歩きつつも、俺は再び自分の体に視線を落とした。着慣れていないせいで、過敏になっているだけだろうか。 


「大丈夫ですよ。さすがは先輩です」


 ニコリとお上品に笑う後輩の意見を信じるとしよう。


 そんなやり取りを何度もしつつ、俺達はベイルと待ち合わせしている高級店に到着。入店すると、入り口横で待機していたスーツ姿の紳士に声を掛けられた。


「いらっしゃいませ」


 髪をオールバックにした紳士の所作は完璧だ。王城にいる執事のような雰囲気が漂う彼を見て、思わず腰が引けそうになってしまったがグッと耐える。


 俺は「僕の名前を言えば個室に通される」とベイルから事前説明されていた通り、彼の名を紳士に告げた。


「はい。かしこまりました。ご案内させて頂きます」


 スッと自然に俺達の前へ出た紳士は俺達に頭を下げた後、早くもなければ遅くもない丁度良い歩調で歩いて行く。きっと、この歩く速度でさえ礼儀の一つとして数えられているのだろう。


 そもそも、店の内装からしてヤバイ。


 壁は真っ白で汚れ一つ無く、壁には綺麗な景色を描いた絵画が飾られている。他にも客にとって邪魔にならない絶妙な配置で装飾品が置かれていて、店内の高級感をより高めていた。


 店内にあるテーブルと椅子は黒で統一されており、テーブルの上には真っ白なテーブルクロスが敷かれていた。そのせいか、店内は全体的に白く感じてしまう。されど、テーブルと椅子の黒さがアクセントとなってオシャレさを一段上げているといったところか。


 いや、これ以上は無理だ。俺にはこれ以上、この店の素晴らしさを説明できそうにない。


 すぐ傍にある壺なんて買ったらいくらするんだろうか。怖くて直視する事すら躊躇ってしまう。いくらハンター稼業で稼ごうと元々持っている貧乏性が抜けきれないのが悲しい……。


「こちらのお部屋にございます」


 案内されたのは真っ白なドアの前。紳士がノックして中のベイルに俺達の到着を告げたあと、ドアノブを捻って開けてくれた。


「やぁ、来たね」


 俺達の到着にそう言いながら笑うベイル。それと彼の隣にはもう一人――


「え? 支部長?」


 個室の中でベイルの隣に座っていた女性はなんと協会支部長であるオーロラ氏だった。


「ふふ。こんばんは」


 悪戯っぽく笑った彼女に驚いていると、ベイルが「まずは座ってくれ」と俺達を促した。


 俺達が着席すると、案内してくれた紳士がワイングラスへガラス瓶に入った水を注ぐ。そして「お料理をお持ち致します」と言って退室していった。


「さて、気になっているようだから改めて紹介しようか」


 クスッと笑い声を漏らしたベイルは、オーロラ氏の手に自分の手を重ねながら告げる。


「僕の婚約者であるオーロラだ。彼女が協会支部長兼都市管理役場の統括部長なのは知っているよね?」


「君の婚約者だったのか」


「驚いたかい?」

 

 今度こそ声に出して笑ったベイルは、ワイングラスの水を一口飲んでから彼女との関係性を話し始めた。


「優秀な彼女はウチの仕事も手伝っていてくれていてね。一緒に仕事を続けているうちに僕から婚約者になってくれと言ったんだ」


 恥ずかし気もなく、むしろ自慢するように言うベイルはカッコよかった。王子様のような顔に相応しく、態度や性格もイケメンすぎるだろう。


「ああ、だから俺達の話をベイルから聞いていたのか」


「ええ。私が嫉妬しちゃうくらいアッシュさんのことを話してくるんだもの」


 口を手で隠しながら上品に笑うオーロラ氏。そんな彼女にウルカも強く頷いていると、オーロラ氏はウルカに「お互い大変ね」と言って再び笑った。


「二人をびっくりさせたところで、まずは乾杯といこうか」


 ベイルがテーブルにあったベルを鳴らすと、ウェイターが新しいワイングラスとワインボトルを持って現れた。持って来てくれ、と言ってもいないのに持って来てくれるのは高級店ならではの察しの良さなのだろうか。


 ワインが注がれた後、俺達はグラスを上品に鳴らし合わせながら乾杯。さっそく一口飲むと、普段飲んでいるワインとは段違いの味に驚きを隠せない。


「うまっ」


 さすがは高級店だ。普段、酒場で飲んでいるワインとは格が違いすぎる。一本買って帰れるかな? とベイルに値段を聞いたら「十万くらいかな?」と言われて、手の震えが止まらなかった。


 待て、待て。


 という事は、今日のお会計は最低でも十万以上って事か?


「安心してくれ。ここは僕が支払うからね。ワインもお土産につけるよ」


 貴族は一回の食事で十万以上もポンと使ってしまうのか。こわい。


 乾杯のあと、すぐに料理が運ばれてきた。


 王国産の高級野菜を使ったサラダと濃厚なトマトスープに始まり、メインは牛肉を使った肉料理と王国北西の川で採れる赤い身の魚を使った料理が順番に運ばれる。

 

 どれも普段利用している店では食べられない調理法で料理されていて、唸るほど美味しかった。


 そして、食事をしながら行われた会話はオーロラ氏と面識が浅い事もあって、お互いの出会いに関する話が繰り広げられた。


「初めてアッシュと戦ったのは六年前の交流試合だったかな? あの時は本当に焦ったね。結果的には引き分けだったが、帝国にこれほどの騎士がいるのかと驚いたもんだ」


「そっくりそのまま、同じ意見を返すよ」


 最初は俺とベイルの出会いに始まり、次はオーロラ氏の話題に変わった。


「私はこの都市にある孤児院出身なんです。成人してからは役場に勤めていましたが、いつの間にか協会の支部長まで兼任する事になって……」


 オーロラ氏は孤児院出身の平民だそうだ。


 しかし、同世代の子供の中では群を抜いて頭が良かった事もあって、成人を迎えたら即都市管理役場の職員にスカウトされたらしい。


 役場でバリバリ働いていると、その有能さから様々な仕事を任されていき、遂にはベイルの実家からもスカウトの声が掛かる。


 そうして貴族関連の仕事を任されるようになってから一年後、引退した前協会支部長の後任が決まらないと嘆く上司とベイルの父上からの推薦もあって現協会支部長のポストも兼任となったらしい。


 この間、たった五年。


 現在、二十五だという彼女は凄まじいほどの出世エピソードを持っていた。


「しかし、最近は申し訳なさを感じています。アッシュさん達も満足に狩りが行えていないと聞いていますし」


 彼女の出世エピソードが語られた後、話題は最近のダンジョン事情に移った。


「もうすぐ学者達の調査も終わると思う。そうなれば、下層の調査に取り掛かれるんだがね」


 オーロラ氏に続いてベイルからも謝罪されてしまい、暢気にデザートのケーキを食べていた俺とウルカは慌てて首を振った。


「謝る事じゃないさ。仕方がないよ」


「そうかい? 最近は他所から来たハンターが死亡する事件も増えていると報告も上がってる。ただ、こればっかりはどうしようもなくてね」


 下手にダンジョンへの入場制限を掛けると、王都研究所から素材供給に関するクレームが入るそうで。他にも王都で生産される魔導具の年間生産計画にも響くので、滅多な事がない限りは都市の判断で入場制限を掛ける行為はタブーとなっているらしい。


 よって、第二ダンジョンにハンターが集中するのも止められない。既存のハンター達が円滑に狩れるよう支援したくても協会側は手が出せない。同時に他所からやって来たハンター達が無茶して死ぬ件も根気よく注意し続けるしかない……といった、もどかしい状況だそうな。


「うーん。ただ、他のハンターとも話していたんだが、死亡事件に関しては妙なんだよな」


 ベイルとオーロラ氏の説明を聞いたあと、俺は『黄金の夜』のリーダーであるカイルさんと話した件を語った。


 すると、ベイルは眉間に皺を寄せながら唸る。


「確かに。それは妙な話だ」


 無茶をするにしても警戒心が無さすぎる。こうも周囲のハンターが死亡する件が相次いでいながら、迂闊にも下層へ足を踏み入れるだろうか? 彼等だってそこまで馬鹿じゃないだろう。もうちょっと慎重にならないか? 


 俺の感じていた疑問について、ベイルもオーロラ氏も同意してくれた。


「……明日からダンジョンに常駐させる騎士の数を増やしてみよう」


「協会は……。正直、アッシュさん達に巡回を任せるしか手がありません」


 ベイルは騎士団の人間として提案を口にしたが、オーロラ氏は目を伏せて首を振った。どうにも彼女には気を遣わせてしまったようだ。

 

「大丈夫ですよ。俺達も明日からは昇降機を使わずに下層を目指してみます。ウルカもそれで良いかな?」 


「ええ。任せて下さい」


 俺達が協会からの依頼であった巡回作業に従事する件を告げるとオーロラ氏は「お願いします」といって頭を下げた。


 元々協力するつもりだったし、時間も余っているしな。


「さて、仕事の話はこれくらいにしておこう。今夜は楽しもうじゃないか」


 ベイルは空気を入れ替えるように言って、俺とウルカのグラスにワインを注ぎ始めた。


「そうだな。じゃあ、次の話題は何にしようか?」


 俺もワイン瓶を持つと、ベイルとオーロラ氏のグラスにワインを注ぐ。四人で食後のワインとデザートを楽しみつつ、最近あった出来事やお互いの関係性などを話題に談笑を続けていった。


 食事会がお開きとなったのは夜の九時を越えた頃。お互いのパートナーが化粧直しへ席を外している際に、俺はベイルから一枚のメモを手渡された。


「アッシュ。以前、相談されていた件だ。僕が贔屓にしているジュエリー店に話を通しておいたよ」


「ああ、本当に何から何まですまない。今日の食事会もそうだが、世話になりっぱなしだな」


 渡されたメモをチラリと覗き見て、ジュエリー店の住所を確認してからジャケットの内ポケットに仕舞った。


「何言っているんだい。世話になっているのはこっちの方さ。ところで、サイズの確認はしたのかい?」


「ああ。ウルカが寝ている時にのサイズは測ったよ。あとは一人で抜け出すタイミングなんだが……」


 なかなか一人になれるタイミングが無い。俺がそう言うと、ベイルはニヤッと笑った。


「任せてくれ。君が一人になれる時間を作ろう」


 彼がそう言った直後、ウルカとオーロラ氏が個室に帰って来た。二人を迎えつつ、最後にワインを一杯飲んで食事会はお開きだ。


 本当に今回の食事会に掛かった支払いはベイルが払ってくれて、宣言通り土産にワインを二本も用意してくれた。


 俺が礼を言うと彼は先ほど笑った意味を明かす。


「いや、構わないとも。この礼は……そうだな。今度、アッシュの空いている時間に騎士団本部まで来てくれないか? 今後の調査について、先に話し合っておきたくてね」


 出来ればまだ内密にしておきたい内容なので、アッシュ一人で本部まで来てくれ。そう言ってベイルは再びニヤッと笑った。


 ああ、なるほど。そういう事か。


「了解。任せてくれ」


 俺が快諾すると、横にいたウルカは「また男同士で」みたいな顔をしていたが……。こればっかりは仕方がない。そう、仕方がないんだ。


「ウルカさん。今度、私達も一緒に飲みに行きましょう? 男同士だけで楽しまれるのも癪だわ」


「ええ。そうしましょう」


 今回の食事会でウルカとオーロラ氏は通じ合うものがあったようで、役職や立場を越えて仲が深まったようだ。


 ウルカの個人的な付き合いが増えるのも良い事だと思う。横の繋がりや友人も人生には大切だしな。


「それじゃあ、今日はこの辺で。おやすみ、二人とも」


「ああ。おやすみ」


 こうして、俺達は楽しい食事会を終えたのだが――翌日になって、俺達はダンジョンの中でおぞましい事件が起きていた事をようやく知るのであった。

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