第58話 連続する死亡事故


 支部長と面会した翌日。


 俺達はいつも通り、朝から協会へ向かっていた。本日も十七階で軽く狩りをして、午後からは買い物に出かける予定だ。


 そろそろ時期的には気温が高くなってくるし、夏が訪れる前に夏物の服を買いに行こうとなった。


 切っ掛けは先日の帰り道、洋服店のショーケースに並んでいた夏物の新作を目にしての突発的な考えであったが、今のような状態でなければゆっくり買い物もできないしな。


「そうだ。前に買ったスーツとドレスも取りに行かなきゃな」


「そうでしたね」


 一週間ほど前になるだろうか。


 前々からベイルと約束していた食事の件で、店を彼に任せていたらドレスコード付きの高級店を予約してくれたのだ。


 美味い物が食べたいと言ったら、まさか貴族であってもスーツ着用の格式高い超高級店が食事の会場となるとは思わなかった。精々、中央区にある少し高めのレストランくらいかと思っていたのだが。


 勿論、不満はない。


 予約してくれた高級店は貴族じゃないと予約さえ取れない店のようだし、そういった店で食事できるのも貴重な経験となるだろう。


 加えて、王国貴族と交流が深まればドレスコード付きの店で食事を行うのも頻繁に起きるだろうと言われた。特にオラーノ侯爵のような上位貴族との食事をする機会に恵まれたら猶更だそうだ。


 貴族ならば屋敷に専用のシェフでも雇っていそうだが、王国貴族にはあまりそういった風習は無いらしい。将来的にオラーノ侯爵やベイルーナ卿と食事をする際は高級店での食事となるだろう、と教えてくれた。


 ベイルは「自分との食事は練習だと思ってくれ」と気を遣ってくれて、同時に今後の為にもスーツを購入する事もおすすめされた。


 と、まぁ、こういった経緯があって、俺達は既にオーダーメイドのスーツとドレスを注文済みなわけで。支払いも既に終わっているし、後は物を取りに行くだけだ。


「テーブルマナー、大丈夫かな」


 心配なのは、俺のテーブルマナーだ。超高級店の店員に「こいつヤバいな」って思われたくもないし、予約してくれたベイルの顔に泥を塗るのも避けたい。


「大丈夫じゃないですか? 練習だって話ですし。それに席は個室だって言ってたじゃないですか」


 そう言うウルカは、予定が決まった際に「超高級店に行く」と言っても顔色一つ変えなかったな。さすがは元貴族令嬢だ。


「うん……」


 俺も帝国式のテーブルマナーは学んだが、王国式なんて全然わからない。少しでも同じ点があれば良いのだが。本屋にテーブルマナーの教本とか売ってないだろうか?


 俺は今日の買い物予定に本屋も追加しつつ、ウルカと並んでスイングドアを押しながら協会の中へと進入した。


「おい! 今度はどこの階層で見つかったって!?」


「回収人さん! 十四階に向かって! 護衛はこっちの人達ね!」


 協会に入った途端、職員とハンター、死体回収人のおっちゃん達が叫び合っていた。彼等の声音には少しばかり怒りの感情が含まれていて、朝の忙しい時間帯がいつもの数倍は慌ただしい。


「ちょいと悪いね!」


 入り口で面食らっていた俺達の間を割って入るようにして外へ出て行く死体回収人のおっちゃん達。俺達は周囲に顔を向けた後、壁に寄り掛かりながら待機する『黄金の夜』を見つけて歩み寄った。


「おはよう。いつも以上に慌ただしいが、何かあったのか?」


「やぁ、アッシュ。ウルカ。おはよう。またコレだよ、コレ」


 黄金の夜リーダーであるカイルさんに声を掛けると、彼は大きなため息を吐きながら片手で自分の首を斬る仕草を見せた。


「また死体が見つかったのか?」


「うん。しかも、今回は六人ね」


「十四階と十六階だってさ」


 どうやらまたダンジョンで死体が発見されたようだ。カイルさんが人数を告げた後、黄金の夜のメンバーである最年少の少年が後頭部の後ろで手を組みながら発見場所を告げる。


 今度は二か所で発見されたか。しかし、死体回収人が大急ぎで出て行ったのは何故だろう?


「他にも一昨日から戻っていないハンターが数人いるらしい。今、筋肉の集いを筆頭として捜索隊が生存確認に向かっているようだ」


 疑問に思っていると、カイルさんが教えてくれた。


 どうやら捜索隊が結成され、後追いで追加の死体回収人が三階で待機するべく向かって行ったそうだ。


「しかし、どうにも解せないな」


「ん? 何が?」


 壁に寄り掛かりながら腕を組むカイルさんは、眉間に皺を寄せながら協会に集う他所から来たハンター達を顎で指し示した。


「いくら他で名を上げられなかったハンター達が夢を追いかけて第二ダンジョンへ来たとしても、ここまで死人が出ると思うかね?」


 朝から協会内でたむろするハンター達のほとんどが、他所からやって来たハンタ―達だ。彼等は元居た場所でも中堅以下の実力しか発揮できなかった者がほとんどで、第二ダンジョンで言うなれば十層のブルーエイプに苦戦する者達である。


 彼等の実力が上がらない理由は様々あるだろうが、戦っているところを見た感じでは魔物に対する研究や己の戦い方が分かってない、といった感じだろうか。


「無茶したってわけじゃないのか?」


「無茶するにしても、彼等だって命は惜しいはずだろう? 三週間以上前から何人も下層に向かって、更には死人が出たと連日話題になっている。協会にいれば嫌でも耳に入るような頻度だよ? なのに、警戒しないのはおかしいと思わないかい?」


 実力不足なハンター達だからって必ずしも馬鹿じゃない。彼等だって命を落としたくはないだろうし、リスクを考える事だってするだろう。


 下層に挑んだ他のハンター達が相次いで死亡したとの噂を聞けば、誰だって「下層は恐ろしい魔物が出るのだろう」と考える。そして、情報収集くらいは行うはずだ。


 カイルさんはそう言った後に首を振った。


「だとしたら、何故?」


 何故、死亡してしまったハンター達は下層へ向かったのか。


「さぁ……。ただ、聞いた話だと、死んだ人達はあまり品が良い者達ではなかったようだね」


 俺達に絡んで来たハンター達のように、これまで死亡したハンター達は皆が素行不良だったという。


 誰彼構わず喧嘩を売ったり、若いハンターへ金銭を要求する恐喝事件を起こしたり、目が合っただけで文句を言ったり。まぁ、所謂ガラの悪い輩だ。


 こういった輩は一定数、どこの協会にも存在する。第二ダンジョン都市協会の中にもいるが、うちは中堅ハンター達がするからまだマシな方だが。


 他所から流れて来たハンターの中には、元いた場所でも素行不良を繰り返し、元々居た場所での居心地が悪くなっていた者が多い。他にも逮捕歴のある者もいたようだ。そういった人物達が死体となって発見されているようで。


 死亡した人間の素行を聞くと、やはり最初に思い浮かぶのは「無茶をしたか」といった感想だ。


 こういった輩は普段の素行の悪さや己の態度が悪い事を顧みず、全ては名が売れていないからと勘違いしがちである。そういった考えが余計に自身の立場を悪くしているというのに。


 そして、上手くいっていない現実に苛立ち、自分達はやれるんだと根拠の無い自信をもって無茶をしがちだ。


「……別に害はありませんね」


 ここ最近、そういった輩からナンパされる事も多くなったウルカが鼻で笑いながら言った。


 彼女だけじゃなく、女性ハンター達は悪質なナンパ行為に迷惑していたからな。ウルカの感想も分からんではない。


「まぁ、私もそう思うがね。だが、前回のようにネームドが出現した可能性も考えられる。協会はあらゆる可能性を考えているのだろうね」


 確かにその線も考えられるか。


 だが、死体の発見場所が特定の階層に集中していないし……。いや、でもデュラハンも移動していたよな。


 そういった可能性も含めて、協会職員の間では連日話し合いが進められているようだ。俺達が抱いた疑問等は彼等だって承知しているだろう。


「とにかく、我々は下層の調査が始まるまで我慢せねばならないようだね」


 カイルさんは肩を竦めながらそう言った。


 確かに俺達がどうこう言える立場ではない。協会の判断を待つしかないか。


 しかし、この会話から三十分後。


 俺とカイルさんは協会職員に「今日から毎日、ダンジョンに潜る際は死体の捜索に協力して下さい」とダンジョン内の巡回作業を依頼されるのであった。

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