第57話 謎多き支部長


「これからまだダンジョンに向かうのか?」


「さて、どうしようかねぇ」


 遺体安置所から戻りながらタロンと話していると、後ろから「アッシュさん、ウルカさん!」と聞き慣れた声で再び呼び止められた。


 声の主はメイさんだ。彼女は俺達に小走りで駆け寄って来ると、俺とウルカを空いていたカウンターへ促す。


「すいません、突然。でも、今の方が時間が取れると思いまして」


「うん。構わないよ。どうしたんだい?」


 カウンター越しにメイさんと向き合うと、彼女は愛用の手帳を開きながら告げる。


「二人共、最近各都市の協会から引き抜き交渉があったでしょう? 引き抜きの件でちょっと面倒じゃありませんでした?」


 恐らく、彼女が言う「面倒」とは協会に問い合わせてくれという文言だろう。


 各協会の引き抜き営業は俺達に直接接触を図って来た。協会関係者だと言われた後に引き抜きの件を伝えられ、そして俺達が訳を言って断る。この二ステップが必ず必要になってしまっていた。


「今回の引き抜きの件は、ちょっと協会内でも問題になりまして。お二人みたいに直接交渉された場合、私達が再交渉する隙が無いじゃないですか」


 例えば、引き抜き営業にやって来た各都市の協会職員が、初手で現所属協会の待遇よりも遥かに美味しい好待遇を約束したとしよう。それを聞いたハンターがその場で了承してしまうと、ハンター本人の意思が優先されて引き抜きが完了してしまうそうだ。


「実際、私達は二人に引き抜きが行われたら一報を下さいと言ってあります。ですが、基本的に協会との所属契約って本人の自由意志に委ねられるんですよ。協会には何も強制力がありません」


 よって、他所の都市協会に初手で好待遇を出されてしまったら、現在所属している協会側は再交渉のテーブルにすらつけない場合がある。


 今回の件で第二ダンジョン協会は「これはフェアじゃない」と問題を提起したようだ。


 問題提起は都市管理を行う貴族――ベイルの実家に伝えられ、王都王城にある協会管理部門に通達。王都で審議を行った結果、引き抜きをする場合は直接交渉をしないようにと決まったらしい。


「同時に各協会には専任ハンターへ相応の認定証を与えるようにと通達されました」


 繰り返しになるが、現状各都市の専任ハンターであっても引き抜きによる拠点の移動は任意だ。これは貴族の庇護を受けていても変わらない。というのも、各都市を管理する貴族がどこも同じ爵位で統一されているからだろう。


 ベイルの家は伯爵位であるが、これが格下貴族による引き抜きであれば爵位的な問題も起きよう。だが、実際は国は各都市の管理人に競争させるかのような意図を含ませた同爵位の配置を行っている。


 よって、引き抜いた側の貴族も引き抜かれた側の貴族も「その家の力が及ばなかった」という事情で済まされる。要は貴族家同士が如何に有能なハンターを抱えられるかの競争めいた事が起きているというわけだ。


 これによって国の上層部が各貴族・各協会支部の有能さを計っているかは不明だが、そう見えてしまうのも仕方がない。今回の件は競争において有利不利が起きないよう訴えたといったところか。


 その結果、交渉規則の制定と同時にオラーノ侯爵家の紋章付き短剣のような物品を与える事になったそうで。


「今回お渡しする物は専任である証と同時に、協会から待遇による保護が与えられている証拠になります。あと、最近多発している上位ハンターへの嫌がらせに対する協会の回答ですね」


「回答?」


「ええ。実はターニャさんから鬱陶しいからどうにかしてくれと言われていまして。ほら、仮に喧嘩になったら絶対皆さんの方が強いし、負けないでしょう? ですが、暴力沙汰になると最悪の場合は騎士団が介入する場合もあるので」


 売られた喧嘩であっても暴力沙汰になったら騎士が介入するケースもある。例えば、力を制御できずに相手に重傷を与えてしまった場合や万が一殺害してしまった場合だ。


 この場合、いくら協会から保護されているといっても法律に触れてしまっては保護しきれない。


 よって、全ハンターに証持ちのハンターへ過度な嫌がらせや悪戯に喧嘩を吹っ掛けた場合は協会が代わって処分を下すという事になったようだ。


 今回与えられるという証は、保護されている証拠と共に「喧嘩を売ったらヤバイぞ」と見せつける手段となるわけだな。


 話を聞いた俺は、随分と柔軟な対応をしてくれるな、と感心したのだが――。


「ターニャさんがブチギレ寸前で。喧嘩を売ったハンターをボッコボコにしそうだったんですよね。このままだと貴重な戦力がブタ箱にぶち込まれるんじゃないか、と強い懸念が持ち上がりまして……」


 ……昨日も剣を抜きそうになっていたしな。素晴らしい判断だと言わざるを得ない。


「認定証は各協会の支部長が直接授与する事に決まったんです。そこで、一応規則に則った審査の為に支部長と面談をしてもらいます」


 王城から待遇の証を与える際は、各協会の支部長が「待遇を与えるに相応しい」とハンター本人を審査してから決定する事になったようだ。


 まぁ、これは当然のことだろう。身分の保証に加えて金銭的な優遇も加わってくるしな。無闇に与えて良いものじゃない。


「了解。いつ面談を?」


「これから時間ありますか? 珍しく支部長が協会の執務室にいますので」


 メイさんに言われて、俺も彼女同様に「珍しい」と漏らしてしまった。実のところ、俺も支部長に会った事がない。


 というよりは、第二ダンジョン都市協会に所属するハンターのほとんどが会うどころか、姿を見た事すら無いだろう。


 その理由を以前聞いた事があるのだが、第二ダンジョン都市協会支部長は都市管理役場の統括部長の役職と兼任しているからだそうだ。


 役場勤めの役人でもあるので、都市管理責任者である貴族であるベイルの父上との直接的な仕事の補佐、他にも王都との連絡業務などが職務内容に含まれているせいで役場を離れられない。


 協会の通常業務はメイさんを筆頭とするベテラン職員達に任せ、支部長が行う決済や最終確認は役場に書類を持っていって、そちらで行っているようだ。


「これからで構わないよ。ウルカもそれで良いか?」


「はい。構いません」


「それじゃあ、執務室に案内しますね」


 メイさんに案内されたのは四階にある一室。扉には『支部長室』と案内板が張り付けられていた。隣にある部屋の扉を見たら『支部長専用仮眠室』と案内板が取り付けられているが……。仮眠室を用意するほど忙しいのだろうか。


「支部長。アッシュさんとウルカさんをご案内しました」


『入って下さい』


 メイさんが扉をノックした後に告げると、中からは女性の声が返って来た。ほとんどの者が姿を見た事は無い謎多き支部長の性別は女性のようだ。


 さて、どんな人物なのか。そう思いながらメイさんが開けた部屋の中に入って行くと――


「ご足労頂きまして感謝します。私が支部長を務めるオーロラと申します。よろしくお願いしますね」


 支部長室に足を踏み入れた俺達にそう言った彼女は、息を飲むほどの美人だった。


 腰まで伸びたブラウンの髪に整った顔立ち。少しツンとした目元の上には、首掛け用のチェーンが繋がった銀縁のメガネを掛けられている。そんでもってスタイルも抜群。隣にいるウルカでさえ、彼女を見て固まってしまうほどである。


 メガネを掛けた美人でありながら着ている服がスーツという事もあって、第一印象は仕事のできる美人文官といった感じだ。


 いや、役場と協会のトップを兼任しているのだから実際に仕事のできる人物なのだろうけど。


「ソファーにどうぞ」


「はい」


 彼女に着席を促され、俺とウルカは我に返った。勧められたソファーに座ると、対面に支部長が腰を下ろす。


「呼んでおいて申し訳ないのですが、実はお二人に関しては面談の必要が無いと思っています」 

 

 着席した直後、彼女はそう言った。しかし、そうなると呼ばれた意味が完全に無くなってしまうのだが……。


「どうしてです?」


「騎士団長であるベイル様からアッシュさんのお話はよく聞いておりますので。ウルカさんもアッシュさんの元部下だとお話を聞いています」


 つまり、俺達は既にベイルからのお墨付きを得ているという事か。


 しかし、どうして彼女がベイルから俺の話を聞いているんだ? と考えが過ったものの、ベイルの父上を補佐している事もあって、ベイルと直接話す機会も多いのかと思い浮かんだ。


「オラーノ侯爵様からも保護を受けていると聞いていますし、そのような人物であれば協会も安心して待遇を与えられますから」


 クスッと笑った彼女は「ですので、早速本題に入りましょう」と話しを続ける。話が簡潔で早いのは役場勤めのせいなのかもしれない。


「こちらが新しい認識票兼認定証になります」


 彼女は執務机の上にあった小さな木箱を持ってきて、俺達の前で開けて見せた。中身は小さくて薄い金色の属板がネックレス用のチェーンで繋がっている物だった。


「戦闘の邪魔にならないよう、首から掛けられるようにデザインされたようですよ。こちらは既存のハンターライセンスの代わりにもなりますので、今まで使っていたライセンスは返却して下さい」


 どうぞ、と言われて俺とウルカは認識票を手に取った。


 金色の金属板には小さな文字で俺の名前と性別、ライセンス登録時に振り分けられる認識番号が彫られていた。ウルカが手にする物をチラリと覗き込むと、こちらも同じ仕様のようだ。


「今後、同一の形で金の認識票が専任ハンターの証。銀色が認定された上位ハンターの証となります」


 俺達と同じ物を持っているのは、第二ダンジョン都市協会ではターニャ達だけのようだ。筋肉の集いと黄金の夜は銀色の物となるのだろう。


「高価な物なので失くさないようにして下さいね」


「承知しました」


 俺達は受け取った認識票を早速首から掛けてみた。胸の辺りで認識票がフラフラと揺れる。これなら精算時にわざわざ収納袋からライセンスを取り出す手間が省けるな。


「さて、受け渡しは以上です。今後、直接的な引き抜きが現れたら認識票を見せて下さい。それと、別の都市が今よりも好条件を提示してきたら、私達も再交渉させて頂きます」


 支部長は「なるべく希望に沿うよう努力します」と言ってくれたが、俺としては第二都市から離れる気はない。ようやく馴染んできたし、ベイルもいるし。


 さて、これで支部長ともお別れだ。しばらくは会う事もないだろう。そう思いながら立ち上がったのだが――


「二人とも、また近いうちに」


 そう言って、彼女はフフッといたずらっぽく笑った。


 どういう事だ? と疑問に思ったものの、彼女に扉を手で示されてしまって聞けなかった。まぁ、忙しそうだし聞くのも憚れるが。


 支部長室を後にして、階段を降りていると不意にウルカが俺の腕をぎゅっと掴む。


「どうした?」


 掴む、というよりもこれでは「握り締める」だろうか。彼女がこうする理由は分かっている。


「とても美人でしたね」


 ウルカの反応を予測していた俺は、俺の腕を握り締める彼女の手を解きながら耳に口を寄せた。


「俺はもっと可愛い系がタイプだ。ウルカみたいなね」


 小声で囁いたあと、今のはちょっとキザっぽかったかなと反省してしまった。


「なら、い、いいです」


 だが、ウルカの顔を見れば、彼女の頬がリンゴのように赤くなっている。


 どうやらお気に召してくれたらしい。

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