第56話 自業自得の死体


 翌日、俺達はダンジョンに潜っていた。


 普段よりも人の多い三階へ赴き、そこから昇降機に乗って二十階へ向かうのだが……。相変わらず、俺達へ向けられる視線の中には妬みを含むものも多い。


 ただ、気にしているだけ無駄だろう。


 俺とウルカは平然を装いつつ、昇降機に乗り込む。いや、装っているのは俺だけかもしれない。横にいるウルカの顔色を窺うと至っていつも通りだからだ。


「どうしました?」


「いや。今日は十七階で少し狩ったら上がろうか」


「はい」


 ダンジョンが混み合っているのはもう諦めるしかない。下層の調査が開始されるまでは、俺達も女神の剣と同じく腕が鈍らない程度に戦う事にした。


 ワニ顔のリザードマンを二十匹程度倒せば、一日の生活費と経費を除いてもお釣りがくる。その程度を毎日稼げば良しとする事にしたのだ。


 チン、とベルが鳴る音が聞こえると閉じていた壁が開く。相変わらず天井からの照明で明るい二十階に到達すると、顔見知りの人物が俺達の姿に気付いて手を振っていた。


「こんにちは、アッシュさん。ウルカさん」


「アルバダインさん。こんにちは。今日も調査ですか?」


 俺達を見つけて手を振ってくれたのは、学者であるアルバダインさんだ。


 彼はベイルーナ卿から第二ダンジョン都市に残って調査を続けるよう命じられたらしく、中央区にある高級宿を拠点にしながら仕事を続けている。


 彼のように第二ダンジョン都市へ残った学者達は騎士達による厳重な護衛と警備体制の元で保護されているとの事。二十層にいる今だって、そこら中に護衛騎士が随伴していた。


「はい。十九階のリザードマンについて調べているんですが、やはり復活はしませんね」


 大規模調査にてリザードマンを全滅させてから既に一ヵ月以上が経過した。未だに復活しない事から十八・十九階のリザードマンは特殊な魔物だったのでは、と参加したハンター達の間でも囁かれている。


 アルバダインさんや別の学者からもちょくちょくリザードマンについて話を聞くが、調査を続ける王都研究所としても未だに答えは出せないらしい。


「一体何が原因なんでしょうね。復活してくれれば、ちょっとは楽になるんですが……」


「あー……。最近、ハンターさん達は大変そうですね」


 俺がつい零してしまった愚痴に対し、アルバダインさんも最近のハンター事情について察したようだ。


「すいません。もうすぐ調査は終わると思うので、そうしたら下層の調査に取り組めると思います」


「ああ、いえ、学者の皆さんを急かしているわけじゃないんです! 申し訳ない!」


 学者達が二十階の調査を続けているせいだ、と誤解させてしまったようだ。俺は慌てて謝って、何度も「違います」と繰り返してしまった。


「いえいえ、とんでもない! 僕達も下に何があるのか興味がありますからね。調査の際は是非、協力して下さいね!」


「はい、勿論です」


 一緒になって頭を下げ合っていたアルバダインさんとの謝罪合戦を終えると、俺達は彼に別れを告げて十七階を目指し始めた。


 十七階に到達すると、こちらのリザードマンは相変わらず健在だ。


 入り口方面では何組かのパーティーが戦っているのが見える。必死に戦う姿とパーティーリーダーらしき男の怒声が聞こえて来るが……。


「ピンチってわけじゃなさそうだな」


「はい。十人以上いるようですし、大丈夫じゃないですか?」


 それに彼等が戦闘している場所は上に向かう階段に近い。いざとなれば階段まで逃げれば良いのは分かっているだろう。


「さて、こっちも狩るか」


「そうしましょう」


 先ほどから目先にある沼の水面から頭部を出してこちらを見ている個体がいるからな。


 俺達が武器を構えると、水面からこちらを窺っていた個体は沼の中へと完全に身を隠した。こういった場合、警戒しながらも沼に近付くという選択肢を取る者は多いだろう。


 だが、逆だ。逆に近づいてはいけない。近づいた瞬間、奴等は人間を沼に引きずり込もうと飛び出して来るのだ。


 故に正解はじっと待つこと。一歩たりとも沼へは近づかず、その場でじっと辛抱強く待つ。


 すると向こうが我慢できなくなったのか、ワニ顔のリザードマンが沼から陸へ上がって来た。


「よし、来た。ウルカ、お先にどうぞ」


「はい」


 沼から上がってきたリザードマンは大口を開けて威嚇して来るが、その隙にウルカが合金矢を連射。連射された矢は開いていた口の中に吸い込まれ、口を貫通して後頭部にまで突き刺さった。


 頭部を容易く破壊されたリザードマンは断末魔すら上げられずに地面へ倒れる。すると、これを合図として沼の中から三匹ほど新しいリザードマンが現れた。


 仲間の死に怒りを抱いたのか、沼から出て来たリザードマン達は鳴き声を上げながら俺達へと走り出す。


「よし、援護を頼む!」  


「はい!」


 十七階での狩りはこうなってからが本番だ。


 向かって来たリザードマンの攻撃を躱して首元に剣を突き刺し、素早く剣を抜いたら次攻撃に備える。その間、ウルカが別のリザードマンを仕留める。


 鋭利な爪による攻撃をいなし、再び首に突きを見舞うと、再び沼がザブザブと波立って新しいリザードマンが陸に上がって来た。


 新手に対して慌ててはいけない。落ち着いて距離を計りながらウルカへの防波堤として位置取りすれば良い。


 爪や尻尾の攻撃を躱しながら喉を突く事に集中……するが、俺の脇をすり抜けてウルカへ向かおうとする個体を優先的に処理するのも忘れてはならない。


「先輩! 右に二匹!」


「分かった!」


 後方からウルカが周囲の状況を伝えてくれるのも有難い。俺が複数のリザードマンと対峙していて、周辺の状況を知りたいと思った時に教えてくれる彼女は流石だ。


 息の合ったコンビネーションでリザードマンを討伐し続け、三十分以上の連続戦闘がようやく終わる。


「ふう。こんなもんか」


「ですね」


 こちらの戦闘が終わり、俺は再び入り口方面に顔を向けた。だが、未だあちら側にいるパーティーは戦闘を続けているのが目に映る。


 向こう側にいる人間の数が多いせいもあって、リザードマン達は向こう側に集中しているようだ。恐らくは、よりが多い方を優先しているのだろう。


 俺達は周囲に散らばった死体から魔石と牙、背中の皮を剥ぎ取っていく。 


 魔石は市販されている魔導具への利用に。牙はアクセサリーやら小物の生産に使われるらしい。


 中でも、ここ一ヵ月で需要が上がったのはリザードマンの皮だ。硬い鱗を纏う皮は防具の素材として使えるのでは、と王都で検討されているらしく買取価格がグッと上昇した。


「よし、帰ろう」


「ええ」


 全ての死体から素材を剥ぎ取り、収納袋に収めた俺達はリュックを背負って二十階へと引き返した。


 二十階に到達したら、再び昇降機を使って三階へ。またもや周囲からの視線を浴びながら地上を目指して歩き出す。


 ダンジョンを出るとまだ陽が高い。懐中時計で時間を確認すれば、まだ昼前だった。


「しばらくはこの生活が続くのか」


「どうしましょうね」


 朝から潜らねばダンジョンが混む。しかし、混む前に撤収すると昼も過ぎぬ間に帰還しなければならない。


「いや、これで良いのかもな」


 これはこれで、ゆったりとした毎日が過ごせるのだ。むしろ、今まで忙しすぎたのかもしれない。俺が当初目指していた「自由気ままなハンター生活」に近付けたともとれるか。


「じゃあ、午後はゆっくりしましょう。構ってくれますよね?」


 横に並ぶウルカは俺の腕に腕を絡ませてきた。


「ああ、もちろん」


「やった!」


 嬉しそうに笑う彼女につられて、俺も自然と笑ってしまう。うん、この生活も悪くはないな。


 そんな考えを浮かべながら協会に足を踏み入れると――


「お、アッシュさん。今帰りか?」


 協会のカウンターを背にして寄っ掛かっていたタロンに声を掛けられた。彼の周囲には筋肉の集いのメンバー達も勢揃いしており、全員と挨拶を交わす。


「ああ、ダンジョンは混んでて狩りにならないからな」


「こっちも同じだ」


 そう言ってため息を吐くタロンであったが、彼等は清算待ちなのだろうか。そう問うとタロンは首を振って、代わりに答えたのはすぐ近くで腕を組んでいたラージだった。


「いいや。ダンジョンに入ったんだが……。すぐにハンターの死体を見つけてな。回収して戻って来たところだ」


 そのせいで、狩りすらしてねえ。そう零したラージもタロンと同じく大きなため息を吐いた。


「十七階か?」


 十七階のリザードマンに返り討ちにされたハンター達の死体は俺達も何度か回収している。上位パーティーですら苦戦する狂暴なリザードマンに、ハンター達がやられてしまうのも無理はない、と思っていたが……。


「いや、十六階だ」


「十六階?」


「ああ。どうも他所から来たハンターみたいだからな。実力を過信してやられたんだろ」


 聞かされて合点がいった。


 最近は毎日のように死体が回収されただの、仲間が怪我しただのと騒がしかったが、どれも原因となるのは他所の都市から第二ダンジョン都市へやって来たハンター達だ。


 彼等は第二ダンジョンを侮っていたのか、自分達の実力を過信して下層へと潜っては問題を起こしている。元々第二ダンジョンで活動していたハンター達からは笑いの種になっているが、正直言って焦り過ぎだとも思うパーティーも存在する。稼ぎたいという気持ちは十分に分かるけどね。


 それはともかく、今日死体を発見したのはタロン達だったようだ。 


「十六階の方が空いていると思って向かったのが失敗だった。素直に昇降機を使って十七階で狩りするべきだったぜ……」


「ったくよ。他所から来るのは勝手だが、碌な野郎がいねえ。今日見つけた野郎だって自業自得にしか思えねえよ」


 ハンターの死体を発見して無視するのはご法度だ。バレたら協会に処罰されてしまう。そのせいもあって、タロン達は無視できなかったのだろう。


 死体を発見して無視するのは確かによくないが、こうも日々の狩りを行えないとなると無視したくなる気持ちも理解できてしまう。


 タロン達だったら死体回収の報奨金よりも魔物を狩った方が実入りが多いだろうし、俺達と違ってパーティーの人数も多いからその分稼がなければ食っていけないしな。


「自業自得って?」


 気になった文句を質問すると、タロンは再び大きくため息を吐いてから語り始めた。


「最近、俺達に絡んでくる輩がいただろ? 中堅以下なのに口だけ達者な野郎共さ」


「この前、ターニャ達に絡んでもいたな。アッシュさん達も昨日絡まれたって聞いたぜ?」


 そう言われて、昨日の件を思い出した。協会の入り口付近でたむろしていた四人組だろうか?


「他から聞いた噂じゃ、そいつ等は第三ダンジョンで上手くいかなかったんだとよ。実力も無いクセに素行も悪かったらしいし、同じく第三ダンジョンから来た奴等から聞いた話じゃ煙たがられてたようだぜ」


「ふぅん」


 まぁ、中にはそういった連中もいるだろう。第二ダンジョン協会所属のハンター達だって、お世辞にも全員揃って品行方正とは言えないしな。


「タロンさん。お待たせしました」


「おう」


 話し合っていると、奥から職員の女性がタロンの待つカウンターへ戻って来た。


「では、こちらが死体の報奨金になります。確認して下さい」


 女性職員は報奨金の額面を載せた書類をタロンに見せるが――


「二人分?」


 聞いていた俺はつい疑問を口にしてしまった。すると、職員の女性とタロンが俺に顔を向けてきた。


「ん? 二人分がどうした?」


「いや、見つけた死体の身元は、昨日俺達に絡んで来たハンター達だったんだろう? 確か四人組だったはずだが……」


「え?」


 もし、タロン達が言う人物と俺が頭に思い描く人物達が同一であればおかしい。仲間が二人死んで、残りの二人はどうしたのだろうか?


 仲間の死体を見捨てて逃げ帰ったのか? それとも死体が残らないほど魔物に喰われてしまったのか?


「アッシュさん、念のために確認してくれますか?」


 女性職員も俺と同じ考えが過ったようだ。俺とウルカ、筋肉の集いからは代表としてタロンが女性職員に連れられて、協会の奥にある遺体安置所に向かった。 

   

 死体安置所を担当する職員に引き合わされ、死体の確認が始まる。死体袋に収まった死体を前に、職員は死体の顔部分だけを袋から露出させた。


「どうです?」


 確認すると、確かに昨日絡まれた四人組のうちの二人だった。


「確かにそうだ。彼等、四人組だったはずだよ」


「じゃあ、残りの二人は?」


 俺とタロンは顔を見合せた。


「発見は十六階ですよね? 魔物に食われた可能性は?」


「それもあり得るとは思うが……」


 質問して来た職員に対し、発見者であるタロンが答えながらも首を傾げる。彼が改めて発見時の状況を説明してくれるが、二人の死体は十六階の半ば――吊り橋を越えた先にある地面に横たわっていたようだ。


 吊り橋を越えてから先は地面に深い亀裂は無いし、すぐ傍で残り二人も死亡していたとしたら落下死の可能性は無い。だが、仲間が殺されてパニックに陥って、慌てて逃げた果てに落下したという可能性も考えられなくもない。


 または職員の男性が言ったように魔物に遺体を食われてしまったのか。


「残りの二人が戻っていないか調べさせますね」


 結局、この場では答えが出ずに解散となったが……。


 この二時間後、今度は別のパーティーが十五階でハンターの死体を四体発見した。


 後に聞かされた話であるが、死体の中には話題に挙がった四人組のうち残り二人のハンター達が混じっていたという。


 この時点では、俺達を含めて誰も彼等の死に不審感すら抱いていなかった。他所から来たハンター達が実力を過信しただけだと思っていたのだ。


 だが、後にこれは大きな騒動に繋がる事を今は誰も知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る