四章 ダンジョン内連続死亡事件

第55話 大規模調査成功とその代償


 大規模調査が終了となってから一ヵ月が経過したが、あれから第二ダンジョン都市ではしばらくお祭り騒ぎのような事態が続いた。


 現地に残ったベイルーナ卿による調査が一旦終了となって、彼は数人の部下に細々とした調査の継続を命じつつ共に王都へ帰還。その直後、王城より発表された成果は新聞に載って王国中に発信される。


 詳しい内容は伏せられていたものの、古代文字や遺物の発見は「歴史的発見」と発言された事もあって、しばらくは記者達の質問攻めが協会にまで及ぶ事態に。


 特に調査へ参加した上位パーティーは何度も取材を受ける事となり、俺とウルカはお互いの関係性まで聞かれてしまった。


 まぁ、記者の人達も平民が多いようなので、貴族家が関わる騎士団に直撃インタビューするよりはハンター達に突撃した方がやり易いのだろう。


 インタビューされていたターニャ達は慣れているのか堂々とした態度を見せ、タロンやラージは記者の女性をナンパするなんて軽々しい態度まで見せていたが、初めての経験をした俺は恥ずかしいという感情以外何も出なかった。


 隣にいたウルカは堂々としていたが……。これは度胸の問題なのだろうか。


 これらの影響があったせいか、ここ一ヵ月で俺達の身に起きた出来事は、各協会や貴族からの熱烈な勧誘だ。


『第二都市を離れてウチに来ませんか? 待遇は保証します』


 といった、他都市にある協会からの引き抜きに始まり、地方貴族家からは『自家の騎士になりませんか』や『うちの息子の剣術指南をしてくれないか?』といった勧誘や依頼が相次いだ。


 元々受ける気は無かったが、これらの勧誘から身を守ってくれたのが、協会から与えられた第二ダンジョン都市専任ハンターという待遇とオラーノ侯爵家からの保護を受けているという証明だ。


 各協会からの引き抜きは専任ハンターという待遇が効き、貴族からの要請にはオラーノ侯爵家の紋章付き短剣が効果を現した。


 これらの証拠を出すと全員が簡単に引いてくれる。貴族家からの勧誘なんて、オラーノ侯爵家の名を出したら秒で引き下がっていくのだ。交渉を行う家なんて一つも無かった。


 正直、オラーノ侯爵家の紋章付き短剣を頂いておいて良かったと思う。後から知った事だが、ベイルの家でも微妙に守れないほど歴史のある地方貴族からの勧誘もあったようだ。


 大規模調査では過分な保護を受けてしまったと思ったが、今思えばオラーノ侯爵に気に入って頂けるほどの働きが出来た自分を褒めたいと思う。


 しかしまぁ、このように。俺とウルカの名は王国内でちょっとだけ知れ渡ったわけだ。


 その結果――


「お、アッシュさんじゃないの。今日は買い物かい?」


 休日に市場を歩けば店のオヤジさんに声を掛けられる事も増えた。


「あら、今日はウルカちゃんと一緒じゃないの? あんないい子他にいないんだから、大切にしてあげるのよ~」


 他にも店番をするおばちゃんにはウルカとの関係を聞かれたり、熱心に夫婦仲を保つ秘訣を教えてくれたり。


「アッシュさん、お疲れ様です。今日もダンジョンですか?」


 都市内を巡回する騎士達にも顔を覚えられたのか、お互いに足を止めて世間話を行う機会も。


 突然の質問に困惑する事も多いが、それでも第二ダンジョン都市に住む住人の一員になれた気がして嬉しかったというのが本音だ。


 ただ、変化というヤツは俺達にだけ起きたわけじゃない。


「最近、都市が活気付いてますね」


「ああ。なんでも、第二ダンジョンに拠点変更したハンターが増えたって話だよ」


 協会に向かう道すがら、ウルカが都市を行き交う人の量を見ながら零した。


 現在、王国内で最もホットな話題は第二ダンジョン都市に集中している。


 歴史的な発見がなされた件もそうだが、最深部だと思われていた二十階より更に下層があると判明した件もそうだ。この新発見となった下層には、未だ発見されていない新種の魔物が潜んでいるのではないかと噂が駆け巡ったのだ。


 新種の魔物が発見されれば、王都研究所は素材の研究やら生体研究やらでサンプルを欲しがるだろう。となると、買取価格が他の魔物素材よりも高く設定される。


 仮に新種の魔物から採取できる素材が今後の魔導具生産等に有効だと判明したら、既に研究終了が発表された素材に比べてざっと十倍から二十倍もの価格が設定される場合だってあるそうだ。


 となれば、変わらぬ日常を過ごしていたハンター達にビッグチャンスが舞い込んだと言っても過言じゃない。腕に自信がある者であれば、このビッグチャンスを掴んで一攫千金の夢をゲットできる! というわけである。


「でも、下層の調査はまだ先ですよね? しかも、調査に参加したハンター優先じゃないですか」


 ウルカの言った通り、新たに発見された下層の調査はしばらく後になる。その理由は、まだ一部の王都研究所の学者が二十階を調査しているからだ。


 既にベイルーナ卿と大半の学者達は成果を持って王都へ帰還済みなのだが、数名の学者達は未だ昇降機を使って二十階へ降りて行く姿が見られる。その中には、例の童顔学者であるアルバダインさんもいて、たまに三階で顔を合わすことも。


 彼等の調査が完全に終了した後に下層の調査及び整備に入る予定だとベイルが発表しており、その際には大規模調査へ参加したハンター達を優先的に同行させると宣言済み。


 まぁ、これは調査に参加した報酬の一部みたいなものだな。他のハンター達が殺到する前にある程度稼がせてくれる、という騎士団側の配慮でもある。


 ただ、そのような宣言がなされているにも拘らず、他都市から移住して来たハンター達は多い。その理由として考えられるのが――


「しばらく先になるだろうけど、今から第二ダンジョン都市で活動しながら慣れておこうって考えじゃないか?」


「厄介ですね」


 正直、俺もウルカの意見に同意だ。


 他の都市から来たハンター達は、既にダンジョン内で活動を開始している。どの階層が自分の実力に合っているのか調べる手前、色々な下層に顔を出し始めた。


 彼等は既に出来上がっている第二ダンジョン都市のローカルルールを把握しておらず、元々第二ダンジョン都市に所属するハンター達とルール面で喧嘩になる事が最近になって頻発している。


 俺達も次の調査が開始されるまで、しばらく十三~十六階で稼ごうと考えていたのだが、新顔ハンター達が溢れ返っていてまともに狩れない状況が続いていた。


 よって、俺達は協会の認可制で使える事になった昇降機を使って十七階にいるワニ顔リザードマンを狩ろうとなったのだが……。ここでも問題が起きていた。


「最近、死体発見報告か救助しかしていませんよね」


 十七階で狩りをしようとしたのだが、実力を過信したハンター達が十七階に訪れる事が多い。結果、彼等はワニ顔リザードマンに殺害、もしくは劣勢に追い込まれる事がしばしば。


 助けを求められ、それを助けるのはまだ良い。だが、十七階に到達した直後にハンター達の遺体や遺品を見つけて、協会へ報告すべく逆戻りなんて事も多くなっていた。


 十九・十八階のリザードマンが復活すれば狩りもまともに行えるようになるんだろうが、相変わらずトカゲ顔のリザードマンは復活する予兆は見えない。


「協会が対策を検討しているみたいだし、それまでの辛抱だろうな」


 ただ、他都市から流れてきたハンター達の言い分も理解できる部分はある。


 誰だって多く稼ぎたいし、夢を掴みたいと思うだろう。だから皆が必死なのだ。


 しかし、他所からやって来たハンター達が第二ダンジョン都市所属のハンター達を邪魔者扱いして喧嘩になるは頂けない。 


 協会側も問題を把握していて、対策を検討中らしいが……。どうなるやら。


「最近は色々忙しかったし、下層の調査が始まるまではゆっくりやろう」


「はい。分かりました」


 俺達は話し合いながら、協会のスイングドアを押して中へ入って行った。


 協会内には顔見知りのハンター達に混じり、他所から流れてきたハンター達の姿も多数見られる。顔見知りのハンター達は俺達に声を掛けてきて、互いにフレンドリーな挨拶を交わすのだが――


「おっと。貴族様に媚を売るお二人さんの登場だ」


「いいよなぁ。ゴマすりで金を稼げる奴等は。俺達も楽してぇ~」


 中には俺達をよく思わない連中もいる。こういった意見や視線を向けて来るのは他所から流れて来たハンター達なのだが、俺達が二人だけのパーティーという事もあって実力を信じていないようだ。


 俺達へワザと聞こえるように言って来たのは男四人組のパーティーだった。彼等はニヤニヤと笑いながら侮辱するような視線を送り、隣にいるウルカへセクハラめいた言葉まで言ってくる。


 俺はウルカを逆サイドへ引っ張って、俺の体を盾にした。


「殺しましょう」


「待て待て」


 だが、ウルカの怒りは収まらないようだ。いきなり喧嘩を売るような事を言うんじゃない。


「やぁ。アッシュにウルカ。君達も大変なようだな」


 犬歯を剥き出しにして怒り狂う狼のようなウルカをなだめていると、声を掛けて来たのはターニャだった。


「うちも雑魚共からのやっかみが凄まじくてな。鬱陶しくて嫌になる」


 近寄って来るなり、ターニャまでもが喧嘩を売り始めた。いつもは外野の言葉なんかに耳を傾けない彼女が言うくらいなのだから、相当な数のやっかみを受けているのだろう。


「誰が雑魚だって!? ああッ!?」


「おっと。反応したぞ」


 ターニャの言葉に反応したのは、先ほど俺達を馬鹿にしていた四人組。彼等はターニャへズンズンと近寄って来るが、彼女はニマニマと笑いながら彼等と対峙する。


 男の一人がターニャの襟首を掴もうとした瞬間、彼女は伸びて来た腕を叩き弾いた。そして、魔物に向けるような鋭い目付きで言うのだ。


「ずっと下品な言葉を吐いていたからな。新手の魔物かと思っていた。何なら、ここで私が討伐しても良いが?」


 言った瞬間、彼女の手は腰の剣に伸びていた。隙の無い上位ハンターらしい待ちの構えと、彼女から迸る殺気に男達は「うっ」と数歩ほど後退してしまう。


 しばし睨み合いが続くが、結局は男達がターニャの殺気に気圧されてしまったようだ。彼等は舌打ちを鳴らしながら協会を出て行った。 


「まったく、迷惑な奴等だ」


「今回ばかりは貴女に同意します」


 いつもは何かと対立しているウルカとターニャだが、今回ばかりは意見が一致したようだ。まぁ、俺も迷惑だと感じているのは確かだが。


「女神の剣も色々言われているのか?」


「ああ。といっても、私達や君達だけじゃない。大規模調査に参加した上位パーティー全員が対象さ」


 ターニャは肩を竦めながら「やれやれ」と首を振った。


 協会からの信頼と優遇、更には下層調査が始まったら優先的に潜れる権利に関して不平等だとクレームを入れる者も多いとのこと。


「ハンターは実力主義だ。実力のある我々が優遇されるのは当然であり、彼等だって有能であると示せば同じ待遇になる。そうならないのは、彼等の腕が足りていない証拠だ」


 ターニャは彼等に対し、現実を受け止めきれていないと切り捨てた。


 まぁ、ハンターって職業全体を考えると正論だろう。


「しかし、これだけ人が多いと狩りは厳しいか」


 俺がそう呟くと、ターニャは頷きを返してくる。


「私達は下層の調査が始まるまで、腕が鈍らない程度に戦闘を続ける事にした。それに今の状態は見るに堪えん」


「そうか。俺達もそうするべきかな」


 ため息を吐くターニャの言葉を聞き、俺はウルカに顔を向けた。彼女も同意見のようで無言で頷きを返してくるのであった。



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 一方、ターニャに絡んで返り討ちにされた男四人組のパーティーはダンジョンの三階を訪れていた。


 彼等が向ける視線の先には、昇降機へ乗り込む『黄金の夜』のメンバー達に向けられている。余裕のある態度で昇降機へ乗り込み、閉まる壁の向こう側へ消えた彼等を見て、男達は舌打ちしながら苛立ちを露わにした。


「チッ。優遇されてる奴等は良いよな」


「まったくだ。どいつもこいつも、俺達の実力を分かってねえ」


 男達は近くにあった木桶を蹴り飛ばし、そのまま下層へ続く階段に向かって行くが――。


「ねえ、貴方達」


 途中で背後から声を掛けられた。


「あ"ぁ!?」


 苛立つ男達が振り返ると、声を掛けて来たのは女性と男性のペアだった。二人は革鎧の首元から伸びるフードで頭部を覆っており、深く被ったフードのせいで近くにいても表情全てを見る事はできない。


 辛うじて見える口元には笑みが浮かんでいて、それがまた男達の苛立ちを刺激する。


「んだよッ! 俺達に何か文句でもあんのか!?」 


「おっと。違う違う」


 凄んで来る彼等を慌てて制止するのはフードを被った男性。


「貴方達も他所から来たハンターなんだろう? 俺達もそうなんだ。だから、一緒に協力して下層を目指せないかと思ってね」


 男女ペアの二人は男達をなだめるように言いながら誘う。


「あ? なんで俺達がお前ら何かと一緒に――」


「何でも、二十階まで自力で到達したパーティーには、例の昇降機なる遺物の使用許可が出るそうだよ? 一時的に俺達とパーティーを組んで、使用許可が出たらパーティーを解消するってのはどうだい?」


 男四人組は彼等の提案を断ろうとするが、続けられた言葉を聞いて黙り込んだ。


 二十階まで自力で到達すれば昇降機が使える、なんて文言は初耳だったようだが、実績を手に入れてからパーティー解消という手は「アリ」だと思ったようだ。


 特にダンジョンという場所は共に進む者が多ければ多いほど有利になる。こういった一時的にパーティーを組む方法もハンター達の間では日常的な行為だ。


 ただ、こういった行為に対し、協会側はあまり推奨していない。何故かと言えば、何かとパーティー間での問題に繋がり易いからだ。


 二人組の提案を聞いた男達は、仲間同士で顔を見合せると揃ってニヤリと笑う。


「良いぜ。その提案、乗った」


「よかった。じゃあ、契約成立ってことで」


 フードを被った男性は口元に笑みを浮かべて、男達と握手を交わした。


 こうして、彼等は一緒に下層を目指す事になったのだが――フードで顔を隠した男女の後に続く四人組の顔にはニヤケ面がまだ張り付いていた。


 ニヤケ面を浮かべながら何かよからぬ事を考えているようだが……。


 さて、彼等はどうなってしまうのだろうか。

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