第54話 その頃、彼女は 2
少年の手を引いて地上へ戻ったミレイは、協会に向かう前に彼の事情を聞く事にした。
「どうして一人であの階層にいたんだ?」
彼の返答次第では、協会へ報告せねばならない。例えば、彼の仲間が既に襲われて死んでしまっていたとか。もしくは、仲間に裏切られて置いていかれてしまったとか。
ダンジョン内で問題――人間同士に関する問題であっても、関わったのなら報告するのは関わった者の義務である。
ミレイが今度こそ眉間に皺を寄せつつ、腰に手を当てて問うと、少年はポツポツと語り始めた。
「ぼ、僕は……。その……。最近、ハンターになりました。じ、実家の言いなりになるのが嫌で、自立しようと思って……」
「ふむ」
彼は元々、王都で暮していたのだそうだ。
実家には両親と双子の兄がいたのだが、兄は優秀な学者で王都研究所に勤めているようで。機密性の高い職業であるし、とにかく研究やら考察続きで忙しい職業だ。
当初は実家を継ぐのは双子の兄であったようだが、兄が王都研究所に勤めてしまったせいで御鉢が弟である彼に回ってきた。
「ふぅむ……?」
ここまで聞いて、ミレイは違和感を感じ取る。この少年が語る内容はどう考えても平民の家で起きた事じゃないぞ、と。
「ぼ、僕は兄さんよりも賢くありません。でも、魔法が使えました。だ、だから、僕の両親は僕に家を継がせて、尚且つ家の繋がりを強くする為に結婚しろと言って来たんです」
「ほ、ほう?」
明らかに平民の話じゃない。どう考えても貴族に関する話だ。
この少年は貴族家の子供なのか。ミレイの額から一筋の汗が流れる間も彼は身の上話を語って行く。
「結婚相手が僕より二十以上も年上だったんですよ? それも、全身に宝石をつけているような女性で……。しかも、噂では娼館に通って若い男性を食い荒らしているとか……」
見た目に寄らず、少年の年齢は十六歳だという。
王国法では男女共に十六歳で成人となり、成人すれば結婚が許される。つまり、彼は結婚できる年齢になったばかりという事。
対する結婚相手の年齢は四十八なんだとか。
さすがにミレイも「あり得ねえ」と声を漏らしてしまった。
しかし、通常ならばあり得ない年齢差であっても、貴族の世界では「あり得る」話になってしまうのだろう。
少年の両親は上位貴族との繋がりを深くする為には仕方がない、と言って少年に納得するよう強要したようだが――
「我慢できるわけないじゃないですか! 僕の人生は僕だけのものなはずです! 僕だって幸せになる権利があるはずです!」
身の上話を語りながら、当時の辛い記憶を思い出したのだろう。
少年は服から露出する腕に鳥肌を立てながら顔を真っ青にして震え出す。震えながら、また大粒の涙を流しながらわんわんと泣き始めた。
「よ、よっぽど嫌なのか……」
少年が鳥肌を立てながら震え、しかも大泣きする相手とは。余程、ヤバイ女性なのだろうか。
いや、確かに彼は顔が良い。多くの女性は彼に庇護欲を掻き立てられ、可愛がりたくなるタイプだろう。
結婚を迫った女性も、大方可愛い少年欲しさに両親へ提案したか。男娼を食い荒らしているという噂だし、あり得ない話でもない。
「それで、家出したってわけか?」
「ぐすっ、は、はい。ハンターになればお金を稼げると思って」
少年は生まれてから一度も剣なんぞ握った事もなければ、体を鍛えた経験すら無いのだとか。しかし、彼には魔法という強い武器がある。
剣を振れずとも魔物を倒し、倒した魔物の報酬で生きて行こうと決心したようだが。
「で、あの様か」
「は、はい……」
シュン、と肩を落としながら小さくなる少年。彼の姿を見て、ミレイは大きなため息を零す。
「どうしてあの階層に? もっと浅い所で狩れば良いだろう?」
「協会にいた先輩達が五階層くらいまで進まないと稼げないって……」
このアドバイスは正しくない。少年にアドバイスしたであろう飲んだくれハンター共の言葉を正確に表すならば「最低でも五階層で狩りをしなければ(酒代とギャンブルですぐ消えるてしまうから)稼げない」だろう。
「あのクソ野郎共め……!」
テメェの物差しで語りやがって、と拳を握りながら修羅のような表情を浮かべるミレイ。彼女は露呈させた怒りを抑えつつも、少年に真実を語った。
「あのな。別に散財しなきゃもっと上層でも十分に稼げるんだ」
「そ、そんな……!」
ガーン、とショックを受ける少年。今更になって、協会にいる馬鹿共の話を真に受けてしまった事を気付いたらしい。
「それに防具や道具はどうした? 食料と水は持っているのか?」
見たところ、少年は荷物を持っていない。身に着けている物は白いシャツと上着に茶の短パンだけ。リュックも無ければ小さなポーチすら身に着けてはいなかった。
「ご飯は宿で食べて、水は我慢しようかなって。それに夕飯の時間までには戻るつもりだったので……」
「馬鹿かよ、お前」
「あいたっ!」
少年の甘ったれた話を聞いて、ミレイは彼の頭に軽くゲンコツを落とした。かなり加減したつもりだったが、少年には少々厳しかったらしい。目尻に涙を溜めながら頭を手で押さえ始める。
「いいか? ダンジョンってのはお遊び気分でやっていける場所じゃないんだ。お前みたいに夕飯までには帰ろうなんて言ってるヤツは真っ先に死ぬ場所なんだぞ!」
「う、うう……」
「泣くな!」
ようやく少年の可愛らしい泣き顔に耐性がつき始めたミレイは、ようやく本来の姿を取り戻す。
帝国騎士団時代に新人騎士達から鬼教官と言われていたのと同じように、この家出貴族少年にも本気でぶつかっていく。
「死ぬ覚悟があるヤツだけが行っていい場所だ! お前にその覚悟はあるのか!? 無いなら家に帰れ! 結婚が嫌でも我慢して安全な生活を送るしかないんだ!」
恐らく、ミレイは少年に対して「すぐに死ぬ」と思ったのだろう。他にも自立する為の選択肢はいくつかあるだろうが、ハンターだけは無理だと感じたに違いない。
ただ、彼女の言い分は限りなく正しい。
ダンジョンとは戦う場所だ。命のやり取りを行う場所だ。そんな場所に生半可な想いで向かって、死んでいく新人ハンターなんて山のように存在する。
ハッキリと言ってやるのはミレイなりの優しさだろう。
「い、家には帰りたくありません……」
しかし、少年は食い下がった。
言われて、ミレイは「ワガママ言いやがって」と思ったに違いない。彼女が再び吼えようと思った瞬間――
「そ、それに……! ぼ、僕もお姉さんのようにカッコよくなりたい!」
「ヒョッ!?」
少年が目尻に涙を溜めて、顔を真っ赤にしながら叫んだ言葉は意外すぎる言葉だったろう。まさか、食い下がる理由に自分が関係しているとは思うまい。
「ぼ、僕! お姉さんみたいになりたいです! 風のように動いて、どんどん魔物を倒す姿に見惚れました! カッコイイと思いました!」
「は、はぁ!?」
ミレイがこれまで生きてきた人生の中で、ここまで自分に対して強い評価を下した者はいただろうか。
帝国にいた頃はなかった。
王国に来てハンターになって、周りの同業者から一目置かれるようになった。ただ、ここまでハッキリと詳細には言われていない。
だからこそ、自分の印象をハッキリと述べる少年に対して動揺してしまった。
「だから、その……。お姉さん、僕とパーティーを組んでくれませんか!? 僕にハンターの事を教えてくれませんか!? 何でもしますから!」
少年はミレイへ縋りつくように必死になって懇願する。
「あ、ぐ、くぅ……!」
ミレイは悩んだ。
仕事をさっさと終わらせて第二都市へ行こうとしていたから。
だが、目の前で必死に懇願する少年を見て「このまま見捨てたらどうなってしまうのだろう」という気持ちも湧いてくる。
もし、自分がここで少年を見捨てたら――彼はここで死んでしまうのではないか? と。自分がダンジョンの恐ろしさを知っているからこそ、余計にそうなる確率が高いと思えてしまった。
「あああああああッ! クソッ! クソッ!」
悩みに悩んだミレイは、自分の髪を両手でぐしゃぐしゃとかき混ぜながら吼えた。
突然叫び出したミレイに驚き、少年の肩がビクリと跳ねるが――
「分かった! 分かったよ! 基本だけは教えてやる! でも、私の指導は無茶苦茶厳しいからな! 覚悟しろよ!?」
結果、彼女は少年を見捨てられなかった。本来の目的を保留にしてまで、少年を手助けする事に決めた。
この判断を下したのは、ミレイが元々面倒見の良い人間だったからかもしれない。
ズボラで浪費家な女性であるが、頼られたら断れない。困った人を見過ごせないのがミレイという女性である。
「ほ、本当ですか!? やったぁ!」
ぴょんと跳ねながら喜ぶ少年の姿に、ミレイは手で顔を覆った。本当に何も知らない少年を使い物になるくらいまで教育できるのかと不安になっているのかもしれない。
「私の名前はミレイだ。お前は?」
「僕は、僕の名前はレン・
お互いに自己紹介をした後、握手を交わす。こうしてミレイは少年とパーティーを組む事になったのだ。
しかし、この出会いは結果として良い方向に進む事になる。
ミレイにとっても、昔の仲間達にとっても。
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