第53話 その頃、彼女は 1


 これはアッシュ達が第二ダンジョン都市の大規模調査を終えてから一週間後の出来事である。丁度、王城会議室で会議が開催された同日の出来事だ。


 最近になってやたらと騒がしい第二ダンジョン都市と違い、王国東にある第一ダンジョン都市はいつもと変わらぬ日常が流れていた。


 ただ、こちらの都市でも最近注目される凄腕のハンターが誕生していたのだ。


「あ、ミレイさん。お疲れ様です。本日の成果はどうでしたか?」


「上々だね。今日は四階層のヤツを二袋分持って帰ってきたよ」


 そのハンターの名はミレイ。元帝国騎士団の騎士であった彼女は、ハンターになるとすぐにその実力を周囲に見せつけた。


「わぁ! 相変わらず凄いですね!」


 第一ダンジョン都市にあるダンジョンでは、全身金属の体を持つ魔物が多く出現する。加えて、他の魔物と違って腐る肉部分が存在しないというのも特徴的か。


 このような特徴を持つ魔物は、今のところ第一ダンジョンにしか出現しない。

 

 体を構成する金属は魔導具の外装や武器・防具に使われる合金の材料として使われ、非常に利用価値の高い素材だ。


 利用価値が高く、利用されている製品も多い。近年金属系素材への需要が高まっている事もあるが、第一ダンジョンに出現する魔物は全身余す事無く買取対象の素材となる。


 こういった背景もあって、第一ダンジョンでの狩りは第二・第三ダンジョンよりも高額な報酬を得る事が出来ると有名であった。


「はい、これね」


 ミレイはリュックに入っていた収納袋二つを、そのままカウンターの上に置いた。彼女が置いた収納袋の中に、本日狩った魔物が全身分入っているのだろう。


 一部素材を剥ぎ取って持ち帰る他のダンジョンとは違い、こちらは魔物を多少解体しつつも全身全て持ち帰るせいもあって、すぐに収納袋が収納限界を迎えてしまう。よって、ミレイのように魔物を多く狩れるハンターは複数の収納袋を持ち歩くのが常識だ。


「計算してきますね」


 収納袋を持って奥の個室へ向かう女性職員。ミレイが彼女の背中を見送っていると、背後から「ミレイの姐御!」と呼ぶ声がした。


「あ? ワーズか? どうした?」


 彼女が振り返ると、そこには顔を真っ赤にした無精ヒゲの男が立っていた。


 彼が近寄って来るなり、酒の匂いが感じ取れる。現在時刻は既に夕方であるが、酒に酔うには少し早い時間だ。だというのに、ミレイへ声を掛けた男は完全にできあがってしまっている。


 ただ、ここ第一ダンジョン都市ではそう珍しくもない光景だった。


「姉御ォ~! 今日も賭場にいくでしょう?」


「あ~? どうしようかなぁ。そろそろアッシュを探しに別の都市へ行かないとだしなぁ」


 ミレイが第一ダンジョンに滞在する理由は、アッシュを独占しようとしたウルカの策略にハマってしまったからだ。


 元々彼女がハンターになろうとした理由は、ストレスを感じる帝国騎士団に愛想が尽きたというのもあるが、帝国騎士団に所属していた時以上に金を稼げると思ったから。


 アッシュと合流しようとしたのは、元々上司だった彼や仲間達と共に戦えば戦闘面において大きなアドバンテージがあると思ったし、何よりより高みに登って高い報酬が得られるとも思っていたから。


 しかし、現に彼女はまだ第一都市にいる。


 第一都市に辿り着いた当初は、別の都市に移動する為の資金だけを稼ぐつもりだったが……。ハンターとして活動を開始すると、自分の実力をもってすればソロで活動していても満足いく額が稼げると知ってしまった。


 王国にやって来た日、魔導列車の中で読んだ冊子の内容は確かだったのだ。ハンターという職業は、魔物を狩れば狩るほど稼げる。


 しかも、帝国騎士団のように馬鹿にされる事もなければ貴族絡みで揉める事もない。実力があれば尊敬されるし、金もたっぷりと稼げる。


 彼女は正に天職と言える職業を見つける事が出来たのだ。


 更にだ。ミレイには第一都市特有の「楽しみ方」が合っていた。


 まず、彼女は浪費家である。

 

 酒が好きで博打も打つ。金があればあるだけ飲むし、あるだけ賭ける。


 そして、第一ダンジョン都市は金属素材が採取できるダンジョン都市としても有名であるが、同時に荒れくれ者が多く存在する都市でもあった。

 

 この都市に住まうハンター達の多くは、酒とスリルを楽しむ者達が多い。狩りをして稼ぎ、帰還したら酒と博打を楽しむ者がほとんどだ。


 都市を管理する貴族でさえ、ハンター達に向けて賭場を建設する始末。となれば、都市公認の楽しみ方とされるのも無理はない。


 つまり、何が言いたいのかというと。


 ミレイみたいに浪費家なハンターが第一都市には多いのだ。となると、彼女もいつしか居心地が良いと感じてしまう。


 アッシュと合流しようとする気はあるものの、一人で稼げてしまう現実もある。


 彼女が合流を後回しにしていた最大の理由はこれだろう。


「え~! ンな野郎、別にいいじゃないっすか! 俺達と遊びましょうよ~!」


 まるで子供のようにダダをこねるだらしない男に「キメェよ」と返すミレイ。すると、今度はカウンター側から声を掛けられた。


「ミレイさんが探しているアッシュって、この人?」


「あ?」


 また振り返れば、新聞を差し出す男性職員がいた。彼から渡された新聞を見ると――


「ああああッ!!」


 王国新聞のダンジョン都市欄に掲載されていたのは『第二ダンジョンに出現したネームドを討伐! 更には大規模調査でも活躍した注目の凄腕ハンター!』と見出しが打たれた記事。


 記事の中には「アッシュ」と「ウルーリカ」という名前があって、更には簡単な経歴まであった。経歴を読むと「元帝国騎士」と書かれており、この記事で紹介されている人物はミレイの探していたアッシュ本人であった。


「そう! そうだよ! このアッシュ! 第二ダンジョン都市にいたのかよ!」


 やっぱりウルカと一緒にいるのか、と漏らしつつも新聞の記事を読み進めた。


 すると、中には『本人達からの確証は得られませんでしたが、アッシュ氏とパーティーを組むウルーリカ氏両名をよく知る人物によると、二人はまるで恋人のように毎日を過ごしているそうです』と書かれているではないか。


 更に更に。


「ネームドを討伐した二人は大規模調査にも参加。多大な貢献を齎したとして騎士団からも信頼が厚く。国から多額の報酬が出るそう……だとぉ!?」


 ミレイは「めっちゃ稼いでる!」と怒声を上げながら新聞を真っ二つに引き裂いた。真っ二つにするだけでは満足できなかったのか、ビリビリに切り裂いた後にグシャグシャと丸めて床に叩きつける。その後は何度も怒声を上げながら踏みつけまくった。


「クソが! 第二都市の方が稼げるじゃねえか! しかも、ウルカのやつ! 私を邪魔者扱いしやがって!」


 彼女が怒り狂っているのは、単純に二人が自分以上に稼げていそうなことを知ったからか。それともウルカに邪魔者扱いされたからだろうか。


 いや、両方か。


「わ、私の新聞……」


「あ、姉御……?」


 新聞を勝手に破り捨てられた職員、無精ヒゲの男、両名ともミレイの発狂具合にドン引きである。


「クソがッ! 私も第二ダンジョン都市に行く!」


 丁度、狩りから帰ってきた後だ。今日は収納袋二つ分も魔物を狩ったので、列車に乗る金なんて余裕で稼げただろう。


 目を血走らせながら言って、今にも飛び出して行きそうなミレイだったが、彼女を止めたのは飲み仲間である無精ヒゲ男ではなかった。


「困ります! ミレイさんにやってもらいたい案件はいっぱいあるんですよ!?」


 奥の事務室から駆けつけて来たのは、初日にハンターライセンスを発行してくれた女性職員だった。


「ミレイさん、お願いします! 別の都市に行くなら、せめてこの案件を片付けてからにして下さい!」


 女性職員は抱えて来た紙の束をカウンターにぶちまける。どれもミレイに依頼しようとしていた案件のようで、その数はざっと見るなり二十件近くあった。


「は、はぁ!? こんなに!? 私一人でやんのかよ!?」


 ミレイにとって、この女性職員には恩がある。ライセンス取得後、ダンジョンに関する情報を懇切丁寧に教えてくれたし、何か相談事があれば毎回話を聞いてくれた。

 

 だが、この案件数は異常だ。


「だって、第一ダンジョン都市のハンターってみんなお酒と賭け事ばっかりのクズ揃いじゃないですか! そんな中、信用できるのなんてミレイさんくらいですよ!」


 随分な言い様だ。


 彼女の吐いた毒舌に、耳を傾けていたハンター達が「う"っ」と苦悶の声を漏らしながら胸を押さえた。もちろん、ミレイの心にも彼女の言葉が刺さっているが、この女性職員の中ではミレイに限っては違うらしい。


「お願いします! 私を助ける為だと思って、せめてこの案件を片付けてから移動してくれませんか? 追加報酬出せるよう、上に掛け合いますから!」


 瞳をうるうると潤ませて、上目遣いで懇願する女性職員の態度にミレイは「ぐっ」と声を詰まらせた。


「……これだけ! 今ある分だけはやる! それ以上はやらないからな!?」


 結局、ミレイは女性職員の懇願に折れてしまった。追加報酬という単語に惹かれてしまったのもありそうだが。


 二十件近くある案件を終了させてから移動する事に決めたようだが、アッシュ達が第二ダンジョン都市にいる事が分かっただけでも前進だろう。


 ……もっと早くに移動できたのにも拘らず、こうして足止めを再び食らってしまったのは自業自得でしかないのだが。


「すぐ終わらせてやる!」


 そう意気込んで協会の提示する依頼に取り組み始めたミレイであったが……。


 翌日、ダンジョンに潜っていた彼女は、薄暗い通路の奥で連続した閃光を目撃した。同時に子供の悲鳴のような声も耳に届く。


「ガキが無理したのか?」


 第一ダンジョンは全十階層とされている。第二ダンジョンよりも全体的に浅い構造になっているが、一層毎に出現する魔物の脅威度は第二ダンジョンよりも遥かに高い。


 現在、ミレイがいるのは丁度半分である五階層。五階層ともなると中堅レベル以上――第二ダンジョンと比較するならば十四階相当となる――でなければ厳しい場所だ。


 そんな場所にまだ子供の新米ハンターが迷い込むなど考え難い。無理して進んでいたとしたら自殺行為に他ならないのだが。


「ったく!」


 しかし、聞こえて来る悲鳴から想像するに、声を上げている子供が危機的状況なのは明白だ。


 ミレイは声のする方向へ走り出し、現場へ急行すると――


「ひえええ! 来ないでくださいいい!!」


 そこにはシャツとズボンだけという簡素な恰好をした少年が、手から雷を生み出して魔物を攻撃しているではないか。


『―――――!』


 ヤドカリのような形をした金属の体を持つ魔物は、少年の放った雷を食らうと赤く光る両目をビカビカと激しく点灯させる。その後、全身から灰色の煙を噴出させて地面にガシャンと沈んだ。


「んなッ!?」


 ミレイは人生で初めて見る光景に声を失ってしまった。直感的に少年が放った雷の正体は「魔法である」と察したようだが、その神秘的な光景に思考が追い付いていない様子。


「あ、ひ、た、たすけて!」


 しかし、少年の懇願を聞いて我を取り戻した。少年を襲おうとしている魔物の数はまだ五匹以上もいるのだ。これでは例え魔法使いであったとしても厳しいか。


「私の後ろに下がれ!」


 ミレイは涙目になっていた少年の前に飛び出して、ヤドカリのような魔物に槍を突き付けた。ガチガチと金属のハサミを鳴らす魔物を睨みつける彼女は、最も近い位置にいた魔物へ一足で間合いへ潜り込む。


「せええええいッ!」


 既にこの階層にいる魔物とは戦い慣れているのだろう。ミレイは魔物の弱点である小さな口に槍を突き刺し、一撃で魔物を仕留めてみせた。


 その後も魔物の攻撃を躱しながら弱点を突いて全五匹の魔物を討伐。その場の安全を確保すると、ミレイは少年に振り返る。


「おい、ガキ。どうしてこんな場所に――」


 彼女は振り返った瞬間、少年の表情にビクリと肩が跳ねてしまった。


 少年の表情には、まるで輝かしい物を見るように、憧れる存在を見つけたかのような熱の籠った視線と赤くなった頬があったから。


 王国に来るまで帝国で過ごしていた彼女にとって、こんな視線を向けられるのは人生で初めての経験だった。


 ただ、それだけじゃなく。


 改めて見る少年の顔は非常に整っていた。


 薄紫色の髪はとても綺麗で、顔だけ見れば少女のようにも見えてしまうが、先ほど聞いた声質からは間違いなく少年だと判断できる。


 所謂、美少年というやつだろう。それもとびきりの。


 こんなにも綺麗な少年は第一都市で見た事がない。むしろ、噂になってないのが不思議なくらいに荒くれ者の巣窟たる第一都市では浮いている。


「場違いすぎるだろ」


 少年の向ける視線も気になるが、場違いに思える少年がどうしてダンジョンの中にいるのだろうか?


 ミレイは思わず声が漏れてしまった。


 直後、少年の表情は徐々に泣き顔へと崩れていく。


「うわあん! ありがとうございます! ありがとうございます!」


「ちょっ!?」


 当初、ミレイは説教の一つでもしてやろうと考えていたようだが、それより先に大粒の涙を浮かべた少年に抱き着かれてしまった。


「ちょ、ちょっと! 何なんだよ!?」


「うう~!」


 わんわん泣く少年に対し、怒ろうにも怒れないミレイ。困惑しながらも少年の頭に手を添えて、彼の頭を優しく撫でた。


「も、もう泣くなよ。ほら、上に帰るぞ」


「ふぐ、ひぐ。は、はい……」


 ミレイは途中だった依頼を一時中断して、倒した魔物の死体を回収すると、少年の手を引いて地上へ帰るのであった。

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