第52話 王城会議室
ローズベル王国王都。
ローズベル王国の中央に位置しており、国内最大の面積と人口を誇る首都である。
王都研究所や魔導具工場が建設されていることもあって、各都市より送られる様々な物資が集まる土地。加えて、ローズベル王国内での流行を作り出す最先端の技術や価値観が渦巻く土地。そして、国の政治中枢である王城が聳え立つ土地でもある。
第二ダンジョン都市で行われた大規模調査から一週間が経過した本日、スポットライトを当てるのは国の中枢たる王城だ。
国の威厳を現すように作られた豪華な内装、多数の使用人達が常に清掃を行ってホコリ一つ落ちていることすら許されない。どの部屋にも最先端の魔導具が設置され、国内貴族であっても驚かすような生活用品が常に更新され続ける。
まさにローズベル王国という国の最先端が集まった城。その二階にある会議室では、王都在住の貴族達と王都研究所に勤める各部門の責任者が円卓に揃い、報告書を片手にロイ・オラーノ侯爵の話を聞いている最中であった。
「――と、あるように第二ダンジョン都市での調査は成功と言えるだろう。現地に残ったエドガー・ベイルーナ侯爵を筆頭に未だ学者達は調査を進めているが、まだまだ新しい発見が見つかるかもしれない」
大規模調査の報告を終えると、ロイはカップに入った紅茶を一気に飲み干して喉を潤した。
飲み干したあと、大きな息を吐いて椅子の背もたれに背中を預ける。自分の仕事は大体終わった、と言わんばかりのリラックスモードだ。
「なるほど。確かに大成功ですね」
「ええ。遺物とダンジョンの関係性が改めて確認できたのも大きいと思います。特に他のダンジョンでは発見できなかった昇降機なる遺物が使えるようになったのが素晴らしい!」
王国政治にも深く関わる上位貴族達と王都研究所の責任者達は揃って好意的な感想を漏らした。その感想を聞いて、ロイには安堵の表情が浮かぶ。
この場にいる貴族や学者達は知らないが、これで過去に騎士団が犯した汚点は払拭できただろう。
「オラーノ様。実際、今回の調査はどうでしたか? 特に魔物について個人的にどう感じたのか教えてくれませんか?」
エドガーに負けず劣らず、好奇心旺盛な学者が挙手しながらロイに問うた。魔物に関して質問したことから、彼は魔物を研究する部門の学者なのだろう。
「そうだな……。一番苦労したのは、報告書にも記載した十九階のネームドだろう。あれは別格であったな。魔物とは思えぬ知性を感じられたし、戦い方の中には戦術めいたものも感じられた」
国内最大戦力である王都騎士団の団長であり、女王より与えられた王国十剣の称号を持つロイが「苦戦した」と言ったのだ。
それを聞いた貴族や学者達は唸り声を上げてしまう。
「ですが、報告書にある被害の総数はかなり少ないじゃないですか。オラーノ様やバローネ第二騎士団長、魔法使いでもあるベイルーナ様が居たおかげではありませんか?」
そう述べたのはまだ新参の貴族であった。恐らくは無事に仕事を終えた騎士団とロイを称えるべくしての発言だろう。
この新参貴族の言葉に誰もが頷く。が、ただ一人ロイだけは首を振った。
「トカゲの王が強敵だったのも魔法が有効だったのも確かだ。しかし、私はほぼ何もしておらん。今回の調査では若き強者達の活躍を感じられるものであったな」
自分は何もできなかった。そう自己評価するものの、ロイの顔には満足感が浮かぶ。次代を担うであろう有望な若者達を発見できたことが、彼にとっては一番大きな成果だったと言えるのかもしれない。
「ん? この……トカゲの王にトドメを刺したとされる、アッシュという名のハンター。彼の名はデュラハン討伐の件でも見ましたよね?」
「ああ、そうですね」
貴族達と学者達がアッシュの名を見つけた途端、ロイの口角が僅かに上がった。
「デュラハンの件も含めて報酬に何を与えるのか考えねばなりませんね」
「しかし、こんなにも優秀なハンターが埋もれていたのか? それとも最近になって我が国に?」
アッシュの経歴に関する話題になると、外務省に勤める貴族の一人が手を上げた。
「報酬の件もあったんで、うちで調べましたよ」
「ほう。どんな事が分かりましたか?」
問われた外務省勤めの貴族はコホンと咳払いを一つ零してから語り始める。
「協会本部からの情報では元帝国騎士団に所属していた騎士だったとのこと。第二ダンジョン都市のバローネ騎士団長と帝国時代から交流があったようです」
彼の経歴もあったので、帝国とのやり取りを行う外務省が調べたというわけだ。
「実力は私が認めよう。彼は間違いなくベイルと同等の力を持っておる」
ロイがアッシュの実力を認めたのもあって、円卓を囲む一同は各々感想を漏らし始めるが――
「しかし、そんな有能な騎士がどうして我が国に?」
「帝国騎士団を追放されたようです。なんでも、元婚約者であった貴族のご令嬢に赤ちゃんプレイを強要したなんて言われていましたが――」
そこまで言った瞬間、騒がしかった会議室内がシーンとなった。貴族や学者達の顔には「え? マジ? 特殊な趣味をお持ちなの?」みたいな表情が揃って浮かぶ。ただ、ロイだけは「違う」と首を振っていたが。
「違います、違います! これはあくまでも噂というか、彼を邪魔者扱いしていた上司の作り話のようです。実際は貴族による嫉妬と妬みによる私怨です。うちの外交官が現地まで行って、実際に帝国騎士団の副団長から話を聞いたので間違いありませんよ」
誤解を生みそうになり、外交省勤めの貴族は慌てながら早口で続きを話す。
真相が明らかになった事で話を聞いていた貴族達と学者達の顔色は戻りつつあったが……。
「つまり、有能な騎士を嫉妬だけでクビにしたと?」
「馬鹿なのか?」
「まぁ……。あの帝国ですからね」
今度は全員の顔にアッシュを憐れむような表情が浮かんだ。可哀想に、そりゃ国から出たくもなる、などと小さく口に出す者までいるくらいだ。
「現地で副団長から話を聞いた外交官が言っていましたが、副団長は相当悔しがっていたようなんです。彼は有能な元騎士ですが、そこまで悔しがるのも不審に思って少し帝国を探ってみました」
そう言った外務省勤めの貴族は更に言葉を続ける。
「近いうちに帝国は国内のダンジョンから魔石の採取を始めるようです」
今回の会議では帝国のダンジョン利用についての話は関係無いのだが、アッシュ関連の一つとして話したのだろう。
帝国に滞在する外交官からの情報によれば、ローズベル王国より輸出された魔導具の有用性に気付いた貴族達が魔石の供給について最近は特に懸念しているとか。その便利さに、一度使った者は早くも魔導具を手放せなくなったのだろう。
「あー、うちも帝国から魔石の供給量増加と単価を下げろって要求が来てましたね」
話題になったからか、今度は経済省勤めの貴族まで口にし始める。
「要求が通らないと思い、帝国もダンジョンを使おうと?」
「でしょうね。そこで、次期団長である副団長がダンジョンの攻略計画を考え始めたのですが……」
「最も有能な騎士はクビになっていた、と」
外務省勤めの貴族が「そうです」と肯定すると、貴族の一人が「やはり馬鹿か」と鼻で笑った。
「そこでだが、彼の待遇と報酬は私に任せてくれんか? 出来れば今後も活躍を期待できる剣士として保護したい」
ロイが口にしたタイミングは絶妙だっただろう。ここまで持ち上げられたアッシュの話題が一旦落ち着きを見せた事もあって、会議室内の誰かが個人的に召し抱えたいと言ってもおかしくはないタイミングだった。
それを言われる前にロイは自家の保護を既に行っていると発言し、更にはハンターとして活躍させたいとアッシュの希望に沿う将来性を示す。
「まぁ、貴族家で召し抱えるには余る存在でしょうな」
「研究所としても活躍してくれるハンターが増えるのは喜ばしい事です」
オラーノ家と交流の深い貴族、それに研究所の各部門責任者達が後押しした事もあって、正式にロイがアッシュの待遇を決める事となった。
満足気に頷くロイの表情から察するに、ここまで彼の計算通りといったところか。
「与える報酬についてもお考えが?」
貴族の一人が問うとロイは強く頷いた。
「ああ。既にエドガーと話し合っておる。会議が終わったら魔導兵器部門に顔を出したい。よろしいか?」
「はい。大丈夫ですよ」
報酬の話になって、魔導兵器開発部門の責任者へ声を掛けたという事は……そういう事なのだろう。話を聞いていた他の者達も与える報酬について察したようだ。
「会議を続けましょうか。次は第二ダンジョン都市の追加調査についてですが――」
こうして王城の会議室で行われた会議は順調に進んでいく。早くも本日の役目を終了したロイは、ご機嫌な様子で他の者達が告げる内容に耳を傾けるのであった。
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