第51話 正常? 異常?


 携帯型魔導コンロで食事を作って楽しんだあと、皆で頭を抱えながらレポートを作成して、組み立てたテントでぐっすりと眠った。


 そして、朝を迎えた俺達ハンター組には新たな任務が与えられる。


「ちと、ハンター達は十七、十八、十九階の様子を見て来てくれんか?」


 ベイルーナ卿から与えられた任務は十七・十八・十九階のリザードマンが復活しているかどうか、という内容だった。小難しい指示は与えられず、ただ単に各階層へ赴いてリザードマンがいるかどうかを確認するだけで良いらしい。


 俺達は早速準備を行って、一つ上の階層である十九階へ向かう事に。


 階段を上がって十九階へ足を踏み入れるが――


「居ない……?」


 十九階にリザードマンの姿は確認できなかった。しばらく待っていても変わらず、階層内を堂々と歩き回っても魔物は現れない。


「どういう事だ? 他の階層は魔物が復活するよな?」


「ああ。大体、朝方の四時頃になると元気に走り回ってるぜ」


 俺の質問にタロンが答えてくれた。他の階層は出現する魔物を根こそぎ狩ろうが、早朝四時頃を越えると再び魔物の姿が見られるのが通常だ。


 俺はポケットから懐中時計を取り出して時間を確認するが、何度確認しても時間は朝の八時過ぎ。おかしい、と誰もが同じ感想を口にした。


「住処に隠れているとか?」


 女神の剣に所属する若い男性が、愛用の槍を伸ばして住処を叩いてみるも、中からリザードマンが飛び出して来ることはない。


「十八階へ行ってみるか」


 不審に思い、俺達は更に上の階層へ。十八階に到達するも、こちらでも状況は変わらなかった。


「一体どういう事だ?」


「分からん。こんな事態は一度も経験した事がない」


 俺とウルカよりもハンター歴の長いターニャやタロン達でさえ、このような状況に遭遇した事は無いようだ。


 しかし、十七階へ向かうと――


「こっちはいるじゃねえか!?」


 階段を登って十七階へ到達した瞬間、すぐ近くにいたワニ頭のリザードマンと目が合った。俺達を見るなりグワッと口を開けて、ドタドタと走りながら襲って来たのだ。


 下の階層にリザードマンが居なかったせいで完全に油断していた。


「こんちくしょうめ!」


 タロンが爪の一撃を剣で受け止め、その隙に俺はリザードマンの首元へ剣を突き刺す。これで襲って来たリザードマンは殺害できたが、俺達の声に反応した別のリザードマンが鳴き声を上げて仲間を呼び始める。


「クロロロロッ!」


 全く姿を見せなかった下の階層とは違い、十七階のリザードマンは完全復活しているようだ。鳴き声に反応して姿を見せたリザードマンの数はざっと五十以上。他にも沼の中に潜んでいるのか、ゴポゴポと沼が泡立っているのが見える。


 最早、十七階の魔物は通常通り完全復活していると言っていいだろう。


「確認はした! 退くぞ!」


 ターニャの指示に従い、俺達は殺害したリザードマンの死体を放置して階段を駆け下りた。階層を跨いで追って来ない事実に今日ほど感謝した日はない。あの状況下で乱戦になったら誰かが怪我していただろうからな。


「一体どういう事だ? 何が違うんだ?」


「私達に分かるはずがないだろう。とにかく、二十階に戻ってベイルーナ様へ報告だ」


 やや混乱気味のタロンであるが、ターニャは彼を一蹴する。だが、彼女の言う通りなのは間違いない。俺達がここで議論していても時間の無駄だ。


 再度、十八階と十九階を見て周った後に二十階へ帰還。俺達は揃って調査中だったベイルーナ卿の元へ歩み寄って行くが、俺達の早すぎる帰還を見て悟ったようだ。


「リザードマンはいなかったか?」


「はい。ですが、十七階のリザードマンは復活しておりましたわ」


 貴族用の口調で語るターニャの話を聞き、ベイルーナ卿は顎を撫でながら何かを考えているようだった。


「そうか。とにかく、ご苦労だった」


 聞き終えたベイルーナ卿はあっさりと俺達を解放する。いつもは饒舌に語るベイルーナ卿から推測やら仮説が飛び出さない事に驚いてしまった。


 いや、聞かされても困ってしまうんだが。すっかり機密情報を聞く事に慣れてしまったという事だろうか。


「ハンターの諸君! 昼に一旦、地上へ戻る事となった! 今から撤収の準備を進めてくれ!」


 報告を終えて待機していた俺達に今度はベイルからの指示が下された。


 二十階へは移動用魔導具――昇降機と名付けられた魔導具を使えば好きな時に訪れられるようになったので、泊まり込みではなく日帰り調査に切り替えるらしい。


 学者の護衛も少数の騎士だけで済むという事もあり、ハンター組は本日でお役御免となる。王都騎士団も一部を残して王都へ帰還となり、オラーノ侯爵も王城へ今回の調査における進展を報告しに帰るようだ。


 しばらくは狩りに専念できるかな、と思ったが近付いて来たベイルが俺の肩を軽く叩いた。


「近日中に新しく見つかった下層の調査や整備に協力要請を出すと思う。まぁ、二十階の調査が終わってからだけどね」


 新しく見つかった下層への調査もしなければならないが、まずは王都研究所が満足するまで二十階の調査が続行されるとのこと。


 ベイルーナ卿と学者達はしばらく第二ダンジョン都市に滞在して、日帰りによる調査を行うようだ。


「新しく見つかった階層の調査も苦労しそうだ」


「そうだね。でも、君にも協力してもらうからね?」


 他人事のように言った俺に対し、ベイルは苦笑いを浮かべながらガッチリと肩を掴んで来た。どうやら俺の参加は決定済みらしい。


「そうだ。あと一週間もすれば落ち着くだろうから、その頃に約束していた食事でもどうだい?」


「ああ、いいとも。楽しみにしているよ」


 この場に残るベイル達を残して、俺達ハンター組の調査依頼は終了となった。今後も学者達の護衛依頼や雑用に似た依頼が舞い込むかもしれないが、一旦の区切りとなったと言えるだろう。


 俺達は先行して王都へ帰還する王都騎士団と共に、余った物資を運びながら地上へと戻った。あとは協会に報告すれば終わり、というタイミングでオラーノ侯爵に呼び止められる。


「アッシュ。今回はご苦労だったな」


「いえ、とんでもございません」


 一区切りついたことでオラーノ侯爵の顔も明るい。


「私はすぐに王都へ戻らねばならん。ここで一旦別れとなるだろう。また訪れた時は話し相手にでもなってくれ」


「いえ、私の方こそ。貴重な経験ができました。閣下、どうかお気を付けてお帰り下さい」


 オラーノ侯爵と握手を交わし、彼が去って行く姿を見送った。


「さて、協会に報告して帰ろうか」


「そうですね」


 たった数日だったが、随分と長い旅を終えたような気分だ。


 今日ぐらいは早く帰って宿のフカフカなベッドでゆっくり眠ろうかと思っていたが、満面の笑みを浮かべたタロンとラージに両肩を掴まれた。


「アッシュさん。報告したら金が入るだろうし、飲みに行こうや」


「ターニャ達や先に帰還してた黄金の夜の野郎共も行くってよ。酒の量を控えていた分、今日はしこたま飲もうぜ」

 

 両サイドでニコニコ笑うタロンとラージ。少し離れた場所にいた女神の剣と黄金の夜のメンバーからは「早く行こう!」と呼ばれてしまった。


「まったく、仕方がないな」


 こうも誘われては断れまい。ダンジョンに残ったベイルや騎士達には悪いが、俺達は一足早く祝杯を挙げさせてもらうとするか。



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 アッシュ達が地上に戻った頃、二十階層では学者達が独り言を呟きながらも調査を進めていた。


 その中にいる一人の学者――アルバダインは右手奥にあったカウンターの前で下を向きながら紙にえんぴつを走らせる。


 彼が向ける視線の先、カウンターの上には金属板が設置されていて、金属板の上には小さな古代文字がびっちりと浮かび上がっていたのだ。それら文字を一つ一つ丁寧に書き写すのが彼の仕事であった。


 浮かび上がっている文字の中で特に目を引くのは、赤色で浮かび上がる文字列だろう。他の文字は金に近い色合いをしているのに、数行だけが赤色になっているのだ。


『 Error - section 14 Power oversupply 』


『 Error - section 18 Sample Model disappear 』


『 Error - section 19 Sample Model disappear 』


 赤色で浮かび上がる文字を書き写すアルバダインだが、文字の形を模写しているだけで意味は分からない。というよりも、ダンジョン研究の重鎮であるベイルーナですら意味を理解できないだから仕方がないとも言える。


 とにかく、今できることは書き写す事だけだ。いつか解読できるよう正確に文字の形を書き写すのが、今できる最大限の努力と言えるだろう。


「……よし! 書き写し完了!」


 自分が書いた文字と浮かび上がっている文字の形状が正確かどうか、もう一度チェックして。漏れや違いが無いことを確認したアルバダインは、いつも世話になっている先輩の元へと歩き出した。


 彼がカウンター前から離れてから数分後――金属板には新しい赤い文字が追加される。


『 Error - section 23 Power oversupply 』


『 Anomaly detection - section 23 Sample Model mutation 』


 さて、新たに浮かび上がった古代文字は何を意味するのだろうか。この文字に気付いた者、意味を理解する物は……今、この場にはいない。  

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